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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十二章 運命の終局
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第一話 残酷なる死神の宣告

 エグゼビア公国、北部森林地帯――。



 いままさに、決戦の場へ赴こうとしていたレエテら一行を襲った、衝撃の出来事。



 レエテが――突如異変をきたし、苦しみながら大量の黒い血を吐き、地面に倒れ伏したのだ。


 白目を剥き、呼吸を止めビクン、ビクンと痙攣をうつその姿は、死の兆候以外の何物でもない。


 シエイエスは貌を真っ青にし、必死の形相で駆け寄り、レエテを介抱する。


 ルーミスもその向かいで膝を降り、涙をためながら全力の法力をレエテの胸から送り込む。


 ナユタは――半狂乱の状態でレエテの貌に両手を添え、泣き叫んだ。


「レエテ!!!! レエテええええええええ!!!!! しっかりしてえええ!!!!! 目を覚ましてよおお!!!!!」


 突然のことに思考が停止する中、絶望だけに支配された心を表現するかのごとき貌をレエテに集中させる、3人。


 その中でレエテは瀕死の状態を2~3分ほど続けた後――。


 徐々に状態が落ち着き始めた。身体の震えが止まり、穏やかな表情になり、目は光を取り戻しうっすらと開いた状態になり、浅いながらも呼吸が復活した。

 

 見守る3人は、ようやく安堵の笑顔を浮かべ、レエテに声をかけようとする。


 

 だが、すぐに――当のレエテの表情は極限まで曇った。

 その後、強く唇を噛む仕草をし、目をぎゅっとつむった。


 そして目を開き息を荒げながら、唇を動かそうとして――また唇を噛む。



 何かを云おうとして、云い出せずにためらっている。その言葉を、認めたくないかのように。口に出すのを、恐れているかのように。



 3人は――息を呑んで、レエテの言葉が発されるのを、ただ待った。



 そしてようやく、レエテは口を開いた。


「――――寿命が、来たわ――――」




 その一言で――。


 場の時が、止まった。



 その最悪の可能性は、レエテの異常な状態を目の当たりにした3人の頭の中を駆け巡ってはいた。それを必死で否定していた。


 それが、本人の言により裏付けられてしまった。


 

 皆、表情を凍りつかせて身体を震わせていた。徐々に、目から大量の涙が溢れ出す。


 ナユタは最もショックを受けた様相で、首を振り続けている。


 レエテは言葉を続けた。


「施設で教えられ、書物で読んだ事実によれば……。サタナエル一族が寿命を迎えるとき、最初に現れる兆候が、この吐血。

コア”が機能不全になる前触れとしてその表面が剥がれ落ち、内臓の一部とともに吐き出される。

たぶん――あと1~2週間で、私は衰弱期を迎えて立つこともできない身体になる。

そして1ヶ月以内に――衰弱しきって、死を迎えることになる。

21でなるのは相当に、早い方ではあるけど――。

元々のものなのか……あるいは肉体を酷使し続け、身体何個分もの再生を重ねてきた、結果かもしれない。

もうあと少しで……死ぬの、私……。

もう生きていくことは、できないの……」


 そう云うとレエテは、再び唇を噛み締め、涙を浮かべた。


 無念で、どうにもならなかった。想定と覚悟はしていたが、ここまで早く、しかも決戦を前にしたタイミングで寿命がやってくるとは。

 本拠に行き、戦うことはでき、復讐は果たしうるかもしれない。だが……。

 もう過ごすことのできる、戦い以後の余生というものは、自分には許されない。悔しかった。あまりにも。


 そして、自分に対してもだが、それ以上にもっと――。


 レエテは仲間たちの姿を、見やった。そして――目を背けた。



 彼女らの姿は、直視することのできないものだった。


 極限の衝撃、悲しみを、湛えたものだったのだ。


「う……ううう……ぐううううううううっ!!!!!」


「……嘘だ。……信じない。俺は……俺は信じない、そんなこと……」


「ふっ……ぐうううう……うああああ……ああああああ……レエテ……レエテえええ!!!!!」


 レエテの額に多量の涙を落とした後、ナユタはその頬に頬ずりし、ひたすら泣きうめいた。


「ヤだああああ……イヤだあああ………そんなの……そんなのって……ないよ……!

レエテ……レエテ……。どうして……どうしてそんなことに……。

死んじゃ、やだああ……あああ……」


 その慟哭に、レエテも耐えきれずに涙をあふれさせ、嗚咽をもらした。ナユタの頭をぎゅっと手で抱きしめ返し、言葉を返した。


「うっ……うううう……ナユタ……ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……。

私もあなたと生きたかった……戦いのない世界で、友達としてもっとあなたとお話したり……一緒に見たり聞いたり感じたりしたかった……本当に、本当に心から……。

だいじょうぶよ……あなたは強い人。尼僧シスターラーニアという、心からあなたを愛して待ってくれている人もいる。そのお腹の赤ちゃんも、絶対にホルストースの子よ。私が……いなくても、だいじょうぶよ……」


 そして、レエテはルーミスと目を合わせた。ルーミスも、唇を噛みながら身体を震わせ、嗚咽をもらしている。


「レエテ……オレは……オレも……いやだ。オマエと……オマエが居なくなるだなんて……そんなこと……。

兄さんと……幸せになるんじゃ、なかったのか……オレとも家族に、なってくれるんじゃなかったのか……。生きて、ほしいんだ……嘘だと、云ってくれよ……」


 レエテはルーミスに無理やり笑顔を作って微笑みかけ、云った。


「ルーミス。ごめんなさいね……そう云ってくれて、私嬉しい……。けど本当の、ことなの……。

あなたには今までも本当に助けてもらったし、あなた自身もとても成長している。

これからも、皆のこと、助けてあげて……そして、幸せになって……」


 そして最後に――最愛の男性のもとに、視線を移した。


 シエイエスは、額を手で鷲掴みにし、身体を震わせていた。


 手ではっきりとは見えないものの、貌を歪めて涙を流しているのは明らかだった。


「レエテ……俺は、とても受け入れられない……。

これからじゃ、なかったのか。戦いを終えて、贖罪についてともに考え、そして――。

その後の生を、ともに添い遂げて、ほしかった、のに――。

……嫌だ……こんなこと、嘘だ……神はどこまで……お前という存在を貶め続ければ気が済むというんだ……。嫌だ……うう……うううううう……」


 全力で拒否したいが、突きつけられてしまった絶望的事実。


 悲痛のあまり、とりとめなく事実を呪う言葉があふれでる。

 レエテは一段と貌を歪め、泣きうめきながら言葉を返す。


「……シエイエス……。ごめんなさい……私……あなたと一緒になる約束……果たせそうに、ない……。本当に嬉しかったし……本当に、あなたの妻になりたかった……子供が、家族がほしかった……。

でも……あなたには、幸せになってほしい……。私がいなくなったら、必ず、良い人を見つけて……幸せに、なって……ううう……ううう……」 


 あとは泣き続け、言葉に、ならなかった。


 シエイエスが言葉を返そうとすると、ルーミスがそれを手で制止し、ナユタに呼びかけた。


「……ナユタ。すまないが、少しだけ離れていてくれないか」


「……? あ……ああ……」


 ナユタが涙に濡れた貌を上げ、ルーミスの云うとおり離れる。


 するとルーミスは、レエテの手とシエイエスの手を掴み、それを合わせて二人の手を握らせた。


 そしてその上から自分の両手を合わせ、穏やかな光とともに微弱な法力を発する。



 それを見た、ナユタ、そしてシエイエスとレエテの貌の中に、一抹の光が差し、わずかながらも輝きが戻った。



 ルーミスは目を閉じ、ある神聖なる聖句を唱え始める。


「ハーミアよ。偉大にして唯一の万物の父なる存在よ。命を育む母なりし存在よ。我が主よ。

我は主の下僕として申し上げる。主が作りし一対の雌雄。人として、互いを永遠の存在と定め、伴侶となり――。共に死するまで愛を誓い合う二人の子らの寿ことほぎを、許し給え」


 ルーミスは、シエイエスの目を真っ直ぐに見て、問うた。


「男よ。シエイエス・フォルズなる汝は、いかなる困難にも屈せず、女を子を守り通す、永遠の愛を宣誓するか?」


 シエイエスは厳粛な表情の中に、強い意志と誠意をみなぎらせた視線をルーミスに返し、力強く応えた。


「ハーミアの名において、我シエイエス・フォルズは宣誓する」


 次いでルーミスは、レエテの目を真っ直ぐに見て、問うた。


「女よ。レエテ・サタナエルなる汝は、いかなる困難にも屈せず、男を支え子を愛で続ける、永遠の愛を宣誓するか?」


 レエテは――。上体を起こして、極めて力強い、誇り高い、そして悦びのこもった視線をルーミスに返して、はっきりと応えた。


「ハーミアの名において――。我レエテ・サタナエルは宣誓する」


 ルーミスは力強くうなずき、指先に込めた微弱な法力を二人の額に当て、厳かに云った。


「我はハーミアの代弁者として両名の宣誓、聞き届けり。ハーミアはこれを受け、汝らの婚儀を承認せり。両名、神聖なる夫婦めおととして添い遂げ、子をなし、地上に繁栄をもたらすことを望む。両名に――永遠の、祝福あれ」


 それを合図に、レエテとシエイエスは――唇を重ねた。


 正式なハーミア式の婚礼の儀のもと、二人が夫婦となった、瞬間だった。


 ナユタは涙を流し続けながらも、心からの笑顔を見せ、手を合わせて拍手をした。


「――おめでとう、本当に、おめでとう――! 

最高だ。あんたら、最高の、夫婦だよ――。ううう……ううう……」


 唇を放したシエイエスは、云った。


「――ありがとう、ルーミス、ナユタ。本当に――。

そうだ。時間など、問題じゃあないんだ。

レエテ。これで俺は晴れてお前の正式な夫となり――。家族に、なった。

1週間だろうが、1ヶ月だろうが、関係ない。俺はその間、お前を全力で守り、全力で愛して見せる。その間、俺と共に、居てくれ――」


 レエテは、悦びに打ち震えながら、云った。


「ありがとう……ありがとう、ルーミス、ナユタ……。

シエイエス……私、嬉しい。もう子供は産むことができないけれど……こうして、あなたという最高の夫、家族と一緒になることができた。

これから、試練は待っているけれど……。あなたとなら乗り越えられるし、私この先絶対、あなたと離れない。

愛してる……愛してるわ、シエイエス……」


 

 再び、より強く抱き合い唇を重ね合う、新郎と、新婦。


 それを微笑み見守る、ナユタとルーミス。


 このひとときだけは、哀しみを身中深くに押し込み、祝福と悦びで心を満たしていったのだった――。

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