第十四話 耐魔匠ロブ=ハルス(Ⅱ)~覆せぬ相性、そして――
ロブ=ハルスは、強烈な宣戦布告を受け、腰のジャックナイフを取り出して胸とともに両腕を広げ、戦闘態勢に入った。
が――。その貌は、相変わらずの厭らしい冷笑に覆われていた。
「ナユタ……威勢が良いのは至極結構なことです。私は、そんな貴方が大好きですから。その気の強さが現れた可愛い貌が、急激に絶望と恐怖に歪んでいく……。あのときの快楽をもう一度愉しむことができるのは最高の幸運というもの……フフ」
怖気を振るう仇敵の台詞に、こんなときではあるが思い切り嫌悪に身を震わせるナユタ。
ロブ=ハルスは構わず続ける。
「ですが……これまでで嫌というほど学習してきたのではないですか? 貴方がどれほど強力な魔導士になろうと、この“耐魔匠”を魔導で斃すなどということは不可能――可能性絶無であるということを。にも関わらず私に挑んで来るからには、何か秘策があると? それとも――考えたくはないですが、ただただ感情に支配され、闇雲に突っ込んで来ようとしているのですか?」
ナユタは、その射抜く視線を僅かでもロブ=ハルスから離すことなく、言葉を返した。
「ゴチャゴチャうるせえんだよ……。世の中には、絶無も絶対もねえ。このあたしの魔導がてめえを殺す。それは単なる事実だ。秘策でも玉砕でもねえんだよ!!!!」
叫ぶやいなや、ナユタは上体を反らし、即前方へ曲げつつ両手を突き出し、爆炎の砲弾を放つ。
「暴漣滅死煉獄・収束!!!!!」
本来ならば数百mにまで伸びる巨大な炎の壁を、僅か2m幅にまで収束した大爆炎は、対象がいかなる物体であろうと消し去る威力を持つ大魔導だ――本来ならば。
「――全反射!!!」
気合一閃――。ロブ=ハルスが放った耐魔最上級の技は、ナユタの超爆炎を180度正確に反射させ、術者本人へと返した。
己にまっすぐに向ってくる死の爆炎を目にし、鋭い眼光でナユタは叫んだ。
「ルーミス!!!」
その声がかかるのを待つまでもなく、ルーミスは一直線にナユタに向けて飛び出し、その身体を抱えて瞬時の回避行動をとった。
ナユタの居なくなったその場所を通過した暴漣滅死煉獄・収束は、爆音を立てて背後の樹々を数百mにわたってなぎ倒し――。燃やしていった。
だが魔導の炎は、術者が継続を意識しない限り、燃焼を続けることはない。衝撃を吐き出した後は、静かに鎮火し山火事に発展することはなかった。
間一髪、ナユタを救い出し着地したルーミスに対し――。
危機は、間近に迫っていた。
「ぬううううんっ!!!!」
すでに背後に踏み込んできていたロブ=ハルスの巨大な影。気合とともに振り上げられたジャックナイフの一閃に対し、ルーミスは巨大義手、“熾天使の手”で対抗する。振り向くこと無く、変幻自在に膨張・伸長する1m以上に巨大化した手がジャックナイフを受けきり、ロブ=ハルスは一時飛び退り後退する。
そして着地したその場所で、“熾天使の手”をしげしげと眺めながら云った。
「ほう……遺跡の一件でも装着していたのは目にしていましたが、我が旧友イセベルグが精魂をこめたというその義手の真の力。大したものですね。まあ多くはルーミス、貴方がローザンヌで開眼した“血破点開放”の力によるところが大きいのでしょうが。そればかりは、私の力でも無効化することはできず脅威ではあります。
ですが……それが、何だというのです? ナユタ、貴方は魔導を打ち付けては跳ね返され、それをルーミスの力を借りてかわし続ける鬼ごっこを延々続けるつもりですか? 私が力を見せていない現時点で、貴方がたはすでに手詰まり。
ホルストース・インレスピータ。今この場で、それでもまだ私に相対するのに最適な相性の戦士である貴方はどうやら、手を出さない積りなのでしょう? そんな茶番に付き合っているヒマが今の私にないことぐらい、分かりそうなものですが」
得物、ドラギグニャッツオを地面に立てて戦闘体勢を解いているホルストースは、憤怒の表情でロブ=ハルスを睨みながら言葉を返した。
「そうだ……俺あこの場で、闘いに手は出さねえ、ロブ=ハルス。
俺だってなあ……一番大事な女をなぶってくれたてめえ、大事な仲間を死に追いやってくれたてめえをぶち殺してえのは山々だ……心の底からな。
だがそんな俺の憎しみなんぞカスでしかねえぐらい……ナユタとルーミスの怨念は地獄に届くぐらい深え。自分達の手で止めを刺してえこいつらの意志を俺は尊重する」
クックック……と侮蔑の笑いを漏らし始めるロブ=ハルスに対し、立ち上がったナユタが指を差し言い放つ。
「ホルスの云う通り。てめえはあたしとルーミスの手で落とし前をつける、ロブ=ハルス。
大体な……。てめえは茶番だって云うが、腹の底では、なんとかあたしらを瀕死にしてヴェルに自分の行き先を聞き出させるようにし足止めしてえんだろ……? 目的があんだろ?
その点は、同情を禁じ得ねえぜ……。てめえは、フレアに聞かされてねえんだろ?
レエテが、ヴェルに仇と狙われてること。実はあのヴェルの双子の妹だってこと。レエテに辿り着けるならヴェルは、てめえごとき放っぽってあいつに向ってくんだって事実をよ!!!」
「――!!!」
ロブ=ハルスは、表情を凍りつかせて驚愕に目を見開いた。完全に、知らなかったようだ。
フレアも、ずっとヴェルとゼノン以外には口外していなかった重大事実。それを話していなかった。
「だから、てめえは今この場さえ尻尾巻いて逃げきれりゃあ後は、ヴェルは遭遇したあたし達仲間に何としてもレエテの居場所を吐かせようとするんだよ。それっきりてめえは逃走成功さ。それだけ重大な事実をあえて伝えられてなかった。
要するに、フレアにとっちゃあ、てめえは生きようが死のうがどうでもいい存在だってことだ。
戦力としては魅力だが、心情的には仲間にしたくはない。あえてこの状況に置いた上でボルドウィンに辿り着けるなら仲間に。駄目ならそれでおさらば。両天秤にかけられて玩具にされてたってこと。はははははっ!!! 情けねえ。見下げ果てた、憐れなクズの末路ってわけだ――」
その先を継ごうとしたナユタの台詞は――。
先ほどとは比較にならない、恐るべき魔の旋風と化した眼前の魔物の踏み込みと、そこから突き出された手によって塞がれた。
そして途轍もない力で後方に身体を突き出され、樹の幹に強く打ち付けられた。
「ナ――ナユタッ!!!!」
あまりの速度ゆえに反応できなかったルーミスがようやく危機に気づき、必死の形相で救助に向う。
“血破点開放”の身体能力で、ロブ=ハルスに向けて跳躍する。そして、“熾天使の手”を突き出して攻撃を届かせようとする。
だが――。その先端は、真っ直ぐに突き出された片手のジャックナイフの強撃によって――。左右真っ二つに割かれ、同時に食らった信じがたい衝撃によって、ルーミスは身体ごと後方に吹き飛ばされた。そして一本――二本――三本の幹をへし折ってようやくルーミスの身体は停止。
「ぐっはあああああ――!!!!」
“聖壁”と、強化された肉体をも凌駕する激烈なダメージを食らったルーミスは、損傷した内臓からの血を大量に吐き出してぐったりとその場に倒れこんだ。
「ルーミス!!!」
ホルストースは叫び、思わず駆け寄ろうとするが、手だけを大きく上げて制止するルーミスを見て動きを止めた。
そうしているうち、囚われたまま言葉も発せず、か弱い抵抗をするだけのナユタは――さらなる危機に陥っていた。
その一本の毛もない頭にびっしりと血管を張り巡らせ、異常に目をギラつかせた悪魔は――。
ルーミスを撃退したその右手のジャックナイフの先端を、ナユタの胸から股間まで縦に一閃。
それにより――ナユタのアルム絹のローブと下着が切り裂かれ、一瞬その下の白い肌があらわになったのち――。
すぐに、切り裂かれた傷から大量に吹き出した鮮血で真っ赤に染まり地肌が見えなくなる!
「んんんーー!!!! んんんんんんっーー!!!!」
「ナユタあああああ!!!!! うおおおおお!!!!」
ナユタが苦痛に目を見開き、悶え苦しむ。それに悲痛な声を上げるホルストース。
傷は内臓に届くほどまでではなく比較的浅いようだが、鳩尾と下腹部を切り裂かれた痛みは激しく――。ナユタがその痛みと顕になった己の身体を隠したいのと同時の反射行動で、両足をもじもじと閉じる動作をしているのが痛ましい。
それを恐るべき激憤の双眸で射抜き、息を大きく荒げ、バリ……バリと魔獣のように歯を噛み鳴らす、その男。
ついに――触れてはならない逆鱗に触れたか、本性を現した悪魔は、押し出すように――そしてやがて爆発的に言葉を発したのだった。
「それ以上舐めた口を……。利くんじゃねえぞ、このアバズレのクソ女がぁ……!
誰が、玩具だあ? 誰が、憐れなクズだぁあ……?
調子に乗んのも、大概にしろよ!!?? ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーー!!??
このロブ=ハルス様をそこまで虚仮にしてよおおおおおおおおおおおおおおお!!!!! ただ死ねると思うんじゃねえぞ!!??
姦る、殺るだけじゃあすまねえぞ……!!?? ○○○を○○になるまですり潰して泣き喚かせて……犬の○○に○○てぶちまけてやる……覚悟できてんだろうなあああああああああああああああああ!!??」
聞くも悍ましい、全ての本性をさらけ出した淫魔の恫喝に――。
ナユタは心の奥底からの恐怖に怯えながらも、全身全霊で耐え続けるのだった――。




