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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第二十五話 カンヌドーリア国境戦線(Ⅶ)~エグゼビア公国の挟撃

 それより約2時間後――。

 カンヌドーリア公国首都アヴァロニア。


 ドミトゥスの派遣した軍勢において最大の中核勢力である、エストガレス王国正規軍中央軍団5万は、すでにアヴァロニア城を包囲していた。


 籠城して持ちこたえ、西部方面師団を撃破した友軍の帰還に望みを託していたが、思いのほか敵の到着は早く、勢力もほぼ維持されたままだった。


 王国No.2の名将サムデラ大将に率いられる、最強の軍勢。その猛攻は凄まじく、決して鉄壁とはいえない城塞であるアヴァロニア城は危機に瀕していた。

 

 城外の兵力はほぼ全滅、城壁上の弓兵ですら次々射殺され、城門への破壊槌の到達を許し撃破寸前の状態。


 次々持ち込まれる凶報。その中で、最大級の衝撃の報せがついにオファニミスの元に持ち込まれた。


「女王陛下に申し上げます!!! 現在早馬の報せにて、東方より3万ほどの大軍勢の侵攻を確認したとのこと!!

その方角、旗頭から見て、トゥルダーク・エグゼビア公爵直属の公国軍に間違いないと思われます!!!」


 玉座から立ち上がって軍議のテーブルについていたオファニミス、周囲に居並ぶ満身創痍の将軍達、そしてカンヌドーリア公爵は一様に貌を青ざめさせた。


 エグゼビア公国公主、トゥルダーク・エグゼビア公爵は旧態依然の彼の国歴代の中でも、特に高慢で冷酷非情な暴君で知られていた。身分差を徹底した中央集権国家で、奴隷身分だった将鬼ソガール・ザークのような被害者を多く生み出してきた。アヴァロニアが彼の手に落ちれば、どれほどの残虐非道な行為が待つのか想像に難くない。


 そしてカンヌドーリア公爵が苛立ちの拳をテーブルに叩きつけて吠える。


「おのれ、トゥルダークの大うつけめが!!! どこまでも傲慢で恥知らずな男よ!!! 貴様など公主の地位にかけらも値せぬわ!! 呪われるがいい!!!

それにしても、一体何をしておるのだ、ドイル参謀は!!! 自ら海軍での中央軍団奇襲を提言しておきながら――。蓋を開けてみれば中央軍団は足止めすらされず、挙げ句ほぼ無傷で全軍が到着しておる!! さらにはあの女史の所領シェアナ=エスランを素通りしてエグゼビア公国軍が侵攻しておる体たらく!! これでは何もせずに傍観しているのと同じではないか――」


「申し上げます!!! 只今、ドイル・エリジニウス参謀、帰還されましてございます!!!」


 噂をすれば――そう思った諸将が怒りをにじませた視線を送った先に、名高い女性軍人の姿はあった。


 彼女は疲弊しきった表情で足早に歩み寄り、オファニミスに向かって膝をつき、深く深く頭を垂れた。


 オファニミスは、前に進み出て彼女に近づいた。


 その時――ドイルの後方に控える、3人の見知らぬ男に気がついた。

 特に、中央に控える190cmはあろうかという長身痩躯の緑髪の男。法衣を身に着けた聖職者風で、異様な存在感を放つその男に自然とオファニミスの視線が向いた。


「只今、帰投いたしました。オファニミス陛下。申し訳、ございませぬ。このような不甲斐ない結果、ことごとく御身の厚いご期待を裏切りましたこと、幾重にもお詫び申し上げまする」


「ドイル。無事で何よりでした。作戦は残念ながら失敗に終わったのかも知れませんが、貴方が健在であるならこれからいくらでも反撃の糸口はつかめます。どうか、貌を上げて?」


 そして貌を上げたドイルの眼には、涙が滲んでいた。


「オファニミス陛下……本当に、お詫び申し上げまする……。お赦し頂けるものでないことは分かっておりますが、解って、頂きたい……。

この私、ドイルの……『裏切り』について」


 その言葉にオファニミスが目を見開いたときには――。


 すでに、ドイルの後方にいた3人の男たちは、「消えていた」。


 そして背後から、異様な空気が伝わったのを感じ、彼女が振り向いた時には――


 すでに長身緑髪の男は目前に迫り、掌の白い光球をオファニミスにかざしていた。


「――!!!」


 動け、ない。指一本、動かせない。


 そして口も、感覚がなく舌も動かせない。


 彫像のように固まったオファニミスの目前で、各将軍たち、カンヌドーリア公爵夫妻も同様に動きを止められていた。


 同じだ。ローザンヌ城のあの忌まわしい弑逆の場。突如現れたゼノン・イシュティナイザーによって行われた手口と。


(“法力(ヒリング)”――ギルド――!!!)


 心の中で叫んだオファニミスの前に、長身緑髪の男は胸をそびやかして立ち、云った。


「お初にお目にかかる、オファニミス王女殿下。いや、今は『女王陛下』を僭称しておられるのでしたかな――?

貴方だけはお察しであられるでしょうが、私はサタナエル将鬼、ゼノン様の配下であります――。“法力(ヒリング)”ギルド副将、シオン・ファルファレッロと申す者。

動けぬでしょう? 我が“致死麻痺(パラリシーモート)”の前では、許可なく動くことはかないませぬ。

ドミトゥス陛下への恭順を誓った、そちらのドイル海軍司令の手引きでここへお邪魔させていただいた次第。そうだな、司令?」


 ドイルはすでに剣を抜き、周囲にいた衛兵たちの首を片端から切って絶命させていた。涙を止めどなく流しながらオファニミスを振り返り、声を絞り出した。


「申し訳ございません……オファニミス様……!! 私は中央軍団に奇襲をかけてなどは、ございません……! むしろ手引きいたしました。そしてそれと時を同じく攻め込めるよう、我が所領を通過させてエグゼビア公国軍の手引きもいたしました……。王国の歴史に汚点を残す大罪を犯しました。それもこれも、これらサタナエルによって、我が夫と息子たちの命、領民達の命を人質に取られましたがゆえ……!!! 御身よりも私を取ったがゆえ……!! 面目も、ございませぬ――」


 その言葉が終わらぬうちに――シオンの姿がドイルの背後に現れ、片手で一瞬で、彼女の首を180°後方へ曲げた。


 ゴキリッ! と大きな音が響き、頚椎を破壊されたドイルの目は反転し、その場に崩れ落ち絶命した。


(ドイルッ!!! ドイルーー!!!!)


「貴様ももう、用済みだ。悪いが夫も小僧どもも、とっくにあの世行きだ。心置きなく後を追うが良い」


 さらに諸将たちも、シオンの配下と思われる2人のギルド兵員たちの手によって尽く首を折られて絶命していた。


 そしてシオンは音もなく、動けず言葉を発せないカンヌドーリア公爵夫妻の背後に姿を現していた。


(やめて!!!! お願いだからやめてえ!!!! 大おじ様、大おば様の命だけは、どうか助けて!!! お願い!!!!)


 オファニミスの必死の目は、心で叫ぶ必死の訴えをシオンに理解させていた。


「そうでしょうな、王女。これらカンヌドーリア公爵夫妻は、貴方にとって祖父母同然の間柄。幼少の頃より可愛がられ、成長しても良き理解者であった。それだけであれば貴方の訴えどおり、私どもサタナエルも彼らを生かしておくにやぶさかではなかった。

だが残念ながら、公爵も公爵夫人も、生かしておくにはあまりに危険なる傑物、英雄。エストガレスを静かなる死に至らせたい我々にとって、いずれ消えてもらわねばならぬ人物。

よってゼノン様の命により、今ここで――執行させていただく!」


 その宣言とともに――シオンは両手をカンヌドーリア公爵夫妻の首にかけ、一瞬のうちに頚椎を折った!


 公爵夫妻の首は180°回転した上に折れ曲がり、オファニミスの方に反転した白い目と、だらりと開けた口を見せた。即死であった。


(いやっ!!!! いやあああ!!!! もう、いやあああああ!!!!!

やめて!!! 貴方はどこまで、どこまで……わたくしを苦しめれば気が済むの、ゼノン!!!

殺して、いっそ今わたくしを殺して!!! 殺してええええ!!!!!)


 これも心情を読み取ったか、絶命したカンヌドーリア公爵夫妻を放り出したシオンが、瞬時にオファニミスの元に近づいた。


「いいや、貴方を殺すわけには参りませんな、王女殿下。そもそも内戦の二大勢力を消耗させたかった我らサタナエルが、どうして今のタイミングでこのような強硬手段に出てきたか? おかしいとは思いませんかな?

『あの男』ですよ。ついにあの男が動き出したがためです。北部国境で動き始めた奴は、南下し次々と軍勢の将を殲滅し無力化しています。たった一人で。手がつけられませぬ。よってゼノン様が予め用意した策に従い、貴方を人質として『回収』に来た、という訳です。そして動きを鈍らせ、私が止めを刺すためにね。

そう、“狂公”ダレン=ジョスパン、あの男に対して!」


(お従兄さま……! ご無事だったのですね! 良かった……。そして、エストガレスのために、戦ってくださっている……嬉しい……)


 そしてオファニミスに手を伸ばしたシオンだったが――。ピタリと手を止めた。


 そして貌を上げずに目のみを天井に上げ、低く云った。


「盗み聞きとは、趣味が悪いな……。何者だ。そこに居るのは分かっている。

……聞こえているのか!! 出てこいと云っているのだ!! 狼藉者!!!」


 その怒声とともに――突如5m上の天井の分厚い板が破れ、中から何と――。

 長尺の斧槍(ハルバート)の先端が姿を現した!


 それを視認したシオンは即座に、法力を発動した。


聖壁(ムルサークレー)!!」


 上方に展開された、聖なる力の障壁は、斧槍(ハルバート)の当たる部分に厚い層をなし見事に防御した。そして防がれたその襲撃者は、一回転して後方に飛び退り、油断なく斧槍(ハルバート)を構えた。


 高貴な光り輝く鎧に包まれた短躯、精悍にして尋常ならざる闘気と殺気を放つその襲撃者たる男は――。


(あ……あ、あああ……あなた……は……!!

ラ=ファイエット!!! シャルロウ・ラ=ファイエット!!!!)


 オファニミスは心の中で、強く名を叫んでいた。

 そう、エストガレス王国元帥、最強といわれる豪傑にして――。オファニミスにとっては、幼少よりもう一人の父親といって良いほどの存在――シャルロウ・ラ=ファイエットの姿がそこにあった。


 ラ=ファイエットは一度微笑みながらオファニミスを見やり、すぐに斧槍(ハルバート)の突撃を繰り出す。


 サタナエル統括副将以上のレベル、であることが証明されている彼の強撃は重く速く、副将であるシオンには受けきれぬはずであるが――。


 “予視(ディプレディアー)”の使い手であるシオンは、難なくそれをかわしたばかりか、逆にラ=ファイエットの死角に廻り、強力無比な手刀を繰り出す。


 ラ=ファイエットは目を光らせ、間一髪でその攻撃を斧槍(ハルバート)の柄によって受ける。


 そして距離を取る両者。

 シオンが口を開く。


「何と……まさか、名高いラ=ファイエット元帥であらせられたとは。いや……。

今やもう、そう呼ぶべきではないな。元南部方面師団長、ルーディ・レイモンド」


 その忌まわしき悪魔の名を聞いたオファニミスは、驚愕のあまり裂けんばかりに目を見開き、ラ=ファイエットを見た。


「見ての通り、“予視(ディプレディアー)”の使い手である私は単純な力量を超えて、貴様の先手を読み攻撃を先んずることができる。勝ち目はないぞ。王国に追われる身となった貴様に、もとより居場所もないのだ。大人しく立ち去るが良い」


 すると、ラ=ファイエットはそれを鼻で笑い、言葉を返した。


「確かに貴様を斃すのは、骨が折れそうだ。だから私は、貴様の方に立ち去って欲しいと思っている。

今は私が先んじて王女殿下の元に駆けつけたが、もう程なく次なる手の者がやってくる。“夜鴉( コル=ベルウ )”と、元統括副将シェリーディアだ」


 その名を聞いたシオンの表情が硬く変化する。


「それだけではない。もうすでに、国境での戦線は勝敗が決している。軍だけではないぞ。サタナエル勢力も、敗北しているのだ。その原動力となった、レエテ・サタナエル一派も、次いでアヴァロニアに向かっている。到着すれば、貴様には勝ち目どころか逃げ場もなくなる。逃げるなら、今のうち、と私は勧告したいところだがな」


 冷や汗を流し口角を上げたシオンは、一転して飛び退り、バルコニーへの掃き出し窓を開けた。


「なるほど――確かにな。私の“予視(ディプレディアー)”は対集団戦を苦手とする。不利な状況を作る前に、退却するとしよう。

だがよく、覚えているがいい、レイモンド。貴様がどのように行動する積りかは知らぬが、ゼノン様は貴様を生かしておく気はない。王国国民も、全てが貴様の敵だ。せいぜい、その罪深き命を自身で守り続けて見せるがいい――」


 云いおいて、シオンはバルコニーへ勢いよく飛び出し、逃走していった。

 彼の配下である2名の法力使いも、それに続いていった。


 同時に、オファニミスにかけられた“致死麻痺(パラリシーモート)”の効果は解け、彼女はがっくりと膝をついて息を荒げた。


「はあ、はあ、はああ!! はっ……はああ! 

ああ……何て、ことに……。皆が……大おじ様、大おば様が……殺される、なんて……!!

……ラ=ファイエット。ひとまずはわたくしを救っていただき、感謝、いたしますわ……」


 オファニミスは、はっきりとラ=ファイエットと目を合わせずに、感謝の言葉を述べた。

 

 シオンが暴露した彼の正体――ルーディ・レイモンドとは、それほどまでにエストガレスにおいては呪いの極致の名であるのだ。

 まさか、自分が父代わりとも慕っていた人格者たる男が、そのような悪魔だったとは……。ショックを隠しきれなかったのだ。


 ラ=ファイエットは十分にそれを察し、オファニミスに近づくことはせず、遠巻きに最上位の礼をとり頭を垂れた。


「御身をたばかり、このラ=ファイエット……いや、ルーディ・レイモンド、言葉ではお詫びの意を表す術をもちませぬ。

私は悪魔の所業、大罪を犯し、それを許されぬまま、ダレン=ジョスパン殿下のお手によりこの姿として頂き救われました。

罪を滅ぼすため砕身し、公爵殿下と王女殿下には、心よりの忠節を尽くしてまいりました。

御身のこと、僭越ながら、失った我が娘を重ね合わせ、実の子同然に思っておりました。

最後に、ひと目お会いしたいと、やってきてしまいました。お赦しください……」


 ラ=ファイエットは涙を流していた。オファニミスはそれを聞いて、はっと貌を上げた。

 その貌は悲しみに歪んでいた。

 そうだ。正体が何であろうと、この男と過ごした10年は(まこと)のものだった。

 その事実は変えられぬし、自分はこの男に家族に等しい愛情を抱いたではないか。


「ラ=ファイエット……こちらこそ、許して……。わたくし、貴方にどれほど世話になってきたか……。わたくしは貴方を、父同然に慕っておりましたのに、こんな態度をとって……本当にごめんなさい……!!」


「いいえ……! そのお気持ちだけで、この身は幸福で一杯にございます。

どうか、ご壮健であられますよう。もう、二度とお会いすることもございますまい。

私はこの後中央軍団の背面に廻り、サムデラの首級を上げる所存。

さすれば軍は瓦解、その戦況を目ざとく見れば小狡いエグゼビア公爵のこと、きっと退却する筈。あとは私が、ゼノンの首級を上げるまで、どうか、この公国から御出になりませぬよう」


 涙を拭い、それだけ云うとラ=ファイエットは、一陣の風のようにバルコニーに踊り出、瞬く間に姿を消していった。


 ラ=ファイエットの実力であれば、1000の兵力も蹴散らし、見事サムデラの首級を上げるのは間違いなかろう。


 だがオファニミスは、これが今生の別れとなることを――肌で感じ取り、自然とバルコニーに飛び出して声を限りに叫んでいた。


「待って!!! ラ=ファイエット!!! 

死なないで!! どうか、どうか……生きていて……!! そしていつの日か……!!!」


 オファニミスの悲痛な声は、無人となったバルコニーに、虚しく響いていったのだった――。

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