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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第四十一話 狂信者ゼノン(Ⅱ)~そして討伐へ

 ローザンヌ城前、閲兵広場。


 統括副将メイガン・フラウロスを討伐し、最愛の女性キャティシアの最期を看取ったルーミス。


 彼は無言で、レエテの胸に手を当てて法力を流し込み、治療にあたっていた。

 治療をされるレエテも、ひたすら無言だった。どちらも、放心状態のまま、心がここにないことが明らかだった。


 一気に高次元に引き上げられたルーミスの強力な法力は、以前とは比較にならない速度で、レエテの再生能力をサポートした。心臓は、数分というごく短時間で完全に再生され、レエテは全快した。むしろ余剰に流し込まれた法力によって、この場に到着した時点に倍する精力がみなぎっている。


 こう、思ってはいけないが――。この不死身の再生能力をキャティシアに与えることができたら。同じ心臓の損傷からも、生還できたのに。ルーミスは心の隅で考えてしまう。

 だがそれは、レエテ本人こそが強く思うこと。

 これまで失ってきた、大切な人々。アルベルト司教、エティエンヌ、ランスロット、キャティシア。

 怪我をほぼ意識することもない身体をもつゆえに、それらの死に直面するたびに思う。自分が代わってあげられたら、と。


 そしてルーミスはそれ以上に、思う。もっと、もう少し早く、自分が駆けつけていれば。

 レエテを刺してしまう前に、自分が翻意させられた可能性もあったのではないか。

 それによって自分は死ぬが、キャティシアは生きられたのではないか。


 するべきではないが、「たら」「れば」は限りなく噴出し、哀しみと後悔の念に襲われてしまう。

 そして、力強く立ち上がったレエテに、ルーミスは力なく云う。


「回復して、本当に良かった、レエテ……」


 レエテは哀しみの目でルーミスを見下ろし、言葉を返す。


「ええ、完全に元気になったわ。ありがとう、ルーミス……」


「これから、王城に入ってゼノンの元に、向うんだよな……。

本来なら、オレはお前とともに行き、奴に立ち向かわねばならない。キャティシアの仇の一人として。

けど……。すまない。もう少しで、いい。キャティシアと一緒に、居させてくれないだろうか……?

今はまだ、オレには無理だ。ここを離れるのは……。情けない奴と、蔑んでくれていい。少しだけでいいんだ。一緒に、一緒に……」


 レエテは目を潤ませて、大きくかぶりを振った。


「情けないなんて、とんでもないわ。あまりに当然のことだし、私からお願いしたいぐらいよ。

キャティシアの側にいてあげて、ルーミス。

もし私がこの子と同じ立場だったとしたら、心から嬉しいもの……。

安心して……。あの悪魔は、ゼノンは、私が必ず殺し尽くす。絶対に、許さない。

あなたとキャティシアの無念も同時に晴らすわ。だから大丈夫よ」


「ありがとう、レエテ…………」


 そう、一言云うとルーミスは……。力なく立ち上がってキャティシアの元に戻り、彼女の身体を抱え上げて抱きしめ、哀しみの目でその白い貌を見つめた。


 レエテは涙を振り払ってその姿に背を向け、真っ直ぐに歩き出し、王城に向う扉を両手で開けた。


 ドンッ! と巨大な音をたてた鉄扉は、一気に開いて移動し、ストッパーに当たって跳ね返った。

 ――通常は、10人近い人間でようやく開ける、その重い扉が。


 そこを通り抜けるレエテの貌は――すでに、変わっていた。


 復讐の、鬼に。かつてレーヴァテインに云い放ったとおり、悪魔にすらなるという覚悟そのままに、ゾッとする殺気に覆われ尽くしていたのだった。



 *


 歩みを進め、ついに謁見の間の扉を開けた、レエテ。



 ハーミア聖架の前で血まみれの貌を振り返り、驚愕の目を向ける、ゼノン。


 レエテが現実にそこに居ることを確認した彼は、ゆっくりと、立ち上がった。


「これは、これは……。

死んだはずの君がここに来ていることが見間違いでないのなら、メイガンとキャティシアは失敗し、彼らを斃してここにやってきたと。そういうことか? レエテ。

いや……おそらく少し違うな。

失敗は事実だが、キャティシアが情により君を仕損じた。それにより彼女はメイガンに成敗され、怒りに支配された君がメイガンを斃したか?」


 レエテは数歩歩み出、ゼノンに答えた。


「違う……。キャティシアは、目が覚めた。そしてメイガンに立ち向かい……殺された。

怒りに支配されたのは……ルーミス。彼が、力を解放した。

残念だったな。お前しか使えなかったという“血破点開放”とやらを、ルーミスは体得した。

キャティシアを、失った哀しみによって……。

その力が、彼自身と私を救い、悪魔に復讐してくれたんだ」


 それに、ゼノンはユラリ……と振り返った。

 不敵な笑みを崩すことなく肩をすくめ、言葉を返す。


「そういうことか……! それは、全く想定していなかった。完全にしてやられたよ。

ルーミス・サリナス。彼がそこまでの逸材だったとは思わなかった。我がギルドに迎えたいくらいだ。

だが今ここにいないところを見ると――。精神力については理性を発揮できぬ未熟な子供の域と見たがな」


 レエテはギリッと音をたてて歯ぎしりし、唸るように返す。


「お前には決して、わからない……!!! 尊い、人の愛というものが。

私は今、自分の過去の復讐のためだけにここに居るわけじゃない。

今の私にとって尊い仲間への愛情のため、その無念を晴らすためでもある!!!!」


 瞬時に――。「獣」となり――。


 その初動が全く見えぬ驚異の動きで、レエテはゼノンに殺到していた!


「――!!」


 黒い影が一瞬で眼前に迫る様に、表情を一転固くするゼノン。


 発揮される集中力。

 右下方、左上方から迫る結晶手を眼、耳、肌で捉え、恐るべき正確さと速さで、掴み取った。

 レエテの、両手首を。


「ぐっ――!!」


「強いな……。ここまでの戦闘者に成長するとは、やはり僕らの危機感は的を射ていた。

君を第二のマイエにはさせん。ここで、このゼノンが脅威に終止符を打とう」


 そして、手首を掴んだまま、正面に圧力をかけてくる、ゼノン。


「シンプルで、いいだろう? 力比べさ。この僕を押し切ってみせろ、レエテ。

ああ一つ云っておくが個人的に僕は、君のような純粋さを失った、穢れた女が大嫌いだ。

その胸の、二つのおぞましい肉の塊を僕に押し付けるのだけはやめてくれよ?」


 余裕を見せるゼノン。それは決して、強がりなどでない。


 手首を掴まれたまま、互いを押し合う力比べの体勢となった両者。


 レエテは――現在ではサタナエル一族でも屈指の身体能力を有する強者のはずである。


 とくに、「本拠」にいた時分から優れていた腕力。これまでの闘いでも多くは敵を圧倒し、完全に力負けしたといえる相手は“純戦闘種”の母サロメぐらいであり、アドバンテージの一つであった。


 だが、目の前のこの飄々とした男。これまでの魔物たちと比べれば貧弱とさえいえる体格、細腕にも関わらず――。


 動かない。渾身の力を込めても、微動だにしない。

 加えて、痛い。ぎりぎりと握り続けられる手首は、このまま引きちぎられそうだ。

 これもまた、脅威の状況だった。超人の強い肉体を持つレエテに、素手で痛みを与えられる者などほぼ現れたことはない。


 歯を食いしばり、脂汗を流すレエテ。不利な状況を自覚し、逃れることを考え始めていた、その時――。


 突如、信じがたい圧力とともに前方へ押し出され、手首を投げるように解放される!


「ううおおお!!??」


 石畳を削り取りながら、3mほど後方へ強制的にスライドさせられたレエテ。

 その前方には――。

 赤い悪魔が、眼前に迫っていた。


「覇っ!!!!」


 気合いとともに、繰り出される右正拳。踏み込みながら繰り出される火山弾のようなその拳は、レエテの腹をまともに捉え、そのまま後方に吹き飛ばす。


 同時にゼノンは前方跳躍で拳を離さず圧を掛け続ける。一体となって水平に高速移動し続ける両者は謁見の間の分厚い石壁を、レエテの背中でもって紙のように突き破り――。


 なおも次の間の石壁を破り、さらに進み、その次の石壁を破ったところで――。


 ようやくゼノンはレエテを解放リリースし、レエテの身体は最後の間の壁を粉々に崩し、その残骸とともに床にくずおれて止まった。

 内股に折った両足と腰を床について、どうにか倒れず踏みとどまったが――。


「が――はっ!!!!」


 一部破裂した内蔵からの出血を、したたかに口から吐くレエテ。


 がっくりとうなだれ、張り詰めていた殺気が弱まると――。


 それまで忘れ去っていた、右足の激痛が再び戻り始めた。

 レエテは身体中の痛みに、一時的に戦意を折られる。


(強い――。強――すぎる――!)


 単純な、超越的身体能力と戦闘センスも圧倒されるが――。


 何より自分の得意とする戦法で、完全に上回られたこと。

 しかも存分に、余力を残しているであろうこと。


 そのことが、これまでの闘いとは異なる絶望感をレエテに与えていた。


 彼女はぼやける視界の中、息も乱さずに冷笑して自分を見下ろす仇敵を、虚ろな目で見続けるのだった――。

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