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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第二十三話 カンヌドーリア国境戦線(Ⅴ) ~ジャイアント・キリング

 ダフネは、“心眼(エスプリット)”を構え、渾身の踏み込みで一気にレ=サークとの距離を詰めた。


 そして大きく上体と腰を落とし、初手となる第一撃を放つ。


「鬼影流抜刀術、“沢鷺(ちゅうひ)の閃”!!!」


 超低空飛行で繰り出される、神速の強撃。かつてガリオンヌでレエテを防戦一方に追い込み、デレクの罠を的中させ、ネツァク川への転落の糸口となった技だ。

 だがダフネ自身は、己の剣撃のみでレエテを落としたかった。その悔しさから――己の剣の師の言葉を今一度振り返り、凄まじい鍛錬を繰り返していた。ヒューイ・マクヴライドに不覚を取ったこともそれに拍車をかけた。力量もさることながら、未知の任務、強敵に対し緊張してしまった己の精神の弱さが問題と考え、鍛え上げてきた。


 今回は、慌てず、力まず――精神を統一し解放し、己の完全なる全力を出し切った手応えを感じた。


 レ=サークの表情が変わった。流石に彼のこと、防御を合わせては来たが余裕はなかった。かつ、己の受けた刃のあまりの圧力に目を剥いていた。


「ぬううううおお!!!」


 地面を削り取って後方に吹き飛ばされ、どうにか5mほど先に着地したレ=サーク。


 完全にその闘気を本気の強さに変え、彼独特の、翼のように上後方に両腕を展開する構えに入った。


「貴様あ……何者だ? (まこと)に只者ではない。そのイスケルパ仕込みの抜刀術、強力に使いこなす輩に出会ったのは貴様が初めてだ。

だが、面白いな……。久々に楽しめそうではある!! 『あの男』以来のな!!」


 その脳裏に、彼を半死状態にまで追い込んだ一人の槍使いの戦士の姿を浮かべ――。

 叫ぶと、レ=サークは低空で跳躍し、両の手の結晶手で一気に打ちかかった。


 まず上段から右手、次いで水平に左手。

 リーチは短いが小回りの効くメリットを持つ結晶手。変幻自在の、まさに怒涛の連撃。


 ダフネは鍛え抜かれた動体視力でどうにか攻撃を受け続けるが、動きよりも問題は、敵のサタナエル一族としての怪力。地力の筋力は比較にもならない。

 攻撃を通用させるのも、防御を成立させるのも、全てはダフネの技術頼み。受けの動作で凌ぐものの、わずか5,6撃程で尋常ではないダメージが蓄積する。長引けば長引くほど不利だ。


「どうした、反撃せぬのか!? もう終わりか!? ならばこれで穫らせてもらうぞ!!」


 云うが早いかレ=サークは、突如数m後方に飛び退った。そして一瞬のうちに脚力を凝縮し――上方への跳躍として解放した。


 ハッシュザフト廃城やランダメリア城塞で見せたように、レ=サークの跳躍力はサタナエル一族の中でもトップクラスだ。一気に10m近い跳躍を可能にし、頂点への到達速度も疾い。

 彼の一撃必殺の技は、この彼にしか到達しえない高度――絶対有利な上方からの自重力を利用した結晶手の攻撃だ。


「――“落矢殺”!!!」


 結晶手を己に向け、高速で迫る超一流暗殺者の刃。


 それを見て、ダフネの脳裏に過去の映像がよぎった。彼女の剣の師だ。


(――すでに我が抜刀術も一定の使用者が出、技の存在もこの大陸デ知られつつあル。

抜刀術といえば、水平もしくは(はす)に切り裂くものと認識されていよウ。

しかしながラ―。それがしの技の真髄は其処(そこ)にあらズ。真の一撃は、下方もしくは上方に斬り裂く剣なリ。特に、上方への抜刀はそなたらガ想像する遥か上を行く威力。この先『機会』を見定めたなラ、迷わず抜くが良イ。その鍛え上げた“心眼(エスプリット)”なら、必ずや斬り裂けよウ……)


 その言葉のままに、ダフネは構えていた。鞘に収めた“心眼(エスプリット)”の刃の向きを、水平方向外側ではなく、鉛直方向下側にして。


(今こそ――その『機会』です。アスモディウス師!)


 そして眼前に迫った――なんとレ=サークの結晶手に対して、抜刀術を発動させた。


 鞘から真っ直ぐ天に走らせた刃――。つま先から前進の瞬発力、筋力、闘気を噴火のごとくに突き上げる、必殺の一撃。


「鬼影流抜刀術、“昇陽の閃”!!!」


 闘気をも爆発させたその刃。イスケルパの刀工が数万回もの鍛造で造り上げたという剛健鋭利なる刃。それはレ=サークの結晶手を指先から斬り裂き破壊し――。


 その絶大な威力が却って仇となり、腕を縦一線に斬り裂かれていった!


「なっ!!! 何い!!! バカな!!! バカなあっ!!!!」


 あまりの驚愕に錯乱し叫びを上げながら、腕から肩へ、そして頭部に到達した刃により――。

 レ=サークの貌は一文字に斬り裂かれ――。


 鼻梁より上が完全に分離し地に落ち――。そこから夥しい量の鮮血を噴き上げながら、身体も地に落ちていった。


 血まみれとなりながら、あまりの消耗度合いにガックリと膝を着くダフネ。

 その自分でも想像しなかった番狂わせで、サタナエルの強敵に打ち勝ったさまを目撃した周囲の友軍歩兵らから歓声が上がるも――。彼女にはそれに応える余裕はなかった。


 短期決戦ながら尋常ならぬ疲労と、防御しきれなかった敵の攻撃が内臓に及びダメージを受けていたのだ。


「ハア、ハア……。アスモディウス師、オファニミス陛下……。私は、やりました。ついにサタナエルを――。

けれど、まだ倒れる訳には、いかない。もう少し保ってくれ、私の身体――」


 そしてどうにか立ち上がり、雲霞のごとき敵に刃を向けるべく立ち向かっていったのだった。


 余裕がなかったダフネは、忘れていた。シェリーディアからの司令を。

 サタナエル一族は、最後に首か心臓を絶てているか必ず確認せよ。その司令を――。



 *


 その頃、二手に分かれたデレクとビラブドは――。


 彼らもまた、予想だにせぬ勝利を手にしようとしていた。


「そ……そのようなことが……!! この“法力(ヒリング)”ギルド副将、ジェーノス・オルファンが……。貴様らごとき……雑魚ども、に……!!」


 巨体の“背教者”、副将ジェーノスは、その無念に満ちた苦悶の台詞どおり――。


 挟撃の末、デレクの重力波とザウアーの風撃で動きを止められたところに、ビラブドの二刀ブレード“(ロタティオン)”による回転連撃で腹をほぼ真っ二つに斬り裂かれたのだ。


 その脂肪に包まれた巨体は錐揉み回転し、地面に倒れ伏していった。


「あ……が……ゼノン……様……」


 そして完全に、絶命した。

 番狂わせの勝利を得ることに成功はしたが――。デレクとビラブドも上官と同じく、無傷では済まなかった。


 いずれもジェーノスの巨体による驚異的体当たりをかわしきれず、主に骨折と内臓へのダメージを負っていた。


「はあ、はああ!!! このデブ、手こずらせやがって……! けどたぶん……俺ら大金星を上げたに違いないんでしょうね、デレク大尉」

 

「そうでは、あろうが……。勝利の余韻に浸っている暇はない。

すぐに敵兵士をかきわけつつ、少佐と合流せねば。そして、この戦場が勝利に収束する見通しなら、シェリーディア司令とも合流してアヴァロニアに帰投するぞ……。それであってもこの戦、まだまだ我らが不利なのだからな……」



 *


 そして――“幽鬼”総長カルカブリーナと相対する、シェリーディアは――。


 それら二戦とは、一線を画する死闘の中に身を置いていた。


「おおおおお!!! 喰らえええ!!!」


 爆炎をまとわせたボルトの連射を浴びせかけるシェリーディア。


 強烈な速射の上、発動すれば爆裂する炎をまとったボルトを、耐魔(レジスト)をまとわせた結晶手で難なくはたきおとすカルカブリーナ。


 次いで、ボルトを追いかけた自分自身の“魔熱風(パズズ)”による攻撃。刃を繰り出すと思わせておいて、直前でそれを収納しハンマーの一撃に切り替える。


 その蜘蛛のように細長い身体では、打潰の攻撃に一定レベル弱いかも知れないと淡い期待を持っての攻撃だったが――。


 側方の強い衝撃にも難なく耐え、ハンマーの先端を結晶手で防御し笑みを浮かべるカルカブリーナの姿。一族の怪力というよりは、途方もないレベルの体捌きで力を逃しているのだ。

 シェリーディアは貌を青ざめさせて一旦後方へ引く。


 それを見たカルカブリーナは、ズウゥン……と轟音を立てて一歩踏出しつつ、結晶手を広げて揺さぶりにかかる。


「そんなものかああい!? さすが、そこいらの副将じゃ及びもつかない実力なのは認めるが、このボクに真っ向ケンカ売れるってレベルではないよねえ!? こっちこそ舐めないでホシイねええ!!

頼むよ……ヤラせてよ……。ボクもう、ガマンできないんだよ……! 早く押し倒して、その身体……とにかく全てを味わい尽くしたいんだよ……。諦めて大人しく、ボクのものになってよ!」


 なるべくその嫌悪の極致な台詞を耳に入れず、応えを返すこともなく、淡々と攻撃を続けるとシェリーディアは決めていた。

 カルカブリーナを無視し、魔導の炎を打ち出しながら右に展開していくシェリーディア。


 しかしカルカブリーナは正確にこれを捉え、ことごとく耐魔(レジスト)によって無効化していく。

 馬鹿げた身体能力やテクニックですら持て余しているのに、この耐魔(レジスト)力。隙がない。攻め込む余地は全くないようにすら見える。


(考えろ――考えろシェリーディア。お前の“魔熱風(パズズ)”は全方位無敵の最強の兵器のハズ。まだ、いくらでも攻め手はあるんだ。きっとある。アタシがまだ一度も試していない、あの野郎の意表をついて攻撃を当てられる戦法が)


 そして次の瞬間、稲妻が落ちたかのようにある一つの戦法がシェリーディアの頭脳に閃いた。


 それを実行に移すべく、シェリーディアは全身に魔導の炎をまとい、カルカブリーナの懐に接近する。


 カルカブリーナは冷笑して顎を突き上げた。


「無駄だって云ってるんだけどな~~♫ まあいいや、お手並み拝見。どこまでキミがやれるのか、見極めてはやろうじゃないか」


 そう云うとカルカブリーナは反撃せずに攻撃を受ける構えを見せた。


 その余裕につけこみ――シェリーディアは完全にカルカブリーナの懐にまで迫った。


 カルカブリーナは十分な余裕を持って彼女の炎を耐魔(レジスト)によって弾き飛ばす。


 そこで、シェリーディアの両眼が一瞬にして強烈な光を放った!


 彼女はなんと、突如“魔熱風(パズズ)”の刃を地面に突き立てた。

 それも、持ち手が上方のカルカブリーナに向いた、全くの真逆の方向を向けて。


 何をするつもりなのか意図を測りかねているカルカブリーナに向け、シェリーディアは取っ手の撃鉄を拳を突き当て操作。


 すると当然その状態では――取っ手のみが勢いよくカルカブリーナに向けて打ち出されることになる。


 それを首を振って難なくかわすカルカブリーナ。しかし、その取っ手には――。

 当然ながらワイヤーが伸びていた。鋼線のワイヤーが。


 長さの定められたそれは、鋼線に引かれて急停止し、重力に引かれて落ちてくる。


 そこへ、シェリーディアは跳躍していた。

 

 カルカブリーナの貌の高さにまで飛び上がると――そのまま落ちてくる取っ手を手で掴んだ。


 それを――即座に動かし引く。その動きに追従して鋼線の輪っかが作られる。


 輪っかの内部には――カルカブリーナの最大の弱点――『首』があった。


「……な……に……!?」


「やっと理解できてきた!? そおさ! アンタら一族でも死ぬ弱点。それを斬るのが目的だよ!!! 首をさ!!! “鋼糸斬殺”!!」


 叫びとともに、シェリーディアの取っ手を握った手が、無情にも手前に大きく引かれ、鋼線がカルカブリーナの首を締め上げるように収束していったのだった――。

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