表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十一章 反逆の将鬼
269/315

エピローグ 決戦の舞台へ

 サタナエルへの敵対勢力が、着々と本拠への侵略を実行に移そうとしているその頃より、暫し後――。


 本拠を擁する大陸最南端、アトモフィス・クレーター。


 本拠最上階層、最長老居住区にある、サタナエルの中枢――大会議室。


 広大な空間に、厳しい円卓が設けられたその場所に、腰掛ける幾人かの姿が、あった。


 すでに、そこに座るべき人物は――永久に座することができない運命をたどるものが多くなっていた。


 “第二席次(ディエグ・ドゥ)”はヘンリ=ドルマンに敗北し死亡。

 “第六席次(ディエグ・セス)”はサッド・エンゲルスに敗北し死亡。

 将鬼長フレア・イリーステスはサタナエルを裏切り、ボルドウィン魔導王を名乗り離脱。

 “参謀”ドミノ・サタナエルはレエテ・サタナエルに敗北し死亡。


 だがそれ以外の人物は――この緊急時ゆえ当然といえるが、全員が初めて貌を揃えたのだった。


 “第三席次(ディエグ・トリ)”、“第七席次(ディエグ・セプ)”はもちろん、いかつい外見の老人“第四席次(ディエグ・クヴァル)”、全身に包帯を巻き立て貌が見えない不気味な老人“第五席次(ディエグ・クヴィン)”に加え――。

 最前レエテとシエイエスの前にその正体を現したクリストファー・フォルズ――“第一席次(ディエグ・ウヌ)”ら七長老。


 そして云うまでもなく――サタナエルの頂点、“魔人”ヴェル。


 貌を揃えた面々を前に、司会を受け持つ唯一の女性“第三席次(ディエグ・トリ)”は、想いに沈み、心ここにあらず、といった風情だった。


「“第三席次(ディエグ・トリ)”。何を呆けておる? さっさと始められよ」


 苛立った様子の“第七席次(ディエグ・セプ)”の声で、ハッと居住まいを正した“第三席次(ディエグ・トリ)”は口を開いた。


「失礼しました……お歴々。少々、『昔』のことを思い出してしまっていたもので……。

緊急会議の開催といたしましょう」


 “第三席次(ディエグ・トリ)”は、まず会の概要に言及する。


「会議の開催にいたった理由は、前例なきサタナエル存亡の危機にある現在、いかなる対策を施すかという緊急命題、これに尽きます」


 そしてヴェルの方を向き、言葉を発した。


「ヴェル。皇国との会戦を経た今、ギルドの残存兵力はいかほどに?」


 腕組みをし、上目遣いで“第三席次(ディエグ・トリ)”を睨みつけ、ヴェルは言葉を返す。


「将鬼は、もはや一人も残っておらぬ。この現状を見て、会戦に動員した者共の中でも脱走者がでておる。

散らばっておる各地の者共に招集はかけたが……副将と兵員を集めても、30名が良いところであろうな」


 それを聞いた“第七席次(ディエグ・セプ)”が、卓上に突っ伏し唸り声を上げた。


「ぬううううう……! 何という、ことだ……!! もはや話しにならぬ、絶望的状況ではないか!!」


 “第三席次(ディエグ・トリ)”はこれをたしなめるように、言葉を発した。


「落ち着いてください、“第七席次(ディエグ・セプ)”。確かに戦力は激減しましたが、それは敵勢力も同じこと。

第五席次(ディエグ・クヴィン)”。貴方の諜報の成果を聞きましょう。我がサタナエルに敵する勢力の現状は?」


 七長老の中で、諜報活動を受けもつ不気味な老人、“第五席次(ディエグ・クヴィン)”は枯葉が擦れたような不快な音を立てて話し始めた。


「皇国は――“氷雪女帝”ミナァンと四騎士のサッド。

エストガレス王国勢力は――裏切り者の元統括副将シェリーディア、その配下の“夜鴉(コル=ベルウ)”そして、“狂公”ダレン=ジョスパン。

ダリム公に雇われた、剣聖アスモディウス。

そしてレエテ、ナユタ、シエイエス、ルーミスの、一行の者共だ――」


 これを聞いて、“第一席次(ディエグ・ウヌ)”が、この場で初めてといえる重い口を開き始めた。


「数は少ないが――。いずれ劣らぬ精鋭が肩を並べておる。

ただ、レエテ一行は、自ずと二手に別れるであろう。

ボルドウィンで王を名乗った裏切り者フレアの地盤が固まる前に、討ち取ることを奴らは考えるはず。

その声かけを受けた皇国か王国のいずれかの勢力も、合流することが考えられる。幾人かは、本拠に向かう人数は減少するであろう」


 それに対し、殺気すら帯びた眼光を向けて、ヴェルが声を上げる。


「随分と、あの一行について知ったような事を云うではないか、“第一席次(ディエグ・ウヌ)”?

これまでサタナエルは十分な危機に瀕してきたが、貴様は一度として姿を現さなかった。

まさに滅亡が現実味を帯びたこのタイミングで、そのような希望的観測を述べるためだけにここへやってきたのか、貴様は?

どうもその云い様、サタナエルの『滅亡を望んでいるとさえいえる』ように聞こえるがな」


 “第三席次(ディエグ・トリ)”がすぐさまヴェルをたしなめる。


「ヴェル!!! おやめなさい。今は仲間同士争っている場合ではない」


「信用できぬ男に信用できぬまま、信用を要する役目を与えて良いのか、という至極当然の問を俺は発しているに過ぎぬ。

貴様は俺より後に、俺と同じ北西の方角から本拠に入った。“参謀”ドミノがレエテに斃されたというその方角からな。これは偶然の一致か?」


 “第一席次(ディエグ・ウヌ)”は、両目を閉じ静かに言葉を返す。


「疑うことは自由だがな、ヴェル。私はサタナエルの心、七長老の主席を長く努めてきた男だ。

それを滅ぼす叛意ありなどとは、全くの愚問。その疑いは排除し、貴殿には最強の神魔の力を守護として振るわれることを希望したいが」


「どうであろうな。任期の間全くの不在であれば、努めた長さはそのまま良からぬ反逆に費やした時間としてむしろ不信を募らせる因となろう。俺は、貴様を信用できぬ。よって今、俺はここで貴様を処刑し憂いを断つつもりだ」


「――!!!」


 絶句する“第三席次(ディエグ・トリ)”の眼前で、ヴェルは腰を浮かせ――。

 

 かつて“第六席次(ディエグ・セス)”にしたように、そのまま結晶手を伸長させて、今度は首を取る腹づもりで攻撃を開始しようとした。



 だが――その動きは腰を浮かせた時点で、止まった。



 ヴェルは、素早く察知したのだ。


 己の足元で、爆発寸前に立ち上っている、絶大な魔力――法力の素の力を。



 かつて、“法力ヒリング”ギルド史上最強と云われた相手のその法力は、少なくともヘンリ=ドルマンの雷撃に匹敵する重傷を自分に負わせることをヴェルに悟らせた。


 しかも、法力の攻撃は厄介だ。一族に効きにくい法力をここまで脅威とさせる力なら、血破点を通じて色々と面倒な効果を付加してくる。


 強引に突破するのはたやすいと思ってはいるが……ここでこれを喰らうのは、得策ではない。そう考えたヴェルは、重々しく椅子に座り直し、再び腕組みした。


「やるな、貴様……。まあ、良かろう。俺も不利益を被ってまで貴様を追及したくはない。

たとえ貴様が何かを企もうと、このヴェルが居る限り、サタナエルは滅びぬ。

現時点においては、敵戦力の中で注意せねばならぬのはせいぜい、“狂公”ただ一人。

それを考慮し、戦略を立てられればまだまだ盤石というもの」


 “第三席次(ディエグ・トリ)”は、ほっと胸をなでおろし議題を進めた。


「……では、想定される敵の侵攻タイミングと経路、それぞれの相性を考慮し、戦略を詰めましょう。

よろしいですね、お歴々? 失敗は、許されません。ギルドも、七長老も、関係ありません。垣根を越え、死力を尽くされることを、望みます……」




 *


 同じ頃、エグゼビア公国北部森林地帯――。


 野営で身体を休めたレエテ、ナユタ、シエイエス、ルーミスの一行。傷を回復し、シエイエスも法力の効果で足腰の力を取り戻し、万全の状態に戻した。


 尊い犠牲となった勇士――ホルストースの墓に最後の別れを告げ、彼女らはおそらく最後の戦いになるであろう戦場へ、足を向けようとしていた。


 それにあたり、シエイエスが全員に指針と作戦を授けた。


「皆、聞いてくれ。これからの行き先について――俺は一昨日、ここへ来る道中から考えていた。

皇国と我々によって戦力を大きく削がれ、ヴェルも帰還したサタナエル本拠。ここを今攻め込むことは不可避の目的となる。

それと同時に、サタナエルを裏切りボルドウィン魔導王国に一大勢力を築いたフレア・イリーステスも、無視はできない。

本来は全員で本拠を目指したいが、俺はあえて、戦力を二手に分けることを提案したい」


 その後、次の言葉を待つ3人の前で、シエイエスは彼にしては珍しく、云いよどんだ。


 それを見たナユタが、肩をすくめ、笑いながら云う。


「らしくないじゃないか、シエイエス。あたしに、遠慮してくれてるんだろ?

分かってるさ……あたしが一人で、ボルドウィンにフレアを討ちに行く。

それ以外のあんたらは、本拠に向かう。そう、考えてるんだろ?」


 それを聞いたレエテとルーミスが驚愕の表情を浮かべるが――。すぐに、その判断の妥当さに気づき、苦悩の表情で下を向く。


「フレアのアマを今叩かなければ、今後ぶっ殺すのが困難になるほど盤石の地盤を固められてしまう。そして、それに向かえるのは、今のパワーバランスに加え、一人で作戦立案ができるあたし以外に適任はいない。分かってるさ。

ヴェルの野郎を殺したいのは、本当に――山々、だが、フレアのアマにしたって、レエテ、あんたの仇でもあるんだ。おあいこだし、そんな問題じゃあない。

あたし達の誰かが、ぶっ殺せればそれでいいんだ。そういうことさ」


 シエイエスは目を閉じ、開いた後静かに云った。


「ありがとう。それでは、頼む。

ナユタ。お前はフレアを討つべく、ボルドウィンに向かってほしい。クピードーには、ミナァン卿にコンタクトを取り、お前に戦力の合流、助力を願うよう云い含めてある。適宜連絡をとってくれ。

そしてレエテ、ルーミス、俺は本拠に向かう。当然ながら“魔人”ヴェル、そして――“第一席次(ディエグ・ウヌ)”を討ち果たすために。そして俺たち全員の運命に関わったという、『真実』とやらを聞き出すために、な。

これには、王国に連絡を取り、シェリーディアらの力を貸してもらえるよう要望してある。現地になってしまうかもしれないが、合流する。

クピードーには連絡任務が済んだらナユタ、お前と同行するように云ってある。――本拠などという場所にあいつを連れて行ったら、瞬く間に捕食されてしまうからな。上手く使ってやってくれ」


「了解。ありがとうよ」


 そう云うとナユタは、レエテの前に進み出た。まずルーミスとシエイエスに声をかける。


「みんな。いくら云っても足りないぐらいだが、気をつけて。――絶対に、絶対に死ぬんじゃないよ。

ルーミス、シエイエス。あんたらは本拠は初めてなんだ。怪物どもの巣に入って、うっかり食われちまわないようにね。本当に――気をつけて」


「ああ、ありがとう、ナユタ、お前もな。ボルドウィンもそこまでの秘境でないとはいえ、得体の知れない土地だ。罠には十分に注意してくれ」


 そしてナユタは、やにわにレエテに抱きついた。


 レエテは驚いたが、すぐに目を閉じ、その身体を抱きしめ返した。


「レエテ――絶対、生きて返って――きてくれ。

今、あたしは多分、あんたのこと、一番大事で――。あんたが、もし死ぬなんてことがあったら――多分生きていけない」


 貌は見えないが、明らかにナユタは、泣いていた。

 それを感じ、レエテの目にも涙が光った。


「そりゃ、寿命のことは分かってる。けど今じゃ――だめなんだ。死なないで。あたしはあんたと一緒に、まだまだ生きたい。生きたいんだ……。そうさせて……くれよ? 絶対、だよ……?」


「私も……あなたと生きたい。ナユタ。私、生きて帰ってくるから……。あなたも、絶対、そうしてね……死なないでね……」


 そして涙の痕を残し、二人が身体を放した、その、時だった。




 レエテは、突然、身体を硬直させた。



 そして見る見る、貌が赤黒く変色していく。


 身体は震え始め、目の焦点が合っていない。


 明らかに異常な状態だ。


 同じく硬直した後、その尋常でない状態に声をかけようとした仲間達の目前で――。



 レエテは突然、身を丸めて、激しく、吐血した!



「ぐううう!!! ううおおおおお――えええええええ!!!!」


 

 背中を上下させて、滝のように大量に、赤ではなく黒くドロドロに濁った、血を吐き出し続けていたのだ!



「うわあああ!!! あああああ!!!! レエテーーッ!!!!!」



 ようやく声を上げたルーミスの悲鳴をよそに、血を吐き出しきったレエテは――。



 そのまま、土の上にうつ伏せに倒れていった!



「ああああああああ!!!!! レエテ、レエテえええええ!!!!!」


「レエテ、しっかりするんだ!!!! 一体どうしたんだ!!!! レエテーーッ!!!!!」




 突然の絶望的な状況に、衝撃に、身体の奥から絞り出された悲痛極まる仲間たちの悲鳴は――。



 青空の中に、ただ虚しく、吸い込まれていくのみだったのだ――。




 第十一章

 反逆の将鬼  完

次話より、

第十二章 運命の終局

開始です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ