表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
228/315

第三十七話 蠱毒の花(Ⅱ)~支配への反逆

 実力は未知数ながら、ゼノンが全幅の信頼を置き、将鬼の代行を努めうる唯一の地位――。統括副将となるほどの、歴戦のベテランたる“背教者”の男。


 対してせいぜい一般人レベルでは達人といえる程度の弓の使い手で、“背教者”となってからですらまだ間もない、凡庸な法力使いの16歳の少女。


 傍から見ても全く比べるべくもない、次元の異なる戦力差だ。


 だが今、メイガンに対抗できる者――。この場で立って闘うことができる者は、キャティシアの他には誰もいない。


 自分が敗れれば、レエテも、ルーミスも、即座に殺されてしまう。

 その思いが、キャティシアの心に力を与えた。


(考えて、キャティシア……。持ちこたえるだけでも、いい。その間にシエイエスさんやナユタさん、ホルストースがきっと駆けつけてくれる)


「何を考えておる? キャティシア。時間を稼げば、他の仲間どもが駆けつけてくれるとでも? そう思うておるか。当たっておろう?」


 心中を見透かされ、キャティシアは視線を下げた目を大きく見開いた。


「有り得んな。我がギルドの力は貴様も知っておろう。仮に勝てたとて、全くもって無事では済まぬ。それに加えてな、我がギルド以外の手勢もこの王都に参っていると聞く。誰かを退けても、また誰かが襲いかかる。到底、たどり着くことなどできはせん」


 その絶望的な状況を聞いて、ではなく、己の心に問いかけるために、キャティシアは強く何度もかぶりを振った。


(いや――そうじゃ、ない。待つんじゃあ、ない。私が、斃す。それぐらいの気持ちでなければ、すぐに、負ける。殺される)


 そして真っ直ぐに敵を見据え、言葉を返した。


「私は――私は人間に、なれた。レエテさん、皆、ルーミスのおかげで。私はあなたや将鬼の奴隷なんかじゃない。本心ではここへ来て――恐怖に打ち勝ちたかったんだ。皆と一緒に、人間として生きたかったんだ。

今までずっと負け続けた。皆に秘密を、云えなかった。ここへ来てもどうしても勝てなくて、レエテさんを刺してしまったけど……。もう一度過ちを犯す前にようやく、目が覚めた。もう、恐怖には、負けない。そして私は私の、将来を勝ち取る。あなたを斃して!! 勝ち取る!!!」


 そしてキャティシアは、ついに攻撃の初手を繰り出した。


 まず選択したのは、己が最も得意とする――弓。


 両眼を光らせ、稲妻の速さで腰から取り出した矢をつがえ、“背教者”の怪力で極限に後方へ引き絞った弦から至近距離で一気に放つ。

 恐怖で鈍りそうになる身体を全力で動作させ、人生で初めての反抗を、キャティシアは成し遂げた。


 動作も速度も、狙いの正確さも申し分なかった。ギルド兵員程度であれば額を貫くことができていたかもしれない。


 だが相手は、格の次元が違う。メイガンは恐るべき速度で迫る矢尻を、子供が投げてよこした枝を取るかのように易易と掴み――片手で折る。


 しかしそれが通用しないことなど、誰より祖父の恐ろしさを知っているキャティシアには百も承知だった。


 身を低くして、全力の脚力で前方へ踏み出す。地を薙ぐような勢いを見ても、メイガンは眉一つ動かさず、構え一つとらない余裕。


 それも、分かっていた。このまま彼に到達して攻撃を加えても、赤子の手を捻るように止められることが。


 己の地力だけで、勝てるとは思っていない。

 キャティシアは背中から素早く、拳大の鈍く光る金属塊を取り出し――その先端から突き出る小さなレバーを口で咥え、一気に抜き去った。


 ――遺跡やミラオン村での辛酸を経て、かつてヘンリ=ドルマンより受け取った巨額の金貨によってリーランドで密かに入手していたもの。

 “榴弾”と呼ばれる魔工具だった。


 キャティシアは急停止すると、その金属塊をメイガンに向けて放った。


 内部の火薬がレバー分離によって遅れて反応し、メイガンの目前でエネルギーを放出――爆発した。


「ぬううううっ!!??」


 不意を突かれたか、両腕を上げて防御の姿勢をとったメイガンが、苦悶の叫びを上げる。


 人工的な火薬の爆発の威力はナユタの爆炎魔導の足元にも及ばないが、耐魔(レジスト)が通用しない分、至近距離で爆発させれば確実なダメージを与えられる。


 怯んだメイガンの隙に乗じ、低い姿勢のまま一気に彼の足元にまで到達するキャティシア。


 だがメイガンは――。革鎧を引き破り、マントを焼く“榴弾”の爆発でも、ほぼ肉体は無傷であった。


 高位の血破点打ちによる、老齢とは到底思えぬ肉体強化。それを下敷きにした地力で、余裕の笑みを漏らすメイガンは、キャティシアに仕置を超えた鉄槌を下すべく高々と拳を振り上げる。


 しかし――これですらも、キャティシアの計算のうちであった。


 腕を振り上げる動作によって、がら空きとなった「左脇腹」に――。


 キャティシアは満を持して繰り出した。極低の姿勢から、震脚し、全てのバネを腰に伝え、腰から――。あえて敵に向けた背中の最も硬い部分の全面を、全力で、砲弾のごとき勢いで打ち放つ、彼女の最愛の恋人ルーミスの、技。


「“鉄山”!!!!」


 これ以上無い絶好の角度で入り、会心の威力をもたらす渾身の一撃。


 馬車が全力で石壁に衝突したかのような、鈍い大音量の衝撃音が響き渡る。


 並の人間が喰らえば、骨が粉砕され身体がバラバラになる一撃。


 そしてこの「左脇腹」という部位。かつてキャティシアが虐待の折りメイガンに見せられたもの。ゼノンが師である彼を大きく超えたその時、仕合で負わされたという巨大な傷痕が残っていた。


 痛みとダメージが強く残るという、その部位に加わった、最高の一撃。


(お願い、通じて……!!)


 強打のヒット直後、一瞬祈る、キャティシア。



 しかし――。


 次の瞬間、キャティシアの首は岩石のような手に無造作に掴まれ、捻り上げられた!


 強引に掴み上げられ、またたく間に彼女の足は宙に浮いた。

 そして同時に加えられる、鳩尾への拳撃。


「ぐうっ!!!! えええ……!!!!」


 えずくキャティシア。直後うっすらと開いた目に、彼女が何百……いや何千回と見慣れた、嗜虐的な男の凶相があった。


「ふん……。儂が禁じた“背教者”となり、戦闘経験を積んだだけのことはある。正直、予想をはるかに上回る良い攻撃だったぞ、キャティシア。この儂の古傷を狙う機転を含めて、な。

だが、手加減してやっても、この体たらく。蚊でも刺したか? 分かったか、所詮はこの程度なのだ。

貴様は強くなってはいかんのだ。無害で健気な女として、標的に寄り添わねばならん。その儂の期待から尽く外れる行為を成すから、このような結果になる。

もううんざりだ。消えよ。とっとと死ぬが良い」


 空いた手に、巨大な光球を発生させるメイガンを見たキャティシアは――。



 毒気が抜けたように、安らかな表情になり、微笑みすら浮かべた。


 

 そしてどうにか貌だけを横まで振り返り、目に、涙を溢れさせ――ニコリと笑いかけた――。

 その視線の先にいる、ルーミスに。



 それまで無力感に囚われ、苦悶の表情で闘いを見ていたルーミスは、血の抜けた白い貌になり両眼と口を開けた。



 感じ取った。彼女の、覚悟を。


 そしてその裡の、想いを。


  

 首を締められ、喋ることができないキャティシアの、唇が動いた。



 「ありがとう……あいしてる……」 そう、云っていた。




 次の瞬間、無情なる悪魔の魔力は、キャティシアの胸の前に到達し――。



 容赦なく、力を炸裂させた。

 

 それとともに、まるで矢に撃ち抜かれた赤い果実のごとく、鮮血とともに大きく弾ける――キャティシアの胸。




 ルーミスは――――残された力を振り絞って首を振りたくり、魂の底から絶叫した。



「キャティシアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!!!」



 

 その叫びを嘲笑うかのように。


 力を失い、両眼を閉じたキャティシアの身体は、物のように無造作に放り投げられ、地に落ちた。



「…………キャティ……シ……ア……! キャティシア……ああ……あああ」



 仰向けに倒れ、胸に赤い花が開いたように、肋骨までを露出させるキャティシアに――。


 這いずりながら、震えて涙と鼻水を流しながら途切れ途切れに呼びかけたのは、レエテだった。


 石畳に傷ついた心臓から自らの血の川を描きながら、動かぬ身体を必死によじり近づく。

 そして、手をとり、握る。


「う……う……。しな……ないで…………。おねが……い……ううう……いや、いやあ……」



 

 その、時。だった。


 

 絶望と哀しみに身を焼き尽くすレエテが、突然全身に感じた、魔力。



 それは魔力の、力場だった。



 ドームのように広がる、巨大な魔力の、放出。


 まるで暗黒に飲み込まれるように深く、禍々しい。

 

 レエテには――ごく最近、これと全く同じ経験をした記憶が、あった。

 グラン=ティフェレト遺跡で。



 その時の、力場の主、発生源は、ナユタだった。



 それと同じモノを、今発生させている主は――。


「キサマ…………。

いい加減に、しろ………。人間の、屑が。ケダモノが……。

血の繋がった……人間……だぞ……。よくも……よくも……。

オレの……オレの……大切な、人を……」



 ルーミスだった。


 殺気と呼ぶもはばかられる、魔の瘴気を発散していた。


 その丸めた背中から、魔力は放出され続けていた。巨大な、あまりに巨大な、魔力。



 そして――恐るべきことが、起きた。



 ルーミスの右手である“聖照光(ホーリーブライトン)”が、ビキ……ビキ……という不気味な音の後、突如として爆発したかのように膨張した!



 オリハルコンの装甲を貼り付けたまま、内部の可動金属イクスヴァが、彼の巨大すぎる魔力を吸って、大膨張したのだ。


 1m、2m――4m。


 まるでそれ自体が意志を持つ巨大な蟲のように、鈍く光る生物と化した、その右手。



 あまりの不気味さに、絶句するメイガン。

 その目前で、すでにルーミスであるのかもわからない怪物は立ち上がり、彼を壮絶な目で睨み据えた。


 すでに、“肝疽”のダメージは、数十倍の魔力の余波で、完全に吹き飛んでいるようだった。


 凄まじい――凶悪なまでの“限定解除(リミットブレイク)”が、今ここに発現したのだ。



「死ね……悪魔め。報いを、受けさせる。このオレの怒り、キャティシアの哀しみ――。

幾倍にもして、キサマに喰らわせてやる!!!!! 地獄へ、叩き落とす!!!!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ