第五話 不穏
ルーミスがレエテの救命のため、何処かへ身を隠したであろうその頃――。
ナユタとランスロットの二名は、目的地であるダブラン村にようやく到着したのであった。
ダブラン村は中央に建設された大市場を中心に外周に商店、ついで鍛冶場などの職人作業場、そして最も外周にあたる部分に住人の居住区を配した小村だ。
ちょうど建物が楕円形のように配置され面積は目立って狭小である。昼は1000人の人口に対し住人以外の行商人、法王府の役人など外部の人間がその二倍来訪している状況を考えれば、極めて人口密度が高いともいえる。
「ダブラン」と刻まれた瀟洒な看板が掲げられた正門をくぐると、身の置き場のない位の雑踏と目眩のするほどの人いきれだ。
正門から通じる大市場のメインストリートには、主要な商店が軒を並べている。
目的の場所を探すのはそれほど難しくはなさそうだ。
まずナユタらは、入り口付近にある一括買取用窓口に向かう。各商店での物々交換を禁じることで法王府に計上する売上の管理集約、また鑑定の目利きを一箇所に配し商店内での目的を購入に一本化、混雑を防ぐ目的からだ。
ナユタやレエテが調達した物資は、合計でおよそ5000Gで売却できた。今回の買い物を終えても当分の路銀に事欠かなさそうだ。
まずは足りない女物の衣服を服飾店で購入。
ナユタ自身は数日前まで着用していたものと同じ、純白のアルム絹で織られたカーディガンと帯、ついでに同色のオーバースカートもオーダーした。
そしてレエテには、弾力性に富む南国のコルドクという植物により成形した衝撃吸収繊維を縫い込んだ、白地に黒の柄をあしらったボディスーツ。ダークブラウンのマント。同色のブーツなど。最も大きなサイズを購入するも、ボディスーツだけは1つ下のサイズを購入することでナユタとランスロットの意見は一致した。
そして、次に訪れたのは、アクセサリー店だった。
市場の露天から看板に従って小さな店舗のドアを開けると、宝飾や簡易防具などが所せましと並べられ、その奥のカウンターに店主が腰掛けている。
「いらっしゃいませ! 我がブラックオニキス・アクセへようこそ!」
にこやかに出迎えたのは、大変に明るい声の愛想の良い表情であるものの――。その一本の産毛もない頭部とまびさし、あまりにも骨太なごつく強面な顔つき、そして筋骨隆々のおそらく2mに届くのではないかという巨体。お世辞にも親しみやすいといえない、どちらかといえば恐怖感を与える極度に職人気質な外見の大男だった。ゆえに愛想の良さとのギャップも極度で、それはかえって相手に恐れを抱かせた。
「……やあどうも。ちょっと見させてもらうよ。とりあえず、紅玉の嵌ったペンダントはこちらにはあるかい?」
一瞬の沈黙の後、普段通りの親しみやすい口調でにこやかにナユタが話す。
ランスロットは、表情を凍りつかせて小刻みに震えていたが。
「紅玉でございますか! お客さま、お目が高い! 魔導士であるお客様にもピッタリの商品がございます。何を隠そう、紅玉は当店、いや私ロブ=ハルスの最も得意とする鉱石でして」
「その割には店名はブラックオニキス、なんだね……。ま、いいや。それも見たいけど、知ってたらちょっと教えてほしいことがあってさ」
笑顔を絶やさず、陳列棚から紅玉の商品を取り出すロブ=ハルスは、ナユタに言葉を返す。
「何でございましょう?」
「今の法王府、てのは魔導士も中に入れてくれるのかい? 知り合いがハーミアの熱心な信徒で、礼拝に付き合ってやりたくて来たんだけど」
「はあ、左様で。そうですねぇ……、古来より犬猿の仲の魔導と法力、歴代法王様によって違いはございますが、昨年お立ちになったコルネリア法王は寛容な御方。基本的に問題ないとは思います。
ただし……その下に居られるハドリアン大司教はその真逆で、大変に評判の悪い御方。公には認められていても、あの方の息のかかった衛兵がいると、難癖をつけられるかもしれません」
最後の方はひそひそと小声になりながら、ロブ=ハルスは云った。
ナユタは目を彼の並べる様々なペンダントから目を離さず、言葉を続ける。
「なるほどねえ……。あ、そのペンダントいいね。ちょっとキープ。そんな感じで上の方の思想が違ったりしてると、組織には必ず派閥、てものができるだろ。たとえば司教はそれなりの人数がいると思うけど、そいつらが法王派、大司教派、みたいに分かれてさ」
「はい……。ここだけの話、あのお二人は昨年の法王選定を争った敵同士。とくに敗れたハドリアン様の恨みは凄まじく、様々な手を使い己の配下を増やし勢力増強を図っているようですよ」
「知り合いが世話になったという司教に、アルベルト・フォルズって人がいるんだけど、知ってるかい? ……あ、やっぱりこっちのデザインがいいや。もし会うんなら、面倒に巻き込まれないようにしてやりたいんで、その人がどっち派なのか知りたいんだけどな」
「アルベルト様ですか! これは奇遇、私もあの方にはお世話になりまして。あの御方ならご心配は無用です。どちらかといえば法王様寄りとは思いますが、ご本人はそういった勢力争いとは無縁の極めて清廉潔白な御方。何事もないよう取り計らって頂けるはず。なにか面倒に巻き込まれたら、アルベルト様のお知り合いといえば間違いありません」
「ありがとう。助かったよ。……やっぱり最初のやつがいいかな。これもらえるかい?」
「ありがとうございます! 300Gになります! お買上げ感謝いたします!」
最高に愛想の良い声に見送られ、ドアを開け店を後にするナユタ。
「いやあ、怖かった。顔は笑ってるけど、僕はずっとヒグマの目の前にでもいる気分だったよ……。でも彼、今までの人で一番情報を持ってたよね、ナユタ?」
買ったばかりのペンダントを身に着けながら、ナユタはランスロットの言に答えた。
「ああ、当たりだったね。300Gじゃ安いぐらいさ。とりあえず、これでレエテの情報がほぼ間違いない確実なものとは分かった。アルベルトは司教として実際に法王庁に存在し、その人物像も又聞きの又聞きであるレエテの話から期待される以上に、まともで良識ある人間だってことが知れたのは最大の収穫だね」
「あとは、彼と会うためにどういう作戦をとるか、だよね」
「そうだね。それに関しちゃ、あたしたちなんかが考えるよりも……。法王庁と、その事情と、今日行われる儀礼まですべてを把握しているはずの『あいつ』に任せたほうが確実さ」
「ああ、『あいつ』ね。どうだろうね。今頃レエテとうまくいってるかな……」
「て、ことを願いたいね。せっかくお膳立てしてやったんだし。まあ大丈夫とは思うけど、そろそろサタナエルの次の刺客に捕捉されていてもおかしくはない状況だ。用は済んだし、戻るよランスロット」
市場の雑踏の中へ消えていくナユタと、ランスロット。
その後ろ姿を――。追う一人の視線、人影があった。
その主は、建物の窓越しに立ちニヤリと不気味な笑みをたたえ、喉から押さえきれない愉悦の笑いをクックッ、と漏らし続けるのだった――。