第三十一話 王都決戦(Ⅴ) ~怨嗟の果てに
哀しみを怒りに転化し、攻撃体勢に入ったナユタの動きは早かった。
交差させた両手の先に、超高温高密度の炎を発生させると、それを一気に前方に放った。
「“極焔魔弾”!!!」
その放たれた炎の砲弾は、その先20mほどに居たギルド員の男2名に迫った。
彼らは見事な反応を見せ、両手で作った二重の“聖壁”によってそれを防ごうとする。傍目に見ても、難なく止められるかに見えた。
しかし――まるで水飴を貫いてでもいるかのように、拳よりもごく小さな砲弾はたやすく法力の壁をかいくぐり、男たちの頭蓋もしくは顎部から頚椎を貫通した。
石畳に崩れ行く男達を尻目に、砲弾は30m以上先の家屋の石壁を貫通し、それでも収まらず次々無機物を貫通し続ける音を遠のかせた。
その常識を大きく逸脱した威力と貫通力に呆気にとられるギルド員たち。
一瞬の間を、その男が逃すはずはなかった。
まるで竜巻が襲来したかのような回転する暴風。数十m離れているはずのアシュラ・ルービンのドレスの裾を捲り上げ、結んだ長い髪を垂直にまでなびかせる。その中心にいる男ホルストースが振るうドラギグニャッツオは、刀身に埋まった風元素瑪瑙が全開で駆動するほどの魔力をみなぎらせながら、絶対破壊の刃を暴れさせる。
その刃は物理的な防御を無効化するのもさることながら、魔力を帯びた神器であるがゆえに魔力を源にした防御に対しても絶大な効果を発揮する。
「うう――あああああ!!!!」
悲鳴を上げて必死の退避を図ったアーシェムは、ごく一瞬下半身をたわませた後、血破点を打った強筋力と軽量な身体を活かして後方に跳躍する。そして妹と対極のさらさらの直毛を振り乱しながら10mほど離れた場所に着地し、どうにか剛槍の射程範囲から逃れた。
しかし、彼女の部下にあたるギルド兵員の男達は、そうはいかなかった。
彼らの反応と弱い法力の血破点打ちでは、死の暴風からは逃れ得ない。
両手を前面に突き出し、死の恐怖を貌に貼り付けながら胸部の横一閃、首、頭部寸断のそれぞれ憂き目に会い、肉塊の血袋となって地に落ち――。大地を汚し異臭を撒き散らせていく。
猛攻は――それだけでは終わらなかった。
アシュラは、姉アーシェムと生き残りの親衛部隊の少女ら7人に向かって絶叫した。
「まずいよぉ、姉貴!!! ナユタがやる気だ!!! 皆、もっと離れろ、逃げてえ!!!!」
その言葉どおり――ナユタはホルストースの進撃の間に次撃の構えにすでに入っていた。
それは、これまでの攻撃とは、違っていた。
素手ではなく、腰の2本のダガーを抜き放ち逆手に持ち、高々と頭上に上げている。
そして魔導が充填され、業火を噴き上げ始めたダガーを勢いよく振り下ろし、腰も落として地面に深々と突き刺した。
それを見たアーシェムの脳裏に、敵の前情報が素早く引き出され巡る。この女の技は、ダガーに魔導を収束させ、その刃から圧力を増して放出するものこそが真骨頂であることを聞いた。ならば今発動している技は、これまでで最も危険度の高いものだ。
突き刺したダガーは、炎がすでに消えている。それならば、刃の薄さに圧を増して放出された業火は今――。
「――違う。退避するな!!!! 皆!!! 全力で垂直に飛べ!!! そして全力で真下に“聖壁”を!!!!」
アーシェムの絶叫に反応して、少女たち全員が瞬時に跳躍した。それとほぼ時を同じくして――。
低い、不吉な地鳴り。そして――現れたのは。
大地を割り、地上から噴水のように猛烈な勢いで噴き出す8本もの業火!
「逃がしゃあ、しないよ……“魔炎柱槍殺”!!!!」
業火の柱は、不気味にうねり、逃げ惑う少女たちを追う。
アーシェムの的確な判断と指令により、跳躍によりひとまず脅威から逃れた彼女らも、それだけでは完全には逃げ切れない。
必死で、下方に“聖壁”を集約する少女たち。アーシェムとアシュラ、またそれに準ずる強力な魔力を有する者はどうにか死の炎柱の先端を打ち消すことができたが――。
一人の少女が壁を突破され、その業火に包まれた身を焼き尽くされた。
「リアナあああ!!!」
アシュラが少女の名を叫ぶ。リアナと呼ばれたその少女の焼け焦げた遺体は、地面に激突してひしゃげた。
それを見たナユタの貌が、一瞬良心の呵責に大きく歪む。
だが目を閉じ再び開けたときには、元の激憤を募らせた女魔のものに戻っていた。
ホルストースはその様子を見逃さず、目を鋭く細めて見ていた。
他の少女とともに静かに着地したアーシェムは、目つき鋭くナユタを睨み、構えをとった。
「本当に、容赦ありませんのね……。私たちも子供だからなどと情けをかけて頂く気は毛頭ありませんけれど、同胞が一人やられ、これで条件は同じ。
貴方がたは、本当に恐ろしい化け物ですわ。それは認めましょう。けどゼノン様には――あの方には足元にも及んでおりません。その鍛錬を受けた私たちは、この6人全員が副将。そして他ギルドと違い、連携をとった攻撃が可能。その恐ろしさを――思い知るがいい!!!」
両手を大きく広げたアーシェムの動作を合図にして、6人の少女副将たちは、ナユタとホルストースを取り囲むように展開した。そして離れてはいるが手をつなぐように、各自の法力を互いに作用させる。
その瞬間、空気が張り詰め、何かが起きたことをナユタは即座に感じ取った。そしておよそ3m四方の魔導の障壁を形成し、ホルストースに向けて叫んだ。
「ホルス!!!! この攻撃はまずい!!! すぐにあたしの障壁に入るんだ!!!」
しかし、ホルストースはナユタに背を向け、自分で耐魔を張り始めたのだ。
「ホルス!!! 何をしてるんだい!? あんたの耐魔ぐらいで弾けるような攻撃じゃ――」
それを云い終える前に、アーシェムらの法力は、完成していた。
「喰らいなさい!!! “収斂過活性力場”!!!!」
瞬時に、20m四方におよぶまばゆい光が辺りに照らし出される。
法力使いが単独で用いる“光弾”を、6人もの高度な使い手同士が共鳴し合って高め合い、加速度的に増幅することで人体過活性の力場を作り出す技。
力場内に居る人間、いや生物には、容赦のない死の活性が襲いかかる。
本来手を触れなければ発動できない強力な法力を、これだけの範囲でしかも増幅して発動できる脅威の大技だ。
己の耐魔を、身体の前面に掲げたドラギグニャッツオ刀身の魔石によって増幅、敵への距離を詰めたホルストースはこの力をまともに受けた。
「ぐっ――!!! ぐお――おおおおお!!!!」
「ホルス!!!! ホルスーーッ!!!!」
ホルストースの苦悶の叫びと、ナユタの絶叫が交差する。ホルストースの肉体はまたたく間に活性の影響を受け膨れ上がり、鎧すらも破壊して増大しようとする。首や貌には異常に太い血管が浮かび上がり血を噴き、背中の一部、右肩、右足の鎧のパーツが弾け飛び、中から破裂した筋肉が大量の鮮血とともに飛び出してくる。
しかしそれに怯まず、ホルストースは懐から奇妙な道具を取り出した。それは、黒く分厚く、奇妙な湾曲を伴った、通常より少しだけ大きめの音叉、といった外観をしていた。
それを見たナユタは――開けることのできた片手で、ホルストースの方を向いている左耳をかろうじて塞いだ。
アーシェムらに3mほどの距離まで肉薄したところで、ホルストースはその音叉を思い切り、ドラギグニャッツオの刀身に叩きつけた!
瞬間、途轍もない音が、発生した。おそらく魔工具と思しきその音叉の響かせる振動と、秒間数百回という微細な振動を繰り返しているドラギグニャッツオの刀身が共鳴し、音量よりも――。発生する「音波」が強烈な、武器としての音を作り出したのだ。
レエテが、リーランドでレジーナ・ミルムを沈黙させた話を聞いていたホルストースは、かつて皇都ランダメリアで興味本位で入手していた道具を、このタイミングで使用したのだ。
「あああ!!!! きゃああああああっ!!!!!」
少女たちはその音が耳に届いた瞬間苦痛に刮目し、即座に攻撃の手を引っ込めて両耳を塞いだ。しかしそれも間に合わず、大半の少女たちは耳から血を流していた。鼓膜を破ったのだ。
法力発動で感覚が鋭敏に過ぎる彼女たちには、あまりに強い衝撃であった。
技と隊列を崩した少女たちを、重傷を負いながらもホルストースは見逃さなかった。
「おおおおおおおっ!!!!」
音叉を放り、下半身を大きく落とし、上半身を左回りに捻った状態からドラギグニャッツオを回転させる。
先端が消えるほどのトップスピードの乗った剛槍は――。容赦なく、少女たちの首を、胴体から両断していった。
その瞬間、先程のナユタと同じく、その生命を奪うことへの罪の意識に貌を歪めつつも――。歯を食いしばって得物を振りきった。
「ぐ――ああ!! ああああ!!!」
しかし、そんな中でも流石の神がかった反応を見せ、急所をかわしたのは――やはり実力の突出したルービン姉妹だった。
悲鳴を上げ地に倒れた二人。アシュラは胸を切られて出血し、アーシェムは跳躍してかわそうとしたゆえに両足の腿を切られていた。
剛槍を振り終えたホルストースは、その負荷により再び出血した。
「ホルス!!!!」
ナユタが障壁を収め、ホルストースのもとに駆け寄る。
しかしそれを気にかけることもなく、足をひきずりながらもアーシェムの前に仁王立ちするホルストース。
「姉貴ぃ!!!」
アシュラが叫ぶ。アーシェムは恐怖に震えながら、両手を前で合わせて、命乞いを始めていた。
「た、助けて――。お願い……。ごめんなさい。私たちの負けですわ。認めます……。私達が愚かでした。どうか、どうか命だけは――お助けください。もう歯向かいません。ゼノン様のもとに戻ることもしないと、誓います。私と妹を、どうか助けて……ください……」
涙を流すアーシェムを冷たく見下ろし、ホルストースは云った。
「虫のいいこったな……ルーミスが同じように命乞いしたら……てめえはあいつを助けたのか?
……どうしようもねえ、悪だてめえらは。本来その価値はねえが……。
ガキの命を取るのは、やっぱりもう御免だ。
助けてやる……いますぐ、そっちのガキともども、消えやがれ……」
アーシェムは、感激に目を潤ませ、ホルストースに云った。
「ありがとう、ございます!! このご恩は――、一生忘れませんわ!!」
それに侮蔑の目を向けた後、背を向けるホルストース。それに寄り添ったナユタが自分から目を離したと見た瞬間、アーシェムは――。
突如目を光らせ、左手で自分の足に“定点強化”、右手に“光弾”を発生させ――。
信じがたいほど俊敏な動きでホルストースに背後から襲いかかり、“光弾”をホルストースの背に放った。
「だろうと思ったぜ――!」
瞬時に――ホルストースも振り返り、後ろ手に容赦のない剛槍の一撃を見舞った。
その刀身は、見事にアーシェムの首に突き刺さり、そのまま胴体から両断させたが――。
“光弾”もまた、ホルストースの左脇腹に命中し、大きくその身をえぐった!
「ぐふっ……!!!!」
「ホ――ホルスーーッ!!!!!」
倒れ伏すホルストースの姿を確認し、我に返ったアシュラ。恐怖に目を見開きながら弾かれたように飛び上がり、そのまま踵を返して全速力で逃走していった。
「ひ、ひゃあ――ああああああ!!!! 助けて!! 助けてえ、ゼノン様ああああ!!!」
その後ろ姿を目で追うことすらせず、ナユタはホルストースに呼びかけた。
「ホルス、ホルス!!! しっかりして!! どうして……どうして一人でこんな無茶なことを!!」
ホルストースは、血を吐きながら優しいまなざしでナユタを見つめ、震える手を彼女の貌に当てた。
「そりゃ……そうだぜ……。いくら外道とはいったって、あんな年端もいかねえガキを殺すような罪深えことを……惚れた女にさせるわけにゃ、いかねえだろ……。男の、仕事だ。それでお前が無事でいてくれたんなら、俺は本望さ……」
言葉を発する間にも、ホルストースの欠けた左脇腹からは大量の出血と、動きを失いかけた腸がはみだしている。
――致命傷だ。ここに法力使いがいてすぐに処置をすればともかく、この状況下ではあと数分も保たないだろう。
ナユタの貌は紙よりも白くなり、目からは涙が溢れ出し、首を横に振り続けた。
「そんな……そんな……!! 冗談、だろ……?
ルーミスだけじゃなく、ホルス、あんたまで……あたしの前から、いなくなっちまうっていうのかい……?
嘘だ……そんなこと、絶対に、認めない。
あたしは認めない!!! ホルス!!! ホルス!!! 死なないでよ!!!
あたしを守ってくれるんだろ!? これからもずっと愛してくれるんだろ!?
いやだ……イヤだよ、ホルス!!! ホルスーーッ!!!!」
目の前の現実を受け入れられない、ナユタの叫びは――。
乾いた風の吹き荒ぶ、広大な死の王都に、ひたすら木霊していくのみであった――。




