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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十一章 反逆の将鬼
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第五話 エスカリオテの会戦(Ⅱ)~襲い来る、魔導の天敵

 中央のヘンリ=ドルマンが魔導士連合を相手取っている、丁度同じ頃。


 3つのブロックに別れたうちの、西側にあたるブロックの総大将となった、統候ミナァン・ラックスタルド。彼女は皇国にしか存在しない魔導士部隊を率い、イセベルグ・デューラー率いる「魔工兵器部隊」と共闘。順調に戦局を進めていた。


 数は3万と圧倒的に少ない西側だったが、個々の戦力は他の一般兵に数倍する。 


 ほぼ同数のエスカリオテ王国軍を前にして、突き進む魔導士部隊。


 彼らの戦法は、前衛と後衛が入れ替わり、途切れることなく魔導攻撃を継続させるもの。横一線に並んだ、黒で統一されたデザインのローブに身を包む、数百人の魔導士たち。彼らが一斉に魔導を放つ様は、圧巻だった。最前線に居るのは、鎧兜を身に着けた兵士に対し相性のよい、爆炎魔導と雷撃魔導を操る者たち。同系統の者同士が前衛と後衛を担当、爆炎と雷撃を同時に食らわせる破壊の波となって前進していた。


 そして中~近距離を担当する彼ら魔導士部隊の背後に控える、魔工兵器部隊。


 彼らは一様に異様な、風体と陣がまえだった。彼らの中で前衛を担当すると思われる部隊は、鎧兜を身に着けていなかった。代わりに、何やら金属板と間に可動金属「イクスヴァ」が移動し蠢く異様な装備を全身に身につけていた。手にはゴテゴテと装置のついた砲身や、刃のついた武器を持っている。

 後衛にあたる部隊には、金属で構成された異様な弓を構える射手たちが、次々矢を打ち出していた。その飛距離は――驚異的だった。通常の弓兵に倍する100~200mの距離を軽々と飛び、広範囲でエスカリオテ王国兵を仕留めていたのだった。

 また後衛には、3台の移動砲台が付き従っていた。これまた金属装置が散りばめられられた特殊な大砲で、発射の操作台には操る役の工兵のほか、数名の魔導士が付いている。彼らが打ち出される弾に魔導を込め、発射された弾は着弾時に魔導を炸裂させる仕掛けのようだ。すでに次々と打ち出される弾が、弓兵の打ち出す矢に紛れて王国軍に着弾し、甚大な被害をもたらしていた。


 初めて見る、他のいかなる国にも存在しない皇国独自の特殊部隊。

 これに対峙する西側の王国軍は対処するべくもなく、見る見る押され、全軍で最初に総崩れとなる寸前と見えた。


 しかしその王国軍の、背後から――。

 

 強烈な一陣の熱風が吹いた。


 魔導士部隊に押され続ける、王国軍の最前衛。それを追い越して皇国軍に襲いかかってきた、その風は――。


 中空に放たれた、高速回転する巨大な金属の、円盤。


 それが魔導士部隊の上空に到達するやいなや――。


 突如、強烈な白光を周囲に撒き散らした。それは無数の白い「光線」の雨となって、地に降り注いだのだ。


 前方に魔導を放っていたその場の100人ほどの魔導士たちは、耐魔レジストを行うことも許されぬ間に、その光線に貫かれ、即死していった。


 そして円盤が動きを止め、一旦地に舞い降りた。


 円盤状に丸まった身体を広げ、フワッ……とサラサラの髪を広げながらその場に立っていたのは――。


 “魔人”親衛部隊隊長、副将レーヴァテイン・エイブリエルその人だった。


 彼女は、戦場に立ち正に虐殺を行った直後とは到底信じられぬほど、リラックスした表情だった。


 年齢も17歳となり、わずかな期間の中で、垢抜けた成長を遂げているようだ。

 

 まだまだ少女の域ではあるが、その幼さを残しつつ成長した容姿は、ゾクッとするような美しさと独特の色気を持つようになっていた。風にそよぐ金色の髪、抜けるような白い肌、くっきりとした麗しい目鼻立ちの貌は両眼を閉じ、唇をやや開いて空を見上げている。彼女が現在操ると思われる、爆炎から進化を遂げた「光魔導」、身につけた白銀の重装鎧と相まって、神々しいまでの光をはなつその様子。まるでハーミアの壁画から飛び出した天使――そう錯覚してしまいそうになる姿だった。


 一瞬、その情景に呆気にとられた魔導士部隊。しかし相手は、明らかにサタナエルの将、そして友軍を無残に虐殺した悪魔だ。美しい見た目などに惑わされている場合ではない。


 距離を詰め、取り囲み、一気に魔導を集約して仕留めにかかる魔導士部隊。


 すべてを焼き尽くそうとする無数の爆炎魔導が己に放たれた直後、レーヴァテインが目を開けつぶやく。


「あたしの――邪魔をするな……。殺し、つくすよ……?」


 そしてゾッとするほど陰惨な表情を浮かべたのち、背を丸め両手を地面に付き、全身から全方位に大量の光線を放った。


光束汎放射レーヨンディマス!!!」


 その殺人光線は、周囲に迫った爆炎をことごとく吹き飛ばし、その術を放った数十人の魔導士を瞬殺。それだけでは飽き足らず、威力を弱めることなく貫通し続ける光線は、周囲の数百人の魔導士の命を――。草原の花を踏み潰すかのようにたやすく手折っていく。


 瞬く間に周囲の障害を取り除いたレーヴァテイン。彼女は即座に、次の行動に出ていた。


 両手を地に向け、爆炎魔導を発動。その力で一気に10m以上の上空にまで到達する。間を置かず、背面に向けて発動した魔炎煌烈弾ルシャナヴルフによる推進力で、一気にある方向に向けて侵攻した。


 数千の兵士をショートカットしたどり着いた先。それは――無論、総大将ミナァン・ラックスタルドの元だった。


 彼女は親衛部隊に護衛された戦車の上の椅子から立ち上がり、流麗な瞳を闘気で満たし、強敵を睨みつけた。


 ミナァンは数百m先のただならぬ魔力の波をすでに察知しており、その種類によって相手が何者なのかも、ナユタがもたらした情報によって理解していた。

 

 よって迎え撃つ体勢も、すでに万全だった。


死花零雪波スクネーストルム!!!」


 ミナァンはレーヴァテインが近づくコースに向けて、手加減のない氷雪魔導を放った。見る見る上空に空気も凍るような氷雪地獄が形成され、そこから発生した雹が、自然現象を全く無視して水平に飛びレーヴァテインに襲いかかる。


 雹の集中砲火を受けた上、氷雪空間に到達して鎧が凍り始めたレーヴァテインは、やむを得ず攻撃を止めて地上に降り立った。


 そして――思わずレーヴァテインのために空間を空けた兵士たちの向こう側、20mほど先の戦車の上に立つミナァンを見上げ、云いはなった。


「おお……寒い寒い。さすがは、“氷雪女帝”ミナァン・ラックスタルド、あたしの爆炎魔導ぐらいじゃ弾かれちゃうのか。お気にのピンクのスカーフ、外さなくて良かったあ。

……けど逆にいえば、その程度よねえー。寒い程度の魔力で、これからあたしの放つ一段上の魔導、防ぐことができるのかなあ?」


 ミナァンは腕を組み、眼を細めてレーヴァテインを見返し、答える。


「いい気になるな、小娘。大魔導士ヘンリ=ドルマンの一の弟子が、魔導で不覚を取るとでも? あまり使いたくない言葉だけれど、年季が違うんだ。

かかってこい、なんてありきたりな事は云う積りはない。なにせ――君はもう、私の術中にはまっている、レーヴァテイン・エイブリエル」


 その言葉に目を鋭くしたレーヴァテインは、すでに冷気が「下」から上がってきていることにようやく気がついた。しかし、すでに退避行動を取るには――遅すぎた。


 やむを得ず、レーヴァテインが耐魔レジストを張り巡らした、瞬間!

 

 怒涛の勢いで大地から雪の壁がせり上がり、完全にレーヴァテインの姿を白銀の中に覆い隠した。

 間髪入れること無く、その雪の塊は長さ5m、太さ1mもの巨大な「つらら」数十本に貫かれた。

 同時に、相当に離れていても突き刺ささるような、超低温に包まれたことが感じられた。

 貫かれたように見えたつららは、超極低温が封じ込まれた雪壕の内部から発生したものだった。

 内部は、凍死などとは生易しい、原子の結合も崩れるほどの低温と化しているであろう。


「……“極零度牢獄プリソンアヴソル”。どうだい、寒いを超えて、脳髄まで凍えてくれたかい?」


 数秒の、沈黙。ミナァンが兵士に合図し、様子を見るよう近づかせた、その瞬間。


 雪壕は勢いよく爆散した! 

 そして中から、光り輝く金属の円盤が、縦方向に高速回転しながら一直線にミナァンに迫ってくる。


 円盤が放つ光の刃は、大地を粘土のようにたやすく切り刻みながら迫ってくる。触れれば、為す術無く両断されることは自明だ。


 ミナァンは、貌を一瞬にして引き締め、兵士に退避を命ずるとすぐ己の周囲に絶対零度の障壁バリエレを張り巡らした。

 瞬時に戦車はビキ、ビキ、と音を立てて凍結し始める。


 回転しつつも目ざとくその状況を見て取り、近づけば命はないことを感じとったか――。レーヴァテインは回転を中止し、やや反転して安全な大地に降り立った。


 回転を解いて立ち上がったその姿は、すでに身体のあちこちに凍傷を負っているようだった。赤く裂けた手指や頬、両耳。おそらく長時間放っておけば壊死を始める状態であろう。

 耐魔レジストを破られた証だ。わずかではあるが、ミナァンの魔力がレーヴァテインのそれを上回った証左でもある。


「……やるじゃあ、ないか“氷雪女帝”。その名やっぱり伊達じゃあないねー。

だが、近づくだけがこのレーヴァテインの戦法の全てじゃない。あたしの中距離攻撃の脅威も実感してもらわないとね!」


 そして攻撃体勢に入ろうとしたレーヴァテインは、ピタリと動作を止めた。

 次いで、即座に背後を振り返った。


 音、と巨大な力、を肌で感じ取ったのだ。


 すでに恐慌をなした魔導士部隊の悲鳴、斬撃と人体が吹き飛ばされる音までがまざまざと感じ取れるまでになっている。回転斬撃の竜巻と化し、無数の魔導士から受ける魔導をことごとく「反射」して吹き飛ばしていく、その唯一無二の存在。


 すでに1000人に達しようかという魔導士をなぎ倒してきたと思われる、魔導を操る者にとっての最凶最悪の存在。

 それが何者なのかは、まずその存在に一番「ちかしい」者といえるレーヴァテインが誰よりもよく知っていた。


「ちっ……やっぱり来たのかよ……『親父』」


 最悪の存在は、夥しい返り血をその身に浴びながら、レーヴァテインの背後10mほどにまで躍り出てきた。

 どうやら、つぶやきのような彼女の言葉をしっかりと聞きとがめていたようだ。


「やっぱり、とはどういう意味か気になりますな、レーヴァテイン。

この父が、娘のお前の身を案じたお節介などでここまで来たと思っているのなら、それは大きな間違いですよ。

しかし、そちらにおわす瑞々しく御麗しい奥方マダムにお目見えしたくて参ったと思っているならば、それは大正解です。

統候ミナァン・ラックスタルド卿。私は貴方とお話したく、ここまで参ってしまいました。不躾、平にご容赦のほど」


 紳士が淑女にする最敬礼、跪いて届かぬながら手の甲にキスをする仕草をとったのは――。


 その仕草がこの世で最も似合わぬ容姿を持つ、2mの筋骨隆々のスキンヘッドの大男。


 レーヴァテインの父にしてサタナエル“短剣ダガー”ギルド将鬼、ロブ=ハルス・エイブリエルであった。

 

 裂けたように大きい口の広角を引き上げた怖気をふるう笑みを浮かべ、ぬめぬめと淫らに光る両眼は眉もない目庇まびさしの向う側からミナァンの貌と身体をねめつけてくる。


 この男の情報はナユタから得ており、自分のもとにやってくるであろう想定もしていたミナァン。

 しかし実際に目の前にすると、想像も消し飛ぶようなおぞましさ、それと同時に感じる戦闘者としての次元の違いを感じる闘気の巨大さに圧倒され身震いせざるを得ない。


 レーヴァテインがもう一度舌打ちをして、ロブ=ハルスに云い放つ。


「そんなことは、百も承知だよ、親父……。相変わらずのゲス野郎だよ、あんた。

だけどしゃしゃり出てこられるの、こっちは迷惑なんだけど。あの女はあたしが仕留めるつもりなんだ。これ以上手を……」


「黙りなさい。フレアから味わった『屈辱』で“限定解除リミットブレイク”を果たし、お前が一流となったことは認めましょう。ですがこの私にそんな口を叩くのは10年早いのでは?」


 いつもの慇懃無礼な口調で、そんな感情は一切表さない中に確実に潜む「怒り」、を感じたレーヴァテインは青ざめて口をつぐんでしまった。

 恐怖したのだ。彼女が子供のころから恐れる父の中の、悪魔に。


「今これほど手こずっている相手を、お前は次撃で必ず仕留められるのですか? 史上最大のこの戦の中で時間を無為に浪費などできません。ここは私がやります」


 そう云ってロブ=ハルスはダガーをミナァンに向ける。


 ミナァンは背中に幾条もの冷や汗を感じ、身体を支配しそうになる恐怖をどうにか止めた。そして全力の魔導を放てるまでに精神を集中させる。


 だが多くの猶予は与えず、悪魔は動き始めてしまった。


 これまで体験したこともないような、人智を超えたスピードで一直線に跳躍してくる巨大な黒い影。


 ミナァンは己の全力の奥義を悪魔にぶつけた。


絶対零滅砲ジロアブソルケノン!!!」


 交差し突き出した両手から放たれる、絶対零度の冷気をもつ死の低温地獄。


 溶鉱炉ですら凍らせるといわれる、最高位の氷雪魔導。

 にも関わらず――。


 不敵な笑みを浮かべた悪魔は――交差させた両腕に発生させた巨大な“全反射リフレクト”領域で――。何とそれを、残らず術者のミナァンに反射してみせた!


「うっあああ!!! はああ――ああ――んん!!!」


 ミナァンは必死の悲鳴を上げ、初めて喰らう「己の魔導」を全力で耐魔レジストした。


 しかし――何しろ自身最大の奥義。とてもではないが弾ききることはできず、腕、太腿、脇腹に喰らってしまった己の魔導で深刻な凍傷を負う。


 そしてその時すでに、悪魔は無情にも眼前に迫っていたのだった。


 ロブ=ハルスは戦車に乗り込み、ミナァンの右手を左手で掴んで上にねじりあげ、左手を右手で掴んで彼女の背中に固定。自らは身体を寄せミナァンを抱きすくめるような体勢になった。


「あっ……!! はああ……い、いや、いやああああああ!!!」


 ミナァンはついに恐怖と生理的嫌悪感に耐えきれず、か弱い女の叫びをあげた。

 今この場の誰も、淫らな悪魔を止められない。はっきりと分かる。この悪魔は人間のように場所をわきまえたりはせず、むしろこのような場所でこそ興奮を倍増させるような異常なる存在だ。このままでは、公衆の面前で辱めを受けかねない。

 ミナァンが心の中で夫カールに助けを求めたその時。


 一条の閃光が走り、ロブ=ハルスの身体の側面に激突した。


 瞬時にロブ=ハルスの巨体は吹き飛ばされ、10mほど先の地面で体勢を整える。


 砂煙の向うで不敵に嗤い、上目遣いでその閃光の主をにらみすえた彼は、喉で嗤いを押し出しながら声を発した。


「クックックッ……。これはこれは、懐かしい貌が。かれこれ、20年ぶり以上でしょうかねえ?

かつて法王府でジャンカルロとともに3人で学んだ学友の仲。あれから貴方に色々あったことは聞いていますよ……。久しぶりですねえ、イセベルグ!?」


 ロブ=ハルスの視線の向うで、馬車の上に魔工兵器を身に着け立つ、魔工匠マスターイセベルグ・デューラー。

 彼がミナァンの危機を救ったのだった。


「ロブ=ハルス……このような形で会いたくはなかったな……。

だが……ここまで堕ちに堕ちた貴様を止めるのは、俺の役目なのだろう。

俺もあのときの俺とは違う。かかってこい。かつての聖騎士の鍛錬の場でのようにな!!!!」

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