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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第十九話 カンヌドーリア国境戦線(Ⅰ) ~“女王”オファニミス

 それから数時間。当てられた法力の効果もあり、立って歩けるまでに体力が回復したオファニミス。


 “夜鴉(コル=ベルウ)”という一騎当千の配下を得た彼女の身は、街道を進んだ先にある都――。カンヌドーリア公国首都、アヴァロニアにあった。


 元より400年もの歴史を誇る上に、近年特に名君カンヌドーリア公フェルドリックの善政のもと繁栄を謳歌してきた、大陸有数の都だ。

 

 その威容は、皇都ランダメリアや王都ローザンヌのように巨大都市ではないものの、城塞として十分な機能も保持しつつ――。何よりも「美しい」。


 徹底して統一された、その街並み。屋根色は橙系統、壁は白で統一される。窓は釣鐘型、建物の外形は流線型を描く。一般家屋から、公的機関である学校、病院、教会、そして城郭――全てが息を呑むほどの調和をもって一つの都市としての美しさを形成していた。


 400年もの間その調和を保つには、法で規制することはもちろん、当の住人の極めて高い意識が必要だ。

 これを実現してきた、支配階級、一般階級の垣根を超えたカンヌドーリア公国の国家としての完成度の高さが伺い知れる。


 その中心にあるのが、カンヌドーリア公爵居城、アヴァロニア城。


 美しくはあるものの、豪勢にすぎることなく質素さをも感じさせるたたずまい。


 常ならば、そのイメージどおりに静寂で平和な風景が許されているのだろうが――。


 残念ながら現在は、その城郭内は無数の兵士――。それもかなりの割合で傷ついた兵士が詰める殺伐とした風景に変貌していたのだった。


 ここは、今エストガレス王国に吹き荒れる内乱の嵐の中で、一方の台風の目――。王女オファニミス派に属する勢力の中心地となりつつあったからだ。



「予想はしていたが――ひどい状況だ。ドミトゥス派が多勢を占める中で、やはり厳しい状態におかれていることがはっきりしたな。デレク。ザウアーの報告はどうだ」


 当の貴人、オファニミスを護衛してアヴァロニア城に入った“夜鴉(コル=ベルウ)”の中心人物、ダフネ少佐が云う。


 声をかけられたデレク大尉は、偵察に向かわせていた自らの魔導生物ザウアーの報告を聞いて、本隊に追いついたところだった。


「芳しいものではありませんな……。上空から見たところ、ここアヴァロニアに集結しているエストガレス兵力は、3万がせいぜいといったところ。しかも圧倒的不利な状況で敗走してきた軍がほとんどなのでしょう。無傷の兵は全体のおよそ半分。

討ち取られた将も、少なくはないようです。オファニミス殿下麾下のローザンヌの将は、弑逆の汚名を着せられたガラルド准将を初め、ほぼ全滅。ローザンヌ外の将で参集しているのは、イーニッド南部方面師団長、ニヴァス東部方面師団長、デイモス・ダルシウス伯爵、ドイル海軍総司令、といったところ」


 それを聞いたオファニミスの表情が歪み、涙をにじませる。


「ガラルド……本当にごめんなさい。わたくしの身代わりになって……皆も……生きてローザンヌを脱出できなかった。わたくしの、力不足、わたくしのせいですわ……」


 シェリーディアが肩をすくめてため息をつく。


「そう自分を責めないことだ。アンタの配下は皆、汚名を着せられたガラルド准将でさえ、アンタの役に立てることを心から喜んで逝ったと思うぜ。アタシも騎士の忠誠は共感はできなかったが、今なら少しは分かるからな……。

にしても、集結した味方も、さもありなんて貌ぶれだな。皆清廉潔白にして、部下からも国民からも人望厚い名将、名領主ばっかりだ。そういった連中に慕われるアンタの善政の正しさは証明された訳だが、王女殿下。それは裏を返せば……」


「シェリーディア! よせ!」


 歯に衣着せぬシェリーディアの発言を予測したダフネが、たしなめようとするも当のオファニミスがそれを手で制した。


「良いのです、ダフネ。それは本当のこと。妥協や不正、陰謀とはほど遠い彼らは、正しすぎるがゆえに根回しや資金力に欠け、率いる軍勢の力はどちらかといえば弱い。領の石高や禄も少ないですから、持ち寄れた資金や兵站も少ないでしょう。正しさは、必ずしも力になるとは限らず、現実はむしろ逆。貴方の云わんとすることは正しい、シェリーディア」


 事実を認めつつも、生気に満ちた目でまっすぐアヴァロニア城天守閣を見据え、力強い言葉を発する。


「ですが、不利を承知でわたくしの元に集ってくれた諸将、諸侯の想いは尊い。わたくしはそれに応える義務がある、全力で。

……云いたいことは分かります、シェリーディア。それこそ、ゼノンの思う壺だろうと。ですが人の上に立たねばならない人間には、計算を超えてでも為さねばならないこと、行うべき人の道というものがあるのです。わたくしはやはり、そこから目をそむけることはできません」


 それを聞いたシェリーディアは目を閉じて笑い、云った。


「アンタは最終的にそれで、そのままでいいのかもしれねえな……俗な現実に塗れるよりも。

現に今の輝いてるアンタ、神がかって魅力的だ。カリスマ性っていうのか、アタシですらアンタの為に命をなげうってもいいって気になっちまう。アンタの足りねえところは、仕える誰かが補えばいい。そういうことかもな……」


 それに対してオファニミスが何かを云おうとしたその時――。


「オファニミス殿下!!! ああ!! 良かった、ご無事で――!!」


 感極まった女性の、呼びかける声。オファニミスが振り返ると、一人の女性が涙目で膝をつき、礼の姿勢をとっていた。


 年の頃おそらく20代半ば。女性としては長身でがっしりとした体格。その身を包むいかめしい鎧と外套、気の強そうな貌立ち、裾を大きく刈り上げた洒落た茶色の短髪。特徴のほぼ全てが豪放で男っぽかったが、唯一その声だけは、男の心をうずかせるほどの女性らしさ、妖艶さを備えていた。


「ドイル! ちょうど今しがた、貴方が無事であったことを伝え聞き、胸を撫で下ろしていたところです。よくぞ、カンヌドーリアへ集ってくれました。よくぞわたくしの元へ参ってくれました」


「はい……! このドイル・エリジニウス、王女殿下のためならばオファニムの涯てまでも。私の命と我が精強なる海軍、いかようにもお使いいただけますよう」


 海軍総司令ドイル・エリジニウス。ラ=マルセル川河口、ラルカス海に面する一大港湾都市シェアナ=エスランを所領に持つ伯爵にして、大陸最大規模の軍艦隻数と兵力を擁するエストガレス海軍の総司令。病弱の父より、若くして位を譲られた女丈夫であり、王国で最も勇猛な女将軍とされる。

 オファニミスが13歳のとき、初めて出会った。そこで非凡なる頭脳とカリスマ性にすっかり魅了されたドイルは、以来王国内で屈指のオファニミス信奉者となったのだ。


「フェルドリック公爵殿下も、天守閣にて御身をお待ちです。さあ、共回りの方々もご一緒に、私と参りましょう」



 *


「おお……オファニミス殿下! 御身のご無事、幾重にもお喜び申し上げる。よくぞ、わがアヴァロニアまでご足労くだされた……! 本来お出迎えせねばならぬのに……ご無礼つかまつる」


 天守閣で、オファニミスの突然の来訪に驚愕と喜びの歓声を上げたのは、フェルドリック・カンヌドーリア公爵その人だった。すでに69歳という老齢ではあるが、まだ体格もがっしりとし、背筋も伸びた若々しい面持ち。長い髪、長い髭はともに白く、年齢を感じさせはするものの、その双眸は強烈な生気を放っていた。


 その隣で、同じく感激に微笑む公爵妃、ロレッタ・カンヌドーリアも同世代の年齢に比して若々しく、美しさ、知性、慈愛を兼ね備えている女性だ。

 夫妻のただ一人の息子、ジョナス・カンヌドーリアは20年以上前――。サタナエルに加わる前の将鬼サロメ・ドマーニュに恋してしまったがゆえに、彼女の手で殺害されてしまった。そのため公国では後継者を国内の伯子から選ばねばならず、問題を抱えてはいたのだ。


 子を失い、孫を得ることができなかったがゆえに――。古くから交流のあったエストガレス王家で一際輝いていたオファニミスを、実の孫娘のように可愛がってくれた。

 オファニミスが成長し政治に加わるようになってからは、その正しく希望あふれる政策に全面的に賛成してくれるただ一人の上級貴族となった。


「そんな……大おじ様にお出迎えをさせるなんてこと、できませんわ……! ご心配をおかけしました。オファニミスはどうにか生き延び、相まみえることができました。これほどの喜びはございません」


 オファニミスはフェルドリックに駆け寄り、その手を取って喜びを伝えた。

 フェルドリックは手を握り返し、熱くオファニミスに語りかけた。


「うむ。聞き及んでおられるだろうが、貴殿の無事と出迎えを望んでおったのは儂だけではないゆえな。皆希望を託して、命からがら我が居城に集結された。

我らは、立ち向かわねばならぬ……。アルテマス国王陛下を弑し貴殿に罪過を押し付け、暴力によって王国を支配しようとするドミトゥスと、己の保身のみを目的にそれにぶら下がる愚か者どもに。そして――それらを影から操る、忌むべきサタナエルの魔の手に。

オファニミス殿下。ご心労、疲労重なる中ではあるが、貴殿に重大なる決断を願いたい。

すなわち――御身がエストガレス『女王』の地位を宣言され、僭王ドミトゥスへの徹底抗戦の決意を大陸に示す。その重大なるお役目に対して」


 その場の誰もが、熱い思いと希望に目を潤ませて頷くのと対象的に――。シェリーディアは冷徹な目を鋭くさせて、内心感じていた。


(当然、そう来るよな――。だが改めて突きつけられると、そいつはあまりに残酷な決断だ。

女王(そんなもの)になると宣言した瞬間、王女殿下は絶望的状況にいる幾万もの人間の命の責任を新たに負うことになる。はっきり云って勝ち目の限りなく薄いこの戦いで、自ら死にに行く連中の、魂安らぐ大義名分のためだけって云っていい存在になる。

そうするしかねえ、仕方ねえのは分かるが、残酷だ。あまりに残酷だぜ……)


 同じ思いを感じ――そしてそれを乗り越える思いを感じてか、オファニミスは万感あふれる様子で両目を閉じ、再び開くと、決然とした表情で云った。


「心得ておりますわ。大おじ様、いえ、カンヌドーリア公爵。

わたくしは、すでに覚悟ができております。この場で――宣言いたしますわ。そのわたくしの覚悟を」


 云うが早いか、オファニミスは背筋を真っ直ぐに伸ばし、足音をたてて扉の外のバルコニーに出た。


 そして最前列にまで進むと、城下を見下ろす。

 そこには、彼女の愛すべき臣民の、姿があった。

 傷ついた者の多い、しかし士気を失ってはいないその将兵らの姿。


 もう、覚悟を決めた。

 希望を捨ててはいない。勝つつもりではいる。

 だがたとえ、敗北することになろうとも――。せめて彼らの、希望の(いしずえ)となろう。その魂の輝きを失わせないための、導き手となろう。


 決意を新たに、オファニミスは全力で息を吸い込み、大いなる声に変えて吐き出した。


「親愛なるエストガレス王国、そしてカンヌドーリア公国の民よ!!!!! 聞くが良い!!!!! 我はエストガレス王国第一王女、オファニミス・ローザンヌ・エストガレスである!!!!!」


 その凛と響き渡る声に、十万に近い数の瞳が一斉にオファニミスのもとを向いた。


 そしてどよめきとともに、一気に希望の空気が広がる。そしてそこかしこで、「王女殿下万歳!!!」の声を上げる者が現れた。座っていた者も、倒れていた者まで立ち上がり、拳を突き出す準備まで始めている。


「先日我に汚名を着せし王太子、ドミトゥスの言は偽りなり!!!!! かの者こそが我が父アルテマスⅡ世を弑し、王を僭称せし大罪人なり!!!!!

我はこれを誅殺し、エストガレスに正しき王権を復活させるべく決意せり!!!!!

ドミトゥスの偽りの王権を誅するその決意の証として――我はここに宣言する!!!!!

我は、エストガレス王国第48代国王、オファニミス・エストガレスⅠ世としての即位をここに宣言!!!!

国の(たい)である王冠を取り戻すことを諸君らに誓う!!!!!」


 瞬間――。


 地鳴りかと思われるほどの、数万の足が地面を踏み鳴らす振動と、拳を突き上げつつつ声を限りに放つ歓声が一気に爆発した!


「オオオオオオ!!!!! エルール(万歳)・エストガレス!!!! エルール・オファニミス!!!!!」


「エストガレスのために!!!!! エストガレスのために!!!!!」


「僭王を誅殺せよ!!!!! 反逆者に鉄槌を!!!!!」


「エストガレス!!!!! エストガレス!!!!!」


「オファニミス!!!!! オファニミス!!!!!」


 それは、数万もの民の愛国心と王家への忠誠、オファニミスへの崇拝。あまりにも強すぎる思いと決意が一体となり、同一の方向を向いた圧巻の光景であった。


 オファニミスは涙を流し、つぶやいていた。


「ありがとう、皆……。わたくしは全力をつくします。必ず、勝利を掴んでみせる……!!」

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