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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十一章 反逆の将鬼
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第十二話 闇の中に差す、清い光明

「はっ!!!! はあっ!! はあ、はあ、はああ……ぐうう……!!」


 突然シエイエスが声を発し、弾かれたように上体を起こした。


 首を大きく振り、手指を動かす。

 フレアが拘束魔導を解き、半月ぶりに身体の自由が戻ったのだ。


「シエイエス!!! ……!!」


 満面の笑顔でシエイエスに駆け寄ろうとしたレエテだったが――。彼の手前2mほどで歩みを止めた。そして両手で胸を押し抱くような仕草をしながら、目と貌をシエイエスから背けた。


「……レエテ?」


「心配……してたわ、あなたのこと。夜も眠れないほど……。生きているのか、怪我はしていないのか、何か盛られていないのかって……。いろいろと。

けど……心配は、無用だったみたいね。

怪我はしているみたいだけど、あれだけあなたを愛してくれる女と……とてもいい、関係だったみたいじゃない……。“シエル”だなんて……。

もう私みたいな、ろくに男の人の気持ちもわからない不器っちょな女より……あの女を追っていったら、いいんじゃないかしら……?」


 声が上ずっていた。自分は何を云っているのか。本心ではない。シエイエスの元に行きたいのに、勝手に口をついて辛辣な言葉が出てくる。

 強烈な嫉妬心がふつふつと湧き上がってくるのを、どうしても止めることができない。

 シエイエスとの時間について、さきほどフレアが云いはなった言葉が頭から離れないのだ。


「レエテ……」


「私のことなら、心配いらないわ。別にあなたがいなくたって戦えるしやっていけるし、寂しくなんてない。どこへでも、行ってくれたらいいわ。私はあなたの無事を見届けたことを、戻ってナユタに報告し、彼女たちと一緒にいくわ。ルーミスにも、宜しく伝えておくから」


「……」


「なんで……さっきから何も云わないの? 何か云ってよ……。本当だからなんでしょ……? さっきフレアが云った、あのことが……。

もういいわよ。もう、沢山。あなたの貌なんて、もう見たくない。

行って!! さっさとどこかへ行ってよ!!! ……うっ……うううう……」


 叫んだ後、その場に膝を着き、泣き崩れるレエテ。


 シエイエスは、無言のままゆっくりと、立ち上がった。

 しかし半月ぶりに立ち上がったこと、動かさずにいて弱っていた足腰はすぐには云うことを聞かず、よろめきふらついた。


 その状態のまま、ゆっくりとレエテに近づいた。

 そして目線を同じにしてかがみ込む。

 自分に目を合わせないレエテの横顔を真っ直ぐに見て、話し始めた。


「レエテ、聞いてくれ」


「……」


「あの女が云ったことに対して言い訳は、一切する気はない。事実だけを伝えたい。

俺は身体の自由の一切を奪われ、あの女と、ドミノ・サタナエルに迫られた。そのとき俺は自分の意に反しながらも、身体は男として逆らうことはできずに、毎日のように快楽に身を委ねていた。それは事実だ」


「……くっ……!!」


「この全身の傷は、あの女どもの嗜好のもと、行為をしながら切り刻まれた痕だ。それも苦痛だったが……。何よりも苦痛だったのは、お前への背信行為を続けていたことと、お前の身を案じながらも側にいられなかったことだ」


「……そんな、そんなのウソよ……」


「俺が下手をうちあの女に捕まってしまったことで、どんなにお前に迷惑と心配をかけてしまったか。これが罠で、皇国の戦を避けて雌伏しているお前に魔の手が迫ってたら。早まって俺を助けにヴァーレンハイトに来てしまいやしないか。そもそも心や身体を悪くしてやしないか。そんなことばかり考えていた」


「……」


「この地獄のような半月間、正気を保っていられたのは、お前のことを考えていたからだ。

俺はお前に逢いたくて仕方なかった。遺跡のときのような数日じゃない。こうして長く引き離されてみて、確信したんだ。

俺には……お前が必要だ。お前が一緒でなければ、生きていけないほどに。他の誰にも、渡したくはない」


「……そんな……」


「身体はいいように穢されてしまったかもしれないが、心は――。囚われの時も、今も、これからも――。ずっとお前だけを、愛してる、レエテ……」


 そう云って、レエテに近づき、彼女の肩に手を置く。


 ビクッ、と身体を震わせるレエテだったが――。

 その手を振り払うことはできなかった。


 震えながらゆっくりと、シエイエスの目を正面から見る。


 彼の目は、何ら以前と変わりがなかった。青い誠実な瞳は、言葉が完全に嘘偽りのない本心からのものだと、雄弁に物語っていた。


 レエテはもう――耐えきれず、眼を潤ませて――自らシエイエスに、身体を寄せ、抱きついた。


「――ごめんなさい……! ごめんなさい、私……あなたを信じきれず、自分で勝手にやきもちをやいて……あんなひどいことを云って! あなたがあの女に心奪われるなんてこと、あるわけないのに!

あれはウソよ……。私もあなただけを、愛してる……! 逢いたかった、本当に逢いたかった……シエイエス!!!」


 胸に貌を埋めるレエテの頭を、しっかりと手で抱きかかえ、目を閉じるシエイエス。


 しばらくして目を開けた彼の表情は、ある決意に満ちていた。


 シエイエスはレエテの顎にそっと手を添えて引き上げ、自分と目を合わせた。


「……シエイエス?」


「レエテ、今から云うことは、決してこの場の勢いで云うことなんかじゃない。

そうだな……遺跡の戦いが終わってからか。そのときから強く思い続け、云う機会を決めかねていたことなんだ。

だが、今思った。何をぐだぐだと悩んでいるんだと。すぐにでも、伝えるべきことじゃないか、とな」


 シエイエスの決意に満ちた目を見て、レエテの頭の中にある一つの可能性が思い浮かんだ。


 すぐにレエテの貌は真紅に染まり、耳まで赤くなった。


「シ……シエイエ……ス? ダメよ……」


 だがシエイエスは、全く揺るぐことのない、まっすぐにレエテの目を捉えた眼差しのまま、云った。


「レエテ。俺の妻になってほしい。ともに添い遂げる、伴侶に」


 ついに――。


 口をついて出た。彼らしく、固く無骨ではあったが、間違いなく――プロポーズであった。


 レエテは瞬間的に頭が真っ白になり、赤い貌のまま絶句した。


 嬉しさのあまり――どうにかなってしまいそうになった。


 だがややあって、悲しい表情になり、首を横に振った。

 それは――受け入れられない。


「ダメよ……シエイエス。そんなこと……。

気持ちはとても……とても嬉しいけれど、私は、あといくばくも寿――」


「そんなことは、関係ない」


 あまりにも強い決意を伴った言葉で、シエイエスはレエテの言葉を遮った。


「時間が限られているのなら、その中で数十年分、お前を愛して見せる。それに――確かに時間はないのだろうし、気にしているだろうからあえて今云うが――。俺はお前に、俺との子供を産んでほしいと思っている」


 レエテはまたしても衝撃のあまり、言葉を失った。


 呆然としているレエテに対し、シエイエスは続けた。


「俺は、分かっている。母サロメとのことがあって以来、強く望みながらも――。あきらめてるんだろう? 自分には無理だと。たしかに尊い時間は限られてしまうかもしれない。けれどもお前に、母親となる喜びと幸せを感じてほしいんだ」


「…………ああ……」


「子供には、寿命を含めて、常人の世界においてサタナエルの血をひくという、ある意味でのハンデを背負わせることになる。それは申し訳ないと思う。

だがレエテ、お前はその子を必ず幸せにできるし、俺も――お前の分まで、しっかりとお前とのその子を育て上げて見せると誓う。

そう、『家族』だ。お前が心の底から望んだ、幸せな本当の『家族』というものが実現するんだ。

そのためにまず、俺をお前の家族にしてほしいんだ。

俺と結婚してくれ、レエテ」


 レエテは――。


 感動のあまり、全身が打ち震えた。涙が抑えられることなく溢れ続けた。


 ここまで、幸せな瞬間があっただろうか?


 自分の不幸せな出生と、不幸せな別離に満ちた人生に、強い光が差した瞬間があっただろうか?


 レエテは震え声で、しかしはっきりと、最愛の人に応えた。


「ありがとう……本当に、本当にありがとう……シエイエス……!

私の方から、お願いしたい……!。

あなたの申し出、心から喜んで、受けるわ……。

私の……私の、家族になって……。

本当にありがとう……うううう……」


 泣きながらレエテは、シエイエスと唇を重ねた。

 

 それは長いあいだ、続いた。


 かつて過ちを犯した地。シエイエスは過去の精算を果たした上で舞い戻り、もっとも不幸な女性に幸せを与えるという、贖罪の一部を図らずも果たした。


 そしてレエテは、これまでに想像もしなかった清い光明、未来への希望を、手にしたのだった――。

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