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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第二十八話 王都決戦(Ⅱ)~魔王の尖兵

 レエテら一行は、中継地点にあたる打ち捨てられた廃村で、一度長い休憩を取ったあと――。


 馬を走らせ、ついに目的地、王都ローザンヌに到着した。


 大陸最長の栄華を誇った大都市、最高水準の文化と、最大の流通。

 全ての人間が、大陸の中心として思い描く、華の都。


 それは今や、皮肉にもその大きさと威容が禍々しさの極致を描き出す、魔都と化していた。


 一行の中で唯一、かつてローザンヌに住みその風景をよく知るシエイエスの目には――。曇天の下に佇む流麗な建造物群は、姿形は同じでも完全な異郷、魔界に感じられていた。



 道中、シエイエスは一行にローザンヌとサタナエルの情報、予想されるゼノンの策、それに対するこちらの策略を授けていた。それには、ルーミスから得た“背教者”の知識も含まれていた。


 ローザンヌは、平和だった長い歴史の中で、威容や威厳を重視する都市計画に傾いていった経緯がある。すなわち身分により厳密に住居エリアを分け、ダウンタウンエリアのような都市の闇や裏路地を発生させる場所を切り離している。中心の城下エリアは遠くを見通せるような平坦な地形にあり、建物は大きく芸術性を重視し間隔は大きく、街路を広く取る。

要は、守りに向かず、身を隠す場所もないため奇襲場所にも向かないということだ。弓兵を大量に配置できるような、平坦な屋根も少ない。グラン=ティフェレト遺跡とはまさに正反対といえる戦場だ。


 それでいて敵サタナエルも、白兵戦を旨とする“背教者”が中心。広い街路などで待ち構え、地力で押し通す正攻法で来る可能性が高い。


 さらにシェリーディアの情報によれば、“法力(ヒリング)”ギルドはサタナエルでも最大級の人数を誇る勢力。ゼノンの人材発掘能力と育成能力で、人数だけでなく副将のような強敵の層も厚い。その人数に任せ初手で攻め込み、強引に分断を図ってくると見ていた。


 分断を図ってくるのであれば――。最も危惧されるのは、シエイエスの仇敵シオン・ファルファレッロだ。

 彼が自分を囮に、シエイエスを分断しようとするのは確実であった。


 この危惧に対し、ナユタはシエイエスに云った。


「もしそうなったら、迷わずシオンの奴を追っていきなよ、シエイエス。

復讐は、優先して果たすべきだ……。あんたが居なくなっても、渡してくれたローザンヌの地図や情報はあたしの頭の中に入ってる。あんたの代わりに皆を統率してやるから、安心していきな」


「……ありがとう、ナユタ。そのときは、頼んだ」


 

 一行は、都市の周囲の堀にかかる橋をわたった。南にかかるこの橋は、水の都に相応しい景観を支える大河ラ=マルセル川の渡しでもある。


 ここを越えていくと、大都市の入り口、“創始者の門”がある。

 王国の初代建国王、“純戦闘種”でもあったと云われるマーカス・エストガレス。彼を讃え、後世に建設された大門であり、観光名所でもある。


 かつてのローザンヌを知るシエイエス以外の面々でも、この場所の現在の異様さは、刺さるほど肌に感じていた。

 日に何万人もの人間が往来していたであろうかつての情景が昼光色なら、現在の無人・寂寞の情景は土留色というべきだ。格差が大きすぎるゆえに、その不気味さは背筋を凍りつかせるほどの戦慄を全員にもたらした。


 百万の人口がほぼ散り散りになってしまった死の都市の大街路を、一行はさらに進んだ。


 すると――。


 舞う埃にかすむ、100mほど先の場所に、多数の人影が見えた。


 その人数はおそらく、30名に届くであろう。性別、年齢、体型、全てがほぼバラバラであったが――。明らかな共通点が二つあった。


 一に法衣または法王庁の鎧、祭服といったような、ハーミアへの信仰心を象徴する装備を身に着けていること。


 二に明確に通常の人間ではない、闘気、殺気。これを一行、それもレエテに対し集中的に向けていることだ。


「――“法力(ヒリング)”ギルド!」


 レエテがつぶやく。そして貌ぶれを確認する。彼女のみが貌を知る将鬼ゼノン、そしてギルドは異なるが将鬼ロブ=ハルスは、この中には居なかった。

 その代わり、もう一人の最重要標的が、居た。先頭に佇み、こちらの姿を確認してゆっくりと歩みを進めてくる一人の男。


「シオン・ファルファレッロ――!!」


 シエイエスが全身の毛を総毛立たせて声を絞り出す。残る一人の仇敵の接近を前にして、馬を降りる。

 それに呼応するように、一行の全員が馬を降り、尻を叩いて遠くへ走らせた。


 シエイエスは、こちらに近づいてくるシオンに合わせて、一歩一歩歩みを進める。いかに正攻法での襲撃とはいえ、必ず罠を張り巡らせている筈。敵はこちらの情報を知り、こちらは敵の法力の内実をルーミスの情報より得ている。五分五分の状況であり、あとはいかに策略あるいは地力で上回るかだ。


 シエイエスはすぐに双鞭と変異魔導を始動できる体勢のまま、最前列を。

 その後ろに、結晶手を出現させたレエテ。すぐ後ろでそれに守られるようにナユタが続く。

 ホルストースは、血破点を打ったばかりのルーミスと並んで。

 最後尾のキャティシアは、まだ血破点を打たずに剛弓を構えて。


 敵も、それに劣らぬ陣容だ。シオンを先頭に、その後方に女性一人、男性一人。いずれも放つ魔力の強さから、副将クラスであると見える。

 その後方には――。オファニミスの王都脱出でゼノンをサポートした、一卵性双生児の副将、アーシェムとアシュラのルービン姉妹が続いていた。

 よく見ると――その後方で前進せずに控えているギルドの面々の中にも、ルービン姉妹のような12~15歳ほどと見える、人形のように耽美で美しい少女が多数紛れている。ゼノンの親衛隊のようなものの一員なのか。


 それら少女の姿を見たレエテに、明らかな動揺が走った。その胸中をすぐに察したナユタが、振り返らずに声をかける。


「レエテ……ターニアの記憶がちらつくんだろ? あんたには、あの子供達を殺すのは無理だ。なるべく避けろ。できる限り、あたしとホルスが相手をするから。歳や見た目じゃあない……。あいつらは数え切れない人間を殺してきた悪魔なんだ。あたしらは、決して容赦はしない」


 ぐっと唇を噛み締めるレエテ。その前で、シエイエスがついに、この最悪の総力戦の火蓋を切ろうとしていた。


「ナユタ!!! 行くぞ!!! 手筈通り動け!!!!」


「おうよ!!!!」


 殺気の溢れ出るその掛け声とともに、まずシエイエスが仇敵シオンに向けて仕掛ける。その距離はすでに10mに縮まり、あと数歩で白兵戦の最適レンジだ。


「“骨針槍撃(オスーランチェス)”!!!」


 両手をクロスさせて前方に向けたシエイエスの肘から、巨大に肥大化した腕骨が槍のように突き出し前方に伸び、10m先のシオンにまで到達した。

 すでに肋骨による最終形態でカルカブリーナを仕留めた、強力無比な攻撃。通常であればかわせるスピードではなく、串刺しになっているところだが――。

 シオンには、法力技“予視(ディプレディアー)”がある。シエイエスのその動きはとうに予期していたと見え、完全に見切ってたやすくかわし、シエイエスが最も反応しづらい下段中央へ向けて一気に踏み出していた。


 同時に、“法力(ヒリング)”ギルド陣営で動きがあった。後方にいた痩身の一人の男が両手から強力無比な光を放ち、それを怪しげに文字を描くかのように動かしたのだ。


 それは――。法力使いの中でも1000人に一人しか扱う素質を持たぬという幻の技、“麻痺光彩(ルミーレパラリシー)”。法力を特異な光量に変換し、一定の動きとともに送り込むことで、それを視認した者の脳に作用を与え、わずかではあるが完全に動きを止める。


 しかし――。ルーミスから事前に情報を得ていたシエイエスの策により、強い光量を認識した瞬間に全員が一斉に目を閉じていた。

 強い光を目にすることなく、麻痺から逃れ得たレエテ一行。ただしわずかとはいえ視覚を遮断する行為。シエイエスやレエテのように“沈黙探索(サイレントサーチ)”を心得た者はともかく、他の者には多大な隙を生じさせるのだ。

 それを補うのが――ナユタの役割だった。


暴漣滅死煉獄ホーレヒューゲフェウラー!!!」


 ニイスの国境警備軍、カンヌドーリア国境での西部方面師団をことごとく蹴散らした、地獄の炎の壁。目を閉じながらシエイエスよりも一歩半前に出たナユタが、両手を下手から素早く振って、放射上に津波のごとく業火を放ったのだ。究極の範囲攻撃であるこの魔導に、狙いを澄ませる必要は、ない。


 後方の敵陣営を崩すことには成功したが――シオンはすでに、その獄炎をかいくぐって前方に踏み出していた。


「――シエイエス!!」


 ナユタの叫びと、シオンが右手の光球をシエイエスに当てようとする「シイィィィーッ!」という甲高い気合が交錯する。彼の手が、シエイエスの足に到達する2mほど手前。


 突如、シエイエスのブーツを突き破り突き出した脛骨が、扇形の刃の形を作り出し――。シオンの眼前に弧を描いて展開したのだ。

 それに突進すれば身体を寸断されると判断したシオンは急停止し、側方へ大きく跳躍していた。

 そして5mほど先に着地すると、一度意味ありげにニイィッ、と嗤い、戦場を離脱して東の方向へ駆けていったのだ。


「――逃さん、シオン!!!! ナユタ、レエテ!!! 後は、頼んだぞ!!!」


 叫ぶやいなや、シエイエスは体外に突き出した骨を全て体内に収容し、一直線にシオンを追跡。東の方向に伸びる街路上を恐るべき速さで駆けていったのだった。


 その姿を見送り、レエテは心の中でつぶやいた。


(気を付けて、シエイエス――。私、私、この戦いの後、思い切ってあなたに伝えたいことが――)


 その強い思いとともに、愛しい恋人の無事を、ひたすら祈ったのだった――。

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