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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十一章 反逆の将鬼
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第二十話 「俺は生きた、お前を護るために」

 ホルストースの、絶望的な状況下での宣戦布告。


 通常の敵ならば、一笑に付すだろう。だが、ヴェルは違う。


「見上げた心意気だ。だが俺は、相手がどのような状態にあろうが一切の手心を加えん。

俺の目的たる、レエテの居所を貴様に吐かせるための最短距離を行くまで」


 そう云うと、ついに彼は繰り出した。両の手の、結晶手を。


 黒曜石のような、黒光りする鉱石のような独特の刃。やはりその部分に関しても男性と女性の違いがあるのか、見慣れているレエテのそれよりも二回り以上も大きく長い。ヴェルの長いリーチを考えれば、“ソード”に匹敵する射程範囲を持つであろう。


 そのまま一気に距離を詰めたヴェル。先程見たロブ=ハルスと比較しても桁違いに速い踏み込みだ。


 狙う先は――。左脚。あわよくば、両脚とも。


 左側から結晶手を振り抜こうとする。


 が――。高らかな金属音とともに、ヴェルの右結晶手は、縦に防御の構えがとられたドラギグニャッツオの柄に当たり、阻まれた。

 ホルストースはもちろん、アダマンタインの刀身に当てることを狙ったが、直前で気づいたヴェルがわずかに軌道を変えたのだ。


 だが何より驚異的なのは、ホルストースが攻撃を堪えていること。

 

 ヴェルも、ホルストースを殺してはならないことや、相手が右腕一本だということもあって相応の腕力にセーブはしていた。


 だがそれを差し引いても――強烈な腕力。まるで本気のサロメや、鬼人化したゼノンのような怪力だ。


 見ると――。ホルストースは、右腕と、折れた左腕の、使用できる「肘」を柄に当てて攻撃を堪えていた。

 さらに、凄まじい形相だ。血を吐きながら、貌中に血管を張り巡らせ、目を向いた魔の形相。おそらく、万全の状態でも出しえない腕力を、今この男は引き出しているのだ。将鬼に匹敵する、力を。


 このまま力任せに振り抜いても良いが――。この男の凄まじい精神力を考えれば、心を折るよりも身体のダメージを優先すべきと思い直したヴェルは――。

 左手の結晶手を水平に振りかぶり、同じく水平に振り戻し――ホルストースの左腕を肩の下から切断した!


「ぐうおおおおおおおお!!!!」


「ホルストース!!! くそっ――くそおおお!!! ナユタ!!! 目を覚ましてくれ!! 早く!! くっついてくれ!!! この足がああ!!!」


 ホルストースの悲鳴と、ルーミスの悲痛な叫びが交錯する。ルーミスは身体を前屈させた状態で、左手をナユタの脇腹の傷、右手を己の断たれた両足に交互に添えて、全力の法力治療を行っていた。ナユタの出血は止まっているが、いかに血破点開放を使用するルーミスでも、ロブ=ハルスとの闘いでの消耗を抱えたままでは治療スピードも鈍る。


 ホルストースは左腕を失い出血しつつも、剛槍を持った右腕をまんじりとも動かさず、防御を継続していた。あまりに凄まじい、精神力だ。


 当然ながら押されていく一方だったが、敵ヴェルは次なる攻撃に移った。


 空いた左結晶手で、ホルストースの右肋骨付近を軽く突き刺したのだ。


 すると――それをされた側のホルストースに、激烈な変化が訪れた。


「があああああああああーーっ!!!!! ぐあああああああああああっ!!!!!」


 貌を天に向け、絶叫したのだ。その表情は、極限の激痛に歪みきっていた。


「どうだ? これは人体の全身の中でも、最大の苦痛をもたらす血破点、“震点”だ。

俺が痛みの耐性鍛錬のため毎日己に突き刺し、今の貴様と同じ苦痛を味わっているものだ。

少しは話す気になったか? レエテの居所を」


 声も出し尽くし、あえぐばかりになったホルストースを見て、ルーミスはついに涙を流してヴェルに向かって叫んだ。


「もういい!!! もうやめてくれ!!! “魔人”ヴェル!!!

オレが話す!!! 話すから!! ホルストースを助けてやってくれ!!!」


 しかし――これを聞いた瞬間、ホルストースは恐ろしい形相で目を剥き、ルーミスに云ったのだ。


「ルーミス……!!! バカ……なこと……すんじゃねえ……!!!

しゃべったらな……てめえ……殺すぞ……!!!!」


 それを聞いたルーミスは、ぐっ……と歯を食いしばり、耐えた。


 ホルストースはその鬼気迫る表情のまま、ヴェルに押さえられたままのドラギグニャッツオに力を込め、ヴェルに刀身の先端を向ける。


「殺せ……よ。どうしたよ……びびった……のか? “魔人”ヴェルともあろう……者がよお……。

云ったろ……俺は……相当しぶてえって……。そして死んでも……レエテ(あいつ)の居所……は吐かねえ……。殺さなけりゃあ……俺の……槍が……てめえに届いちまう……ぜ?

どおした!!! 迷ってんじゃねえ!!! 殺せ!!! 決着つけやがれええええ!!!!!」


 壮絶すぎる痛みに耐え抜き、倒れることも、力を緩めることもなく戦い続けるホルストース。


 それを見たヴェルは――何と、はっきりと口角を上げて、「微笑んだ」のだ。


 ヴェルは己でも、殆どそれをした記憶がない。そしてする時は――例外なく、「闘いにおける満足」が得られた場合のみだった。


「ホルストース・インレスピータ……。その凄まじい気迫、貴様は俺が出会った敵の中でも、最大の勇士だ。

敬意を、払いたい。それに相応しいのは――。大陸頂点の存在が放つ、全力の一撃での決着であろう」


 そう云うとヴェルは、“震点”からも、ドラギグニャッツオからも結晶手を放し、一旦二歩ほど後方に下がった。


 急激に力を放され、よろめきながらたいを開く体勢となる、ホルストース。


 そしてヴェルは初めて、構えに入った。

 腰を低く落とし、右結晶手を大きく後方に引く。その構えは、右手を捻ってはいないものの、彼の妹レエテの技“螺突”に近いものだ。


 そして――足のつま先を起点とし、全身の力を上方に。太腿から腰へ。腰から肩へ。肩から腕に到達させ、一撃を放つ!


「覇っ!!!!」


 裂帛の気合とともに、正拳のフォームではなった右腕は――。


 関節を外し、飛距離を伸ばし――。


 伸長した結晶手は、砲弾のようにホルストースの胴の全面に向け到達する!



 到達の直前――全てを悟ったように、ホルストースの貌から険が消え、穏やかな表情の中の両眼は静かに、閉じられた。


(健闘を、祈るぜ、みんな――本当に、ありがとうな。そしてナユタ――心から、愛してる――)


 唇が動いていた。その最後の思いは――ルーミスにははっきりと、伝わっていた。


 

 そして到達した伸長結晶手は――。


 

 オリハルコン製の重装鎧を紙のように切り裂き――。



 恐ろしい衝撃音とともに、胸を完全に貫通した。



 結晶手の大きさを遥かに超える、直径50cmの「面」を削り取った一撃は――。



 その大きさの風穴を開けた後方――。



 ルーミスとナユタに向けて、彼の臓物の残骸と、大量の血を押しやった!



 ナユタの身体に降り注ぐと同時に――。自身の身体に降り注いだ、仲間の大量の血を浴びて――。

 ルーミスは、貌を歪めて絶叫した。


「うああああああああ!!!!! ああああああああああ!!!!! ホルストース!!! ホルストースーーッ!!!!!」


 


 それを合図のように――。ヴェルは伸長手を戻し、構えを解く。


 そして厳かな表情で、ホルストースに近づく。


 一瞬で絶命した、ホルストースの表情は――。彼の死の直前の思いを形作る、極めて穏やかなものであり、閉じられた両眼も、そのままだった。


 何より驚嘆すべきなのは――死してなお倒れず、仁王立ちで直立し続けていることだった。右手に握ったドラギグニャッツオも、取り落とすことなく。



「ホルストース・インレスピータ……俺は戦士としての貴様を、心から讃え――」



 ホルストースに1~2mほどの距離にまで近づいたヴェルの言葉が、途中で止まった。

 ドスッ――という鈍い音と、ともに。



 ヴェルが視線を落とすと――。



 亡骸となったホルストースが突き出した右手。そこに握られたドラギグニャッツオの刀身が、深々と、ヴェルの胴体に突き刺さっていた!



「――!!」


「な……なん……だって……!?」



 攻撃を受けたヴェルも、それを目にした返り血まみれのルーミスも――。


 ただただ、驚愕に目を見開いた。



 そして痛みを苦痛と感じぬヴェルも、はっきりと感じた。


 刀身の先端が、わずかながらも己の心臓を傷つけていることを。


「ぐ……ふっ!」


 ヴェルは驚愕の表情のまま、小さく吐血し――刀身から己の身体を引き抜いて、よろめいた。


「ああ……!」


 何と、いうことか。大陸最強の魔皇、実際にその天の高みの強さを目にしたルーミスの目前で、その存在が傷つきダメージを受けている。

 その様子を信じられない、という表情で見つめるルーミス。



 ヴェルは己の身体を久々に襲う悪心に耐えながら、左胸の傷を押さえて、云った。


「そうか……貴様はこれを、狙っていたのか」


 おそらくは、その神器の槍に埋め込まれた魔石。それに死ぬ直前の己の想念を込めていた。ヴェルの心臓を断つ、という。そして魔石はそのとおりにホルストースの肉体を動かし、最後に近づいてくると分かっていたヴェルの心臓を、狙ったのだ。


 ヴェルは再び、満足に満ちた微笑を浮かべた。そして云った。


「今少し力が強ければ、俺の命は危うかったかもしれぬ。全くもって恐るべき、男。そして何と偉大なる、勇士か。

ホルストース・インレスピータ。俺はその名を決して、忘れぬだろう。マイエに匹敵する、強敵、勇士として。

ルーミス・サリナス。次に貴様らを尋問することも、殺すこともたやすいが――。ホルストースに免じ、俺は退く。レエテもフレアも今は全てを諦め、一度本拠へ戻る積りだ。

貴様もこの男の生き様、死に様を記憶し世に伝えるがいい。

今見た俺の技もな……フフ、これも狙っておったのだな。

さらばだ。また再び相まみえるべく、本拠にて待つと、レエテに伝えるが良い――」



 それだけ云い残すと、しっかりした足取りに戻ったヴェルは、一瞬にして跳躍し、その不吉な黒い巨体を森林の中へと消し去っていった。




 ルーミスは、しばらく呆然と、ヴェルの去った後を見続けていた。



 そして徐々に気を取り直すと――。彫像のように直立したままの、偉大な仲間の亡骸に目を移した。

 目に、止めようもない涙が浮かぶ。


「ホルストース……オマエは……オマエは本当に――」


 ――凄い、男だ。

 言葉どおりに、ヴェルに刀身を突き立てた。あわや命を奪うかというほどまで。

 そして何より――仲間を、最も大切な愛する女を、守りきった。最強の存在から。たった一人で。


 もとより、男として自分など足元にも及ばぬ存在として、密かに尊敬の念を抱いていた。

 それは間違いでなかったどころか――。遥かに男としても、戦士としても、偉大な男だった。



 しかし――今ルーミスの心を支配しているのは、悲しみ、だった。


 仲間を、あまりに巨大な存在を喪った、悲しみ。

 そしてこの後目を覚ましたナユタが経験するであろう、愛し抜いた男を喪った、身を引き裂かれる深い悲しみ。それに馳せた思い。


「うっ……うううううう……ううう……」


 血に塗れ、暗く影を落としたルーミスとナユタの姿の中で――。


 継続される法力が放つ淡い光だけが、それを消し去ることもできすに虚しく光り続けるのだった。

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