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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第四十六話 繋ぎ止めたもの、失ったもの

 ――王都、ローザンヌ。閲兵広場。


 その中心付近。

 先刻、壮絶な激闘が行われた戦場であるそこには――。


 まず、人間であったことが辛うじて見て取れる、原型を止めぬ無残な屍体が一体。


 そこからやや距離をおいた場所で、少女の遺体を抱え、その頭を撫で続ける少年の姿があった。


 

 少年、ルーミスは――。やはり、キャティシアの元を離れて戦場に向うことができなかった。

 ずっと、一緒に居たのだ。


 喪失感を整理することができずに呆然としていたルーミスだったが――



 王城への扉に、気配と人影の存在を感じ、ハッと貌を上げた。


 一体、そこに立っている人物が、「どちら」なのか――。

 一瞬祈るような気持ちとなったルーミスだったが……。


 

 立っている人物を確認した瞬間、安堵の叫びを上げた。


「レエテ!!!! 無事だったのか!!!!

……勝ったのか、ゼノンに!! 奴を――斃したのか!!!」


 扉の向こうにしっかりした足取りで現れた、レエテは――。


 微笑みながら、ルーミスに向って歩き出した。


 そのボディスーツもブーツもボロボロに破れ、あられもない素肌が見えている状態。

 右ブーツは「結晶足」の余波で完全に吹き飛び、素足だ。

 その髪も肌も、残った服も、乾き始めた血で汚れきっている。しかし、彼女自身の傷はもうほぼ再生しているようだった。


 その様子と、レエテ自身の安堵の表情が、全てを物語っていた。

 ルーミスは仇敵の滅びと、レエテの無事に、涙を流した。


「ええ――心配かけたわね、ルーミス。

そう、勝ったわ――。ゼノン・イシュティナイザーは、死んだ。私の復讐も、キャティシアの、復讐も、果たすことができた」


「良かった――本当に。すまない、本当はオレも一緒に闘わねばならなかった。どうしても、キャティシアの側を離れられなくて――。役に立てず、すまない」


「いいえ、そんな……。いいのよ。むしろ、あなたがここにこうして居てくれたことにお礼を云いたいわ。

キャティシアの、望むことだもの……何でも、してあげたい。私の……私のだいじな……」


 レエテはこらえきれず涙を流し、彼女の側でかがみこんで貌を覗き込んだ。


 そして、その青白く冷たい頬をやさしく撫でて云った。


「私のだいじな、キャティシア。あなたを死に追いやった悪魔どもは、皆地獄に送ったわ。

そして私、あなたのこと、一生わすれないから……ずっと思っているから……せめて、安らかに……」


 だが――言葉に反し、強すぎる未練がレエテの表情を支配する。そしてやにわにキャティシアの冷えて固まった身体を抱きしめ、嗚咽を漏らした。


 イヤだ……離れたく……別れたく、ない……。お願いだから死なないで……戻ってきて……!


 泣き叫んでそう呼びかけたい衝動をぐっとこらえた。


 ルーミスは涙ながらにその姿を見やり、云う。


「オレは……後悔してる。

こんなことになると分かってたら、あんな中途半端に躊躇しないで全力で愛情を注げばよかった。

それに、オマエが刺される前にオレがここに到着できていたら……もしかしたらキャティシアは、暗殺を躊躇して思いとどまったかもしれない。そんな気が、して……」


 それを聞いたレエテはゆっくり上体を上げ、一度涙を拭いてから首を横に振った。


「いいえ、ルーミス……そう考えるのは間違いだと思うわ……。

私、死ぬ前のこの子と少しだけ話を、したの。この状況を予想していながらあなたに告白したこと、申し訳ないって云ってた。自分が居なくなったら、誰かと幸せになって、ともね。

心から、あなたを愛してたの。だから、変な気を使わない自然なあなたに愛してほしかったと思うし――。

暗殺を思いとどまってもし自分が助かっても、覚醒しないことであなたが死んでしまう状況は、決して望んでいなかったと思うわ。

今のあなたのその命は、キャティシアがくれた命。

あなたは間違ってなんかいない。彼女の命とともにこれからも――生きて。それが成すべきことと思うわ」


 ルーミスは――。

 それを聞いて再び貌を大きく歪めた。そしてより大粒の涙を流した。


「ううっ……!!!

……キャティシア……キャティシアああ……!!!」


 すすり泣くルーミスを見て、微笑み彼の肩に手をかけるレエテ。


 そしてややあって彼女は、立ち上がった。


「あなたは、ここに居て、ルーミス。私は、皆を探してくる。

敵の大群を引き受けてくれた、ナユタとホルストース。シオンを斃しに行ったシエイエス。

きっと皆、敵を斃して無事だと信じてはいるけど、心配だわ。

キャティシアのことも報告しなきゃいけないし――すぐに戻ってくるわ。待っていて」


 そして、レエテがまず南西の街路に向けて歩きはじめようとした、その時。



 レエテは突如――背筋に凍結した針を通されたような、凄まじい戦慄と生理的嫌悪感を、感じた。



 何かが、居る。この場に。自分を、ねめつけるように、凝視している。そんな邪悪が存在が、居る。



 凄まじい不快感だった。何か、自分にとって耐え難い異常事態が迫っている。それを肌で感じた。



 そして一度目を閉じたレエテ。そこで感じた一つの魔力に、猛烈に不快な既視感デジャヴュを得た彼女は、周囲に殺意をもった視線を振りまき、叫んだ。



「――どこにいる!!!! 出てこい!!!! この場のどこかで、私を見ているのは分かっているぞ!!!! 何を、企んでいる!!!!

聞こえているのか、『フレア・イリーステス』!!!! 出てこいと、云っているんだ!!!!」



 それを聞いたルーミスは、瞬時に泣き止んで驚愕に目を見開き、周囲に目を走らせた。



 変化は、すぐに現れた。



 もう、どの方向に居るのかは、手に取るように分かる。15mほど背後にある、王城を取り囲む城門の上だ。


 そこから発散させる、はるか人外のものとしか思えぬ激甚の魔力。怖気を振るうほど邪悪な闇の力。


 その感じは忘れもしない。かつてノスティラスのエルダーガルド平原に突如姿を現し、数々の邪悪極まる行為を成して去っていった巨悪。禍々しい大魔女、“将鬼長”フレア・イリーステス。奴のものだ。



 ついに、その姿を現していた。栗色の髪、銀縁の眼鏡、アルム絹のローブ、黒皮の衣装。


 以前と同じ上方から登場した彼女は、今回――。立ち上がらずに城壁上にかがんでいた。


 そして、その膝に抱きかかえている一人の人物を見たレエテは、驚愕に目を見開き、身体を大きく震わせた。



 フレアの膝の上に仰向けの頭を乗せ、意識を失い目を閉じている、人物。


 それはまさに今から探しに行こうとしていた、相手。最も心配していた最愛の恋人である――シエイエスであった。


 

 フレアは、シエイエスの頭や貌を、これ以上なく愛おしそうに撫ですさりながら、レエテに嗜虐的な目を向けた。そしていつもの艶やかな、それでいて血のまったく通わぬ声色で話し始める。


「しばらくぶり……レエテ・サタナエル。貌色も悪くないようだし……寿命が訪れなくてよかったわね」



 レエテは、シエイエスの命を握られたことに絶大な恐怖を感じながらも、歯ぎしりしてフレアを見返した。


「フレア……!! お前……!!!」



「ここへ現れたということは、ゼノンを斃したということね。

とても、残念だわ……。私、彼とは10年以上の親しい付き合いで……。一時は恋人同士だったこともあったのよ。今は同じ大望を共有する同士でもあったから、さすが冷静な私でも、貴方に対する怒りや復讐心が湧き上がるのを感じるわ、レエテ……」


 フレアはしかし、その言葉とは裏腹に、親しい同士であったゼノンの死に何の痛痒も感じていないことはその表情と眼で明らかであった。


「何にせよ、貴方はついに4人目の将鬼を斃してしまった。

3人目のサロメが討たれた時点で、その緊急度合いを鑑み我がサタナエルが秩序の破壊者に方針転換し――。幾多の方策を打った中での、我らの敗北。

我らの脅威としてずっとその生命を狙ってきた貴方が、さらに緊急性の高い、強さを備えた恐るべき標的となったということ。今ここで、貴方に対処するべく、再びこの私自らが現れたという訳」


 レエテは憤怒の目線を外さず、獰猛にフレアに云った。


「シエイエスを……どうする気だ。彼を放せ。お前の目的は、私だろう……。

……シエイエスに、それ以上何かしてみろ……! 私は一瞬でお前の元にたどり着き、その素っ首を落としてやる……!!!」


 それが単なる脅しでないことは、フレアも感じていた。あのゼノンの“血破点開放”をも退けた、超常の身体能力を誇る相手だ。瞬時にここまで到達し、人質に手を下される前に奪い取ることができるだろう。

 ――生殺与奪を握るのが、自分フレアでなかったのならの話だが。


 フレアはより嗜虐的に目を潤ませ、やや興奮に息を荒げ、舌なめずりして声を上ずらせた。


「『何か』? 貴方、その『何か』というのはどんな行為のことなのかしら?

まだうぶとはいえ、もう男に抱かれた貴方なら、傷つけ殺す以外の行為を想像したのではなくて?

例えば――『こんなこと』をね――!!」


 

 突如――フレアはシエイエスの貌に自分の貌を近づけ――。


 極めて淫らに音を立てながら、シエイエスの唇に吸い付いた!



 瞬時に、極限の絶望を貌に貼り付けたレエテが、悲鳴に似た叫びを上げた。


「――ああああ!!!!! うわあああっ!!!!! あああああああーー!!!!!」


 そして涙を浮かべ、凝視した視線を離さないまま、地に膝を付き、出現させた結晶手を地面に叩きつけた!


 しかしフレアはそれに目もくれず、興奮して夢中でシエイエスの口中を舐め回している。



 レエテはもはや、身体中を焼き尽くそうとするかのような「嫉妬」の炎に身を焦がされていた。


 自分が愛おしくてたまらない、自分一人だけのものである男が、他の女に――。

 しかもよりにもよって、この地上で最大の憎悪の対象である仇敵の女と、熱い口づけをかわし続けている。その身体を蹂躙されている。


 今までに経験したことのない、身体や心の直接の痛みではない、苦しみ。ある意味若い女性であるレエテにとって最も耐え難い苦痛といえるその感情、「嫉妬」。


「やめろ!!!! やめろおおお!!!! やめてえええ!!!!! すぐに離れろ!!!! シエイエスを放せえええ!!!!!」


 結晶手を地に振り下ろし続けるレエテ。もはや石畳はめくれ上がり、大地に深々と亀裂が走っている。


 そのあまりに苦悶に満ちた狂乱の姿は、フレアの嗜虐心を大いに満足させた。彼女は一旦その唇を、名残惜しそうにシエイエスの唇から離した。



「いい貌……。満足だわ。私、とても満足よ……!」



 そして、フレアがさらに言葉を継ごうとした、その時。



 フレアの背後からかかった、城壁上に潜んでいた「もう一人の女性の声」。

 それは、レエテに向けて、明確に放たれたものだった。




「――男をとられて嫉妬とはずいぶん、成長したもんだねえ、レエテ……。

子供だったあんたも、一人前の女に成長したってワケ……?」




 その「声」を聞いた瞬間――。



 レエテは先ほどのフレアに対してなどとは比較にもならない、脳天から槍を突き刺されたかのような衝撃を感じ、全ての声と動きと表情を瞬時に停止させた。



 脳内も、停止する。一時、何を考えていいのか、分からない。



 そうしている間に、フレアが「その人物」を振り返り、馴れ馴れしく声をかける。


「あら、“参謀”どの……。いつの間に、いらしていたの? 一言声をかけてくだされば。

せっかくの、久々の『家族』のご対面……。

私も気をきかせましたものを」



 「その人物」は、ゆっくりと、城壁の最前に歩み出てくる。


 

 やがて、完全に姿を現した、「その人物」。



 それを目にした瞬間、レエテは自分の頭と目が、完全にショックでおかしくなったのかと疑った。



 絶対に、あり得なかったからだ。この今の場に無傷の自由の身で現れることも、フレアから仲間として扱われ、“参謀”などと呼びかけられることも。「その人物」に限って、あり得なかったからだ。



 「その人物」は、真正面からレエテを見据えながら、口を開き始めた。



「有り難い気遣いだケド、それには及ばないよ、将鬼長フレア。

あたしも、この状況の方が何かと、都合がいい。

そう、レエテ……。あんたと『1年ぶり』に、じっくりと話す、その場としてはネエ……」




 レエテは、ただ震えた。


 心も、身体も。もう、心の中は恐怖と、不信と、哀しみと、苦痛がないまぜになって、自分でもどうしていいか分からない。

 飛び出すほど見開かれた目の廻りは青黒く変色し、それが表すのはただ不安だけだった。

 貌中、冷や汗が滝のように流れている。もはや心臓麻痺で死ぬ寸前の人間よりも悪い貌色だ。


 その脳内に、いくつもの過去の記憶がフラッシュバックする。


 頭が、痛い。割れそうだ。それらの記憶は――その中に、この状況につながる事実が――。


 両手で頭を抱え、レエテはついに耐えきれず――。


 その目の前の――人物。

 170cm以上の長身の、女性。筋肉は細いながらも強靭極まりなく、胸も尻もふっくらと突き出ているが全体的にスレンダーな体型。その肌の色は「褐色」。

 髪は腰まで長いストレートだが、先端のあらゆる場所を横一閃に切りそろえた独特の髪型。その髪の色は「白銀」。

 貌は整ったエキゾチックな美女。厚めの唇、小ぶりだが魅力的な鼻。何より特徴的な、左側が髪で隠れた、すぐにでも眠ってしまいそうな気怠い垂れ目と垂れた眉。何を考えているか分からないその瞳の色は、「黄金色」。


 その美女に対し、叫んだ。その特徴の全てが示す、彼女にとって「最後の家族の生き残り」であった存在の、名を。




「どうして……ここに。どういうこと……なの……。 ねえ!!!! 教えてよ!!!!!

ドミノ!!!!! ドミノ・サタナエル!!!!! どうして、あなたが!!!!! あなたがああ!!!!!」

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