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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十一章 反逆の将鬼
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第七話 エスカリオテの会戦(Ⅳ)~虫けらの骸に立つ、魔皇

 その頃中央ブロック前線で継続する、大陸一を決めるとも云える超一流魔導士の戦いの場。


 ――何度目かになる、“第二席次ディエグ・ドゥ”の地獄の爆炎がヘンリ=ドルマンに襲いかかる。


「無駄!! 無駄よ!!!」


 叫ぶヘンリ=ドルマンの周囲に張り巡らされる、障壁バリエレ

 さすがに頂点の魔導士同士、全反射リフレクトを成功させるのは無理だが、現在のところ――。“第二席次(ディエグ・ドゥ)”の爆炎魔導、フレアの絶対破壊魔導。この二つを「完璧に」防ぎきり、全くの無傷であった。


 対する敵は、“第二席次ディエグ・ドゥ”がローブをボロボロにして肩で息をしており、フレアも一撃を受け左腕を負傷してしまい、明らかな劣勢にいた。


 一対二という劣勢を覆し、圧倒的な強さで魔物級魔導士を寄せ付けない。


 現時点で大陸最強の魔導士は、いまだヘンリ=ドルマンであることが証明された形だ。


 フレアがかつての兄弟子を睨み、さらなる魔導を射ち放つ。

 上体を丸め、身体の中心で集約した魔導の核を、身体を広げて彼に打ち出したのだ。


核振動熱波カーネフュージオン!!!」


 フレアの核はヘンリ=ドルマンの戦車の前10mほどで爆発し、物体を問わぬ分子の振動による超高熱を発生させようとする。分解技のもたらす負の消滅と対照的な、かつてレエテやレーヴァテインも洗礼を受けた正のエネルギーによる破壊。


「技の問題じゃ、ないのよ!!!」


 これにもヘンリ=ドルマンは障壁バリエレをもって対抗。ある程度までは押し込まれるが、最終的に弾くことができるのは確定と見えた。


 それを見極めたフレアが――振り向かずして後方へ向けて絶叫の指令を放つ。


「今よ!!!! 掛かりなさい!!!!」


 その声に反応し、数十m後方のエスカリオテ王国軍の中から飛び出してきたのは――。


 脅威のスピードで迫る、10もの人影だった。


 それらは瞬きする間にヘンリ=ドルマンの戦車目前に到達し、彼の障壁バリエレを跳躍で越えて上空から攻撃を仕掛けた。


 襲撃者は――。

 “ソード”ギルド2名、“斧槌ハンマフェル”ギルド3名、“法力ヒリング”ギルド5名。各ギルドと思しき戦闘者だ。


 いかにヘンリ=ドルマンとはいえ、フレアほどの神魔級の魔導士の技を抑え込んでいる最中に、ましてや魔導ではない武器攻撃に対応するのは不可能だ。しかも戦闘者たちはいずれも――。高い能力を感じさせるその襲撃の鮮やかさから、全員が副将であると見えた。

 この状況だけを見れば、フレアの策は的中しヘンリ=ドルマンを討ち取れるはずだった。


 しかし――このような状況を予想したからこそ、ヘンリ=ドルマンとミナァンは備えを用意したのだ。


 皇国最強の、備えを。


「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 まず怒涛の気迫と共に動き出したのは、戦車の右側に控えていたランドルフだった。


 彼はすでに構えていた両手の戦斧を前方で交差させ、力を蓄えていた。それを――。一気に解放した。


 跳躍し、皇帝に襲いかかるギルド副将のうち“斧槌ハンマフェル”ギルド3名に襲いかかった。

 

 そしてその巨体がもたらすリーチを最大限に活かした、両手による水平斬撃を放ったのだ。


 あえて自分と同じパワー型、得物をもつ相手を襲ったにもかかわらず――。


 敵は瞬時の防御の甲斐なく、受け止めた戦斧や戦鎚ごと、鎧ごと打ち砕かれた。肉も骨も内蔵もメチャメチャに断たれ、有り得ない方向に身体をひしゃげさせた3体の屍体となって地に落ちた。


 問答無用の、圧倒的なパワーだ。“斧槌ハンマフェル”統括副将ベルザリオンに匹敵するであろう。


 次いで――。左側に控えていたレオンが、腰の長剣を抜き放ち、動き出した。


 彼はランドルフと同じく、自分と全く同じ得物をもつ相手、“ソード”ギルド副将のもとに向っていった。


 彼は同じ高さまで跳躍することはせず、敵の真下にまで一気に踏み出した。


 通常、戦闘の定石からすれば敵に上空を取られることは下策中の下策だ。しかしレオンはあえて相手の真下へ踏み出し、身体を反らせ、まるで剣舞を舞うがごとき優雅さで上空へ向けて剣先を「二閃」する。


 疾風怒涛の動きを展開する敵に対して不可能な、針の穴を通す正確さで、二人の敵に防御も取らせず急所と胴体を縦に裂いたのだ。


 レオンの神業で、激痛の断末魔を上げながら二名の敵は落下し、絶命した。


 最後に――中央に陣取る元帥カールがついに動きだした。


 彼は得物である大業物、鍛造オリハルコンの大剣、“魁偉滅殺モルデリスロッド”を構えた。

 これまで数千といわれる敵の血を吸ってきた魔器ともいえる武器だ。


 迎え撃つは、“法力ヒリング”ギルド残党の副将5名。

 物理攻撃の戦士にとって、“聖壁ムルサークレー”を持つ法力使いは、通常やりにくい相手だ。防がれるか、弱体化され、まるでゼリー状の物体を切るがごとく手応えがないのだ。


 だがカールは――飛びかかる“法力ヒリング”副将に対し、真っ向から“魁偉滅殺モルデリスロッド”を横一閃するつもりだ。


 当然それを防ぐ自信のある副将たちは、カールの存在を意に介さずヘンリ=ドルマンに向かおうとする。


 彼らとの距離が3mに近づいた段階で――カールの両眼が恐ろしい光を放った。


魁偉烈風スタルケルヴィンド!!!!」


 なんとカールは――。魔導を使用した。風元素魔導だ。


 脅威の真空波をまとった“魁偉滅殺モルデリスロッド”は――。副将たちに何が起こったのかを理解もさせぬまま、切るというよりは「物質を分断させる」ような鋭利さで5体の肉体を10体に分断した。


 肉片が落ちるとともに己の脳天から降り注ぐ鮮血を浴びる、魔導剣士にして皇国最強の剣士である、カール・バルトロメウス。

 彼は大剣の先端をまっすぐフレアに向け、咆哮した。


「フレア・イリーステス!!! 見ての通り貴様の小細工など、陛下の守護、皇国最強の戦士たる我らにはいっさい通じぬ!!!! それは、『かの男』が襲い来ようと、同様よ!!!

偉大な皇帝陛下にとって雑魚同然の貴様らなどは、我らの標的などではない!!! それはあくまで、“魔人”ヴェルなり!!!

いくらここで貴様らが弱小魔導や策をひねろうと無駄の極み!!! 尻尾を巻いて逃げ帰るが良いわ!!!!」


 侮蔑と憤怒を最大限に込めぬいた、カールの大言壮語の挑発。さすが、皇帝家の正統なる血筋を最も濃く受け継ぐ、王者の資格の持ち主。心の臓に響くかのような圧倒的威厳を持ち合わせていた。


 フレアは反応しなかったが――。カールのあまりに威風堂々たる毅然とした物言いは、自らを天上の存在の一人と信じて疑うことなく80年以上の年月を経てきたと思われる“第二席次(ディエグ・ドゥ)”に対しては、思いのほか激昂を引き出すことができたようだ。

 彼は貌を上げ、未だ目深にかぶった赤いフードの中から、おそろしく血走った両眼をカールに向けた。そして魔工具の入れ歯ではあろうが、己の歯を恐ろしい音量で噛み鳴らした。


「増長――しおって!!!! 身の程もわきまえぬ孺子こぞうめらが!!!!

おのれらの慢心なぞ、所詮地を這う虫けらの世界でしか通用せぬものと、この伝説の爆炎をもって思い知らせてくれるわ!!!!」


 そうして、かつての地上最強の魔導士は――。全身に地獄の業火をまといながら、空中へと飛び出した。


 そしてカールに向けて、己の最大魔導を放ったのだ。


灼溶岩流フリュージョデラロカ!!!!」


 業火を通り越した溶岩マグマのごとき超高熱の広範囲攻撃。触れれば人間などひとたまりもなく灼き溶かされる、一大災害におよぶ超魔導だ。


 しかし――それが降り注ぐことなど、カールらは全く意にも介していなかった。


 それは、知っていたからだ。この攻撃は自分の元には到達しないことを。そして奥義を繰り出すためこれだけ突出してしまった、この枯れ木のような老人の命の火も、消えることを。


神雷審判災禍スリクターカタストル!!!!!」


 カールらの後方から――。

 彼らを避けて放たれた、これまでのどの雷撃よりも太く、濃い紫の光を放つ範囲攻撃。

 

 それは、“第二席次(ディエグ・ドゥ)”の“灼溶岩流フリュージョデラロカ”を打ち消しつつ、侵略を続けてくる。


 放出前からその正体を知っていたフレアは、すでに全力の耐魔レジストを張り巡らせた上で、地に伏せてその「災害」に対処していた。


「なっ――なあああああああああ!!??」


 この時点でようやく己の過ちと、迫る死に気づいた“第二席次(ディエグ・ドゥ)”だったが――全ては遅きに失した。


 必死の形相で全力の耐魔レジストを張り巡らせる“第二席次(ディエグ・ドゥ)”。しかし己に迫った超々雷撃の前では、コンマ秒程度しか用をなさぬ薄い木板のようなものだった。


「おおおおお!!! このワシが!! 偉大なる魔導の体現者があ!!!! こんな女男の若造ごときにいィイイイイイイーーーー!!!!!」


 彼の小さな身体は一瞬で激烈な雷撃に包まれ、消し飛んだローブの下の痩せた醜い貌と身体を一瞬だけのぞかせ――。


 そして消し炭となって塵も残らず霧散していった。


 その後も雷撃はやまず、はるか前方数kmの位置をもってようやく自然消滅したのだった。


 ヘンリ=ドルマンは全身から余韻の雷を発しながら、大きく息を吐き出し、フレアに云い放った。


「……どう? 貴女の云うところのサタナエルNo.2の魔導士は、長過ぎる人生を終えて地獄に落ちたわよ。

今度は貴女の番ね。嬉しいわよ……。遂に、大恩あるアリストル大導師の仇を打つことが出来る。

年貢の納め時よ。覚悟なさい」


 そして再び充填される、極大魔導。


 魔導士は、集中により敵の魔力を正確に感知する能力をもつ。現在もフレアは、目前にいるカールを始め、この超巨大戦場に存在する無数の魔力をその身体に捉えている。それは、肌で感じる刺激のようなもので、相手の距離や力の大きさで変化する。目前にいるカールのレベルであれば、指で軽くつつかれたような刺激だ。


 しかし、ヘンリ=ドルマンは次元が違う。超鋭利な感知能力を持つフレアにとっては昔から、魔導を放つ兄弟子の前に立つことは、ただそこに居るだけで大いなるストレスだった。まるで数百のメスのような小刀の先で全身を切りつけられているようだった。ただの痛みとは違う。巨大なプレッシャーなのだ。


 だが、それはヘンリ=ドルマンも同様だ。膨大な魔導を放ちながら、フレアという対等の大魔導士のプレッシャーを受け続けている。現に遠目にも、彼の貌色が悪くなっているのがわかる。消耗しているのだ。


 それに加えて何よりも――。フレアは感じていた。


 この戦場において、最強というべき一つの魔力を。魔導という形をとることは無いながらも、備わった王者の資質をさらに鍛え上げた、神魔の――。そう、魔力というよりは、力そのもの。


 それを、背後数百mにすでに感じていたからだ。

 

 フレアは不敵な、あまりに厭らしい笑みを浮かべて、ヘンリ=ドルマンに云い放った。


「師兄……。年貢の納め時なのは、私ではなく貴方のほうでしてよ。

遂に、ここへやってくるのです。貴方にとって初めての、『死神』と呼ぶべき相手が。

前線に出ると主張されるのを、私たちが必死に抑えて耐えて頂いていました。けれど、私たちの不甲斐なさに、とうとう堪忍袋の緒が切れたようです。

貴方ほどの男なら、もう感じませんこと? この――真の人外が放つ死の波動を!!!」


 その言葉に、ヘンリ=ドルマンの貌は目に見えて青ざめ、表情はより険しくなった。


 彼は感じていたのだ。迫りくる、その存在を。


 手前に居るカールは何も感じず、フレアの言葉に眉をしかめて彼女の後方に目をこらした。


 最初は、何も変化は見えなかった。しかし徐々に――混迷の戦場の中に生じた明らかな異変を目と耳で感じ始めたのだ。


 「それ」は、500mほどの距離にまで達したようだ。


 五感に感じられ始めたのは、まず視覚。現時点まで皇国の中央ブロックは、優勢に戦いを押し進め、かなりの敵軍深くまで攻め込んでいた。その一部で、「大量の人間が、木の葉のように吹き飛ぶ」現象が起こっているようなのが、かすかに見て取れた。


 次いで、聴覚。聞こえてくるのは、悲鳴だ。もちろんここは戦場。元より阿鼻叫喚の場であり、様々な悲鳴が飛び交っているのは至極当然のことだ。

 だが、そうではない。うねるように一つになった、ただひたすらの恐怖、恐慌が巨大な塊になって飛んできている――そういう、状態。

 大の男が上げる悲鳴では、到底ない。幼子の女子が、得体の知れぬ幽霊に出くわしたときに上げる、それ。根源の恐怖を一切の理性をかなぐりすてて叫び倒す、狂声。


 その惨状と、悲鳴が猛烈な勢いで、近づいてくる。


 その中心で――「死」や「殺戮」ともよべぬ、「滅び」をもたらしている存在こそは、云うまでもなく――。


 サタナエルの頂点に立ち、すなわち地上最強と呼び得る、偉大なる存在。“魔人”ヴェルだった。


 金に彩られた黒衣に包まれたその肉体は、2mを超える、岩石のごとき筋肉の塊。それでいて、極めてしなやかで、有り得ないスピードで爆発し続ける、エネルギーの力場だった。


 ヴェルの結晶手は、手の長さの2倍といわれる一族の平均よりも大きく長く鋭い、ジャマダハルの様相だ。それを――縦横無尽に振り回す。爆発力を要するときはそのまま、間合いを要するときは関節を外し、2倍以上の長さに伸長した腕で射程上の敵を破壊する。そう、「斬り殺す」のではない。あまりの爆発的威力に、敵はバラバラに吹き飛ぶのだ。


 いかなる体勢からでも、その脚力はコンマ秒で30mもの距離に到達する。そしてその場に密集する敵将兵数百人を、秒の単位で破壊しつくしていく。伸長結晶手の一振りは、一列20人の敵を3列以上刻み肉塊と化し吹き飛ばさせる。手前の敵は、砲弾のごとき蹴りによって撃退する。直撃を受けた敵の部位は飛散、隣で攻撃を受けた敵は水平に吹き飛ぶ肉塊となって、友軍に対しての武器と化す。

 

 すなわち、ヴェルの存在する位置から周囲数十mは、バラバラの手足、内臓、首、骨、ありとあらゆる人体のパーツがさらに寸断されて金属などとともに飛散し、血煙に覆われる地獄そのものの図と化すのだ。それが絶えず移動し、秒単位で量産され続ける。人間がどのように想像しても追いつかない、このような現実の悪夢を眼の前にしては、大皇国の軍人であろうが、精強であろうが関係はない。女子供と変わりはない、いや虫以下の存在。思考を恐怖で塗りつぶし、逃げ惑う以外にすべはない。


 もはや軍の体をなさなくなった、ノスティラス皇国軍中央ブロック。血の竜巻を形成しながら迫りくる魔皇を、その場にどうにか踏みとどまって迎え撃つしか、取るべき方法はなかった。ランドルフもレオンも、カールも、ヘンリ=ドルマンでさえも――。ただ絶句し、いかようにしても思考を進ませることはできず、攻め返すことなど埒の外だった。


 すでにその距離、100m。もうはっきりと、その姿は捉えられる。背丈重量自体は、彼らもよく知るかつての支配者、統括副将ベルザリオンや“竜壊者ドラゴンバスター”レヴィアタークよりも小さい。だがそんなことは、さしたる問題ではなかった。存在感や威厳、威圧、風格、迫力。目前の存在は、それらどの言葉に当てはめても次元が二つも三つも違った。


 やがて、立ちふさがる障害を全て取り除いた魔皇は、両手を下げ、胸をそびやかして一歩一歩近づいてくる。すでに皇帝の戦車の周囲ですら、無人の野と化していた。どうしても、皇帝を護るためにその前に立つことはできなかった。数十mの距離を近づいてくるヴェルの前で皇帝を護るのは、ランドルフ、レオン、カールのみ。だが彼らも、できうるものならその場から脱兎のごとく逃げ出したい心を必死で踏みとどまらせている状態だった。彼らほどの猛者中の猛者が経験どころか想像すらしなかった、真の修羅場、地獄がそこにあった。ヘンリ=ドルマン本人も、数十秒もの間呆気に取られて攻撃を止めてしまっていた。そして――。気圧されていたのだ。


 やがてフレアが振り返り、ヴェルに対して立位のままうやうやしく礼をとった。


「このような場所ゆえ簡易にてご容赦を、“魔人”ヴェル。

御身を押し留めておきながら、出陣をいただくことに成り果てたこの現況。不甲斐ない戦果、申し訳ございませぬ」


 ヴェルは、銀髪から黒いブーツの爪先までをほぼ真紅に染め抜きながら、ジャリッ! と大きな音を立ててフレアの目前5mほどで停止した。そして暴風のような息を口から一つ吐き出すと、地の底からの振動のような低い響きで声を発した。




「――たわけどもが。だから云ったのだ。最初から、俺が出ると。

特記戦力の何人、貴様らは殺せたのだ? 話にならぬわ……!!」




 そのいらえは、決して激さず、怒声といえる音量でないにも関わらず、耳にしたものの心を奥底から畏怖させた。ヴェルはその年齢だけを見れば、双子の妹レエテと同年の20そこそこの若者だ。だが、そのような事実は塵ほども関わりはない。もはや、どのような者でもこの存在を前にすれば赤子に戻らざるを得ない。生殺与奪を握る絶対の存在を眼の前にした弱き者に。


 これが――これこそが、真のサタナエル。200年の間絶対の君主として大陸に君臨し続けた、“魔人”。通常の人間など虫けらでしかない、魔皇なのだ。


 想像の埒外なのは承知の上でも、なお圧倒されるヘンリ=ドルマン。が、ここからが正念場だ。この存在を滅することこそが、多くの尊い犠牲を積み上げてでも成し遂げねばならぬ最大の目的。

 惑わされず見れば、これは一世一代の絶好の機会だ。目的の標的は一人無防備。これを討ち取れば良いだけだ。そして己には、十分にそれを実現できる力がある。


 ヘンリ=ドルマンは、身体をのけぞらせながら大きく深呼吸し、体内の膨大な魔力を整えた。そして鋼鉄の精神力で心を平常に戻し、どうにか口元に笑いを浮かべ――。右手の指先をヴェルに向けて云い放った。



「とうとう現れたわね。お目にかかれて光栄だわ、“魔人”ヴェル。

妾がノスティラス皇国皇帝、ヘンリ=ドルマン・ノスティラスよ。

余計な事は云わない。大陸と我が皇国の平和の為、今からこの場で貴男を――妾の魔導で、討たせていただく」



 ヴェルは高所のヘンリ=ドルマンを上目遣いに睨み、ゆっくりといらえを返した。



「良かろう、許可しよう。貴様にはこの俺に挑む資格がある、皇帝。

地上最強を争うとまで云われた大導師直伝の力――このヴェルに見せて見るが良い」

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