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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十一章 反逆の将鬼
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第二十二話 死すべし、卑獣(Ⅰ)~望まぬ急襲

 エグゼビア公国、東部森林地帯――。


 平野部にほど近い、やや開けた場所。そこを西北に向けてひた走る、一つの影があった。


 まず特筆すべきは、その異常なまでの健脚。馬の全力疾走にあたる、時速60kmに匹敵しているものと思われた。


 そして今一つの異様な点は、その突出した脚力で走っているのが女性であり、その背に男性をおぶった状態であるということだ。


 ここまで尋常ならざる身体能力を持つ女性は、大陸でも一握り。

 まずもって、サタナエルに所属する暗殺者か、“一族”の女子に限られることはほぼ間違いない。

 そして風になびく“白銀の髪”から、その女性は間違いなく、一族の女子であることが知れる。


 

 それは――紛れもなく、レエテ・サタナエル。


 そしておぶわれる男性は当然、彼女が救い出したシエイエス・フォルズに他ならなかった。


 今レエテは、一刻も早くナユタ達のもとに駆けつけなければならない。ロブ=ハルスを仕留めんと、レエテと別行動をとっているナユタ達。

 彼女らには、エスカリオテの会戦から追跡に移行した“魔人”ヴェルの脅威が迫っている。事前のナユタの計画では、身につけた秘策の拘束魔導を駆使しロブ=ハルスを仕留めた後、傷ついたナユタとルーミスをホルストースが抱えて逃げ、安全を確保する手筈だった。

 だが、それらが全てうまく行くという100%の保証はないのだ。

 

 距離的な問題から、戦闘や逃走劇そのものに自分が間に合う訳ではない事は、レエテも分かってはいる。

 だが少しでも早く現地にたどり着くことで、なにがしかのリスクを軽減することはできるだろう。


 加えてレエテは、焦っていたのだ。

 何か、胸騒ぎがする。とても、良くないことがこれから起こる予感がする。


 そんな思いに突き動かされ、馬もなく足腰の弱ったシエイエスを連れて行かねばならない状況下で一刻も早くたどり着くために選択した、最良の方法であったのだ。



 走りながら、シエイエスと情報交換、会話を続けるレエテ。


 その中で――。シエイエスは、一行で未だ彼だけが知らなかった、ある衝撃の事実をレエテから聞かされていた。


 キャティシアがサタナエル“法力ヒリング”ギルドの一員でありレエテを襲ったこと。そして情愛の力でメイガンの束縛を振り切り、果敢に向かった彼女が、殺されたこと。最後は愛するルーミスに看取られ、逝ったことを。


 驚愕に打ち震え、レエテに捕まる手を強く握りしめるシエイエス。


「そんな――!! ――キャティシア――信じられない。お前が、お前がもう――この世に、居ないのだなどとは――!

お前が、そんな苦しみを密かに抱えていたことに気づけず――。偉そうなことを口にしていながら、何もしてやれなかったこと、許してくれ――! 王都で、俺が――俺が下手を打たなければ――お前を死なせずにすんだかも――知れないというのに……!!」


 目を閉じ、血を吐くような悲しみと悔恨の言葉を歯の間から押し出すシエイエス。それにつられ、えぐるような悲しみの再来を覚えながらも――。すでにある程度心の整理がついているレエテは、諭すようにシエイエスに云う。


「そんなことはないわ。私も苦しんだけれど、あの子の死は、避けられないことだった。責任があるとすれば、王都で終始行動をともにしていた私にあるわ。あなたのそんな苦しみと卑下の思いは、キャティシアは決して望んではいない。

あの子は、あなたのことをとても尊敬してた、シエイエス。あなたが理想にあるとおり、すぐれた知恵で敵に立ち向かうことをあの子は望んでいると思うわ……!」


 話しながら押し寄せる悲しみを、胸の奥でぐっとこらえるレエテ。


 そうだ。もう誰一人失うわけには、いかない。戦いに勝利し、皆で生き残るのだ。そのために、残る全員の力を集結しなければならない。


 

 そう思いを新たにしていたレエテは――。


 突如としてシエイエスが上げた警告の叫びに、ハッと我に返った!



「危ない!!!! レエテ、右によけろおお!!!!」



 流石の反応力を見せ、レエテは言葉どおり右に回避行動を取った。


 その左肩口の、わずか数mm外をそれていく、一閃の斬撃!


 斬撃の生み出す真空波は、地面の草を斬り飛ばし土どころか岩盤をもえぐり――。


 次の瞬間、斬撃の主は一度地面に降りて即座に蹴り下げ、再びの上空に跳躍していった。


「――!!!」


 危なかった。シエイエスが気付いてくれなかったら、今頃レエテは彼もろとも急所である頚椎を縦に裂かれ、即死していたことだろう。

 図らずも目を閉じていたシエイエスが“沈黙探索サイレントサーチ”に近い状況であったことで、レエテよりも一瞬だけ早く敵の気配に気付くことができたのだ。



 襲撃の主は、30mという途轍もない距離を一足で跳躍していた。そして、そこにあった大木の枝に着地する。


 ――その凄絶な殺気、斬撃のカミソリのごとき鋭さから、恐るべき強者であることは知れている。それに加え、異常な長距離を一気に跳躍できることが、レエテにすでに相手を特定させていた。


 そんなことができるただ一人の、人間。レエテがよく知る、その人物が襲撃者であることを。


「――ドミノ――!!!」



「――命拾いしたねエ、レエテ。今のは、あたしも完全にったと思ったんだけど。

そのボウヤの、青臭い恋の力とやらで、救ってもらったってワケ?

……ヘドが出る甘ったるさだねエ、相変わらずさあああ!!!」


 凶悪極まる笑顔を貼り付け、両手の結晶手を広げて枝の上で立ち上がった、女性。


 それは予想に違わず――サタナエル“参謀”、ドミノ・サタナエルの姿であった。


 レエテはそれを睨みつけつつ、シエイエスを地に降ろした。


 シエイエスはややおぼつかない足取りながら立ち上がり、両腰の漆黒の双鞭を取り、瞬時に振り展開させた。


 そしてレエテが殺気をみなぎらせ、草原から自分に向かって歩いてくるのを、満足気な表情で見下ろすドミノ。


「……そうさ。それは賢明な判断だ。このあたしを相手に逃げ切れはしないと見切りをつけ、始末しようってその判断はネェ……」


 そう。レエテは嫌というほど思い知っている。本拠でこの卑劣な女怪と、そうとは知らずに10年という濃密な時を過ごしたことで。


 ドミノはビューネイを“追放”の危機から救った恩人であり、そのビューネイの主たる教育役として、彼女に戦闘のいろはを叩きこんだ師。――今にして思えばそれは、そもそもの初めからビューネイを利用する目的からだけの行為だったのであり、背筋が寒くなる思いだが。

 よってドミノの戦闘法は、それを受け継いだビューネイが示すとおり――スピード、跳躍力、奇策で翻弄する奇襲型だ。


 レエテはそれとは正反対の、パワー型で正攻法を旨とするマイエに教育を受けている。

 そしてマイエから教育を受けたレエテが、それに到底並び立てなかったことは、ビューネイも、同様。

 すなわちドミノは、同じ奇襲型ながらビューネイとさえ次元の異なる強者だということ。


 ドミノは言葉を続けた。


「覚えてるよねエ。たまに手合わせしてやると、何十回やってもあたしの樹々を伝う動きに全くついていけず、しまいには悔しくて泣き出してた自分あんた自身を。

なだめて認めて励ましてやると、『ありがとう、私頑張る』とか云って応えてた、あんたの虫唾の走る笑顔は――。

あたしは思い出したくもねえケドなあああああ!!??」

 

 突如、両眼と口を全開にし――。


 女怪は樹上からレエテに襲いかかった!


「――!!」


 両結晶手を斜め後方に広げ、巨大弩弓のやじりのごとき様相で迫る、その凶悪な姿。


 ――本拠での訓練時や戦闘時の姿は、女怪にとってはお遊びの結果に過ぎない。

 王都で手合わせをした感触から分かってはいたが、異次元のスピードと圧力。

 反撃どころでは全く、なかった。――もう一つのある理由も、手伝って。


 辛うじて――初撃の左結晶手だけはギリギリ見切り、己の右結晶手で防御し得た。


 だが、鉱物同士の打ち合う独特の衝撃音がたったの一回鳴る間に――。

 ドミノは右結晶手斬撃、着地後の足払い、さらにたいを回転させての強烈極まる後ろ回し蹴りという動作を一瞬で完了していた。


 斬撃は頸動脈と心臓をかすめてレエテの左乳房を切り裂き、足払いで体勢を崩したところに芯を捉えた後ろ回し蹴りの一撃が見事に鳩尾に直撃。

 内臓が叩き潰されるかと思うほどの衝撃とともに、レエテの体は軽々後方へと吹き飛んだ!


「ぐうううぅ――!!!」


 吹き飛ばされ、苦痛に歪むレエテの貌は――。


 決して、ダメージを受けた身体の苦痛によって歪んでいるだけではなかった。


 心も、巨大な苦痛を受けていたのだ。


(ドミノ――!!)


 その過去と現在の邪悪で卑劣に究る行為は、いかなる慈悲に照らしても許されるものではない。


 レエテも、事実を知ったそのときは、将鬼に対して以上の激憤と怨念が身体を駆け巡ったが――。


 ドミノは、将鬼たちとは、違う。


 その本性がどのようなものであろうと、レエテにとって、人生で最もかけがえのない珠玉の10年をともに過ごした――。姉とも母とも慕った、存在。

 それはレエテ自身の精神や身体の一部と云っても過言ではない、大切な、大切な存在なのだ。


 こうなることは、戦うことは十分に覚悟していた。そのはずなのに。


 ドミノに刃を向けることを激しく躊躇する自分の葛藤に、レエテは苦しめられていたのだった――。


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