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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第二十四話 カンヌドーリア国境戦線(Ⅵ) ~狂気の闇の終焉【★挿絵有】

 余裕を見せたカルカブリーナの意表をついた、“魔熱風(パズズ)”の鋼線を首に巻きつける攻撃。

 

 強敵セリオス・イルマを瞬殺したその技で、一気に勝負を決めるべくシェリーディアは死の鋼線を引く。


 鋼線が、肉に食い込む独特の感触が手に伝わる。()れる。この格上の魔物に自分は勝利できる。辱めを受ける恐怖から逃れられる。祈るような必死さを込めて、勝負を決めに行った。


「ぐぬおおおお!!!! この――この(アマ)ああああ!!! ぐあああ!!!!」


 驚愕と無念を腹の底から吐き出した叫びを背後に聞き、勝利を確信したシェリーディア。



 しかし――。

 突如ガクンッという強烈な抵抗を感じた瞬間、腕が強制停止させられた。


 目を見開き、カルカブリーナを振り返ったシェリーディアの目に、信じがたい光景が飛び込んできた。


 縮まっていく鋼線の輪の中にあるカルカブリーナの首は、鋼線によって切られ大量の鮮血を噴いていた。


 しかし、その血は鋼線によるものだけではなかった。


 鋼線は――。その内側に強引にねじ込まれた二本の結晶手によって、動きを止められていたのだ。


 結晶手を無理やり内部に入れるために、カルカブリーナは自分の左右頸動脈部の肉を削り取り、先端で貌の一部まで切り取っていた。そうして死にもの狂いで鋼線を止めたのだ。

 当然、滝のようなおびただしい血が留めることもできずに放出されている。通常人ならどのみち死に至る状況であり、サタナエル一族の彼でなければ選択できない生存法だ。


「そん――な! そんな、ばかな――!」


 シェリーディアは驚愕のあまり動きを止めた。いずれにせよ鋼線を通じて、彼女の最大の武器である“魔熱風(パズズ)”は押さえられている。万事休すだ。


「ハアッ!! ハア、ハア………! フウウウウ……、フウッ! き……貴様……この……クソ(アマ)があ!!!!」


 首を半分まで切られて寸断されかかったものの、紙一重で頚椎を守りきったカルカブリーナ。死の恐怖の余韻に息を荒げた後、怒りを爆発させて動き出した!


 一気に前方に踏み出し、その長い足を利用した砲弾のごとき蹴りで、シェリーディアを蹴りつけた。


「あああっ!!!!」


 たまらず吹き飛び、“魔熱風(パズズ)”の取っ手を放してしまったシェリーディア。カルカブリーナはそれを見逃さずに己の首の鋼線を振りほどいた。そして間髪いれずにシェリーディアに殺到し、彼女の両手を巨大な右手ひとつで掴み上げ、その長身の目線の部分まで吊り上げた。さらに追撃として、空いた左手の結晶手も解除し、渾身の拳をシェリーディアの白い腹に打ち込んだ。


「ぐえっ!!! ぐううええっ!!!」


 恐るべき衝撃に、たまらず吐瀉物と血を吐き出すシェリーディア。ダメージでぐったりと力が抜けた。


 その貌に、充血した狂気の双眸を近づけるカルカブリーナ。


「ハア、ハア、調子に……乗りやがって、メス豚がよおおお!!!! ふざけやがって、もう少しで死ぬところだったろうがああ!!!! 貴様ごときクズの売女が、大陸頂点に君臨する我らサタナエル男子に傷なんざつけて良いと思ってんのか!!?? ああああああああああああああーーっ!!??」


 普段のふざけた道化師の様子は微塵もなく、今まさに悪魔は本性を現していた。

 今度は力任せに右の乳房を掴んで撚る。恐るべき握力に、一瞬で大量の脂肪と筋肉が引きちぎれ、内部で出血する。味わったこともない途方もない激痛が、シェリーディアの身体を突き抜ける。


「ぎゃあああ!!!! ぐあああああっ!!!!」


 白目を向いて、苦痛に身をくねらせるシェリーディア。


「気が変わった!! 先に拷問だ。半殺しにしてやる。腕も足も先から切って潰して、地獄の底を味あわせてやる。その上で、犯し尽くしてやる。泣こうが喚こうが、死ぬまで嬲ってやる!! 生まれてきたことを、後悔するぐらいになあああああああ!!!!!」


 そうして左手に結晶手を発現するカルカブリーナの姿を、激痛の余韻と魂の底からの恐怖に震えてシェリーディアは見た。

 この男と同格の魔物であるサロメに対しては、まだ啖呵を切れるほどの余裕があった。だが強さはともかく精神は――。この男の狂気の闇に比べれば、サロメはまだしも常識人だ。この悪魔の瘴気に当てられては、どんな女でも魂から屈服するしかない。シェリーディアは小動物のように震え、恐怖し続けるしかなかった。小水を漏らしてしまっていることにも、気が付かなかった。


(たす……けて……。そんなの……いや……そんなしにかた……いや……。いっそいますぐ……ころして……。おねがい……たすけて……たすけて……ダレン!)


 無残ゆえに覚悟できない、しかし目前に迫った死。それを前に、知らず知らずシェリーディアは「その男」の名を心で呼んでいた。


 しかし、無情にも迫る結晶手。おそらくは右膝下をえぐり千切ろうとしているカルカブリーナの手が、シェリーディアに到達しようとした、その時。



 側方から――。一陣の突風が吹いた。

 強烈だが、優しさをともなった、フワッとした風に、シェリーディアには感じられた。


 その風の後――。ずるっ――と不快な音を立て、ゆっくりと、カルカブリーナの左手が――。

 手首から腕を離れ、地に落ちていった。


「な……な……? うっ――ぎ――ぎいやああああああ!!!!」


 己の手を失った赤黒い腕の先端を凝視し、カルカブリーナは悲鳴を上げた。


 その巨体から、数m離れた場所で、着地していた場所からスッと立ち上がった、一人の女性。


 その髪は、風にさらさらとなびく、腰の下まである長い長い豊かな銀髪だった。


 ボディスーツとブーツに包まれた、極めて魅惑的なスタイルをもった長身。


 細められた大きな目をたたえた貌は、凛とした絶世の美貌。肌は小麦のような褐色。


 そして――悪魔の手を切り取った、同じ結晶手を持つ両手。


挿絵(By みてみん)


「ああ――ああ――レエテ。レエテ……!!」


 

 そう――。突如現れた、シェリーディアにとっての救世主。


 それは紛れもなく、遺跡で別れたレエテ・サタナエルであった。


 あまりの安心感に、シェリーディアは全身の力が抜けた。


 レエテは、その闘気を弱めることなく、怒涛の次撃に転じていた!


 跳躍し、瞬時にカルカブリーナとの距離を詰めると――。


 上半身をひねり、繰り出したのは右足の「飛び蹴り」だった。

 半分切断された首を落とそうと襲撃したその蹴りは、慌てて防御したカルカブリーナの左腕で止められた。


「うっ――うおおおおお!!!!」


 なぜか蹴りがヒットした瞬間、激痛に貌をゆがめ絶叫するレエテ。しかしその威力は絶大であり、カルカブリーナはたまらず体勢を崩し吹き飛ばされた。同時にシェリーディアは放り出され、地面に倒れた。


 レエテは即座にシェリーディアに駆け寄り、その身体を抱きかかえた。

 痛みに耐えているように、眉間にはシワが寄り、脂汗を滝のように流している。


「……シェリーディア、もう大丈夫よ。怖かったでしょう……?」


 シェリーディアは未だ震えながらも、涙を流してレエテの手を握った。


「ありがとう……レエテ」


「あとは私達が、やるわ。けど……この状況じゃ、あなたに休んでいてとはいえない。この“魔熱風(パズズ)”を取って、なるべく早く立ち上がってね」


 そういうレエテの手には、拾い上げた“魔熱風(パズズ)”があった。シェリーディアはそれを受け取り、コクリと頷いた。


 それに微笑み返したあと、レエテは立ち上がり、振り返らずに背後に向かって声を発した。


「どう……? やれそう、シエイエス?」


 その呼びかけを受け、前に進み出たのは彼女の仲間であり恋人、シエイエス・フォルズだった。


「ああ……問題ない。奴、カルカブリーナは、俺に殺らせてくれ。

ここで、俺自身の過ちと因縁に一つの決着をつける」


「わかった。絶対に、死なないでね。信じてるわ。私、王女殿下の軍に加勢してくるから」


 云うと身を翻し、敵軍勢に対して一騎当千の超人の力を解放すべく向かっていくレエテ。


「すまない、レエテ」


 またしても望まぬ殺戮に赴かざるを得ない恋人に、心を痛めるシエイエス。


 一方この思わぬ敵達との再会、自身の妨害を行ったこと、高貴にして最強の一族たる己を「殺す」などと軽々しく口にされたことに激昂し、カルカブリーナは前進してきた。


「ああ!!?? 跳ね返りのはぐれ女子と、その紐ごときが……! 性懲りもなく、のこのこ現れやがって!!! 俺様はな、今最高に気分が悪りい。この前みてえな手加減はしてやれねえぞ!!??」


 シエイエスは鉄のごとき表情で、燃えるような激憤を目に宿らせてこれに応えた。


「ふざけた仮面を捨て、貴様にふさわしい醜い貌になったな、カルカブリーナ。手加減など、不要だ。かつて貴様の虐殺の場で、力及ばず逃亡するしかなかった無念。そして……我が友ヴィンド・ロウの仇を今こそ、討つ」


「それはご立派な志だが、貴様なんぞには逆立ちしたところで実現不可能だなあ……!!

いい機会だ。貴様のせいで死んだ大事な連中の、後を追わせてやるぅ……! まどろっこしいことをせずとも、頭脳であり男妾(おとこ)である貴様が消えれば、レエテは死んだも同然になるしなああああ!!!!!」


 身も凍るような哄笑を上げて――。カルカブリーナはシエイエスに殺到した。

 一本しかない右手結晶手による、高速かつ脅威の破壊力を持つ一撃だ。

 

 シエイエスは眼鏡の奥の両眼を光らせると、変異魔導により身体を「崩し」、結晶手の通り道の部分を変形させて攻撃をかわした。

 疾い。以前の彼と比べ、余裕すら感じる別人の動きだ。


 そして、取り出していた鞭のうち、崩さなかった右腕を振り、先端を正確にカルカブリーナの左腿に巻き付け引く。


 標的が強靭ゆえ、骨は寸断できなかったが、筋肉の大部分を寸断することに成功した。


「がっ!!!! き……さま、貴様あああああ!!!!」


 間髪を入れず、変形していた左腕を大きく伸ばし、カルカブリーナの貌に近づける。


 反応し結晶手を伸ばしたカルカブリーナだが、シエイエスの目的は直接の攻撃ではなかった。


 2mほど手前で停止した手は、突如その掌部分に数cmの切れ込みをつくり――。

 その「孔」から圧縮した血液を大量に噴き出し――シャワーのように浴びせかけた!


 血液は――赤ではなく、どす黒い緑色をしていた。


 降り掛かった血液は、カルカブリーナの肩、胸、負傷した首、貌、そして目に入った。

 即座に――掛かった部位が猛烈な音と煙を出し焼け始めたのだ。


「おっ!!!! おおおおおおお!!!! んおおおおおおおおっ!!!!

あ――(あぢ)い――!!!! ああああああ!!!! 目が、目が、目がアアア!!!!」


 それは――シエイエスの体内で作り出された死の強酸だった。


 異臭を放つ煙が晴れた中の、カルカブリーナの胸から上は焼けただれ一部は溶け、両眼は完全に視力を失っていた。


「どうだ……! 熱かろう、苦しかろう……!!! それが、貴様らがラペディア村とミラオン村の罪なき住人たちに与えた苦痛そのものだ! よく味わえ。思い知るがいい!!

俺は――俺の変異魔導はな、カルカブリーナ。決定的な、“限定解除(リミットブレイク)”を果たし、進化を遂げたのだ……!!

全ては、レエテのおかげ。俺のリミット解除のキーはおそらく、強い『愛情』。これまでの鍛錬や経験が、あいつの覚悟に打たれた俺の心の動きにより開放された。今の貴様では、俺には勝てん」


 勝利宣言に次いで、驚くべき変化がシエイエスの身体にもたらされた。


 大きく上体を反らした彼の身体から、片側3本ずつに収束した「肋骨」が驚異的太さと長さに伸び――。カルカブリーナに襲いかかった!


 まるで、変幻自在にどこまでも伸びる、6本の死の槍。その威力と速度は、止められる者など存在しないかに見えた。ましてや3人の敵からのダメージが決定的に蓄積し、視力をも失ったカルカブリーナには、到底対抗できるものではない。そしてその傷もすぐに回復してしまうこの魔物に対し、仕留めるチャンスはまさに今しかないのだ。


「地獄へ堕ちろ、カルカブリーナ・サタナエル!!!!!」


「お、お……おおおのれええぇぇ!!!! ただの人間が、ゴミごときがあああああ!!!! この一族の俺様にいああ!!! 畜生おおおがああああああ!!!!!」


 呪詛に満ちた、その怨念の慟哭が――。


 “幽鬼”総長、カルカブリーナ・サタナエルの、断末魔となった。


挿絵(By みてみん)


 6本の肋骨は、カルカブリーナの両脇腹、脳、そして心臓の部位を捉え――。


 背後まで完全に貫いた。中段の2本の肋骨は、完膚なきまでに心臓を破壊していた。


 それを引き抜くと――。

 巨大な蜘蛛のような不気味な身体は、藁人形が崩れ落ちるように、地に倒れ伏していった。

 そして、動かなくなり――カルカブリーナ・サタナエルの狂気の命は終焉を迎えた。


 

 死の槍を収納し、身体を元の状態に戻したシエイエス。

 彼は、感極まったように、両目を閉じて天を仰いだ。

 しかしすぐに、首を振ってつぶやいた。


「――カルカブリーナは、斃した。だがまだ、終わりじゃない。

ヴィンド、レイラ、村人たち。お前たちの復讐は――あともう一人を仕留めなければ遂げられない。

シオン・ファルファレッロを」


 そして、“魔熱風(パズズ)”を手に安堵のあまり膝をついたままのシェリーディアに近づき、手を差し伸べた。


「立て、シェリーディア・ラウンデンフィル。もうお前の脅威は去った。お前はお前の、成すべきことに向かえ」


 微笑みを浮かべてシエイエスの手を取り、シェリーディアは立ち上がった。


「ありがとう、シエイエス・フォルズ。礼を云うよ。

凄いね……アンタ。あの将鬼クラスの化け物を一方的に斃せるなんて……。アタシでも、かなわないかも知れない。レエテのためになりたい一心で、その力を得たんだね」


「奴がお前とレエテのおかげで冷静さを欠き、虫の息だったから斃し得たんだ。レエテのため……たしかにそれが一番かもしれない。ともかく、ここはまだ、戦場。終結に全力を尽くすぞ。

俺はすぐにレエテの救援に向かう。あいつが向かった先ではすでに、ナユタとホルストースが暴れてる筈で、フリルギア将軍の首級を上げるのは時間の問題。お前は敵を排除しつつ、“夜鴉(コル=ベルウ)”の集結に全力を注げ。すでに、この戦自体の帰趨は決していて、次の局面を考えねばならないからな。

一刻も早く、アヴァロニアに向かうことを目標にする」


 シエイエスの的確な戦略眼と指示。未だ敵勢力ではある彼の言葉に従う義理はないのだが、その建前もプライドもなく、大きく頷いてシェリーディアは云った。


「了解した、シエイエス。アタシは“夜鴉(コル=ベルウ)”を集める。状況次第ではアタシらだけでも、早期のアヴァロニア帰還を目指すことにする。何しろアタシたちの第一の任務は『オファニミス陛下の身の安全』保証だからね。

じゃあね。幸運を祈る!!」


 云うとシェリーディアは、先刻のダメージによる苦痛に貌をしかめながらも、矢のように戦場に駆け出して行ったのだった。

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