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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第三十五話 王都決戦(Ⅸ)~訪れる、危機と魂の衝撃

 自身が地獄の亡者となったかのように、恐るべき憤怒を噴出させるシエイエス。


 長い白髪が浮き上がるほどに殺気を放ち、岩肌のようになった貌には無数の血管が浮かぶ。


 その状態のままに立ち上がり、右半身に力を込めるような仕草をした瞬間――。


 腐敗の斬撃を受けた右肩が、傷口を境に突如分離した!


 そして離れた肉片が地に落ち、それのみに腐敗が広がる。

 離れた巨大な傷口は、周辺の筋肉組織が変異して互いを引っ張り合い、応急的に出血を塞いだ。


「――な……な!!!」


 それにシオンが目を剥いて驚愕する、その間に――。


 シエイエスは左手に持った鞭を後ろ手に振り、背後の国旗のポールに先端をくくりつけた。

 そして身体を大きく反らせ、攻撃準備に入る。


「くっ――!? な、何だ? 何が起きている?」


 シオンは混乱していた。敵は明らかに人間の範囲内の動作に入っているのに、“予視(ディプレディアー)”で気脈を読むことができない。シエイエスの体内は、まったく気脈によって動作を指令していないのだ。

 これは、これはまるで――。


「“骨針槍撃(オスーランチェス)”!!!!」


 そして――頭脳が身体に指令を与えぬまま、カルカブリーナを仕留めた死の技は超高速で炸裂した。


 シエイエスの両腹部から、計6本の太い骨針が突き出し、長く長く伸び――。

 その動作を読むことができなかったシオンの、両肘関節、腰部、両膝部を完全に貫いた!


「お――お、おおおおおおっ!!!! ぐうおおおお!!!!」


 骨剣を取り落とし、苦痛のあまり、シオンが絶叫する。そしてそのまま、骨針はその長さを急速に縮め、シエイエスの手前2mの位置で、シオンの身体を宙に浮かせたまま停止した。


 己の眼前に磔状態となった仇敵を前に、シエイエスは構えを取っていた。

 それは、先程後方に振りかぶるように鞭を伸ばした左手。後方に伸びた鞭を強力に前方に向けて引張り力を蓄えている。

 そしてその左腕の手首部分からは――骨を変化させて外部に出した、1m以上はある長剣が出現していた。

 すなわち――。鞭の反力が蓄えられた、左手の斬撃がシオンを狙っている状態ということ。


「……気脈を、読めなかったろう? あれはな、俺の脳髄と脊髄を分離し、脊髄単独での動きに切り替えていたからだ。

貴様が読んでいるのはあくまで、脳からの指令。『脊髄反射』を読み取ることはできまい。まさに……俺は貴様の天敵、というわけだ、シオン。

覚悟はいいな……? 人の命を弄ぶ外道……! 悪魔め……!

貴様には、容赦のない無残な死を与える。覚悟するがいい!!!!」


 そして――シエイエスは足先から左手の先まで、全身の力を溜めていたその鞭の柄を、放し――。


 超々高速、大威力の上段斬撃を繰り出した!


「“死一文字”!!!!」


 叫びとともに敵に到達した斬撃は――。


 脳天から、股先までを、見事に両断し――。


 人の道を誤った悪魔の、身体を左右真っ二つに裂き、鮮血を放出させ、血まみれの肉塊へと姿を変えたのだった。


 レエテと同じく、彼も相対した剣帝ソガール・ザークの奥義、“死十字”。それを元に編み出した技は、カルカブリーナに続く6年来の彼の最後の仇敵を葬り去った。


(……ラペディア村、ミラオン村の人々。そして、ヴィンド、レイラ……。

俺は、お前たちの魂に報いることができただろうか……?

少なくとも命を弄び、命を奪った悪魔どもは、完全に地獄へ落とした。少しでも、安らかに眠ってくれ。

俺の過ちへの償いに関しては――今はまだ無理だ。もう少し、待ってくれ――)


 そして痛む右肩をかばいながら、踵を返して王城へと向かおうとした、その時。



 シエイエスは強烈な違和感を、全身に感じた。


 次にまるで、目の前に見えない巨大な板があって、そこに関節を杭で打ち込まれたかのような感覚。

 痛みと共に即座に身体の自由を失い、真っ直ぐに地に倒れ伏す。


「ぐっ――!! な……なに……が? 何が、起きた……?」


 事態を把握できずにいるシエイエスの視界に、何者かのブーツとマントのみが視界に入った。


 それは明らかに――女性の、ものだった。


 そしてその次に聞こえた声は――シエイエスに衝撃を与えた。


「何が……? これから何が、というならそれはね、色男さん。とっても、イイことよ……。気持ちいいこと……。でもまず、私が気持ちよくなりたいから、協力してほしいわ。

ああ……改めて見ると、何ていい男。本当に最高に好みだわ……たまらない……私の……私のものよ…!」


 艶のある、吐息がかったその女の声。あまりに衝撃とともに記憶に残る、忌まわしい声。


 その声の持ち主は、地に膝をつき、息遣いも荒くシエイエスの貌を覗き込むと、有無を云わさず唇を重ねてきた。

 そして舌でひとしきりシエイエスの口内を弄ぶと、糸をひきながら離す。その貌は――。


「きさま……フレア……! フレア・イリーステス……!!」


「ああ……! 覚えていてくれてすごくうれしい……。少しは私のこと、気になってたの……? ねえ……?

今貴方にはね、私の破壊魔導による麻痺を加えているの。痛いけど許してね……?

貴方にはね、一緒に来てもらいたいの。他でもない、貴方の愛しい愛しいレエテ・サタナエル。あの女の心にダメージを与え、無力化するために。万一にも私『達』の大いなる野望、それを邪魔されないようにね……」


 そう、突如現れ、今のシエイエスをして耐魔(レジスト)も許さぬ圧倒的強大な魔力で無力化したのは――。さらには、情欲をむき出しにして彼に執着する様子を見せた、その女は――。

 サタナエル“将鬼長”、“絶対破壊者”フレア・イリーステスであった。 


 その言葉を聞き、云い返そうとしたシエイエスの意識は――。


 突如「背後から」与えられた何者かの後頚部への打撃によって、失われていったのだった。



 *


 その頃。最愛の恋人が囚われたことなど、知りようもないレエテは――。


 キャティシアとともに、一路王城を目指して目抜き通りを走り抜けていた。


 石畳を、一歩踏み出すごとに右足に激痛が走る状態は変わらない。色の悪い貌を歪めながら脂汗を流し続けるレエテの表情を、斜め後ろから同じく青ざめた貌で見やるキャティシア。


 レエテは仇敵の一角ゼノンとの対決を間近に見据え、過去に思いをはせていた。



 「本拠」アトモフィス・クレーターで過ごした20年近い日々の中で、彼女を真の人間にしてくれた、最後の10年間のことを。


 あの放逐された死のジャングルの中での10年間は、そのほとんどの時間が、今のように誰かと走り続けていた時間のように感じる。


 主には、そこに生息する人智を超えた怪物、もしくはサタナエルの暗殺者から逃亡するため。


 レエテの場合は、ともに逃げるのはほとんどがビューネイで、自分を守ってくれる強い人――。マイエか、ドミノのもとまでたどり着くことが目的で走っていたのだ。たどり着くと、頼もしく敵を撃退し、笑って甘やかせてくれた。


 そのうち自分も大きくなり、年下の子を守る立場になり、ターニアを始め小さな子が自分を頼って逃げてくるようになった。マイエとドミノにならい、自分も下の子をかわいがった。


 安全が確保されれば、アラネアが料理を作って待っていてくれる「家」に帰る。

 貴重な団らん。とても安らぐ時間だった。皆が笑い、からかい、怒り、また笑う。アラネアが母親のように皆をしかり、皆がすごすごと従う。最後は彼女も笑って皆をフォローする。

 休息の時を過ごし、再びまた、狩りや自衛のために外に出る。またひた走っていく。そんなことの繰り返し。

 辛いことはあったけれども、楽しかった。幸せだった。ずっとそれが続けばいいと、そのときは思っていた。


 時を経て今自分は――。その大切な場所と家族を破壊し奪い取った者どもへの復讐のために、走りぬけている。


 今の自分にはどこまで走っても、自分より強くて守ってくれる相手は、いない。帰る家も、ない。走った先の終着点はいまだ見えず、終わるものなのかもわからない。


 ただあの時と違い、自分には逃げるためではなく共に攻める目的を共有した仲間がいる。

 それを心の支えに、走り続けるしかないのだ。


 失った家族は、背中を押してくれている。ひたすら、前に進むのだ。ひたすら――。



 物思いに沈んでいるうち、目的地は、以外なほどに近くに現れていた。


 目前の距離、おそらく300mほど。


 巨大な威容を誇る、大陸一の芸術品、ローザンヌ城だ。


 まるで手を触れられるかのように大きいが、ここは閲兵広場。多少の距離はある。


 ローザンヌ城へは、手前の城門を開ければあとは一直線だとのことだった。


 石畳をさらに走り、城門に近づくと――。


 城門は内側から、開かれた。


 不吉な音を響かせ、両側に展開していく鉄塊の扉。


 怪力により門を開き、そこに立っていた人物。それを見て、レエテは全身の毛が総毛立つのを感じた。


「ゼノン……イシュティ……ナイザー……!!!!」


 そう――。

 門の中央で仁王立ちする、一人の長身の絶世の美男。まさしく“法力(ヒリング)”ギルド将鬼、“狂信者”ゼノン・イシュティナイザーその人の、姿だった。

 赤いローブ風衣装は、それより真紅の返り血で染まり、貌にもベッタリと返り血が付着したままだ。


 飄々とした、それでいて人間性を感じさせぬ冷酷な笑顔。

 レエテが「本拠」の運命のあの日、目にした忌まわしい姿そのものだ。


 爪先から頭頂まで、怨念が駆け巡る。黒い憎悪で塗りつぶされる。憎しみのあまり狂ってしまうかと思うほどに。もはや完全に、右足の痛みなどどこかへ消えていた。


「……殺す……殺す……!」


 呪詛をつぶやきながら前に進むレエテ。

 それに対し、ゼノンがようやく口を開く。


「よく、ここまでたどり着いたね、レエテ・サタナエル。やはりダレン=ジョスパンより君の方が早かったな……。

君より前にね、シャルロウ・ラ=ファイエット――いや、ルーディ・レイモンドが王城にたどり着き、僭王ドミトゥスを討ち果たした後、僕との血闘に敗れた。この返り血は、彼のものさ。

次は、君じゃないかとは思っていたんだ。『あの時』以来だねえ、レエテ」


 その言葉を聞いたレエテの表情が、ザワッ……と青白く変化した。同時にさらなる殺気が溢れ出してくる。


「まあ将鬼皆がそう思ってるだろうけど、マイエ・サタナエル――。あの恐ろしい化け物に君の母サロメや僕の力が全く通用しなかった時は、心底恐怖を感じた。生まれてから最悪のね。

だから皆も本音はそうだろうけど、君を血眼になって殺そうとするのは、あんな化け物を万が一にももう一度出現させてはならないと思うからだ。そう、恐怖心だよ。それに突き動かされる。

そしてもう一つ、何より僕にとって重要なのはね……。神のご意思。

君らサタナエル一族は、自然の摂理に反する存在だ。得体の知れない怪物をもとに時間をかけ、『人工的に造られた』、人間のようでいて異なる人間もどき。それが君ら。僕の神の王国に居てはならない存在なんだよ」


「……!!」


 自分達、サタナエル一族に関する秘密の一端と思われるゼノンの言葉を聞き、一瞬目を丸くするレエテ。


「そういう事で君には、今この場で死んでもらう訳だが……。

その前にぜひとも君に紹介しておきたい人物がいるんだ。

その人物は、我が“法力(ヒリング)”ギルドNo.2である、統括副将。僕のサタナエルにおける師でもある偉大な法力使い。最も信用する右腕。

そして――何より君が『見知った人物』であるということ。

――そうだよね? 出てきてくれるかい?」


 そして、扉がもう一段階開き、そこに控えていた人物が、姿を現した。


 ゆっくり歩み出てくる、その姿。不敵に笑う、その貌。それを目にしたレエテの両眼が、眼尻が裂けるほどにまで見開かれる。


 信じられない。その言葉が表情を支配していた。有り得ない。身体の震えがそれを物語っていた。

 

 ややあって、震える口が、その人物の名を、発した。


「……メイガン……! メイガン・フラウロス……!! そんな……そんな、有り得ない!!!

あな――あなたは確かにあの時、あの時――死」


 その時――。


 背後からのドスッ、という鈍い音と、矢尻と思われる刃の冷たい感触と、左胸を突き抜ける激痛を、レエテは感じた。


 その得物、その気配――。


 あり、えない。そんなことは、ぜったいに、ありえない。


 なぜ、どうして、どうしてこんなことを――? 


「キャティシア……。 あなた、あなた、なぜ――? 私たちを――うら……」



 *


 その頃、ルーミスは、レエテとキャティシアの後をただひたすらに追っていた。


 右上腹部の激痛は、どんどん激しくなる。時間がない。


 彼女らに追いつき、できれば力になり、最後の刻を迎えたい。


 その強い思いが、強い脚力を生み出し、ルーミスを速い速度で走らせていた。


 この街路だ。この目抜き通りを抜ければ、広場、そしてローザンヌ城。


 もう少しで、追いつける。まだ多少の時間はある。必ず彼女らと合流する。



 そう念じて、閲兵広場に、ルーミスは出た。



 そこには――彼の想像を絶する、光景が繰り広げられていた。



 まず、王城の扉に、一人の美しい長身の男。事前に聞いていた話からするに、この男が将鬼ゼノンに間違いはない。


 あまりに、重大な問題だったのは――。その隣に控える、一人のがっしりとした老齢の、見事な白い髭を蓄えた、男。


 身につけているものこそ以前と違う、自分と同様の、“背教者”の肉体に特化した伸縮性の高い黒い革鎧だが――。

 その貌は、忘れるはずがない。

 連峰を踏破するために向かった、セルシェの山小屋。そこで不幸にも襲来したサタナエルの手にかかり――。自分が必死に命を救おうと法力を使うも果たせず、冷たい骸となり、墓に埋葬し葬式まで行った、その男。

 

 確かに、生きて、その場に立っていた。


「メイガン・フラウロス――!!! そんな、そんなバカなことが――!!」



 そして――。



 その手前。ルーミスの目前20mほど先の位置で――。



 それの何倍何十倍もの、衝撃を与える光景が、展開されていた。



 レエテが、居た。ゼノンに相対して、立っていた。


 そして首だけ振り返ったその貌は、ほぼ白といえるほどに血の気が引いていた。

 そして極限の驚愕を、その貌に貼り付けていた。



 その視線の先――レエテの背中に、オリハルコン製の矢を両手にしっかりと握り、矢尻の刃から先にレエテの心臓をめがけて、貫通する勢いで突き刺している、少女。


 脂汗を流し、これまでに見たこともない青ざめた鬼の形相で、背後からレエテを襲ったことが明らかな、その少女。



 ルーミスの心は、その光景を全力で否定していた。



 有り得ない。これは、何だ? 夢だ。こんなバカなこと、現実に起こるはずがない――。



 だが、現実だった。

 キャティシア。彼女が、背後からレエテを殺害するため襲った。



 全てが、仕組まれていたのだ。あのセルシェの山小屋の時点から。


 メイガン・フラウロスの正体は、サタナエル“法力(ヒリング)”ギルド統括副将。

 暗殺者として育てた孫娘のキャティシアを、レエテに同行させるため、何らかの方法で自らの死を偽装した。

 そしてキャティシアは、尽くす健気な少女として、レエテら一行の信用を勝ち得た。

 最後の、最後。まさかのこの場で、完全に意識がゼノン、メイガンに向いたレエテを、乾坤一擲のこの機会をもって殺害する、そのためだけに――。



 呆然とするルーミス。脳が痺れ、何も考えられない。何も、信じられない。

 その上から、無情な声が降りかかる。


「素晴らしい!!! やりおったな、キャティシア!!

さすがは、儂の孫よ。将鬼ですら斃せなかった怪物を、仕留めてみせるは見事!!」


 メイガンが、かつて山小屋で見せた善良な貌とはかけ離れた邪悪な貌で、喜びを爆発させる。


 その隣で、満足そうな笑顔を浮かべながら、ゼノンが肩をすくめる。


「大義であった、“法力(ヒリング)”ギルド兵員、キャティシア・フラウロス。

此度の最高の功績を上げし君には、いかなる地位も栄誉も思いのままだ。後で王城へ参るが良い。

おや、ルーミス・サリナス。遅かったな。その気脈――“肝疽”を喰らったな。アーシェムか。

長いことはないな。ともかくそういうことだ。君が愛した少女は、君の兄など及びもつかぬ裏切り者。サタナエルの、一員なのだ。

レエテも、君も、仲間ども全て、このローザンヌにて命運は尽きるのだ。

さて――メイガン統括副将、あとは任せるよ。僕の手を煩わすまでもないだろう。

王城にて、朗報を待つ――」


 云い残すと、ゼノンの真紅の姿は、扉の向こうに消え失せ、またたく間に見えなくなっていった。



 ルーミスの眼からは、大粒の涙が滝のように流れ出た。身体がとてつもなく大きく震えた。


 そしてその口からは、哀しき魂の絶叫がほとばしっていった。



「レエテッ!!!!! ――キャティシア!!!! キャティシアアアアアアーー!!!!!」

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