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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第三十三話 王都決戦(Ⅶ)~流星将ラ=ファイエット

 ラ=ファイエットはルーディ・レイモンドであった時分、ゼノンと同等の190cmという長身であった。

 ダレン=ジョスパンによる肉体改造を受け、162cmという短躯の中に筋肉を詰め込み、あまつさえ強化も施されたものの――。あまりの視界と重心の変化に、当初はまともに歩くことすら難しかった。


 それまで彼が得意としていた得物は二刀流の大剣であった。が、いくら容姿が別人になったとはいえ戦法・癖というものは著しく個人を特定する。それを引き継いでは、己の正体に気づかれかねない。

 全く異なる種類でかつ、短躯となった己のリーチを補い、斬撃の要素も残した武器――その試行錯誤の末選んだのが斧槍(ハルバート)だった。

 

 代替えのつもりだったが、まるで本来は身体の一部であったのだとでもいうように、それはラ=ファイエットに馴染んだ。恐るべき戦闘力を発揮した。訓練すればするほど驚異の技を生み出し、彼を人類の枠を超えた戦闘者へと押し上げた。

 単に振り回すだけでも、重心の低く回転の中心として安定する彼が振ると、恐るべき威力とスピード。かつ画期的な戦法として生み出したのは、斧槍(ハルバート)を軸として己の身体を武器として振る技である。

 「ドゥーマの反攻」においても、単騎で1000を超す敵兵、将を討ち取り敵皇国を震撼させ――間違いなく勝利の原動力の一つとなった。


 その流麗な技は、王国のみならず大陸全土に彼の異名をこう知らしめた。


 “流星将”と――。


「おおおおお!!!!」


 低く構え担ぐようにした後、気合とともに、突き出された斧槍(ハルバート)は――。


 ゼノンを襲撃するのではなく、5m手前の石床に浅く斜めに突き刺された。


 そしてそれを起点に斧槍(ハルバート)の柄の先端を外周にして振り回す動作に入る。


 当然、柄の先端を振るということは――。

 自分の身体をも武器として振ることを意味するのだ。


 ラ=ファイエットの身体は、それ自体が消えて見えるほど、僅かな残像を残し――。

 ゼノンに側面から襲いかかった!


 動作は極めて多いが、これらは全てコンマ以下の瞬間的に完了されたもの。

 常人は勿論、サタナエルでも兵員副将までの者なら自覚も出来ぬうちに討たれていたであろうが――。


 相手は将鬼。ゼノンは反応し、左から襲いかかると認識した攻撃に向けて、左腕を上げて法力防御を集中。


 そして衝撃とともに、その左腕に打ちかかったのは、ラ=ファイエットの踵から突き出したオリハルコンの刃であった。


 三重の法力防御で対応し、刃を止めたゼノンであったが――。衝撃力を吸収しきれない。

 寓話神話の域であるはずの彼の身体能力を持ってしても、本気のラ=ファイエットの技を止めきることはできなかった。


「ぬううううっ!!!」


 

 一直線に弾き飛ばされ、石壁を破壊し激突するゼノン。

 崩れた石が落ちかかる中膝を付く彼の眼前に、すでにラ=ファイエットの斧槍(ハルバート)の先端は迫っていた。


「――誤りし狂信の罰により――私とともに地獄へ落ちよ、ゼノン!!!」


 魔の形相を以て、死の刺突が迫る。

 ゼノンは膝をついた体勢のまま、それを辛うじて手で弾く。反動のあまりやや身体がスライドする。

 右方向へ弾かれた斧槍(ハルバート)を、ラ=ファイエットはまるで軽量なブレードででもあるかのように燕返しの要領で刃をとってかえし、斬撃に変えて襲いかからせる。

 ゼノンはそれにも反応し、今度は何と――。巨大な刃を左手一つで白羽取って止めた!


 動きを急激にとめられたラ=ファイエットは身体がつんのめりかけるが、強靭極まりない下半身によって踏みとどまった。そして――。


 感じた。

 前方から。邪悪の極みのような、漆黒の瘴気を。これまでのものとは比較にならない、まるで地獄の穴が開いたかのような圧倒的な闇を感じたラ=ファイエットは、ハッと貌を上げた。


 そこにいた、敵の男は――。すでに魔王そのものの邪悪な表情を貼付け、ゆっくりと立ち上がり――圧倒的高みからラ=ファイエットを睨みつけていた。


「何だと……? もう一度、云ってみよ、シャルロウ・ラ=ファイエット……。

この僕の信を『誤り』と、あまつさえ『ともに地獄に落ちよ』、と……? そう、云ったのか……?」


 掴まれている斧槍(ハルバート)を引き戻そうとするが、まるで掴んでいるゼノンと一体になってでもいるかのようにビクともしない。

 自分の怪力をもってして、このような状況となったことは一度としてない。ラ=ファイエットは戦慄し、背筋に一条の冷たい汗が流れるのを感じた。


 そして魔王は、初めて見せる激怒とともに、地獄の咆哮を吐き出した!


「貴様と!!!! 貴様などと一緒にするな!!!! 我は真の神の使徒!!!! 天にて神の最もお側に仕えるべき者だ!!!!

狂信者などと呼ばれ思い上がるな、このクズが!!!! カスの虫けらめが!!!! 

貴様は法王庁などというクソ虫の巣窟に入れあげ、犬となり、奴らへの忠誠を示すためにプロスティア派を虐殺したに過ぎん!!!! 信仰の何たるかを知らぬ下衆が、狂信者などになりようはない!!! 神への真の信仰を知る我への冒涜!!! それすなわち――神への冒涜だ!!!!!」


 謁見の間全てが上下に震えるかのような、凄まじい咆哮とともに――。

 ゼノンは左手一本で斧槍(ハルバート)ごとラ=ファイエットを持ち上げ――何と、そのまま「天井」へと放った!


 大砲で打ち上げられるかのような勢いで――7mは上にある天井の燭台に激突し、石材を破壊しながら燭台ごとめり込むラ=ファイエット。


「ぐはあっ!!!!」


 死の衝撃に白目を剥く。亀裂が入り崩壊する天井の瓦礫、燭台の金属材とともに床に落下しラ=ファイエットは、ぐったりと倒れ伏した。

 無数の裂傷。左鎖骨折。内蔵への衝撃。強烈な脳震盪。全身の激痛とともに床に流れ行く自分の血が視界に入る。


 一歩一歩、踏みしめるように近づいてくる魔王の足音を聞き、斧槍(ハルバート)を杖にしながら震えて立ち上がるラ=ファイエット。


 彼も、特殊な禁忌の人体改造を施された身。不死身ではないが重傷を負っても動くことのできる、ある程度の強力な生命力がある。


 だが――逆鱗に触れ、本気を出したゼノンの力を体感し、ラ=ファイエットは悟っていた。

 自分に勝機は――ないことを。おそらくこれでもまだ、ゼノンがほんの一部しか力を見せていないことが実感として理解できていた。神がゼノンに味方しているとは思わないが、少なくとも自分に最後の祝福を与える気がないことは明らかだった。いかなる突破口も、見出すことができない。

 だが、だがそれでも――。


(それでも――。ただで殺られる気は、ない。次の者へと、つなぐのだ。

ダレン=ジョスパン殿下――。レエテ・サタナエル――。ここへ辿り着いてくれる次の者へ。

オファニミス陛下の、未来のためにも!!)


「ゼノン……貴様、『カラスとカササギ』の寓話はもちろん知っているな?」


「……?」


「悪どいカラスと善良なカササギは友人同士だが競争相手でもあった。どちらが知恵者かを競っていた彼らは、池の縁を通りかかった。そこに写った自分の姿をカササギは認識できたが、カラスはそれを雌だと勘違いし近寄ったために池に落ち、水を大量に飲み込んだことで死んでしまった」


「……貴様、何を云っている?」


「自分の姿を真に認識できぬ者は、自滅するという教訓。

そもそもな、神の意志を人間が定義すること自体、誤りなのだ。それは自然に理解されるべきもの。

神への信仰とは? 感謝であり救い。感謝や救いは何に? 他でもない、本来己の愛する者へ与えるべきもの。信仰の真理とは、愛だ。

人間の思想や行動をこうあるべきと定義し強制し、そぐわぬ者を排除することは、信仰でも何でもなく神の意志に従ってもいない。私はそうであった己の過ちを自覚し悟った。

私は、たとえそれに気づいても償えぬ巨大な罪を犯したゆえ覚悟しているが、己のエゴで歪んだだけの姿をいまだ認識できず罪を重ね続ける、カラスのごとき貴様は――。私より深い地獄の底へ落ちるであろうな!!!」


 そしてラ=ファイエットは、最後の力を振り絞り、立ち上がりかけたままの低い姿勢から斧槍(ハルバート)の大技を繰り出す。


 ラ=ファイエットに侮辱されたゼノンは、怒りのあまり貌と首に何十もの血管を浮かび上がらせていた。小刻みに震え、目は白目を剥かんばかりになった。

 ラ=ファイエットの思惑どおり、彼の逆鱗に触れるどころか手を突っ込んで引き剥がそうとしているかのような、怒りの骨頂を引き出せたようだ。


 ラ=ファイエットは、再び斧槍(ハルバート)を中心に回転し、それを地に突き刺す。そして「一回」だけ回転し、その回転力を利用して回った自分の身体を着地させ――。再び自分を中心に斧槍(ハルバート)を回転させ――。蓄積された回転力の全てを、水平斬撃に変えてゼノンに向けて叩きつける!


「喰らうがいい!!! そして地獄へ落ちよ!!!!」


 その斬撃は――強烈な風圧を発生し、謁見の間の絨毯を巻き上げ、タペストリを吹き飛ばし、調度品を吹き飛ばした。まるであの剣帝ソガール・ザークに匹敵するかと思われる、地上最強の武器斬撃であった。


 怒りで闇雲に動いたり、まともに刀身を止めようとするなどの行動をとれば、ゼノンといえど無事ではすまないのは明らかであった。


 しかし――いつの間にか、ゼノンの表情は。

 元の飄々とした、冷酷な嗤いを浮かべた美しい貌に戻っていた!


 そして「一歩」だけ、刃をかわせるだけの距離を神速で踏み込み、右腕で斧槍(ハルバート)の柄の部分を受けた。――さすがに、掴み取ることは不可能だった。


 その衝撃は凄まじく、ゼノンの身体はメキ……メキと悲鳴を上げ――。激しくスライドし、床に付けた足は石材を削り取ったが、2mほどの距離でそれを止め――。ついには鋼の肉体との衝突に耐えきれなくなった斧槍(ハルバート)の柄は、刀身の根元部分で激しく折れた。


 吹き飛ぶ刀身を顧みることなく、一気に踏み込んだゼノンは、ラ=ファイエットの首を左手でつかみ、石壁に叩きつけた。

 そして間髪入れず、右手を貫手状態でラ=ファイエットの鳩尾に叩き込み、死の法力を打ち込む。


「“槍撃天使(アンジュデュヴァン)”!!!!」


 炸裂する巨大な光球とともに送り込まれる法力は――人間の許容量を超えたことを示す、地獄の激痛をラ=ファイエットに与えた。


「ぐうああああああ!!!!」


 目を見開き悲鳴を上げるラ=ファイエット。技は同時に彼の四肢も麻痺させたと見え、指一本動かすことはできないようだった。


「……残念だったね、ラ=ファイエット。君の暴言はたしかに僕の逆鱗に触れはしたが、そんじょそこらの将鬼どもと、このゼノンを一緒にしたのが間違いだ。僕の第二の武器は、並ぶ者のない自制心、精神力だ。すぐに己を取り戻し、いかなる状況にも対処する。得物を折られ、僕の奥義を喰らった君の第二の人生は、今まさにここで終わった。あと1分もなく、君の肉体は無残に自らを破壊する。

喜ぶといい。ようやく、幾万もの罪なき人間の命を奪った償いを果たせるんだ。何か、云い残すことがあるのなら聞くよ?」


 完全に平静を取り戻したゼノンを、ラ=ファイエットは苦痛で貌を歪めつつも侮蔑の嗤いを浮かべて見下ろした。


「私は……ここで……終わりだが……。貴様も……長くはない……ぞ。

恐れて……いるのだろう? ダレン=ジョスパン殿下を……。レエテ・サタナエルを……。

かの二人が必ず……貴様を……貴様の狂気を、終わらせる……。

先に地獄で……待っているぞ……!」


「ああ、良くわかったよ。君に続く小うるさい虫どもは叩き潰すし、僕は永久に君がいる地獄へ行くことはない。以上だ。さらばだ……“流星将”シャルロウ・ラ=ファイエット」


 その言葉とともに、ラ=ファイエットの肉体の崩壊が始まった。

 身体の関節の全てが本来と逆方向へ折れ、暴走した神経が体外に飛び出し、異常に噴き出す血が鎧の隙間から圧を上げて吹き出、霧吹きのようにゼノンの身体にかかる。身体の末端から徐々に上に向かって破壊される。この世で人間が体験できる最大の激痛がもたらされ、破壊の凄まじさも含めて誰もが目をそむけたくなる惨状であった。


 地獄の状況の中、薄れる意識の中でラ=ファイエットは最後の言葉をつぶやいた。


(エミリア……ルシーダ……お前達のもとへ行けぬ私を……許して……くれ……)


 そして――脊椎に続いて頚椎も破裂、破壊され、続いて後頭部から脳が破裂しまさに血の噴水を噴き上げ――。


 まさに、血まみれのズタ袋のようになったシャルロウ・ラ=ファイエットは――。

 完全に息絶え死んだ。


 それを見極めたゼノンは穢らわしそうに、ラ=ファイエットの遺体を石畳に放り捨てた。そして貌をしかめて付いた血を拭う。

 この男には闘った敵を敬う戦士の矜持も、真の信仰者が持つべき死者への敬意も、全く備わってはいないようだった。


「地獄で、君が殺した大量の亡者どもに更なる責め苦を永遠に受け続けるがいい。あれ以上君の心を折らなかったのが、せめてもの救いと思って欲しいな。

さて……次に僕のもとにたどり着くのは誰だ? すでに王都に入っているレエテ、君だとは思うが、ダレン=ジョスパン、君の足ならそれに先んずるかもしれないな。それとも……二人同時か? いずれにせよ、このゼノンを斃すことは何人にもできない。僕には、神の王国を立ち上げる使命が残っているんだからねえ」


 窓のない謁見の間の、空に向かう天井を見上げて、血まみれの魔王は一人つぶやくのだった。

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