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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第二十七話 王都決戦(Ⅰ)~地獄へ通ずる、口

 同時刻、王都、ローザンヌ城。


 国王を僭称するドミトゥスの居城となり、同時に将鬼ゼノンを始めとするサタナエルの巣窟と化した、魔の領域。


 かつて大陸最高の芸術品と呼ばれ、長く敵の脅威にさらされることもなかった美しき国家の象徴。

 外見こそは大きな損傷もないが――。よもやの内部からの脅威によって蹂躙された結果、以前の雰囲気、面影は微塵も感じられない。


 その内部からの侵略者であるところの、正当な第48代国王を名乗ったドミトゥスは――。


 かつて父が座していた大王国国王の玉座に――。

 青を通り越した紫色の貌色で、極めて居心地悪そうに腰掛けていた。

 

 その隣、主にオファニミスが座していた副王座に、足を組んで座しているのは――。


 ゼノンだった。彼は侮蔑と諦観を漂わせた貌で、隣の「僭王」をみやった。


 もとより都合よく操り傀儡とするつもりだった位なので、ドミトゥスという人間に期待などはしていなかった。

 だがこの男は、その想像すらもはるかに超える無能かつ腑抜けであり、父の凡王アルテマスが名君に見えるほどだった。


 最初こそ、自信と野望をみなぎらせていた。だがいざ父の命を奪い、歴史に残る簒奪者、混乱を極める大王国の王となったことを自覚した瞬間――。一瞬にして巨大な罪の意識、プレッシャーに押しつぶされ、己の所業を強く後悔しているのがあまりに明らかだった。


 それ以来ドミトゥスは憔悴しきってふさぎ込み、何の行動も起こさず臣下の挨拶や問いに応えることもできず、ゼノンに全てを任せっきりだった。現在絶望的劣勢の中堂々と弛まぬ行動をし、カリスマ性を発揮しているであろう10歳年下の妹オファニミスに比べたら、屑と呼んで差し支えない暗愚さだ。

 ゼノンは、激しい苛立ちを覚えていた。彼は方向を誤りきった邪悪でドス黒い狂信と、少女性愛の傾向を除けば、至って勤勉で高潔で理想主義の男であった。このドミトゥスのような怠惰で無為愚昧な輩や、欲望に身を任せた粗雑で理性なき輩は彼の最も嫌悪する対象だ。もはやドミトゥスには話しかける気にもならず、不快そうに頬杖をついて何かを待っていたのだった。


 そうしているうち――大扉が開かれ、ゼノンが待つその相手が姿を現した。


 ドミトゥスはその相手を一目見て、玉座から飛び上がり、恐怖を貼り付けた貌でガクガクと震え出した。

 見知った相手なわけではない。ただひたすら――放たれる闘気の膨大さと鋭さ――格と次元の違いに怯えきっているのだ。まさに蛇に睨まれた蛙、以上の状態だ。

 

 2人の、大男だった。そのうち一人は――。ゼノンが嫌悪するまさに後者のタイプ、欲望に忠実な男で、以前から距離を置いていた相手だ。

 岩のような筋骨隆々の身を黒い軽装鎧に包み、禿げ上がった頭に厭らしい嗤いを貼り付けた凶相、両腰に下げた巨大極まるジャックナイフ――。“短剣(ダガー)”ギルド将鬼、“耐魔匠(レジストマスター)”ロブ=ハルス・エイブリエルだ。


 今一人は――初めて見る貌だ。ロブ=ハルスとほぼ同身長だが、彼に比べればスマートに引き絞られた筋肉。甲冑と羽織と呼ばれる独特の形状の衣装。射殺されそうに鋭い眼光と精悍な貌、結わえた長い長い黒髪。腰に下げた、大業物と見える両手持ちのブレード。

 遺跡脱出後のロブ=ハルスに同行していた、剣聖アスモディウス・アクセレイセスだ。

 

 一見して何者であるか想像がつくその男をちらりと見やり、ゼノンはロブ=ハルスに云った。


「随分、遅かったねえ……ロブ=ハルス。心配していたよ。いや、君ほどの怪物、身の危険に対してという意味じゃない。どこかの街を襲って、女を手当たり次第犯したりしてるんじゃないかっていう良からぬ意味の方でね」


 明確に悪意のあるその台詞を、ロブ=ハルスはその笑顔の口角すら動かさずにさらりと流した。


「到着が遅くなり、お詫びしますよ、ゼノン。貴方のその想像は、私にまさにその願望があったという意味で的外れとはいえない。ですが生憎それは実行に移せませんでした。――道中で出会ったこちらの御仁にお付き合いしているうちに大分時間を消費してしまいましてね」


 そう云って、ちらりとアスモディウスを見やる。ゼノンはそれに便乗して、問うた。


「その御仁は、一体どなたなんだい? まあ、大方の想像はつくけれどもねえ」


「こちらは、イスケルパ大陸アスナ出身の剣聖、アスモディウス・アクセレイセス。現在この大陸で広まっているブレード刀法や、抜刀術の開祖というべき人物。現在はダリム公に雇われ、ダレン=ジョスパンの命を狙っています。北方に現れ軍を壊滅させている彼の噂を聞き、追跡していましたがあまりの手並みの鮮やかさ、動きの早さに翻弄されていたところでした」


「奴のことを良く知らないで、無闇に手出しをするからそうなる。あの神出鬼没を超えた化け物を、こちらから捕らえることは誰であろうと不可能だ。おびき寄せるのが定石さ」


 それを聞いて、アスモディウスが初めて、低く言葉を発した。


「将鬼ゼノン、だったナ。おびき寄せるとハ、奴の大切なモノを押さえ、それを以て待ち構えるといウ意味に捉えて良いのカ? だとすれバ、現時点でそれは何ダ?」


 仏頂面だったゼノンが、アスモディウスに向けて皮肉めいてはいたが笑顔を見せた。


「一に王女オファニミス、二に奴の所領ファルブルク城だよ、剣聖どの。

オファニミスについては僕が確保に動いたんだが、『貴公の弟子達』の活躍などもあって失敗してしまってね。あとは奴の大切なお遊び場であるファルブルク城を人質に取るしかない、という状況さ」


 ロブ=ハルスが口を挟む。


「それも、手詰まりな状況と聞いていますよ、ゼノン。アシュリーゲイ将軍が一師団を率いて攻めたものの、ダレン=ジョスパンの残した周到な準備、軍と腹心に授けた計略にやられ敗戦に敗戦を重ねているとか。さりとて派遣できる手駒も、もう尽きかけている。あとは――『一軍に匹敵する一個人』たちがことの収拾に向かうべきかと私は考えています」


 ゼノンは横目でロブ=ハルスを睨みながら言葉を返した。


「――それで? 一人が一万に匹敵する君ら二人の超人が、ファルブルク軍の撃破、城の確保に向かいたい、そういうことかい?

ずいぶんと、出来すぎた話だよねえ。それに君も、こんなに長い間ただ翻弄されていた割には、都合のいい情報は詳細に掴んでいる。『計算されつくした』かのようじゃないか、ロブ=ハルス」


 ゼノンは一度言葉を切り、立ち上がって手を後ろに組んだ状態で胸をそびやかし、ロブ=ハルスに肉薄した。上背も体格もゼノンが劣るが、その噴き出す闘気と殺気は互角、いやそれ以上。

 二体の魔王の瘴気が空間を歪めるさまを、アスモディウスは鋭い目で見守り、ドミトゥスは小水を漏らさんばかりに恐怖に打ち震えた。


「そもそも。遺跡での君の身勝手な行動が、サロメと大量の将を失う一因になった。しかしその責任追及は、七長老の方針転換によってうやむやになった。

そして今回も王都の守り、レエテ・サタナエル一派の相手といった面倒でリスクの高い局面を避け、いかにも仕事をしている体を装い、都合よく遊撃隊の役目を買って出る。全てが、君の保身と安寧のために回っているような気がして仕方ないんだが?」


「それは甚だしい誤解であり、私への侮辱ですな、ゼノン。私も右腕のヒューイを始め、全ての副将を失っています。それでもなお、サタナエルに忠節を尽くし、単身となっても粉骨砕身この身を捧げているに過ぎません。

そして忘れないでいただきたいが、私は“レヴィアタークの子ら”の中でも唯一、『フレアと貴方に与する』準備ができている者。『仲間』を一人でも失いたくない事情、もお有りではないですかな……?」


 ――この、狸親父が。ゼノンは心中で吐き捨てた。

 あまりに、見え透いている。自己保身のための行動に後付で理由をつけ、「仲間」が一人でも欲しいこちらの足元を見る最低の行為。

 それに加え――。レヴィアタークに教えを受けたソガール、サロメ、ロブ=ハルス達“レヴィアタークの子ら”。ロブ=ハルスは3人の中で最年長で、最もレヴィアタークに目をかけられていた筈なのに、それをも易易と裏切る酷薄さ。まだしも、ゼノンとは犬猿の仲であったがソガールの方が、ぶれない信念と高潔さを持つ分好感も信用もおける。


「……まあ、いい。それではボルドウィンに集ってくれることを期待して、君の云うとおりファルブルクに向かってもらおう。そちらの剣聖どのと共にね。

もとより、君に頼らずとも我が“法力(ヒリング)”ギルドの陣容は鉄壁だ。層の厚さもさることながら、何より我ら最大の敵、レエテ・サタナエルを討ち取る『ある』決定的な秘策も用意している。

さすれば我らの功績と地位はサタナエルで不動のものとなる。『今後の道筋』においても、僕の地位は君など及ばぬものとなる。それだけは、心得ておくことだね、ロブ=ハルス」



 *


 一方――内戦の敵陣営である、オファニミス派本拠地、カンヌドーリア公国アヴァロニア。


 休息と補給を終え、レエテ・サタナエル一行はアヴァロニアを出立しようとしていた。


 現在、大地を揺るがすほどの大戦の舞台となった中原のいち地域、アヴァロニア――ローザンヌ間は――。

 束の間の平和を享受していた。

 それは、まさしくサタナエルの思惑通り、大王国エストガレスが真っ二つに割れて殺し合い、消耗しきったことの証左。再び大戦を起こすだけの兵力も、それを率いる将官も激減し力を失ったのだ。

 サタナエル殲滅を目論むノスティラス皇国と手を組んで王国が戦列に加わることは、不可能な状況にはなったが――。

 一般人を殺すことを避け、サタナエルの討伐のみに注力したいレエテらにとっては、その凄惨な結果は痛ましいものの――胸を撫で下ろす状況となった。


 よく訓練された、最上質の軍馬がオファニミスよりあてがわれた。騎乗音痴のナユタがホルストースの後ろに密着して座る5騎6人となり、一行は北東のローザンヌに歩を進めた。



 一行の先頭を、シエイエスと寄り添って歩くレエテ。未だ消えぬ右足の激痛ではあるが、彼女には気持ちを大きく高揚させる出来事があり、痛みすら和らいで表情も変化していたのだ。


 まさかの、自身と血の繋がった従弟との出会い。母親が生まれ育った生家が当時のまま現存していて、己のルーツとなる場所がアトモフィスではない人間の領域にも存在していると実感できたこと。そのことは、レエテの中に大いなる喜び、幸福感をもたらした。


 シエイエスはそのことに心から安堵した。自分は宿命の仇敵の一人に復讐を果たし、もう一人も射程にとらえている。彼女の心が安定してきた今、愛するレエテを「真の意味で支える」告白――。すなわち、彼女と婚姻し夫となることを、全ての復讐を果たして自分の中の決着をつけた段階で申し込む決意を固めていたのだった。


「……なあに、シエイエス? 私の貌、なにか付いているのかしら?」


「いや、何でもない。右足は、痛むか?」


「うん……心配してくれて、ありがと。……できたらその……ちょっとでいいから、さすってもらっても、良い?」


「ああ、もちろん……」


 シエイエスはそう云って馬をより近づけ、優しく優しく、レエテの右太腿から下を撫でた。



 それを見たキャティシアは、こそばゆさに身悶えしニヤニヤながらルーミスに云った。


「フフッ!! いいわね……本当にいいわね、レエテさんとシエイエスさん! 何だか、結婚してはないけど『理想の夫婦』そのもの、ていう感じだわ! 

憧れるわ……。私たち、少しでもそれに近づけるのかしら?」


 ルーミスは貌を赤くして視線をさまよわせながら、もごもごと云った。


「そ、そ……それは……気が、早いというか……。オレたちでなんて、全然、その、想像がつかないというか……」


「……そうなの? 実際になるとかは関係なく、私の花嫁姿とか……想像してみたりはしてくれないの?」


 悲しそうな表情で云うキャティシアに、ルーミスは目を丸くして慌てふためいた。


「あうっ!!! そ、その想像は……今したら、とっても良い……い、いや、そういうことじゃない! べ、別にオマエとそんなことになるのがイヤだとか……そういうことは、決して、ないから!! そんな貌しないでくれ……!」


 動揺し、おそらく自分で何を云っているかわからないであろうルーミスを見て、思わず吹き出すキャティシア。


「ウフフ! そんな慌てなくていいのよ、冗談だから。でも私を気遣ってくれるの、ほんと嬉しい。それにそんな慌てちゃって……カワイイ。本当にカワイイんだから! 大好き、ルーミス!!」


 そしてキャティシアはやにわに馬を近づけ、体当たりせんばかりにルーミスに身体を寄せていった。



 一人だと、イチャイチャとくっつくルーミスとキャティシアが気になってしまうナユタも、ホルストースと一緒だと全く目に入らない様子だった。


「ナユタ」


「ん……? なんだい……? ホルス」


「王都に行って俺達が闘うのは、“法力(ヒリング)”ギルドの奴らだよな? 

ルーミスと同じ、“背教者”だろ? 魔導と、物理戦闘の両方の要素を持つ奴ら、てことになるな」


「そうだね……。あたし達魔導士と少し違って、直接の攻撃じゃなく人間の身体に影響を与える力だけどね。まあ、あたしとあんたが組めば、そのどっちの要素も上回ることになる。将鬼ゼノンが相手だろうと、敵じゃあないさ」


「それ、俺が云おうとしてた台詞。取るんじゃねえよ……。でも、そうだな。俺達ゃカンヌドーリアの戦線で初めて本格的に組んだが、あんなにピタリとハマるとは思わなかった。軍勢が、3万いようが5万いようが、いける気がした。やっぱ俺達『全てにおいて』相性バツグンってことなんだな……てのが分かって嬉しくてよ。これからもよろしく頼むぜ、ナユタ……」


 そう云ってホルストースは、後ろ手にナユタの太腿に手を伸ばし、愛おしそうに撫でた。


 ナユタはその手を両手で優しく取り、自分の口に近づけ、彼の手に愛おしそうに幾度も口づけした。

 上気した貌でその手を離したナユタは、ホルストースの背に貌を埋めて云った。


「……次に休憩したら、どっかに行って……する?」


「……ああ、俺も、我慢できねえ。いい場所で、止まってもらおうかなあ……」



 王都での激戦を前に、恋人たちは、思い思いに愛を確認し合い、束の間の幸福を享受していた。


 それは、この戦いが――グラン=ティフェレト遺跡をも上回る、血で血を洗う惨劇――。

 そして悲劇をもたらすことを、予期してのことでもあるかのようだった。

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