第十六話 永世中立国リーランド(Ⅲ) ~ 罪深き魔将
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「――師団長!! レイモンド師団長!!! お気は確かですか!!??
諫言いたします。このような前代未聞の蛮行、今すぐにでも思いとどまっていただきたい!!」
「私は正気であるし、翻意する意志は持たぬし、己の行為を蛮行などとも思っておらん。
プロスティア派などという、ハーミアでも異端中の異端を信仰するこの地。やはりその邪さゆえの腐った性根が明らかとなった今、奴らを徹底的に浄化すべきであるという神の思し召しを、私は実行するというにすぎん」
「たしかに、彼らの一部の過激な集団が、テロリズムによる反乱を企てたことは事実。法王庁ならびにエストガレス王家への反目を実行に移したことは罪にあたる。しかしそれを理由に、彼らと同じプロスティア派に属するリーランドの民を皆殺しにしようとするのは、狂気の沙汰でしかありませぬ!
歴史に名を残す大罪人となるのを忌むのであれば、すぐにお考え直しを!!!」
「そうか、残念だ……。貴様も、奴らに影響された“穢れ”の存在に過ぎぬか。
貴様ら。この異端者をひっ捕らえよ。リーランドの者ども同様、聖架での火刑に処す。
このエストガレス南部方面師団長、ルーディ・レイモンドは偉大なハーミアの代弁者にして第一の下僕。その行為を阻む者は等しく、神への反逆者であると心得よ」
「狂信者め――!! 呪われるがいい、末代まで! 貴様の蛮行、必ずや神は正しい意志のもと裁いてくださる――!」
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都市の中を逃げ惑う人間の悲鳴――。愛するものを失った慟哭。
軍隊の力を悪用した、10万もの一般市民への一方的な大虐殺。
大地も街路も建物も、血の色一色に染まり――。それを吸い上げたかのような異様に濃い紅蓮の炎が覆い尽くす広大な街並み。
地獄だ――。まさに。これが、この私自身のたった一つの命令によって出現してしまったのだ。
人類史上稀にみる大犯罪の行い、によって。
「――ルーディ・レイモンド……!!! わたくしは、卑しい悪魔の貌を決して忘れぬ。この生命は失っても、決して消えぬ怨嗟の炎をこの世に残す!!!
我が伯父リーランド伯、伯弟である我が父、母を無残にも処刑し殺したおぞましい蛮行は、大陸の歴史に永遠に刻まれる!!! 呪われろ!!! 必ずや下される正しき神の裁きによって、地獄へ堕ちるがいい!!!!」
「恐ろしいですな、レジーナ姫……。そのうら若き身空で発することのできるような言葉とも思えませぬ。やはり、貴殿らミルム伯爵家は呪われた一家。神の意志により断罪されるに相応しい。
中でも、“虹揚羽”の異名をとる魔導士である貴方は、特段に罪深き異端の存在のようだ。
今は利用価値があるゆえ生きていていただきますが、後のち華々しい斬首の場をご用意したしましょう……」
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「探せ!!! 必ずこの辺りに居るはずだ!! エストガレス、いや大陸始まって以来の恥知らずの大罪人、ルーディ・レイモンドの身柄を必ず拘束するのだ!!!」
一転――私は追い殺す側から、追われ殺される身になった。
それまでは事なかれ主義で目をつぶっていた君主アルテマス国王。カンヌドーリア公爵が彼を脅迫しつつ説得し、ついに私を切り捨て断罪せざるを得なくなったのだ。
かつての部下にまで追われ、ついに一人になって逃亡する身となった。
そして彼らの会話で、知った。我が最愛の妻エミリアと娘ルシーダが捕らえられ、処刑されたと。
あまりに重い罪の裁きを国際社会に納得させるため、一族郎党をも対象にしたのだと。
「ううっ……エミリア、ルシーダ……! 何て、何てことなんだ……。私の行いのすべては、お前達のためだったのに……! 愛するお前達を死なせた私の行いは――その尽くが巨大なる過ちであったのか!! 私は、私の命でも賄えぬ罪を犯したということなのか。私は、私はどうしたら――!!!」
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「―――――ここは――?」
私が目覚めたのは、薄暗い地下の一室、巨大で冷たい台の上だった。
意識を取り戻し、身を起こすと――己の身体の異変に気がついた。
手も足も、ひどく短い。触ってみると、貌の感触も全く違う。骨格から、まるで別人であるかのようだ。
戸惑い視線を上げた先に――あの方は、居られたのだ。まだ十代の若さの、あの方が。
「気がついたか? 虐殺の大罪人、南部方面師団長ルーディ・レイモンド。お主は一週間の間、眠っておった。
いや、眠らせていたと云った方が正確ではある。エグゼビア公国国境付近で、死にかけたお主を運良く保護できた余は――。お主を救う唯一の手立てを、施しておったのだ。
まあ名乗る必要はないだろうが――余はファルブルク公爵、ダレン=ジョスパンだ」
「――公爵殿下。貴方は、私に一体何を――」
「具体的には、声を変え、貌を整形し、長身のお主の身体を短躯に作り変えた。そして――ある程度身体能力を向上させておる。
余はかねてより、魔導や法力を駆使した人体改造の研究を進めておってな。今や殺しても問題のないお主は良い実験台であったという訳だ。強いお主の肉体のおかげで、これほどまでの成功を得ることができ、余は感謝しておる。
よってお主を救おう。レイモンド。もう誰一人、外見からお主を判別することはできぬ。お主には、記憶喪失の軍人、という身分と、新しい名前を用意させてもらった。あとは自由にするがよい。罪の意識に耐えられぬのなら、死ぬのも自由だ。
今日からお主の名は、ラ=ファイエット。シャルロウ・ラ=ファイエットだ――」
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深い、深い――自分の忌まわしい過去をたどる想念の中に沈んでいたラ=ファイエット。
ラームッド城自室内で椅子に腰掛け、両目を閉じていた彼は、突如ドアをノックする音でその目を開けた。
立ち上がり、ドアを開けると――。予想通り、レエテとシエイエス――ラ=ファイエット自身が招いた賓客がそこに立っていたのだった。
「おお、レエテ、シエイエス。よく来てくれた。さあ、中に入ってくれ。大したもてなしはできぬが、話をさせていただけるとありがたい」
「――失礼する。将軍」
レエテとシエイエスは、入室し、勧められるままソファに並んで腰掛けた。
ラ=ファイエットは椅子に腰掛け、テーブルの上に用意してあった上等な葡萄酒の口を開け、杯に注ぐ。それを二人に勧めつつ、口を開いた。
「さて、まずはシエイエス。ヴァルーサで会って以来であるな。
昨日会ったときは、何があったかは知らぬがすっかり腑抜けている様子だったが、どうにか元に戻ったようだな?」
「ええ、将軍。ここにいる、レエテのおかげです。
俺が昨日まであの体たらくだったのは――。ラペディア村の殺戮者であるカルカブリーナ・サタナエルと、シオン・ファルファレッロがミラオン村に現れ――。俺を追い詰めるためにあの惨劇の再現を行ったことが主な原因」
「……!」
「将軍も、ここに王都より敗走してきたとのこと。何があったのかは、おおよそ察しています。
我々もドミトゥス『国王』の手による軍勢の襲撃を受け撃退していますのでね。
知っていたら……教えていただきたいが、オファニミス王女は今いずこに?」
「直接知っているわけではないが、カンヌドーリア公国におわすのは間違いない。おわさなければ、もうご存命ではないことになる。殿下を守らねばならなかった私の身としては胸が引き裂かれるが――ゼノンめが逃しているであろうと見てはおる」
そして、レエテの方を向き直るラ=ファイエット。
「レエテ。お主の壮絶なる身の上は、聞き及んでおる。そしてその復讐を遂げるため地獄をくぐりぬけ――。サタナエルの戦力の半分近くを、現実に壊滅させてきた。
私はそれに感服し、大きく心を揺さぶられた。私は――過去にあまりにも大きな罪を犯し、その贖罪のため、この10年生きてきた。善行を積んできたつもりだが――サタナエルに支配され逆らうことの許されないこの大陸で、それは真の意味ではなく常に欺瞞となる。個人でいくら善を行おうが、国家安寧のために最終的には奴らの云いなりにならざるを得ず、台無しとなる。ようやく奴らと戦うに至っている己の身を、強く恥じているところだ。
だからこそ、聞いてもらいたい。お主と、シエイエスに。この私の真実と、懺悔について」
そして、ラ=ファイエットは、告白を始めた。
「10年前以前の記憶を失った軍人、シャルロウ・ラ=ファイエットは、私の仮そめの姿。
私の本当の名は――元エストガレス南部方面師団長、ルーディ・レイモンドだ」
その名を聞いたシエイエスは――驚愕のあまり息を呑み、勢いよく身を乗り出した。
そして、大声を上げそうになるのを思いとどまって抑え、周囲を警戒し小声で言葉を返した。
「あの――『リーランドの大虐殺』を引き起こした大罪人――? どういう、ことです?」
「お前も、レイモンド、すなわち私がそれに及んだ経緯、理由は聞き及んでいよう」
「それは――ひととおりは。
レイモンドは病弱の妻と娘を持ち、その救済を求め狂信的ハーミア信徒となった。法王庁に深く帰依してもいた彼は、庁の集権体制や教義を強く批判し原理主義を提唱する『プロスティア派』を強く憎んだ。プロスティア派の総本山であるリーランドを常から目の敵にし、ある大規模なテロリズムが王都で発生したことを機に行動に出た。威嚇と調査のためと、自らの師団で出陣。リーランドに奇襲をかけ、リーランド伯と伯弟夫妻を捕らえ処刑。数万の無辜の民を容赦なく虐殺した――と」
それを聞いたラ=ファイエットは、険しい表情で頷き、その先の話を引き取った。
カンヌドーリア公爵の糾弾により、しぶしぶながら彼の断罪に動いた祖国によって妻子を処刑され、自らも追われてその大罪を自覚するに至ったこと。
逃亡の末に行き倒れ、運良くダレン=ジョスパンに拾われることになった事実。
そして――彼の研究の実験台となり、全くの別人となって生まれ変わったことを。
それらの事実に――シエイエスは、驚愕に目を見開き、衝撃に首を振っていたが、隣のレエテは険しい表情で鋭い視線をラ=ファイエットに向けていた。その視線には、憤怒と嫌悪の感情が宿っていた。彼女はその強い正義感から、一言発さずにはいられなかった。
「ラ=ファイエット将軍。奥方と令嬢のことは気の毒だと思うけれど、私はそれだけの大罪を犯したあなたが許されるべきだとは到底思えない。
リーランドの女性も子供も、容赦なく虐殺したのでしょう? それも何万人も? 私がもしそれをされた当事者だったら、命を捨てて復讐のために、あなたを魂までも殺しに行くでしょうね。
レジーナ議長はまさにその当事者で、あなたは当時忌まわしい言葉を交わしてもいる。罪を犯した同じ場所、相手の前に再び――別人になって素知らぬふりをして現れることのできるその神経を疑うわ。
包み隠さず私の気持ちをいえば、あなたは今すぐにでもレジーナ議長の前に行って自分の首をはね、過去の大罪を詫びるべきよ。正直、今私がここで彼女に代わってあなたの首をはねたい位の気持ちだわ」
気持ちを言葉で表すうちにどんどん義憤が募り、貌を紅潮させ口調も厳しくなるレエテ。
抑えてはいるが復讐者の身として、自分のことのように怒りが噴出しているようだ。
ラ=ファイエットは神妙な面持ちで、それに言葉を返した。
「お主の云うことは正しく、返す言葉もない。瀕死の部下を救うためにはリーランドしか頼る場所がなかったとはいえ、ここに戻ってくるべきでないとは思っている。事実、足を踏み入れた瞬間身体があまりの罪の意識に震えた。正気を失うかとも思った。
だが――私が死でなく生を選択したのは、私一人死んだだけでは到底罪を贖えないと思ったからだ。だからこそ精一杯他者を救うために生きてきたし、リーランドには常に陰ながら脅威を取り除いたり、援助したりして尽くしてきたつもりだ。そして期せずして内戦の状況となった今、私の選択は間違っていなかったと感じる。私にしかできぬ最後の奉公を果たし、その後命の定めを終えるつもりだ」
そしてまっすぐレエテを見て、云った。
「お主をこうして呼んだのは――。贖罪の一環として、私が知っている限りのサタナエルの情報、それも最も良く知るゼノンの情報をお主に伝えたいと思ったからだ。頼める義理ではないが、エストガレスからサタナエルを払うことに協力してもらいたいのだ。お主とお主の仲間達ならば必ず――」
しかしラ=ファイエットの言葉は――ノックもなく猛然とドアを開けるその音で、中断させられた。
蝶番が外れんばかりの勢いでドアを開けてきたのは――。
元伯爵家令嬢、現リーランド国議長、“虹揚羽”レジーナ・ミルムその人だった。
その様相は、昨日までの明晰で気さくで魅力的な女性と、同一のものではなかった。
貌中に血管を浮き上がらせ、目を剥き、血のにじみ出るほどに歯ぎしりをする鬼。まさに悪鬼羅刹のものだった。
「今朝方ね――書状が、届いたんだ。
国王を名乗った、王都のドミトゥスから、わたくし宛だった。親書じゃあ、ないよ。密告さ。
そこに一体、何が書いてあったと思う?
貴様の、正体についてさ。シャルロウ・ラ=ファイエット――いや。
悪魔、ルーディ・レイモンド!!!! 貴様の正体についてだよ!!!!
許さない――よくものうのうと再び、我がリーランドに現れてくれたなあ!!!!
殺してやる!!!! 今こそこの手で我が伯爵家の恨み――晴らしてくれる!!! その身を引き裂いてくれるわあああ!!!!!」




