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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第十七話 永世中立国リーランド(Ⅳ) ~ 脱出

 幾万もの同胞を虐殺し――最愛の父母と主君を処刑した男、ルーディ・レイモンド。

 

 幾万回殺しても飽きたらぬ仇敵を目の前にし、レジーナの怒りは頂点に達していた。

 あまりの激情に、完全に我を忘れているようだ。


 書状で僭王ドミトゥスの密告が届いたというが――それは間違いなくゼノンの差し金であろう。

 

「……身体を焼く。腕と足を引きちぎる。首を落としてさらす!!!!

悪魔めええ!!!! 貴様が実行した同じ方法で無残にいたぶり殺してくれるっ!!!!」


 身も凍るような呪詛の言葉とともに、レジーナは己の力を解放した。


 その身体が鮮やかに発光を始め、パリ……パリ……という電気が放電する音とともに、七色のとりどりの色彩となった光の束がまるで蝶の羽根のように背中に蓄積された。


 彼女の異名“虹揚羽”とは、名前どおりの魔導の見た目が由来である。その操る力は「電磁波」。まばゆい強烈な光を放つこともできるし、現在のように電気に形態を変えることもできる。また、熱にも変換が可能な万能の力だ。かつて大導師アリストルに師事した、確かな実力を持つ一線級の魔導士。意気投合した後輩ナユタも認めたほどで、その戦力はサタナエル副将と同等か上であろう。


輝閃光波(クーゲルリクト)!!!」


「まずい! レエテ!! 彼女を見るな! 目を閉じろ!!!」


 その技の性質を瞬時に見極めたシエイエスが、いち早く叫んだ。


 瞬時にレジーナの背後の羽が発光し――。両目を閉じたレエテら3人の貌に、直射の太陽光の数倍もの明度にあたる強烈な光が降り注いだ。


 目を閉じていなかったら、失明していたかもしれない。目を失っても再生してしまうレエテでも、数分間は暗闇での行動を余儀なくされていたところだ。いずれにせよ、敵の初手を封じる攻撃技としては最強クラスの性質だ。


 光の束は回避したが、敵は一流の魔導士。次撃を待ってはくれない。


電光波動(ブリッツユンデル)!!」


「待って!!! レジーナ議長!! お願いだから落ち着いて!!! 一旦攻撃を止めて、話をさせて!!!」


 理性のタガが外れて暴走するレジーナを何とか止めようと、レエテは叫んだものの彼女は一切の聞く耳を持たなかった。


 鮮やかに光る雷撃の波。最強の“紫電帝”には及ばぬものの、非常に強力な攻撃だ。


「ぐっ――耐魔(レジスト)しろ!!!」


 シエイエスの叫びで、レエテはとっさに彼に抱きつきながら片手を突き出し、耐魔(レジスト)を行った。

 二人分の魔力を一つに集約することで、より強力な防御効果を得られるのだ。

 これにより、雷撃を拡散させることに成功した。


 ラ=ファイエットは、すでに斧槍(ハルバート)を取り出しており、それを回転させつつ強力無比な耐魔(レジスト)を行った。

 流石はサタナエル統括副将クラスの実力を有する強者。まだ十分に余裕が見られる。

 そして得物を取り出したということは、この己の正体の露見に関して白を切るつもりはなく、事実を認めるということのようだ。かつ――大人しくここで死ぬつもりもないらしい。


 だがレジーナにこのレベルの強撃を畳み掛け続けられては、身の安全のためにも防戦一方のままでいるわけにはいかない。

 そして話が通じない以上、反撃か逃亡しか選択肢はなく、相手の実力と感情の力を考えればすんなり逃亡とはいかない。


 レジーナを傷つけずに反撃ができればいいのだが――。レエテがそう考えつつ横目でラ=ファイエットを見ると、その目は――。一転して、殺気を放っていた。


 まずい――。この男、現状は死を選ぶことを拒否し、場合によってはレジーナを殺すことになってでも力ずくで押し通る気だ。さらなる罪を重ねるリスクを選択する気だ。


 そんなことは、絶対にさせない――。そう強く思ったレエテはとっさに、行動に出ていた。

 

 大きく、息を吸い込み――身体を反らせた。

 脳裏を切り裂くようによぎったのは――1年前、マイエ死亡の際に見た、血まみれのフレア・イリーステスの貌――。


「破アアアアアアアアアアーーッ!!!!!」


 一気に――放出した。レジーナに方向を集中して、全力の「声」を。


 無意識下で感情を爆発させて放つ「音弾」には遠く威力は及ばないが、レエテは、歴戦を重ねて戦闘センスが成長し続けている。声に指向性を与え、レジーナに向けて音波の集中した攻撃は、甚大な被害を彼女にあたえた。


「う……あ……!!」


 大音量で一気に脳を揺さぶられ、特に脳幹と小脳にダメージを受けたレジーナは意識を失い、目を閉じて崩れ落ちるように身体を倒れさせた。

 

 フレアもそうだが、一般に魔導士は――魔導発動の瞬間、神経が通常の数倍鋭敏になるため、この時に音の強撃を喰らえばひとたまりもないという事実。これを瞬間の記憶から手繰り寄せ気づき、攻撃に活かしたのだ。


 これを見たシエイエスは、即座にレエテに呼びかけた。


「よくやった! レエテ! 行くぞ、もはや一刻の猶予もない。俺たちはすでに申し開きもできず、将軍の関係者として狙われる身となった。時間も惜しい。すぐに皆を連れてリーランドを脱出するぞ!

将軍……おそらくもう、お会いすることはないでしょうが――。自身の定めに決着を付けられることを望みます」


 そしてレエテも、鋭い一睨みの後、ラ=ファイエットに云った。


「ラ=ファイエット将軍。私個人としては、あなたの大罪からの逃避を決して許さない。今は命を拾うだろうが、必ず罪を贖う行為を成し遂げ、『しかるべき』決着を決断することを望みたい。私は寿命いくばくもない身の上だし他人のことを云えない立場なのは百も承知だが、もしものうのうとあなたが生きているのを見つければ、必ず厳しく問いただすことになる」


 ラ=ファイエットは、固く両目を閉じ、それに応えた。


「その言葉、重く受け止めるよ、レエテ。私も、もはや正体を暴露されてしまった以上、己の軍属に戻ることはかなわない。我が軍に詫びと退却勧告をした後、単独で目的を遂げるつもりだ。

悪いが今の私にとって、最大の優先項は公爵殿下および王女殿下のご意思に従うこと。その上で、罪を贖う最大限の努力を模索することを誓う――。さらばだ、お主らの健闘を祈る!!!」


 云うや否や、ラ=ファイエットは側面にあった窓を破り――破片を飛び散らせつつ屋外へと飛び出していった。


 一度、一瞥を投げかけたレエテだったが――。すぐに、仲間のもとへと、シエイエスとともに走り出して行った。



 *


 報せを受けた一行は、即座に脱出の準備を終え、行動していた。歴戦の経験は伊達ではなく、常に不測の事態に対応する意識と準備が出来ているのだ。

 

 完全武装で、ドラギグニャッツオを手にしたホルストースは、レエテに歩み寄り云った。


「レエテ。どうやらこの前の云い争いの件は、俺の完敗みてえだな……! 見事だぜ。ここまでシエイエスの野郎を立ち直らせるとはよ! さすがだ」


「ふふ……私の信念でしたことの結果論だけどね。私も正直あのときは凄くあなたに腹が立ってて、何とか見返したいって気持ちもあったから良かったかな。でも……心配してくれてありがとう、ホルストース」


「なあに。それよりも……『右足』は、大丈夫なのか……? 心なしか、貌色が悪りいし汗も出てんぜ。とんでもなく……痛てえんじゃねえのか? 何かあったら、お前の小指を叩き切った俺の責任で、夢見が悪りいぜ」


「大丈夫よ、そんなことにはならない。正直痛くて倒れそうで、やせ我慢ではあるけど――。私、頑張れるわ。……だって……」


 貌を赤らめて身をよじらせるレエテに、その精神力に感服しつつホルストースは肩をすくめた。


「だって、私には愛しのシエイエスがいるから、てか? 全く、相変わらず仲が良すぎて妬けるねえ、おたくらは。気をつけろよ。お前は別嬪さでは大陸一といって差し支えねえ。他の男もそうだし――。ここだけの話、俺だっていつトチ狂っちまうかわかんねえんだからな――あああ!!! いててて!!! いてえって!!!」


 悲鳴を上げるホルストースの手の甲を全力でつねっているのは――他ならぬ彼の恋人ナユタだった。


「このスケベ男は!! ちょっと目を離すとこれだ。レエテ。悪いけどあんたには渡さないよ。こいつは今、あたしの管理下にあるからねえ」


 レエテは、たじたじで作り笑いをしながら後ずさる。


「あはは……ナユタ。そんな怖い目で私を見ないで。大丈夫よ、私のほうは。ホルストース次第、だと思うから……」


「レエテ……そのセリフ、この状況のフォローに、なってねえぜ……」


 仲の良さではあなたたちも負けてないでしょ、と内心思うレエテだった。


 その直後、部屋から俊敏に出てきたルーミスとキャティシア。ルーミスがすばやくシエイエスに問う。


「兄さん! 良かった……立ち直ってくれて。

早速ですまないが、ここでのオレたちの行動は? その後、何処を目指したらいい?」


 弟の、自分を心配する言葉と的確な質問に、笑顔で返すシエイエス。


「心配をかけてすまない。ルーミス、それに皆。俺はもう、大丈夫だ。

ここでの行動、だが――。まず俺たちが目指すべきは、警備の最も手薄な南門だ。そこに至るには弓兵に対する不利を解消するためにも、建物の屋根や城壁を移動する。建造物をつたって移動し続け、敵の殺傷は最低限にしろ。南門の手前には厩舎がある。ナユタ。お前の強大な魔導で扉ないし壁を破壊しろ。出てきた馬を我々は確保する。ナユタは、レエテと同じ馬に相乗りしろ。

今回はホルストース――。お前に、殿(しんがり)を任せたいと思うのだが、良いか?」


 先日とは別人といえる、エネルギーに満ちた視線をホルストースに真っ直ぐに向けるシエイエス。


 目を閉じて笑ったホルストースは、応えた。


「おいおい、危険で責任重大な役じゃねえか。この間殴られた仕返し、てわけじゃああるめえな、シエイエス?」


「フフ……あるいは、そうかもしれんぞ、ホルストース。いずれにせよお前の力を信用できなれば冗談でも出せない話だということは、分かってもらえるな? よろしく頼んだぞ。

脱出に成功したら――。皆一路、東を目指せ。国境を越え、隣国カンヌドーリア公国に入ることを当面の目標とする。そしてそこにおわす、オファニミス王女と接触をはかる」


「……いいぜ、おもしれえ。皆、大船に乗った気で、後ろを気にせず全力で逃走に集中してくれよ。ある意味、俺がもっとも適任かもしれねえぜ。手段を選ばずに仲間を逃がす役。選ばねえ、てことは――。どんな相手だろうが容赦はしねえ、て非情さが必要になるだろうからな。

さあ、そうと決まったら行こうぜ。今やこの大陸一の戦乱のるつぼになる地獄へよ。せいぜい、サタナエルの悪魔どもを排除して、死人を最小限に減らし事態をスパッと解決してやろうぜえ!!!」

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