表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
271/315

第二話 仇敵への道程

 カンヌドーリア公国、南部の海岸沿いに広がる、森林地帯。


 ナユタ・フェレーインは一人、徒歩で一路西に向けて歩みを進めていた。





 半日前、エグゼビア公国北部森林地帯で、仲間たちと別れた。


 ルーミス、そして晴れて夫婦となったシエイエスとレエテ。3人と。





 この先の戦いの極限の厳しさを考えれば――。口には出さないものの、これが今生の別れとなる可能性は高いのだ。

 離れがたく、3人とは何度も何度も抱擁を交わした。


 シエイエスとは、ほんの一時男女の仲になったものの、すぐに性格の不一致が露呈して破綻した。それからは、自分も負けを認めねばならないほどの深い知識と戦略眼に、純粋に尊敬の念をいだく相手として頼りにしてきた。


「皆を頼むよ、シエイエス。あんたが事を投げちまったら全ては終わりだ。最後の最後まであきらめるんじゃないよ」


「ああ、ありがとう――。お前の勝利も心から祈る。絶対に死ぬなよ」


 ルーミスには――。自分の中でもいまだ不思議だが、ホルストースへの絶対の愛情と別に、彼に対しても自分は女として恋をしているのだと王都ではっきりと知った。それは彼の精神年齢の高さも無縁ではないだろうが、子供扱いさえしていた10も歳の違う彼が愛おしかったのだ。

 離れるのは辛かった。ナユタは目を潤ませて、云った。


「ルーミス……その……本来、ホルスが近くに居るのにダメだとは思ってるけど……。

最後の、別れかもしれない、なら……。お願い、もう一度、キス、させて……」


 ルーミスは非常に複雑な表情で、貌を赤らめて困惑したが――。そうすべきと心を決めた。

 ナユタの為はもちろんだが、そもそもルーミスも、今はキャティシアほどではないけれど確実にナユタを女性として好意の目で見ていたのだから。その意味で別れが辛いのは同じだった。


「わかった……ナユタ。オレも、生きて帰ってくるから、オマエも……必ずな……」


 そして、ナユタは目を閉じ、同じく目を閉じたルーミスの唇にキスをした。

 両手を伸ばし、身体を抱きしめた。


 最後に――レエテとの別れは、最も辛かった。


 ダリム公国のコロシアムで出会った時は、その超人ぶり、サタナエルとの関わりを含めた秘めた謎に熱狂し、同行した。人外の能力を知った当初などは、得体の知れないバケモノとしか思わなかった。

 しかし、世間とずれた田舎娘の感覚や、蛇が苦手だという意外な弱点を知り――。親近感とともに距離が縮まった。

 そして徐々に、心を開いたレエテ。その本拠での惨劇を耳にしたこと、寿命のこと、実の母と兄が仇敵であったこと、愛されなかったこと、家族の裏切り、過酷な試練に深く同情したことは確かだ。

 だがそれ以上に――今のレエテはナユタにとって、人として魂を共有しているに等しい終生の友だ。

 口下手で、不器用で、嘘の付けない正直者。極度のシャイで奥手なのに、酒にだらしない笑い上戸。けれど、女神のように慈悲深く、優しく――常に自分より人のことを考え、迷わず自分を犠牲にする。人の幸せを喜び、人のために心から泣き、人のために魂から怒る――。そんな、素晴らしい人。

 大好きだった。絆とともにずっとずっと、一緒に生きたかった。寿命がないならせめて、死ぬそのときまで、側にいたい。けれど、それはたぶん叶わない。


 ナユタはわなわなと涙を流して、レエテに抱きついた。


「レエテ……気をつけてね……絶対、絶対に、ヴェルを斃し、サタナエルに復讐を果たして。

あたしも、絶対にフレアのアマをぶち殺してくる……」


「ナユタ……あなたも気をつけるのよ……。あなたとのこの数ヶ月間、大変だったけど本当に、素晴らしくて、楽しかった。外界で私が人になれたのは、本当にあなたのおかげ。本当に、ありがとうね……大好きよ、ナユタ……」


「あたしも……! あたしも、大好き、レエテ……! 本当に、本当に……」


 そう云って、ナユタは強く強く、レエテの身体を抱きしめた。巨きな乳房と集約された最高の筋肉をもつレエテの大きな身体は包み込まれるように柔らかくて、そしてとてもとても――暖かかった。




 

 そして一行と離れ単独行動をとったナユタの前に、クピードーは上空からすぐに現れた。


 彼女が指定をしてきた待ち合わせ場所のカンヌドーリア森林地帯まで、間のシェアナ=エスランでは馬車を雇いショートカット。その後は徒歩でここまで来ていたのだ。


 それでも進んだ行程は僅か。大陸の西端に位置するボルドウィン半島は途方もなく遠い。馬に乗れない運動音痴のナユタにとって、騎馬に二人乗りさせてくれる相手は必須だった。



 やや開けた場所まで来ると、そこには大きな澄んだ池が広がっていた。


 池のほとりには――騎馬が3騎、居た。


 おそらく全力で走らせてきた後なのだろう。馬は渇ききっているのか、勢いよく水を飲んでいる。


 ナユタがそのまま歩いて近づいていくと、上空から姿を消してしたクピードーが、白く長いその姿を現し、近づいてきた。


「無事のご到着、何よりです。ナユタ様。

さっそく、あちらのご同伴者様方の紹介をさせていただきたく――」


 それをナユタは、右手を上げて制した。


「それには及ばないよ、クピードー。

どうやら全員、あたしがよく知っているお歴々のようだからね……」


 そうしているうち、ナユタに気がついた3騎は、こちらに近づいてきた。


 3mほどの距離で馬を降りたその人物たちに、ナユタは片膝を付きうやうやしく騎士の礼をとった。


「ご機嫌麗しゅう、卿。魔導士ナユタ・フェレーインにございます。

此度は我がサタナエル征伐の戦にご同道いただけるとのこと、感謝に堪えませぬ。

デネヴ統候、ミナァン・ラックスタルド卿。

三角江ハーフェン”の四騎士、サッド・エンゲルス卿。

リーランド議長、レジーナ・ミルム卿」


 そう、ナユタに加勢してくれるという、その三名は――。


 いずれも本来、平民身分のナユタが口をきくことも許されない、貴族身分出身の者たち。


 しかしながら裏を返せば、今の大陸でサタナエル級の敵と渡り合える者は、彼らのような特権階級の強者の中にしかいないのも事実だ。


 その筆頭たる大貴族――ミナァン・ラックスタルドが、身を低くして手を差し伸べ、ナユタに云った。


「ナユタどの。ミナァン・ラックスタルドだ。お話するのは初めてのことと思う。貴殿と同行できて光栄だ。

サッドも知ってはいるが同様に初めてだろう。レジーナ議長は、リーランドに立ち寄りの際意気投合されたとは聞いているが。

いずれにもせよ、いきなりで不躾だが私から貴殿に、一つ提案があるのだ」


「……提案?」


「我らは直接的には貴殿のお仲間、名軍師のシエイエス・フォルズどのの提案に応じ、フレア・イリーステスを打倒するべくこうして馳せ参じた形だ。

だが――我らは、すでに個人として、この身が引き裂かれ地獄に落ちようとも、サタナエルの屑どもを殺し尽くす復讐の念を抱いている者だ」


 それを口にしたミナァンの貌が、しとやかな女性貴族の貌から、鬼神のごとき凶相に変わった。


「私は……最愛の夫を、目の前でバラバラにされ、殺された……!! あの、悪魔の頭領の、魔皇に……!

サッドも四騎士の仲間全てを、殺された。

我らは本来、百度殺しても飽きたらぬ“魔人”ヴェルめを打倒に行きたいところだが――。

シエイエスどのの冷静な策を聞き、考えを改めた。

私もあのバケモノの強さは、目にして知っている。皇帝陛下が敵わぬ相手に、私ごときの魔導は通じぬし、サッドの技も将鬼ロブ=ハルスを例に取るまでもなく、通じぬのは同様と知れる」


「……」


「だがフレア・イリーステスなら――。奴の“魔導ソーサル”ギルドなら、勝機はある。

フレア、奴は――ニヤつきながら戦局を傍観していた。我らの仲間を直接殺したのはヴェルだが、その作戦を膳立てたのは、軍師たる奴。己が確実にサタナエルを裏切るためにな。

それは余りに十分に――万死に値する。

そして、レジーナどのも――」


 レジーナは一歩進み出て、ナユタに深々と頭を下げた。


「済まぬ、ナユタどの。その節は、見境なく貴殿やレエテどのをルーディ・レイモンドに与する敵とみなし、追い出してしまった。それが大いなる誤解と判明し、心を痛めていたのだ。

そのお詫びの意味合いもあるのだが――。ラームッドで話したとおり、アリストル大導師はわたくしにとって、恩師であると同時に命の恩人。彼から授かった魔導でわたくしは生き延び、彼の教えで国をまとめることができた。

その恩人を――卑劣な手で殺したフレアがサタナエルとなり、現在は魔導王を名乗ることを、シエイエスどのより、クピードーどのを通じて聞いた。

まこと、許し難い。この手で復讐を果たしてやる決意を固めたゆえ、同行させて頂きたく馳せ参じたのだ」


 そして再び、ミナァンが口を開いた。


「そういうことだ。此度の討伐戦は、貴殿と同じく復讐を誓う者同士の、対等の同盟。

よってこの戦の間は、俗世の身分などというものは一切関係なく、お互いに敬称もつけず、敬語も用いない。

ナユタどの。貴殿は身分もなく、年齢も最も若いはずだが、そんなことは一切関係ない。

現在圧倒的な強者である貴殿をリーダーとする、ナユタ一行、となるのだ。

これが、私からの提案だ。二方からは了承を得ている。どうだ? 応じてくれるか?」


 それを聞いたナユタは――ゆっくりと立ち上がり、胸をそびやかして両手を差し出した。


 そして、云った。


「――応じる、よ。こちらとしても大変有り難い話だ。戦闘中余計な気回しをしなくていいし――集団戦で臨むからには、連帯が必要だ。そして指揮権をあたしが握ることも、必要なことだ。

よろしく頼むよ、“ミナァン”、“サッド”、“レジーナ”。

あたしたち4人で、ボルドウィンを――キケロ・キルケゴールを、何よりもフレアのアマを――。

確実に、殺す。息の根を、止める。思い知らせてやる――!!!」


 3人は力強く頷き、近づいて全員でナユタの手を取った。



 ここに、強力なる魔導士3名と、搦手の魔工使い暗殺者という、強力無比な魔導戦闘集団「ナユタ一行」が結成された。


 そしてナユタは――初対面ながら因縁を持つミナァンの馬への同乗を希望し、3騎4人にて一路西へ。


 大陸の制覇を目論む危険な暗黒の国家となったボルドウィン魔導王国へ、歩を進めていったのだった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ