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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第四十二話 狂信者ゼノン(Ⅲ)~殺害への報復【★挿絵有】

 初撃交戦ファーストコンタクトは、格の違いを見せつけるがごとくゼノンがレエテを圧倒した。


 建造物の甚大な破壊を伴う、人外の攻防に、ダメージを受けたレエテは地に手をつき動けずにいた。


 首をゴキ、ゴキと鳴らしながら、レエテを見下ろすゼノンが上段から言を放つ。


「どうしたんだい……? もうちょっとは頑張ってくれるかと思ったら、意外とその程度なのかい? レエテ」


 レエテは上目遣いに睨みながら、手をついてようやく膝立ちになった。

 ゼノンは彼女が立ち上がるのを待ち、思い立ってしばし会話することにした。


挿絵(By みてみん)


「僕の“血破点開放”については、ルーミスが発動したのならどういうものかはおよそ見当がつくだろう。

数百の血破点同士の経脈を“開放”し連結、体外へ逃さず法力を循環させ続けることで、血破点打ちの効果を永続させる技。かつエネルギーの損失がなく、細胞そのものにそれが宿る。だからパワーはそのままに、僕もルーミスも身体が膨張することはない訳だ。むしろ、敏捷性とともに、単発打ちに数倍するパワーを得る。

定点強化アメイリオレーション”だって思いのままだし、君らサタナエル一族に匹敵する不死身の再生力も有する。通常、人間にはなしえない領域の技術わざ。まさに神に選ばれたもののみが持つ、真の使徒の力というわけさ」


「……」


「また僕にとっては、自分の美貌が損なわれないことがメリットだ。このあまりに整いすぎた貌のせいで忌々しい思いもしてきたが、今は神に与えられたものと思うことにした。

自分もそうだが、僕はともに往く人間にもそれを求める。フレアしかり、周囲に置く美しい少女たちにも、それ以外にもね。理想は全員が美も兼ね備えることだ。

君もサタナエル一族でなく、醜く突き出しすぎたみっともない肉さえなければ、神の奇跡といえるほど美しい貌なんだが。惜しいな、レエテ。

それで云うと、あの『本拠』で始末した君の“家族”。マイエも、他の多くの女も及第点で、特に――あの小さくて純粋で可憐な少女は、一族である事に目をつぶって持ち帰りたいぐらいだった。ソガールが首をはねてしまったがね」


 ターニアだ。家族のことを口に出されただけで許せぬのに――。自分のかけがえのない可愛い妹が、おぞましい懸想の対象となっていた。それを聞き、怒りのあまり身体中からゾワッと血の気が引くのを感じて一気に立ち上がった。


「やめろ……!! 私の家族のことを……」


「しかしながら、中で僕の美意識に反する女が一人、いた。戦闘種族のサタナエル一族としてもふさわしくない、短い手足、醜く出た腹、だぶついた首廻り。貌立ちは農婦の中の下の中年女のように醜かった。僕は、そいつに目をつけて標的にし痛めつけ、いたぶった。戦闘力も下の下で、その屑っぷりも僕を大いに苛立たせた」


 ――アラネア、のことか? まさか……まさか?


「そしてメスオオカミのような生きのいい短髪女が大人しくなってから、処刑の時間がきた。

僕は己の中に湧いた苛立ちをどうしても解消したくてね。その醜い女の処刑役を買って出た」


「待て……やめろ……!! 云うな……それ以上は……!!」


「まあその時も、泣くわ叫ぶわ、醜いといったらなかった。……あの女の首、切り口が千切れていただろう? 嫌悪を込めて僕は、その女の首を掴み、ねじり引きちぎったのさ」



 ――――レエテの胸の奥で、未だ表出せず残る黒い怨念の結晶が一気に、爆発した。



 ――アラネア・サタナエル。家族の中での、母親役。


 元々短躯でふくよかな体型、およそ戦闘には向かない臆病で優しい性格。奇跡的に追放を生き残ってマイエの家族に加わってからは、もっぱら「家」と子供の守り役、家事をこなす役に徹した。


 神経質でよく気が付き、お節介な性質のため、家族には口うるさい母親になった。しかしその言葉一つ一つには深い愛情がこもり、家族全員アラネアのことが大好きだった。レエテは怒られることは少なかったが、くどくどと心配をされた。そうして自分を理解してくれる彼女をとても大切にした。皆、外で闘う自分たちが、死んでもアラネアを守らねば、と一丸になっていた。


 その彼女に――愚にも付かぬ美意識などを根拠に、自らの手で無残極まる死をもたらした、この外道。

 レエテの脳裏に残る、アラネアの死後の表情。絶望と恐怖に歪み、なぜ自分がここまで凄惨な目に、という極限の悲哀に満ちていた。それを、こいつが――。この悪魔が――!


「ああああああああああーーーー!!!!!」


 自身が怨念の権化である悪魔に変貌し、レエテはゼノンに飛びかかった。


 予備動作はほとんどないにもかかわらず、激烈なスピードとパワーと殺気の塊となって襲い来る。


 襲われることを予期しての挑発ではあったが、その爆発力は、ゼノンの想定を凌駕していた。

 彼の無きに等しい人間性では、愛する者を失った人間の怨嗟など所詮理解の外だった。


 恐るべき速さで殺到してきたレエテの利き手、右結晶手の突きを、まさしくギリギリのタイミングで左掌の法力の壁によって受け止めたゼノン。

 しかし、そのパワーは、肉体へのダメージは吸収できても、慣性を吸収しきることはできなかった。


 ゼノンの身体は、己が吹き飛ばしてきたレエテと逆の方向をたどるように――。


 王城の壁を突き抜け、一直線に吹き飛ばされていった。


「ぬ……ううう……!!!」


 その鋼鉄の肉体によってダメージはさほど受けてはいないゼノンだったが、戦慄にうめき声を上げざるを得なかった。

 倒れることはなかったが、腰を落としたガードの姿勢のまま、石壁の孔の向こうにいるレエテを見た。


 すると、漆黒の影と錯覚するかのような姿で立ち怨念をたぎらせた超人の女は、驚くべき行動に出ていた。


 勢いよく床にかがみ込むと、結晶手を解除した右手を振り上げ、自分の右足を拳で殴りつけ始めたのだ。


「この、このおおおお!!!! いい加減に!!! 出てこいいいい!!!!

ここで!!! 出てこなかったら!!! 一体何のために私はやったんだ!!!

あいつを!!! 絶対にあの悪魔を殺すんだ!!! ここであいつを殺さなきゃいけないんだ!!!! アラネアの痛みを思い知らせてやるんだ!!!!!」


 右足はみるみるひしゃげ、出血し、赤い池を作り、無残な状況を作り出した。

 その表情は鬼気迫っている。気を失うほどの痛みのはずだが、まるでそれに「慣れて」いるかのようだ。


 激情に駆られた異常な状態、すなわち自分への天を衝くほどの殺意に、さしものゼノンも一抹の戦慄を禁じ得ず、一条の冷や汗を垂らした。


 そしてゆっくりと歩き出し、壁の孔を抜け、レエテの前に立つと――。


 無言のまま、全力の右足でのローキックを繰り出した。


 かがんだままのレエテの頭部を狙ったその蹴りは――。


 蹴りを見ずして反応したレエテの右手によって、何と足首を掴まれることによって、止められた!


 そして間髪いれず、そのまま立ち上がりざまに右手を振り――。

 195cm、96kgというゼノンの巨体は、175cm、60kgにすぎないレエテの手によって上方へと放り投げられた。

 投石機カタパルトのように射出されたゼノンの身体は、石造りの厚さ1mにもおよぶ天井を突き破り、地上1Fのエントランスに放りだされた。だがダメージはあっても少量。膝をついた体勢で床に着地する。


 そこへ、放り投げると同時に跳躍したと思われるレエテが、石天井の孔を抜けて飛び上がり――。

 1Fの床に着地。間髪入れず、「右足」を使ってゼノンの頭部に向け強力無比なローキックを返す。


 反応し法力の壁をもってガードする、ゼノン。激突し、ダメージを回避しつつも右方向へスライドさせられる彼だったが――。


 何と体勢を立て直す前に、すでにレエテの下半身が眼前に迫っており――。


 全く同じ「右足」でのローキックをゼノンは視認していた!


 この体勢からでは、同じく左腕での法力のガードをせざるを得ないが――。

 一度強力な法力を放出してからコンマ秒のインターバルをしか与えられず、しかもその放出元の血破点には衝撃を喰らっている。

 

 寸分たがわずに同一に喰らった攻撃を無効化することはさすがにできず、法力の壁を破られたゼノンの左腕は枯れ枝のように折られ、そのまま蹴りを食い込まされる――。その美しい貌の左頬に。


 同時に自傷行為によってひしゃげていたレエテの右足は、使い捨てのように消耗させられる過酷な行為の繰り返しによってついに脛骨が粉々に砕け、筋肉は破裂し、鮮血を飛び散らせた。


 互いが甚大な負傷を負ったことで、ダメージに貌を歪めながらも距離をとる二人。


 レエテは恐ろしいことに、ぶら下がる状態の右足で地面を勢いよく踏みしめていた。折れかかった骨の下部分に強引に上部分を乗せて通常と何ら変わらない立ち姿勢でありながら、痛みなど感じさせない激烈な憤怒の表情で吠えた。


「もういい加減にしろ!!!! ソガールといい――他の奴らといい――お前らの外道ぶりには心底、うんざりだ!!!! 

どうしてお前らのような奴らがのうのうと生き――アラネアが――私の家族達が、ランスロットが、キャティシアが死ななければならなかったんだ――!!

私だけが、お前らに報いを受けさせ地獄に落とせるのなら、こんな身体、いくらでも地獄の魔王にくれてやる!!! 最後に首だけになろうと、お前の喉笛に噛み付いてやる!!!!!」


 鬼気迫る、狂気にも似た迫力を叩きつけられたゼノンも、ついに激情をほとばしらせた。


「……人間もどきの、奴隷風情が……! 調子に乗りおって!!! 勘違いするな!!!!

これは、ようやく神がこのゼノンにもたらされた『試練』なのだ。貴様の力が、妄執が通じた訳では断じてない!!!

貴様は腐っても、“魔人”ヴェルと同じ戦闘種同士の血を受け継ぐ地上最強といえる血統。

だがな、このゼノンはサタナエルの誰よりも、“魔人”に挑み続け研鑽を積み重ねた男。

その蓄積をもって、また“血破点開放”の真髄をもって念入りに地獄に送り込んでやる。

罪深き魂魄の根幹から、深く後悔するがよい!!!!」

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