表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十一章 反逆の将鬼
252/315

第十三話 耐魔匠ロブ=ハルス(Ⅰ)~無軌道なる淫魔の誕生

 レエテとシエイエスが、永遠の愛の誓いをかわした、丁度同じ頃――。


 「元」サタナエル“短剣ダガー”ギルド将鬼、ロブ=ハルス・エイブリエルは、森林の中をひたすら駆けていた。


 恐るべきスピードだ。平原を走る馬と同等の速度で、樹々生い茂る深い森林内を突き進んでいる。幹を避け、枝葉をかわし、巨大な根を飛び越え、障害となる太い枝はジャックナイフで切り裂きながら。

 それはまるで、死すべき者のもとに辿り着かんとする死神の黒い影にも見えた。


 ここは、エスカリオテの国境線を越えた隣国エグゼビア公国の北端にある、森林内。


 会戦が行われた戦場から、フレアとともにサタナエルを裏切り、ベルフレイムの背に乗って戦場を離脱したロブ=ハルス。

 危険からギリギリの安全が保証される距離、国境付近で半ば強引に降ろされてしまった彼は、自力で新天地、西端のボルドウィン魔導王国を目指さなければならなかった。


 暗殺者として天性の才に恵まれ20年以上のキャリアをもつ彼を、まともに追跡して捕捉できる可能性のある者など、この大陸にほんの数人。

 すでに捕捉をされた剣聖アスモディウス、もはや故人となった将鬼サロメ、ゼノン。そして――サタナエルの頂点、“魔人”ヴェルのみだ。


 その“魔人”ヴェルこそが、現在のロブ=ハルスの追跡者だ。

 まだ猶予はあるはずだが、万一彼に追いつかれ戦闘状態に入ってしまえば、ロブ=ハルスの勝機は「0」だ。

 

 己がしばらくぶりに経験する、それも最大の命の危機。

 その状況に至り、ロブ=ハルスの脳裏には過去の情景が次々と映し出されていた。



 *

 

 ロブ=ハルス・エイブリエルは、自身の正確な出自を知らない。


 41年前、エストガレス領内中原のさる街道上で、通行中の行商団に対する大規模な盗賊の襲撃事件があった。

 50人を超える屈強な大盗賊団の前に、数百人の行商人と家族たちは為す術もなく虐殺もしくは陵辱され、全ての物資を強奪された。その際、盗賊団の首領であったベルガルは、自身が背後から斬りつけて殺した女性が抱いていた男の赤子を、ほんの酔狂で連れ去った。

 ひたすらニコニコと無邪気に笑い、泣き叫ぶこともなかったその赤子をベルガルは気に入り、盗賊団の女性団員らに世話をさせ育てることにした。そして――自らが名付け親となり、赤子に古代の英雄的義賊の名、ロブ=ハルスの名を与えたのだった。


 ロブ=ハルスは育つにつれて優れた頭脳と卓越した身体能力、何よりも強大な魔力を発現させるにいたった。加えて世辞や世渡りも上手く、ますますベルガルに気に入られ重宝された。

 しかしこの頃から――異常の兆候は見られた。いつもニコニコと愛想良く話し好きな表の貌とは裏腹に、その「表情」のまま、作業であるがごとく殺人や屍体損壊を行った。悪人である盗賊仲間にも嫌悪を見せられるほどに。そう、「憐れみ」「哀しみ」「慈しみ」といった人間的感情があまりに根本的に欠落していたのだ。

 そして幼いころより女性団員たちの性的な玩具にされていたこともあってか、異常な性欲もこの頃から現れていた。襲撃で襲った女性への過度の陵辱ぶりは、これまた同僚の嫌悪を誘うものであった。


 彼が17歳になったときのこと。ベルガル盗賊団は、莫大な財宝を輸送するという法王庁聖騎士の一団を襲撃するという大胆な計画をたてた。団には反対意見もあったがベルガルは発案者ロブ=ハルスを信頼していたこともあって計画を強行した。

 そして決行されるやいなや――。想像以上の相手の実力の露見と計画の破綻にいたったのだった。数人の護衛騎士は最強の聖騎士、“白豹騎士団”団長ジャンカルロ・バロウズが率いていたという想定外の事態。戦端を開いてすぐにロブ=ハルスは、作戦の失敗と全員の死亡もしくは捕縛を逃れられぬものと理解した。


 そこに至ってロブ=ハルスは、驚くべき行動に出た。焦って怒号を発し始めていた恩人、父代わりと云っても良い存在のベルガルを、何のためらいもなく背後から刺し暗殺。周囲の側近も皆殺しにし、聖騎士に投降。そしてジャンカルロに対して自分は盗賊団に拉致され無理やり事に及ばされたと、生き残りの者も含め平然と仲間を売り保身を計ったのだ。


 清廉潔白な知恵者のジャンカルロは、ロブ=ハルスの唾棄すべき保身の行動をすぐに見抜いた。そして彼の身柄を引き取り、己の手でこの少年を更生させるべく教育を施すことにしたのだった。


 ジャンカルロのもとには、まだ5歳だった彼の息子ドナテルロの面倒をみさせながら弟子として教育を施していた少年、18歳のイセベルグ・デューラーがいた。ジャンカルロはロブ=ハルスを歳の近いイセベルグと切磋琢磨させることで、善悪の基準のない純粋悪の心を更生させようとしたのだ。その願いをこめて、ハーミアの弟子の一人とされる極めて高貴な聖人の名、“エイブリエル”を姓として与え、ロブ=ハルス・エイブリエルと名乗らせた。


 最初のうちこそ、更生は順調に見えた。イセベルグとも友情を温めているように見えたし、ロブ=ハルスの態度はあくまで品行方正だった。しかし――それは表向きの演技にしか過ぎなかった。

 彼は女も酒も贅沢も断つ聖騎士の生活など、一刻も早く逃れたかった。そのために、聖騎士の戦法を学ぶために耐えていたにすぎなかったのだ。


 3年が過ぎたころ、ロブ=ハルスはついに脱走を企て、実行した。そのついでに、かねてから懸想をしていたジャンカルロの妻イザベルを強姦。激怒したジャンカルロの追跡の末戦闘となったが、すでに圧倒的戦闘者となっていたロブ=ハルスの勝利に終わることとなり、彼は逃亡した。


 目指す先はただ一つ――司教ハドリアンが密かに繋がりを持っていた事実を掴んでいた、隠されし大陸最強の暗殺者集団――サタナエルのもとのみ。

 本拠に到達し、晴れて組織の一員となった彼は、当時絶対の強者として伝説の人物だった将鬼レヴィアタークに取り入り、お気に入りとなった。彼のもつ戦闘者としてのノウハウを吸収し、25歳にして“短剣ダガー”ギルド将鬼の座を手に入れたのだった。そして因縁ある法王庁エリアの管轄を所望した。


 その途端にレヴィアタークと距離を置き、以来、組織の任務をこなしながらものらりくらりと己の安全圏を確保し、己の欲望に忠実に動いた。己の好む刺激ある戦闘に熱中したり、異常な性欲を満たすために何人もの妾をギルドに持ち子供を生ませたり、美しい娘が居ると聞けばそのためだけに村や町を襲撃したり――。自らの子供は男ならば才能がなければ殺し、女なら自分に侍らせるために残した。その一人のレーヴァテインは、たまたま好みの外見でなく戦闘の才能を見出されたために、性の対象でなくギルドに召し抱えられていたのだ。


 悪の組織サタナエルにあってさえ、一切の信念、思想信条も持たず、ただひたすら欲望の赴くまま他者を利用し殺し続けるだけの存在として忌み嫌われる外道中の外道。唾棄すべき淫魔。それがロブ=ハルス・エイブリエルだった。

 ベルガル、ジャンカルロ、レヴィアターク。代替わりし取り入られた実力者たち。彼らのうち誰か一人でも、救いようのないこの淫魔に見切りをつけて抹殺していれば惨劇の多くは避けられたかも知れないが、それは叶わなかった。

 しかし、いつまでもこのような外道が野放しにされて良い筈はない。その神の鉄槌がくだるのは、まだ先のことなのか。それともヴェルの手によって遂に果たされることになるのか――。



 *


 ロブ=ハルスは全力疾走しながらも、魔力の索敵を欠かしてはいなかった。彼の索敵範囲は周囲1kmにも及ぶ。その気になれば1km先で哨戒中の警備兵の微細な魔力ですら、やすやす検知が可能だ。

 

 その彼の索敵に――。まるで天から巨大な土足で踏み込んでくるような膨大な魔力が、捉えられた。方角は、ロブ=ハルスの進行方向から見て斜め右前にあたる、北西の方角から。混ざりあってはいるが、絶大な魔導系魔力の持ち主が一人、同じく強力な法力系魔力の持ち主が一人、戦士系ではあるがそこそこに強力な魔力の持ち主が一人。の、計3人の人間から発されているものだ。


 それらの魔力の個人的「クセ」も見分けられるロブ=ハルスにとって、それらの魔力の主が一体誰なのか、一目瞭然であった。それを理解した彼は、ニヤア……と身の毛もよだつような厭らしい笑顔を浮かべた。

 己に深い因縁を持つ彼らに対する嗜虐的な戦意もあるが、何よりも今の己に迫る最大の脅威、“魔人”ヴェルの標的を己からそらす絶好の的となるかも知れない。


 ロブ=ハルスは迷うこと無く進路をわずかに北西にとり、己に猛然と近づきつつある3人の刺客に自ら向っていった。


 そしてわずかに3~4分か。遭遇のタイミングは待つこともなくやってきた。


 

 その場所は、鬱蒼とした森林の中ではやや開けた場所であった。


 おそらく、エグゼビア公国の領域はほぼ脱するぐらいの位置で、もう少しでエストガレス王国領に入るといったほどの場所であろう。


 絶大な魔力を放ち、ロブ=ハルスの存在を感知して魔力以上の殺気を放つようになっていた襲撃者たちの姿は、すでに彼の目の前に現れていた。


 女性ひとり、少年ひとり、男性ひとりの計3人。ことに女性と少年の放つ殺気たるや――。ロブ=ハルスほどの戦闘者でなければ確実に失神を免れないほどの「武器」だ。


 ロブ=ハルスは足を止めたそのままの状態で、上目遣いにニヤリ……と改めて口角を上げて笑いを浮かべ、云い放った。


「やはり……貴方がたでしたか。素晴らしい! 狙いすました、とはまさにこの状況のためにある言葉。

今のこのタイミングで狙われるのは、私にとってまことに不利で避けたい事態ですからね……。

なるほど。今ようやく、上に魔力が感じられてきましたよ。ルーミス、貴方の兄シエイエス・フォルズの魔導生物クピードー。あやつに上空から偵察させて状況を把握し――。ヴェルに狙われて絶体絶命の私を一気呵成に仕留めよう、という狙いですね? さすがです。貴方でなければここまで見事な策と指揮を実行に移すことはできなかったでしょう、ナユタ」


 声をかけられた女性――ナユタは少年、ルーミスと男性、ホルストースに目配せしつつ、火を吹かんばかりの憤怒の双眸を怨敵に向けた。


「そこまで、理解してもらってんなら、話は早い。

そうさ……ロブ=ハルス。あたし達はてめえを殺す、そのために狙いすましてここへやってきた。

てめえには、わからねえだろうねえ。大事な存在を奪われた、その怨み、怒りの強さってものがさ……! あたしはてめえの汚らわしい手で身体を穢され、てめえはそんな目的のためだけにあたしのランスロットの死の原因を作った! こっちのルーミスは、てめえのナイフで!! かけがえのない親父さんを殺された!!!

てめえは生かしちゃおけねえ!!! 生きてちゃいけねえ!!! てめえの欲望のために人の魂の存在を奪ってく悪魔……いいや、クズの中のクズ、クソ野郎はねええええええ!!!!!

ぶち殺す!!!!! 今度こそは逃がしゃしねえよ!!?? あたしとルーミスの手で、苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて!!!!! 塵になるまですりつぶして地獄に落としてやらああああああああ!!!!!」


 まさに、復讐鬼に姿を変えたナユタの鬼神の形相と跳ね上がった炎のような紅髪は――。


 隣で、怒りを抑えきれずに“聖照光ホーリーブライトン”を巨大化させ、貌中を黒い険で覆っているルーミスの悪魔の形相とともに、地獄の復讐戦の開始を告げるものとなっていたのだった――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ