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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第三章 王都と聖都
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第七話 暁の計画

 コルヌー大森林の南、レエテ一行が休憩地点に選んだ地点にダブラン村より帰還したナユタとランスロット。


 道中彼女らも敵の動きを想定し、その中には最悪の想定、も含まれてはいた。

 すなわち彼らの不在時にサタナエルの刺客、それも副将以上に捕捉されたレエテとルーミスが殺害されているというシナリオである。

 

 どうやら最悪、の想定には未だ当たらず、ある意味想定しなかった状況ではあるが――。

 考え得る中でも相当に悪い部類に入る状況が、彼女らの目の前に展開されていた。


 その地点にはレエテとルーミス2人の姿はなく、代わってその場にあったのは――。10以上におよぶ白馬と、純白の鎧に身を包んだ聖騎士たちの遺体。そして彼ら――ともしくはレエテらか――が流した夥しい血の海であった。


「こりゃあ……大変だ。あいつら、一体どこに? ランスロット、あいつらか……または敵の気配は感じるかい?」


 慎重に声をひそめながら、ナユタが肩のランスロットに声をかける。


「いいや、ナユタ……。どうやらこの付近に生きた人間はいなさそうだよ。すぐにレエテとルーミスを探した方がいい。……この近くで死体になっていなければ、だけども」


 青ざめるランスロットの姿を横目に、ナユタは言葉を続けた。


「……相手はサタナエルじゃなく、法王庁の聖騎士。多分、地面に残った蹄の跡から察するに、ここにいた騎馬の数は20~25てとこだろ。それに対し、14? こんだけの屍を築いているとこからすると、あいつらは闘い自体にはおそらく勝利してる。

ここにいないのは、退却した敵のさらなる追手を警戒し、身を隠してるか、あるいは……。

いずれにせよあいつらのことだ。どこかに行ったのなら何らかのメッセージをあたしたちに残す筈。そいつを探すよ」


 その言葉を受けたランスロットは、ナユタの肩から降り、戦闘のあった付近の木を調べ始める。

 そして数分の後、彼はナユタに向けて云った。


「あったよ! ナユタ。おそらくこれだと思う」


 報告を受けたナユタが、一本の木の幹の部分を指し示すランスロットの元へ到着する。

 そこには、付近に倒れた聖騎士の短剣を用いたものか、いくつかの古代ルーン文字が刻まれている。

 古代ルーン文字を読むためには相当に高度な教育を必要とし、大陸でもごくごく少数しか読解できる者は存在しない。高い知性を持つ一流の魔導士たるナユタは、勿論その一人である。


「どれ……? “野営、にて、我が、問いただせし、彼方の、場所にて、待つ”? だって?

ふぅむ……ああ、なるほどね。これは、ルーミスのメッセージだ」


「ええ!? そうなのかい?」


「分からないかい? 3日前の野営の夜、あいつはレエテに問いただしたろ? サタナエルの『本拠』を。つまり、ここからアトモフィス・クレーターの方角のいずれかの場所にいる、てことさ。

読者を限定する古代ルーン文字で、こうしてあたしたちにしか分からない内容で残すとは、あいつ流石に出来るじゃないか。

さあ、分かった以上ぐずぐずしちゃいられない、その場所へ向かうよ!」


 すぐにメッセージの指し示すアトモフィス・クレーターの方角――南東を目指し歩きだすナユタと、再び彼女の肩に乗ったランスロット。

 南東の方角は、先程の場所からの行程としては最も緑が深く、移動しづらい場所であった。

 時折ナユタも、新調したダガーで枝を切らなければ進めないほどの道だ。

 がしばらくすると、何やら巨猿(ゴリラ)でも押し通ったか、と見紛うほどの力ずくで切り開かれた獣道が形成されている。


「……ルーミス、あいつの仕業だ。自分に“血破孔”打ちを使ってるね。

レエテが同じことやるなら、結晶手で木や枝を切断してる筈だからね。ルーミス自身が巨猿(ゴリラ)なみの怪力で対応しなければならないというこの状況――。

レエテの力が一切期待できてない、てことだ。あいつもしかしたら相当やばい状況かもしれない」


 もうしばらく進むと――小高い山の陰にできた小さな洞穴が目に入る。


「ナユタ! あれじゃない?」

「ああ……、間違いないね」


 彼らが中に入るとそこには――、藁を敷いた簡易ベッドの上に横たわるレエテ、そしてその隣で彼女の手をしっかりと握りながら添い寝し、意識を失っているルーミスの姿があったのだった。


 すぐに駆け寄り、2人の生死を確かめるナユタ。


「……はあ、よかった……。大丈夫だ、今はこいつら、眠ってるだけだ。ちゃんと生きてる」


 気が抜けたように、荷物を放り投げて両手を後ろ手に付き、腰をおろすナユタ。その肩のランスロットも、ほっと胸をなでおろしている様子が伺えた。


「本当に、本当によかった……。何があったのかな、彼女ら」


「ああ、レエテの口にべったりついた吐血の跡、背中の大量の血痕から察するに、こいつがまず戦闘で心臓に派手な痛手を負った。どうにか勝利したものの命が危うくなるほど悪化し、ルーミスが必死でここまでレエテを運び、力尽きるまで法力で治癒し続けたとあたしは見るね」


「そうか……。彼、やるね。それにレエテをここまで……」


「そういうことよ。坊やのくせによくぞここまでやってくれたよ。本当に褒めてやらないと」


 ナユタは寝息をたてるルーミスの頭をやさしく撫でた。


「……けれども、そんな感傷にひたってるヒマは残念ながらない。ここまで事態が緊迫してきた以上はね」

 

 顔つきを変え、低いトーンで話し出すナユタに、ランスロットが尋ねる。


「どういうこと?」


「法王庁の聖騎士団が、なぜここまで早くレエテの確保に動き、しかもあそこまで正確に居場所を特定できたんだい? 答えは一つさ。法王庁内部の、それもかなり上の方にサタナエルの内通者がいる。やつらの命令か、法王庁のそいつの邪な目的かは知らないが、サタナエルの情報提供を受けて動いてるんだよ。

だから事態が長引くほどに、難しくなる。アルベルト・フォルズとの面会が。それだけでは済まず、留まれば留まるほどあたしたちは位置や動きを特定され、不利になっていく。

だからやるよ。そろそろ日没だ。夜の間に移動して夜明けとともに実行できる作戦を考える。ルーミスのやつが起きたら、すぐに事情を聞き出して計画を開始するからね」



 *

 

 ナユタ達がレエテらと合流したその12時間後――未だ仄暗い、夜明けを待つ法王府、法王庁。

 それはエストガレス王国ローザンヌ城を上回る、600年の歴史をもつ先時代様式による建造物である。

 さすがにローザンヌ城と比べると、宗教施設であるため相当に質素な装飾ではあるものの、その威容、造りや材質の豪華さでは引けをとってはいない。


 この城塞の中枢部に位置するある豪奢な一室で、2人の男が面会していた。


 一人は、聖騎士“白豹騎士団”団長、ドナテルロ・バロウズ。純白の重装鎧姿のまま、兜を脱いで左手に抱え、黒く長い髪を下ろしている。その190cm以上あろうかという長身を直立不動の姿勢にさせて相手の男に対している。


 その視線の先の相手の男――。玉座と見紛うほどの威厳を放つ巨大な椅子に腰掛け、身につけるは豪華絢爛なる装飾の施された聖職者の衣装と、頭上に戴かれた上位聖職者を表す丈の高い聖冠(ミトラ)

 しかしそれらが包み込む当の人物の容貌はというと――。口角の垂れ下がった神経質そうな薄い唇、シワだらけの骨と皮ばかりの顔で、ただ2つ魚のようにぎょろりと突き出した両の目。装備装飾品とは哀れなほどに釣り合わない、あまりに小さく痩せて貧相で、見るからに狭小な器の老人の姿であった。


「ドナテルロ。昨日の散々たる報告より後、次なる一手は考えて来たのであろうな!?」


 相手を攻撃することで自分の安心感を得る者特有の、甲高く、なじるような口調だ。

 ドナテルロはうやうやしく礼を返し、重々しく言葉を返す。


「はい、ハドリアン大司教猊下。昨日は敗北を喫した我らですが、早朝すぐにでも、第二陣を送り込む計画を立ててございます。やつらは少人数、この法王府で迎え撃てばゲリラ戦法を用いられ我らが不利。金狼騎士団の力も借り、今度こそ奴らを掃討するべく――」

 

「黙れ! この役立たずが!! もう遅いのじゃ!! うつけめ!!」


 ハドリアンはヒステリックに叫びだしたかと思うと目を剥いて、手にした硝子の杯をドナテルロの胸元めがけて投げつける。杯は音を立てて飛散し、中を満たしていた赤ワインが純白の鎧に飛び散る。


 「これだからおぬしは信用できぬ! せっかく次の手に期待しておったが……。なぜこの早朝、おぬしを呼び出したか分かるか? サタナエルの使いの者が知らせてくれおったわ。奴らすでにこの法王庁に向かっておる。それもすぐそこまで迫っておると。しかもおぬしが相手した者に加え、その場に居らなかった凄腕の魔導士二名も一味として参っておるそうだぞ!」


「……!!」


「恐ろしいことになった……。ルーミスの餓鬼めが居る以上、今回の黒幕が儂であることはすでに奴ら一味全員の知るところである筈。奴らは儂の首を狙うであろう。なまじ、それを防げたとしても、その騒動により儂のこれまでの行いが法王(コルネリア)めの知るところに……。やはりあの餓鬼は、ここに居ったもっと早い内に消しておくべきであった……」


 ハドリアンはおこりにかかったようにガクガクと震えだした。

 ドナテルロは小さくため息をもらした。彼の家系は先祖代々、聖騎士として法王庁に仕える身分。個人的な恩義もありハドリアンに仕えてきたが、正直なところこの男の悪知恵や陰謀にだけは精を出し、自分の保身しか考えぬ小心者というあまりの器の小ささには愛想がつきかけていた。

 その己の立身と保身のための陰謀により、あまりに数多くの血を犠牲にしてきた報いが今降りかかってきたのであろう。

 が、ドナテルロの武人としての矜持はなお、この同情の余地のない老人を見捨てることをさせなかった。


「ご安心ください……! ハドリアン猊下。すでに近くまで来ていることは予定外でしたが、奴らの手の裡は前回の戦でおおよそ知れております。我が白豹騎士団も、金狼騎士団もすでに出陣するべく準備を整えているところでした。

状況は変わりましたが、まだ我らが有利は動いておりません。必ず、奴らに勝利し、手足と口を封じたうえで猊下のもとへ引っ立てる所存です」

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