第二十九話 王都決戦(Ⅲ)~それぞれの覚悟
仇敵シオンを追い、戦線を離脱したシエイエス。“限定解除”を経て力を得た彼を除く5名の陣容で、30人に届く多勢を相手にせねばならない。
5,6倍のサタナエル暗殺者を相手取る、この状況。少し前であれば勝ち目など一筋も見いだせない絶望でしかないところだった。
だが一行は、幾重もの壮絶な実戦を経験。その膨大な経験値で形成された実力はパワー、スピード、テクニック全てにおいて、以前とは比較にもならない。
例えば、ドミナトス=レガーリアでの彼女らと、現在の彼女らでは大きな隔たりがある。
その筆頭が――ナユタだった。
彼女はレエテに次ぐ、過酷な経験を経てきた。そして大切なものを多く失ってきた代償に、強大な力を得た。今や、技の単純な破壊力だけをとれば、将鬼に匹敵する存在だ。
(見ててくれ、ランスロット――。あんたを死に追いやったこの悪魔の集団。その業をあんたの遺した力で、死と苦痛をもって贖わせてやる――!!!)
自信と殺意に満ちた両眼をみなぎらせ、彼女は仲間達に向けて叫ぶ。
「――ホルス! あたしのすぐ後ろに来て、接近戦の補助を!! レエテ! ある程度こいつらの一角を崩したら、隙を見て街路を北東に向かいローザンヌ城へ! あんただけは何があっても絶対にゼノンのもとにたどり着け!!! ルーミス、キャティシア!! 血破点を打ち、レエテの援護をしつつ、法力の準備を!! レエテが行動したら、戦局しだいで自由に判断して動きな!!」
一行の指示を出し終えると、自らは数歩前に出て、大魔導を畳み掛ける。
「さっきは熱い思いさせてすまないねえ!!! お詫びにプレゼントするよ、とびっきりに冷たくて涼しい空気をさあ!!!!」
腰を落とし、大きく前屈し、抱きかかえるように両腕を交差させ、立てた十指を天に突き立て――。静寂ながら恐ろしい死を撒き散らせんとする。
「“冷厳なる巨樹”!!!」
ナユタの周囲から、脅威の冷気を放つ樹氷のようなものが突如数本伸び、無数の枝を派生させながら長く、長く伸びる。しかもスローではない。超一流の戦士の刺突に匹敵する恐ろしい速度で伸びているのだ。
それが、まるで何かを掴もうとする巨大な幾つもの手と指のように、“法力”ギルドの集団に襲いかかる。近くにいるだけで凍死しそうなその巨手は、明確に敵を狙い殺そうとしている。先程の炎の壁のような、破壊力はあっても陽動を目的としたものとは違う。
「――くっ、全員、散れ!!! できるだけ遠くへだ!!!」
集団の中央にいた、長い黒髪の若い男が指示を出す。それに従い、集団が一斉に散った。極力距離を取ってナユタの死の氷撃から逃れようとするものの――。
逃げ切れず、一気に6人の暗殺者が捕らえれた。
ある者は鳩尾を貫かれ、ある者は首を両断され、ある者はその極冷の気に触れたことで心臓あるいは脳を凍らされ即死した。
それを免れた者でも思わず前にかざした腕や足に強い凍傷を負い、着地した瞬間に負傷部に法力を自ら当てた。
しかし――全員が怯み退いたわけではなかった。
中の3名ほどの暗殺者――。おそらくは敏捷性か「見切り」のスキルに特化した身体能力の持ち主なのであろう、“冷厳なる巨樹”の死の枝をかいくぐり、ナユタに肉薄するまでに近づいた。
「――させるかよ、バカが」
その一声とともに、鋭く重く長い風切り音が一閃した。ほぼ、その軌道も、それを振るった術者の姿すら捉えることができないまま――。
“法力”の暗殺者たちは首、胸部、腹部を断たれ、絶命し崩れ落ちていった。
そしてその死体の上に仁王立ちし、鬼の形相で一旦神の剛槍を肩に置く羅刹のごとき殺害者、ホルストース。
すぐに彼の背中に己の背を付け、身を低くして新たな魔導の発動準備に入る、ナユタ。
背合わせに絶大な殺気と、魔の戦闘力を内包した闘気を放つ一組の雌雄は、ハーミアの黙示録に登場する魔の王とその妃のようにも見えた。
味方ながら、二人のその圧倒的強さと禍々しさに気圧されるルーミスとキャティシアに、レエテが振り返って云う。
「――大丈夫よ、二人とも。強くなることは、人に恐怖を与えるもの。全然、中身は以前の二人と変わってはいないわ。
それでね、二人とも。私も攻めるわ。具体的には、さっき“麻痺光彩”を使った男と、全員に指示を出したあの男。こいつらを仕留めるため、踏み込む。
あなた達は後ろで援護して。私はケリをつけたら王城に向かうから――。あとは回復のできないナユタとホルストースを支えてあげて」
それに、唇を噛みながらキャティシアが反論した。
「私は――レエテさん、あなたについて行きます! ゼノンだって、全員を派遣して自分ひとりで城にいる訳じゃないと思います。必ず、サポートが必要です!
ルーミスは、私よりずっと法力が強い。ナユタさんとホルトースを援護してあげて。再生ができるレエテさんのサポート役なら私のほうが向いている!」
レエテとルーミスは、キャティシアをたしなめ翻意させようとしたが――。
云っていることの的確さと、その表情が表す決意の固さを汲み取り、思いとどまった。
「わかった、キャティシア。気をつけろ。オレも、自分の戦いのケリがついたら、オマエ達を追う」
云うとルーミスは、両手に大きな光球を出現させる。彼の魔力も、成長を続けている。ミラオン村ではシオンに及ばなかったが、このまま行けばいずれ、彼のような副将クラス以上の力となるだろう。
そしてそのまま、レエテの左太腿に光球を当てる。
「それじゃあ、いいわね――。行くわよ!!!」
掛け声とともに、レエテは飛び出した。50mはあろう先の、目的の敵がいる集団に向けて。
恐るべき――神魔の踏み込みだった。普段から超人的身体能力のレエテをしても、倍近くは疾い。
たった今、静かにルーミスが彼女に当てていたのは、“定点強化”だったのだ。
これには、身体能力を強化しているはずの“法力”ギルドも――。おそらく兵員クラスと思われる者では反応すらできなかった。
地獄の暴風のように襲いかかったレエテの、暴虐的な威力をもって振るわれる両手結晶手、そして――地獄の鍛錬を兼ねた右足での蹴りによって瞬く間に肉塊に姿を変えていく。
最初に、結晶手の水平斬りによって4人の急所を刻む。屍と化した彼らは、街路の石畳の上に倒れ伏していった。
強力な回し蹴りによって、一気に2人の頭部を破壊し、右足の痛みのあまり絶叫するレエテ。
「あ――ああああああああ!!!! あああ!!!! うあああああーーっ!!!!!」
その鬼気迫る表情は、構えをとる歴戦の強者達をことごとく怯ませたが――。
先程全員に退避の指示を出した長身逞体の若い男は、極めて冷静な表情と眼差しでレエテに向き直った。
「来たな、レエテ・サタナエル――。その右足、なにやら爆弾を抱えているようだな。
俺は、副将のロフォカレ・バロウズだ。現在はシオンに次ぐ、ギルドの序列4位に当たる者」
レエテに追いつき、その名を聞いたルーミスが驚愕の表情で振り返り、問うた。
「バロウズ――!? オマエ、もしや白豹騎士団団長、ドナテルロ・バロウズの?」
「ルーミス・サリナスか。その通り、俺は貴様が殺したドナテルロの弟。
元聖騎士だったが、ゼノン様の偉大なる思想に触れ魂の転換を果たし、腐った法王庁を出奔した者だ。
貴様は一応兄の仇にはなるが、俺に復讐の意志はないぞ、ルーミス。兄はゼノン様や俺の説得にも応じず、カビの生えたカスのような騎士道精神に最後まで執着し、神への信仰を誤った度し難い愚か者。死して当然の男だったからな」
それを聞いたルーミスの表情が、突如憤怒に燃え上がった。そして視線を副将ロフォカレから外さずにレエテに云った。
「レエテ……すまないが、この男はオレに殺らせてくれ。血縁にもかかわらず――オレが気高き騎士として死後も尊敬する、偉大な人間を侮辱したこの男はな。オマエはこの一角を切り崩したら、王城に向かうんだ!」
そして右手の“聖照光”から強烈な光を放ち、それを叩きつけるようにロフォカレの血破点を狙う。
その予想以上の魔工義手の法力出力、圧力に、ガードを合わせたロフォカレがうめき声を上げて後ずさる。
レエテは、もはや余計なことは云わず、迷うことなく行動に転じていた。ぐるり、と向きを変え、北東方面の途上にいる一団に狙いを定め、切り崩しにかかる。すでに“定点強化”の効果は切れているものの、レエテの地力であれば4、5人程度の兵員は全く障壁にもならない。
「――まずい!!! 逃げろ、セス=ヴォレス――!!」
ルーミスの攻撃を受けながら、ロフォカレが叫ぶ。彼が一団の中で名を呼んだ兵員、セス=ヴォレスは正しく先程“麻痺光彩”を使用した痩身の術者の男。発動に時間を要するその技の充填をしていたとおぼしき彼は、驚愕の表情とともにレエテの姿を視界に捉えたが――。相手が悪すぎる。手遅れであった。
周囲に居た、数人の仲間の男女とともに――セス=ヴォレスの命はレエテの右足の強撃により頭骨を粉砕されて脳漿を散らせたことにより、失われていた。
「おおおおおお!!!!」
度重なる激痛に大量の汗を滝のように流しながら、レエテは無人となった街路上を北東方面に全力で駆けていった。
「――ルーミス!!! 私も行くわ!! 絶対――絶対に死なないでね!!!!」
キャティシアも、目を潤ませてルーミスに言葉を投げかけた後――。すでに血破点を打っていた身体能力で、レエテの後を追った。
「チッ――! 行かれたか。だが、想定の範囲内。一人で行ったも同然の状態なら、ゼノン様の策の前に奴はひたすら無力――」
一度舌打ちした後、余裕の言葉を継ごうとしたロフォカレの口は、突如胸部を襲った衝撃により閉じられた。
「――ゴフッ――!?」
膠着状態から身をひねり腰を落とし、そのバネを開放して肩から背中部分を強烈な勢いで叩きつけたのだ。グラドのシャザー戦でも用いた、“鉄山”と呼ばれる強力無比な体術だ。
吹き飛び、片手を付いてようやく着地したロフォカレを睨みつけ、ルーミスが云う。
「一人じゃあない。オレの信頼する戦士が、もうひとり付いている。芯の強い女だ。レエテに危機が訪れても、必ずや救ってくれる。
だから、オレは全神経を集中し、オマエを殺す。ドナテルロの魂に報いるため、そして愛する者に追いつくためにな!!!」




