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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十一章 反逆の将鬼
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第二十五話 死すべし、卑獣(Ⅳ)~苦悩の決着

 反撃を開始したドミノ。まず最初に狙う箇所は、すでに決まっていた。


 自分に初めてダメージを与えた、「声」の発生源である喉。この一点だった。


 三半規管や脳にダメージを受けているとは思えぬ凄まじい踏み込みによってレエテに迫り、正確で鋭い斬撃を一閃する。

 すると次の瞬間、レエテの喉笛は3cmほどの深さまで切られ、噴血した。

 避けるのが遅れれば、頚椎を寸断されかねない危険な攻撃だった。


 しかしレエテも、接近してきた敵をむざむざ逃がすようなことはしない。

 すかさず反撃を仕掛ける。溜めは十分ではないものの――あの強力な刺突技を。


(――“螺突”!!!)


 通り過ぎたドミノの後を追うように繰り出された螺突は、さすがの反応を見せた彼女の回避行動でずらされたが、右肩を抉り取るダメージを与えた。


「ぐっ……この……アマあああ!!!」


 そう云ってドミノは、シエイエスの方をちらりと見やった。今は二人の壮絶な接近戦ゆえ距離を取り、レエテへの流れ弾を懸念して手を出さないが――。油断なく構えを取り、いつでも戦闘に入れる構えだ。

 シエイエスは気を失わせでもしない限り――人質にとることはほぼ不可能であり、彼の十分な状態からして、今そんなことをしている余力は残念ながらない。

 どころか、彼には体内で酸や毒を形成できる驚異の技があるのだ。ソガールのときのようにレエテの手に毒を仕込む事は、彼女が冷静さを失ったこともあり失敗したようだが――。今のドミノの状態では、シエイエスの攻撃を受けてしまうかも知れない。彼のリーチを考えれば、ひとたまりもない。


 早期、決着。やるしかない。地上戦で使用できる中で、最大の技を、ぶつけるしかない。


 ドミノは――。一度、肉食獣のように身体を丸め、力を溜め込んだ。


 そして、両眼が光ったかと思うと、その力を標的に向かって一気に解放。


 レエテの眼前で、踏み込んだ左脚を震脚させ、超低空から右結晶手を一気に振り上げる。


(――!!!)


 レエテがそれに反応し、下段から急激にせり上がってくる斬撃に結晶手を合わせガードする。


 だがレエテは――知っていた。

 ドミノのその技が、一撃で終わるものではないことを。


「“天翔連斬”!!!!」


 その同じ下方から、左結晶手がせり上がってくる。全身の力を込める二連の斬撃にガードは弾かれ、空いた胴体から貌へ、身体を垂直に跳躍させながら初撃に用いた右、次いで再び左の結晶手が襲う、一撃必殺の、技。


 刻んだ。左胸を。首を。それを達成できる手応えは十分すぎるぐらいにあった。


 だが――達成は、されなかった。


「――ヒュー――つか――まえた! ――ヒュー」


 喉の孔から空気が吹き出し、途切れ途切れの、レエテの言葉が耳に入った。


 身体に受けた衝撃で、ドミノにも実感されていた。

 

 斬撃をかわされた上に、恐ろしい握力で自分の腰が、掴まれていることを。


 目を落とすと、レエテが極めて低い姿勢で両手を伸ばし、自分の両腰を掴んでいたのだ。

 飛翔はそれによって止められ、ホールドされた部分はすでに潰されかかっており、夥しい出血と激痛が実感されている。


「――や――やめろ――やめろおおおおお!!!!」


 恐怖に貌を歪めるドミノに構うことなく――。

 レエテは凄まじい握力と膂力で、一気に彼女の胴体を――腰から上下に、引きちぎった!


 飛び散る臓腑と出血に、一瞬でレエテの上半身は真っ赤に染まり――。


 ドミノの上半身は、絶望的な表情を貼り付けたまま、弧を描いて宙を舞い――地面に音を立てて落下した。


 レエテはそれを見逃すことなく、再度結晶手を発現させて一気に跳躍。


 上空からドミノに襲いかかった。


「ぐううううう!!!! ぐうああああ!!!!」


 ドミノは死に物狂いで仰向けの体勢になり、両手結晶手を天に突き出して応戦しようとする。


 が――下半身を失った致命的な状態で、満足な反撃ができようはずもない。


 レエテの容赦ない攻撃により、ドミノの両腕は肩下から切断された!


「おおおおお!!!! おおあああああああ!!!!!」


 両目を剥いて、ドミノが叫ぶ。痛み以上に、無念と恐怖が入り混じった慟哭であった。


 レエテは、肩で息をし激しく呼吸しながら、立ち上がってドミノに結晶手を向けた。


「――忘れ――た? ひゅー、私の師は、マイエ――なのよ? 

あなたが一度――も、勝てなかった――ね」


 ドミノは目を見開いた。

 

 そうだ。足元にも、及ばないとはいえ、この女はマイエの戦法を継いでいる。

 

 そして鍛錬で、ドミノがマイエに敗れるところを幾度となく目にしているのだ。


 もちろん“天翔連斬”が見事に破られたところも。

 今と、同じだ。ガードが破られた勢いをそのまま利用し、上半身を高速回転。その間に結晶手を解除し、がら空きになった下段から手を伸ばして掴まれたのだ。


 もう、そこまで強くなったのだ。自分という実力者に対して、マイエというそれ以上の実力者の技を再現できるほどにまで。

 初めから、負けは決まっていたようなものだ。いや、自分自身が、レエテの「成長」を促してしまったのか。


 レエテは憎悪をたぎらせた目で、自分に結晶手を振り下ろそうとしている。


 ドミノは、真の絶望と恐怖に、己のプライドも何も関係なく、惨めに泣きじゃくった。


「レエテ……レエテ……! お願いだ……助けて……命だけは……!!

死にたくない、死にたくないんだ……。さっき云ったろ、あたしのように、なりたかったって……あたしを尊敬してたって……。それに免じて、助けてくれよ……お願いだよ……。誓う……サタナエルを脱けて、二度とあんたの前には現れないって、誓うよ……だから、助けて……」


 これを見ていたシエイエスは、凄まじい怒りが奥底から立ち上るのを感じていた。


 何という、卑劣さ、卑小さ。己がどれだけの残虐無比、非道極まる行為を好き勝手に行ってきたのか、自覚がないというのか?

 それによって不幸のどん底に落とし、“参謀”という地位を利用して命も狙い、今も身勝手の極みの取るに足らぬ理由で、その良心まで信じてくれていた「家族」を殺そうとしていたのだ。

 それが己の命が危うくなった途端、見苦しくも、恥知らずにも命おしさに命乞い。もはや人間の姿をしていることも許せぬほどの、正真正銘の屑といって差し支えないだろう。


 己が刃を振り下ろしたいほどの怒りが突き上げたシエイエスだったが、レエテの貌を見て驚愕した。


 レエテは、明らかに動揺していた。憐れみに歪んだ表情で、目を潤ませ身体を震わせ、完全に止めを刺すのをためらっていた。


 凄まじい葛藤はある。先ほど聞かされたビューネイに対する、到底許すことのできない所業。彼女だけではない。マイエにも、他の家族にも、死んでいった子供たちにも、詳細に聞いたとしたら更に許しがたい悪魔の仕業が白日のもとにさらされるだろう。すぐにでも、息の根を止めてやりたい。


 だが――できない。

 曲りなりにも10年の間、心の底から愛した家族。

 それが抵抗できなくなった憐れな姿で、弱々しく涙を流し情けを請うているのだ。

 

 もちろん理屈では分かってはいる。

 甘い、を通り過ぎた愚かしい行為だと。この命乞いのとおり、本心から思っているはずはない。ひたすら浅ましい命おしさに、敵の優しすぎる性格を知り尽くした悪魔の、その場の出まかせだろう。おそらくここで見逃せば、身体を完全に再生し、何食わぬ貌で再び襲いかかって来るだけの話――。全くの元のもくあみでしか、ない。


 それでも――今のドミノを見て、殺すことなど、レエテにはできない。

 シエイエスに止めを頼むことも――身体が拒絶した。


「頼む……頼むよ……レエテ。お願いだ……」


「――身体が――治ったら――。どこへでも、行って――」


 踵を返し、押し出すように、レエテは云った。


「レエテ、ダメだ!!! 考え直せ!!!! そいつは――」


「シエイエス――わかって――いるわ。けど、ごめん――なさい、分かって。

――私には、無理――。この場は――見逃して、あげて」


 それを聞いたドミノは一瞬で表情を輝かせ、レエテに云った。


「――ありがとう! ありがとう、レエテ!!! 恩に着るよ!! あたしはねエ、絶対にあんたの前には現れない、誓うよ――」




「――それは、許されん。

ドミノ、お前は、今ここで、死ぬのだ。

お前の役目は、まさにこの場所で、終わったのだから」




 突然――。



 背後から男の、声が鳴り響き――。


 レエテは驚愕に、振り返った。




 そう、突然に、男はそこに「現れた」かのようだった。



 だが瞬間移動などである訳はない。レエテやシエイエスほどの戦闘者にも気取られぬほどに、気配を完全に「0」にしていたのだ。



 いかめしい、思わず礼を取りたくなるほどの、圧倒的な威厳を含んだ、低い声。



 その声の主は、ただ静かにそこに、立っていた。

 レエテの後方、15mほど先の、樹々の間に。



 年齢はおそらく、60代後半。だが雰囲気から見て取れる年齢よりも、身体的特徴ははるかに若々しい。

 全身を、法衣に包んでいた。恐ろしく、禍々しい。白地に碧い宝石類を散りばめた、光り輝く

明らかに高位の存在と分かる法衣だ。

 身長は、185cmはあるだろう長身。細身ながら、筋肉がつき、真っ直ぐに伸びた背筋。

 年齢に比して豊かな、完全に白髪の、ストレートの腰まで伸びた長髪。

 貌は――きわめて美男だ。彫りは深く、鼻は筋が通り高く、両目は強すぎる意志を帯びて爛々と碧い瞳を輝かせる。




 この男を目にしたドミノは、先ほどと比べても大きく違う安堵の表情で破顔したが――男の物騒な言葉を聞いた途端、表情を凍りつかせて青ざめた。




 そしてシエイエスは――。なぜか尋常な様子では、なかった。


 

 まるで、世にも恐ろしい魔物、この世の怪異でも見たかのような、恐怖さえ含んだ表情――。目を見開き、口を半分開き、おこりにかかったように身体を震わせた。




 ドミノと――。

 シエイエスが、その男の名を呼ぶのは、ほぼ同時。全く違ったその呼び名が、交錯した。




 「“第一席次ディエグ・ウヌ”――!!!!」




 「あり得えない――どうして――!!!!

 爺さん――クリストファー・フォルズ――!!!!」

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