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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第二十六話 絶望の中の希望、掛け替えなきもの

  カンヌドーリア国境戦線――これら一連の大戦、エストガレス内戦の中でも最大の激戦は、後の世に“女王最大の試練”とも称される凄惨な戦果となった。オファニミス派はもちろん、ドミトゥス派にとっても。


 オファニミス派は、4万の兵力を失い、名だたる将と貴族のほとんどを失った。


 戦線の死者ニヴァス師団長、サタナエル暗殺の犠牲者ドイル参謀、カンヌドーリア公爵など主要な貴人15名。

 生き残ったのはイーニッド元帥、ダルシウス伯爵、“夜鴉(コル=ベルウ)”の面々のみ。


 ドミトゥス派も、それと同等以上に惨々たる状況。


 失った兵力は3万。瓦解し散り散りとなった兵力4万。

 戦線の死者フリルギア師団長、ラ=ファイエットことルーディ・レイモンドに単身討ち取られたサムデラ大将を始めとする12名の貴人が死亡。勢力に加わっていたサタナエルでは、副将ジェーノスと“幽鬼”総長カルカブリーナが死亡。副将シオンと“幽鬼”副長レ=サークが逃亡または行方不明。


 ドミトゥス派に加わる予定だったエグゼビア公国軍3万は、猛将ラ=ファイエットの手によるサムデラの中央軍団の敗北を見て取り――。早々に掌を返してオファニミス派と和睦、己の所領へと引き上げていった。


 勝者なき戦といえるが、あえてどちらがと問われれば――。滅亡の危機に瀕しながらも女王であるオファニミスが生き永らえ、カンヌドーリアという領土をどうにか失うことなく確保し得たオファニミス派の、ギリギリの辛勝であるといえるだろう。


 その認識に違わず、疲弊しきったカンヌドーリア駐留軍も、敵軍の退却と女王の生存を心から喜び――。

 戦線で最高の戦果を上げたイーニッドの連合軍1万の凱旋を、歓声とともに迎え入れたのだ。


 もはや戦勝軍とは到底呼べぬほど、傷だらけで消耗し疲弊しきった軍勢も、生きて帰れた喜びと友軍の祝福は何ものにも代えがたい。


 その軍勢の中央で手を振るイーニッドやダルシウスなどの歩く場所。光が当たる場所を歩くことはできないが――。


 連合軍の真の勝因。サタナエルを退けた特殊部隊“夜鴉(コル=ベルウ)”。そしてまた、単身で計1万もの敵軍勢と将を滅ぼした、たった6人の英雄たち――レエテ・サタナエル一行。


 行軍の片隅で密やかに列に加わる レエテ・サタナエル一行は、先行してアヴァロニアに帰投していた“夜鴉(コル=ベルウ)”の出迎えを受け、女王オファニミスの元に案内された。

 

 主が不在となった、カンヌドーリア公爵謁見の間。連合軍閲兵に先んじて、ここで女王オファニミス個人の希望による、レエテ・サタナエル一行の謁見が行われることとなった。

 立会人としてもう一方の立役者、“夜鴉(コル=ベルウ)”も同席した。


 通常の、玉座に座した王と、下段でひざまずく臣下の謁見という形ではなく――。

 女王たっての希望により、全員会議円卓に等しく座り、ささやかな茶と菓子まで出されるという場となった。


 そしてオファニミスは、哀愁の表情から一時の心からの笑顔を見せ、口火を切った。


「レエテ・サタナエル。バレンティンでお会いして以来――久しいですね。わたくし、どれほど狂おしく貴方との再会を待ち焦がれていたことか。こうしてお会いできて、感無量という以外に言葉もありません。

――どうしたのですか? なんだか、とても貌色が悪いようですが、大丈夫ですか?」


 レエテは、消えぬ右足の激痛に耐え、脂汗を流しながらも笑顔をつくり、オファニミスに応えた。


「……大丈夫だ、王女……いや、女王陛下。最近始めた鍛錬で少し痛みがあるだけだ。

こちらこそ、再びお会いできるとは思わず感激している。

女王への即位はお祝いするが、大変なご不幸が続いていること、心中お察しする」


 レエテはその生い立ちゆえ、敬語を使ったことがない。書物で積み重ねた知識で最低限丁寧な云い回しはできるが、およそ最上位の貴人に対する礼儀とはほど遠く、その言葉は木で鼻をくくったように素っ気ない。しかし口下手で飾った言葉がないからこそ、その自分より相手を思う優しく純粋な心、真摯さは相手に伝わる。

 オファニミスは目を潤ませて、言葉を返した。


「ありがとう……。貴方にそう云っていただけて、とても嬉しく思います。

此度は――国境戦線において、一軍以上に匹敵する貴方がたの奮戦によってわたくしどもは本当に救われました。心から、お礼を云わせて。

とくに――。一人で5000近くの兵を退けたという大魔導士、ナユタ・フェレーインと、敵総大将フリルギアの首級を上げたホルストース・インレスピータ王子に。王子、その節は貴殿のご身分も存じ上げず、失礼をいたしましたわ。お父上のソルレオン陛下にも、あれだけお世話頂きましたのに」


 一国の王を名乗った最高の貴人から大魔導士などと呼ばれ、しとやかに振る舞いつつも、こそばゆさに貌をにやけさせて身悶えする、分かりやすい様子のナユタ。その隣でホルストースが、小さく制止の手を上げながら、王族としてそつのない口上を述べる。


「身に余る光栄、恐悦至極、女王陛下。なんの、それがしこそ――我が連邦王国において、表敬訪問もせずに去らざるを得なかったことは慚愧の念に耐えませぬ。我が父もまこと至らぬ不調法にて――ご容赦いただきたいところ。

此度の戦勝をお祝いいたすとともに、失いし御身の忠節の士の方々のご冥福を、心よりお祈りいたしまする」


「お心遣い、感謝申し上げますわ。そして――見事な計略を的中させた名軍師、シエイエス・フォルズ。負傷した兵や将校、イーニッドの命を救って頂いたルーミス・サリナスとキャティシア・フラウロス。一行のリーダーとして先頭に立って奮戦したレエテ。貴方がた勇者全てに深く深く、感謝を申し上げます」


 上座で、深々と頭を下げるオファニミス。王たる身分の者が、大方が貴族ですらない身分なき者達に頭を下げるなど、本来あってはならぬこと。だからこそ本心からのこのような感謝と――本音の話をしたくて、この場を設けたのだ。


 なだめようとするレエテを手で制し、オファニミスは続けた。


「わたくしは……誤解されますが、人並みぐらいには打算的な女なのですよ? 礼を尽くす理由は、感謝以外にも、もうひとつあるのです。

虫の良い話ですが……貴方がたに、我がエストガレス王国を、どうか救っていただきたいの」


 その言葉を、全員が静かな表情で聞いていた。完全に予期していたのは、シエイエスとナユタだけだったようだが、全員が何の負の感情もなくその言葉を受け止めた。

 なぜならば――。その要望は、自分達の目的とも100%合致するものであるのだから。


「此度の国王暗殺、いわれなき国民の虐殺、国家の分断、内戦による国家滅亡への導きを画策した者達。

世にも恐ろしい、大地が血で染まり、尊い命が信じられぬほど数多に失われし悪夢を出現させた元凶たる――サタナエル。

彼らを王国から駆逐し、残された者達で再建を果たさねばなりません。僭王ドミトゥスは、国家を率いることのできる器ではない。サタナエルが去れば、極めて自然に彼ら勢力は瓦解し、以前のように一つにまとまって協力していくことができましょう。

自力での再建は難しい。おそらくノスティラス皇国の庇護を受けずしてなし得ないでしょうから、わたくしはヘンリ=ドルマン陛下の軍門に下ることは覚悟しています。ですが、サタナエルに関してまで彼らの助力を得るわけには参りません。それは結果として、何一つなし得なかった我が王国の実質的な滅亡を意味します」


 オファニミスは言葉を切り、苦悶に貌を歪ませながら一度天を仰いだ。


「それが分かっているラ=ファイエットは、単身王都へ向かいました。サタナエルの駆逐、ゼノンの首級が目的です。ですがわたくしは、ゼノンと彼のギルドの実力を目にしている。“流星将”と云われた勇猛なラ=ファイエットでも、たった一人では自殺行為。

お願いです。何でもいたします。王国はかつての力を持ちえませんが、できることは何でも、貴方方の望むとおりにいたします。だからお願い。わたくしを、掛け替えのない我が王国を、どうか救って――!!!」


 最後は涙声になりながら、オファニミスは卓上に突っ伏し、額がこすれるほどに頭を下げた。


 あまりのことに、全員が腰を浮かせ、傍らで見ていたダフネやシェリーディアが止めに入ろうとした。しかし――誰よりも速くオファニミスの元に行き、彼女の手を取ったのは、右足の激痛を堪えているはずのレエテだった。


「どうか……貌を上げてほしい、オファニミス陛下。私は生まれつき国家や身分の尊さを知らぬ身だが、あなたがこんなことをしてはいけない人だということは深く理解する……。

心配はいらない。あなたに云われるまでもなく、私達は王都を目指し、そこに待ち構える“法力(ヒリング)”ギルド、そして将鬼ゼノンを殺すつもりだ。あなたはこの公国で身の安全に注力し、吉報を待っていてもらいたい」


 オファニミスは涙で濡れた貌を上げ、レエテを見上げた。


「ありがとう……!! ありがとう、本当に……レエテ……!!!」


 そしてシェリーディアが、未だ癒えぬ重傷をかばいながらレエテに近づき、その肩に手を置いた。


「アタシからも、頼んだぜ、レエテ。女王陛下が残留を望むならアタシは公国で護衛をしなきゃいけないし、この身体のザマだ。王都のことはアンタ達に託すよ。

気を付けてくれ。ゼノンの血破孔開放については謎が多く、得体が知れない奴だ。頭も恐ろしく切れるし、ハーミアへの狂信は奴に凄まじい爆発力を与える。油断するな、健闘を祈ってるぜ。

それと――アタシが云えた義理じゃないけど、北から向かってるというダレンにも、十分気を付けてくれ」


 レエテはシェリーディアの手を握り返しながら、微笑んだ。


「ありがとう。私は――必ず勝ち、生き残ってみせる。あなたも――気を付けてね」



 *


 オファニミスの謁見が終わった後、アヴァロニア城の宿泊を許可されたレエテ一行。


 それぞれあてがわれた居室などで思い思いに休む中、ナユタはレエテを誘い、アヴァロニアの城下に繰り出していた。


 その途中城内で会ったキャティシアも、事情を聞いて同行したがったため、一緒に連れていくことにした。


 城下に出た目的は勿論――。

 レント伯爵、故ロデリック・ドマーニュの元屋敷の、訪問。

 すなわちその娘であるサロメ・ドマーニュ、レエテの実の母親が生まれ育った生家を一目見るためであった。


 3人で並んで歩く城下の街路は、未だ生々しい戦闘の跡、負傷者が行き交う痛々しい情景もあるが――。

 街自体は大きな被害を受けておらず、エストガレスの流れを組む国としては珍しく明るい国民性も手伝って、なかなかの賑わいを見せていた。


 観光地にもなるほど洗練された、異国情緒のあふれる美しい街並み。そして商店街に立ち並ぶ服飾店や宝石店の居住まいは、女性たちの心をときめかせるに十分だった――レエテ以外は。


 キャティシアは、ウキウキした様子で両手を後ろに組みながらレエテに話しかけた。


「こうやって女性3人で歩くのって、もしかして初めてじゃないですか? なんだか、凄く楽しいです!! 戦いから離れてレエテさんとご一緒できるのも――私、嬉しくて嬉しくて!」


 心底楽しそうな笑いを浮かべるキャティシア。心から尊敬し、同時に深い親愛の情を抱くレエテと寄り添えるのが嬉しくてたまらないのだ。

 彼女とルーミスには、レエテが自ら地獄の鍛錬に臨んでいる最中だということを伝えていない。彼女らの未熟な心では、それによって戦闘にも影響してしまうことを危惧してだった。


 そのことは、気を紛らわそうと今回のナユタの誘いに乗ったレエテにとっても、良い影響を与えた。

 痛みが消えるわけではないが、キャティシアの様子を見て幾分か痛みを忘れることができるのだ。


「ありがとう……。私も、あなたと一緒に出かけられるのは楽しいわ、キャティシア。ナユタもそうだけれど、せっかく色々なお店があるんだから、好きに買い物してきたらいいわ。皇国でいただいたお金はまだ一杯あるのだし、いい気分転換になるわよ?」


「そう云ってくれるのはありがたいけどね、レエテ。そのお言葉に甘えるのは、帰り道、あんたを送り出してからにするよ。あたし達の買い物はね、騒がしいうえに長いよ? あんたじゃ途中で待ちきれず、シエイエスのことが気になって気になって、その唇がうずいて我慢できなくなっちまうだろ?」


 ナユタが久しぶりに目を三日月にしてレエテの腕を小突く。

 シャイなレエテは一瞬、本気で痛みを忘れて貌を紅潮させ、慌てふためいた。


「な……! なんてことを云うの、ナユタ!! わ、私はそんな、そんなこと……。たしかに……最後にキスしたの、リーランドの部屋でだから大分してないけど……。って!! ちが……そういうことじゃ……!!」


 その様子に、ナユタもキャティシアも身体をくの字に曲げて大笑いした。


「レエテさんって……ホントにかわいい人ですね! 普段はあんなに強くてカッコいいのに。

私は、さっき部屋を出てくるときにしてきましたよ、ルーミスと……」


 レエテよりは初ではないが、キャティシアも云ってからかすかに貌を赤らめて照れた。

 ナユタは、それに複雑な鋭い目をなげかけつつも、すぐに笑顔で肩をすくめ、云った。


「あたしなんて、ホルスと部屋に入るや否やベッドで抱きあって、舌を入れ合う長ーいキスをしてきたよ。そこからどこまでしたかは、ご想像にお任せするけど」


 惚気(のろけ)自慢に発展しそうになりつつも、ナユタのあっけらかんとした生々しい描写に目を丸くして貌を真っ赤にする女性2人。


「まあ、でもさ……久々にこんな平和な会話ができることには、ほんと感謝しないとねえ。血と死と隣合わせの生活ばっかじゃあ、気が滅入っちまうからね」


 ナユタの言葉に、レエテも同意した。


「本当に……そうよね。それにあなたもちゃんと告白して、ルーミスと一緒になれて良かったわ、キャティシア。ずっと、好きだったんだものね。その邪魔になってしまった――彼が私のことを好きだったことにちゃんと対処できなかったことは、申し訳なく思っているけど……」


「そんな、いいんですよ、レエテさん。男性があなたみたいな綺麗で素晴らしい人を好きになるのは当然なんですし。むしろその事があったおかげで、今はより深く――彼と結ばれてる気がします。とても、感謝してるんですよ、本当に」


 そんな会話を繰り広げているうちに――。


 3人は、目的の場所に、辿り着いていた。



 その屋敷は、調和の取れた建造物群の中でも、一際大きく、目を引く建物だった。


 階層は5階建て。壁の塗装といい、材質といい、意匠といい――明らかに周囲の家屋とはあまりに一線を画した高級さだ。


 この屋敷こそが――ロデリック・ドマーニュが所有していた、レント伯爵邸、であった。


 ナユタは、その荘厳さに思わず息を呑んでいた。


「ここが――。あんたの母、サロメが生まれ、育った生家、なんだね――」


 レエテも、何ともいえぬ感慨をたたえた目で、その屋敷を見ていた。


 そこは、母サロメの生家であると同時に――。彼女が実の父母であるレント伯爵夫妻らを殺害した惨劇の場でもあるのだ。


 しかしオファニミスによれば、20年前のその時から3年は封鎖されていたものの、幸いやがて買い手がつき、現在では人が生活しているとのことだった。


 その住人には話が通っており、出迎えてくれる手筈になっているはずだった。



 その話どおり――ややあって豪華威風の様相の扉が開かれ、中から一人の身なりの良い少年が現れた。


 年齢はおそらく、12,3歳。貌立ちや雰囲気からそう判断できるのだが、背は年齢不相応に高い。

 175cmのレエテとほぼ同じぐらいだ。シルエットはほっそりとしているが筋肉の付き方はよく、かなりの身体能力を秘めていそうだ。


 髪は黒髪で短い。そのため貌つきは非常によく見てとれたが――。その貌を見て、レエテは思わず息をのんだ。ナユタやキャティシアも、同様だ。


 極めて整った貌だ。しかし、その薄桃色の唇、筋の通った高い鼻、強い意志を感じさせる眉目秀麗な目つき――。

 問題なのは――性別こそ違うが、どことなく面差しが、似ていたこと。

 サロメに。それはすなわち――レエテにも、だ。


 少年は、芯のとおった凛とした声で、レエテに話しかけた。


「レエテ・サタナエルさんですね? お待ちしてました。おそれ多くも女王陛下からお話はうかがってます。

あいにく、今母が不在でして。すみませんが、お屋敷の見学については、僕がご案内します。

もうしおくれました。僕の名は、ジャーヴァルス・ドマーニュともうします」


 全員の背中に、電撃が走った。

 レエテは、緊張に唇を震わせながら、少年に尋ねた。


「初めまして、私がレエテ・サタナエルよ――。

不躾だけれど、教えてくれる――? あなたは、この屋敷の前の主、ロデリックと関係がある人なの――?」


 少年は訝しがることもなく、レエテの質問に明瞭に応えた。


「ええ。ロデリックは、僕の祖父にあたる人です」


「――!!!」


「もう亡くなってしまった僕の父が、ロデリックの長男だったって、母からきいてます。ロデリックと、僕の祖母にあたるレーニアは、僕の父の姉、伯母にあたる人にわけあって殺されてしまったそうです。

それでレント伯爵家はとりつぶされてしまい――。いったん家をはなれたんですが、父ががんばって手柄を上げて、ここを買い取ってもどってくることができたって。

父は病気で、2年まえに亡くなってしまいましたけど、僕と母にここを残してくれて、すごく感謝してるんです」


 レエテは感激に目を潤ませ――ジャーヴァルスに近づいて彼の手を取った。


 感極まったようなレエテの様子に、一旦驚いた様子をみせたジャーヴァルスだったが、彼も何か感じるものがあったのか、黙ってレエテの手を握り返した。


 そう、この少年、ジャーヴァルスは――。

 サロメの弟の息子。すなわち――レエテにとっては「従弟」に他ならぬ人物だった。


 世界に、自分ひとり孤独だと思っていた。そして血の繋がった家族が現れてみれば、それは宿命の仇敵だった。


 それ以外で、家族とはいえぬまでも、血のつながりを持つ人物が、目の前に現れたのだ。


 レエテは感動に打ち震え、わななく声で、ジャーヴァルスに云った。


「ジャーヴァルス……私……。あなたに会えて、良かった。

今は……今は明かせないけれど、全てのやるべきことを終えたら、再びあなたの元に、戻ってくる。

そのときこそ、全てのことを、話すわ。

……ごめんなさいね。びっくりしたでしょう。お屋敷の案内をお願いしても、いい?」


「ええ、大丈夫ですよ。

よくは、わからないですけど……。僕もなんだか、あなたとは初めてあった気がしないっていうか……。なつかしい感じがします。

お待ちしてますよ、いつかお会いできる、先のこと。

……さあ、どうぞ、中に入ってください……」


 そうしてレエテ達は、レント伯爵邸の中へと、入っていったのだった――。

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