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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第十五話 永世中立国リーランド(Ⅱ) ~師弟の再会と、女の覚悟

 凛と響き渡る、澄んだレエテの大声に、城壁上の兵士たちが一斉に彼女の方を注視した。



 そして何やら騒然とした雰囲気となり、そのまま待つこと15分ほど。



 城壁上に変化が現れ、多くの取り巻きを伴った一人の人物がそこに姿を見せた。


 遠目ではあるが、その放つ雰囲気や存在感の強さは十分に感じられ、レエテにはこの人物こそが目的の相手であることを確信させた。


 その人物は一旦城壁上から姿を消し、5分ほどの間を置いて、巨大な機械音が響いたかと思うと――。

 跳ね橋がゆっくりと、下がり始めたのだ。


 轟音を上げて、長さ30m、幅10mほどの跳ね橋は下がりきった。そしてラームッドの北門と街道をつなぐ、一つの道となった。



 レエテら一行が馬でそこに歩みを進めると、跳ね橋の向こうから件の人物が近づいてくるのが見えた。


 重装鎧の兵士20人ほどに取り囲まれたその人物は、女性であった。


 一見して目を引くのは、鮮やかな黄緑色を基調としたその衣装。

 魔導士のローブの形態をとってはいるが、黒と金のレリーフによる装飾が施され、身につけた宝石類のアクセサリーと相まって高貴な印象を見る者に与える。

 

 衣装に包まれた女性自身は、おそらく年齢20代後半と思われた。

 160cmあるかないかという、中背より若干小柄な背丈だが、細身かつ女性的な柔らかさに満ちたスタイルは魅力を感じさせる。

 仲々に、美しい容貌だ。燃えるような長い黒赤毛を金の髪留めで後ろにひっつめ、若干の前髪を長く貌にたらす。貌はややきつめの、造りの細い貌立ち。しかしきめ細かな白い肌、好奇心に満ちた翡翠色の双眸は高い知性を感じさせ、魅力的であった。


 女性はレエテの姿を上から下までしげしげと眺め、感動を含んだ驚愕の表情で口を開いた。


「うわっ本物だ……!! すげー……! あっ……コホン、いや失礼。

わたくしは、当リーランド自治国の議長を務める、レジーナ・ミルムと申す者。

“血の戦女神”レエテ・サタナエル。貴殿のお話はかねがね耳にしている。一度、ぜひともお会いしたいと願っていた。それが叶ってまことに幸甚」


 居住まいを正し、議長レジーナは続けた。


「我が国リーランドは、他国との貿易は存在するものの、正式に国と認められてはいない。

それは、ご存知のことと思うが我が国が絶対の永世中立を宣言するがゆえだ。

かつて、エストガレスの悪魔によって危機に瀕し、カンヌドーリアを除いて傍観を決め込まれた過去があるがために。国家の軍勢や密使を受け入れることは決してないが、貴殿はそれらと無関係であることが証明されているゆえ、無条件で迎え入れよう。お連れの方々ともども、付いてこられよ。馬はそこに置いてこられて構わない」


 こちらの自己紹介を待たずして、さっさと背を向けて歩きだしてしまったレジーナに対し、レエテは慌てて馬を降りた。シエイエスに降りるよう促し、仲間にも声をかけた。一行はここで馬を降り、徒歩でレジーナの後を追ったのだった。


 早足でレジーナに追いついたレエテは、どうにか声をかけた。


「――レジーナ議長。お礼を云わせていただきたい。私はレエテ・サタナエル。入都を許可いただき、大変感謝している」


「――ああ、いい、いい。もう儀礼は十分。普通に喋ってもらって良いよ。我が国は皇国でも王国でもない。わたくしが拝命しているのも、身分でも位でもない役職にすぎない。全ての人間が平等で物事は多数決で決める。それがリーランドの流儀なのでね」


 そのような会話をかわすうち、石畳の街路を歩いた先にあった、そびえ立つ城郭の前に彼女らは辿り着いた。


「ここが、我が城ラームッド城。今は爵位などは廃止してるが、エストガレスの伯爵だった我が伯父の形見ゆえに城兼議会場として残しているんだ。しばらくは、ここに滞在してもらったらいい。そして、あなたの武勇伝をわたくしに聞かせてくれたらありがたいな」


 そして門をくぐり、城内に足を踏み入れ歩き続ける一行。


 行き交う人間たちは、皆一様にレエテらをしげしげと盗み見た。すでに容姿の知れ渡った彼女らは大陸一の有名人。見るなというほうが無理というものだった。



 その中の一人に――只ならぬ雰囲気を感じて、レエテは思わず目を見開いて向き直った。


 数十m先から歩いてくるその姿。騎士の男だ。160cmそこそこという短躯であるものの、あまりに異常な付き方の岩のごとき筋肉。

 光り輝く、明らかに最上位の騎士のものと思われる鎧。背中の、折り畳まれた三節の斧槍(ハルバート)

 美男子ではないが、あまりに印象的な、きわめて彫りの深い貌立ち。


 何よりも――隠されてはいるが、サタナエル将鬼と見紛うばかりの、魔の領域とさえいえる闘気と殺気。それは、こちらをレエテ一行と認識した瞬間、こちらにのみ発されている物騒なる、「氣」だ。


 彼を認識した瞬間――。レエテの横にいたシエイエスに、目に見えて急激な変化が訪れた。

 冷や汗を流しながら目を見開き、ごく低い、低い声で彼の良く知るその名をつぶやく。


「……ラ=ファイエット……!!」


「おや? 彼と知り合いなのかい? そう彼はかの有名な“流星将”、エストガレス王国のラ=ファイエット元帥。

つい昨日、戦乱の只中にあったローザンヌから敗走してきた。本来なら、エストガレスやローザンヌなどがどうなろうと我が国の知ったことではないし、軍勢にも一切の援助はしないんだが――。あまりにひどい負傷の兵士ばかりなので、国境付近に駐留してもらい、ひとまず援助物資の供給を行う協議のためにここへ来てもらってたんだ」


 シエイエスの言葉を耳にしたレジーナが説明する。

 ラ=ファイエットは剛毅で小気味よい足音を立てながら、笑顔でレエテに近づいてきた。


 そして右手を差し出し、声をかけてきた。


「お目にかかれて光栄だ、レエテ・サタナエル。噂はかねがね。ご紹介に預かったとおり、私はエストガレスの元帥、シャルロウ・ラ=ファイエット。

私は今、人生で1,2を争う巨大な試練の只中に居るが――。そんな中で貴殿に会える幸運に恵まれようとはな。できれば、少しで良いので話がしたい。今はお疲れであろうゆえ、明日の朝明けてからでも良いから、我が居室まで来てもらえぬだろうか?

……そちらの何やら悩み深そうな、私の旧知の男とぜひとも二人で、な」


 ――レエテも、ラ=ファイエットのことは当のシエイエスからも、遺跡で一緒だったシェリーディアからも良く聞いている。シエイエスの恩人にして恩師。そして自身の身柄を狙うダレン=ジョスパンの、随一の下僕たる男。

 自身を狙っての策略である可能性は高いものの、追い詰められたこの状況ではその限りではないかも知れない。何よりも、レエテがその身元を探すオファニミス王女の消息を知っている可能性が高いことが、彼女に決意をさせた。


 レエテは微笑んでラ=ファイエットの右手を握り返し、言葉を返した。


「こちらこそ、お会いできて光栄だ、ラ=ファイエット将軍。お誘いも、ありがたい。喜んで、こちらのシエイエスと二人でそちらにお邪魔させていただく」


「僥倖。楽しみにお待ちいたしておる」


 短く返礼すると、ラ=ファイエットは手を振りながらその場を後にしていった。


 

 その後レジーナに案内され、居室に通された一行。


 その後、全員が招待された晩餐も振る舞われた。さすがは穀倉地帯。急ごしらえとは思えぬ豪勢な料理と酒に一行は舌鼓をうち、招待主のレジーナもレエテから様々な話を聞き出すことができて非常に満足した様子であった。


 

 そしてそれぞれの居室に戻った一行。


 レエテの希望で同室に入っているシエイエスも、椅子に腰掛けてうなだれていた。


 ラ=ファイエットとの思わぬ再会という出来事はあったものの、ミラオン村での惨事、その罪過の苦悩を引きずり続ける彼。

 ホルストースに、云われるまでもない。どうにか立ち直らなければならないと誰より理解しているのは、他ならぬシエイエス自身だ。かつてセルシェ村でレエテに偉そうに説いておきながら、自分自身が感じた罪の意識に押し潰されてしまっている体たらく。レエテにも皆にも、貌向けできない。


 そんなことを考えているうち、部屋のドアが開き、レエテが入ってきた。


 シエイエスに目を向けて微笑み、そのまま歩いて天蓋付きの大きなベッドに腰をかける。


「気分はどうかしら、シエイエス。すごいわね、この部屋……。きっと一番大事な客人を迎え入れるための特別な部屋なんだわ。大国の貴人であるラ=ファイエットよりも良い部屋に泊まれるなんて、そんなことでも彼に勝てるのは、多少気分良くない?」


 酔いも回っているのか、冗談めかして肩をすくめるレエテ。予想通りシエイエスの反応がないのを見極め、彼女は豊かな胸の谷の間にしまっていた、小さなあるものを取り出した。


 シエイエスはそれを見て、目を見開いた。


 それは、幅1cm、長さ3cmほどのサイズの、黒光りする鉱石の結晶のようなもの。


 見慣れているシエイエスには、分かる。これは――。

 レエテの結晶手の、一部。おそらくは、小指の先を切り取ったもの。


「な、何を――レエテ?」


「驚いた? 今ナユタたちの部屋に行ってきて、ホルストースにドラギグニャッツオを使って切り取ってもらったの。同じ硬さの自分の結晶手だとうまくできなくて……。

心配しないで。今小指はないけど、それ自体は直ぐに再生するわ」

 

「……っ!」


「私がこれをどうするつもりなのか、気になるでしょう? ……いくわよ、よく見ていて」


 宣言するとレエテは静かに右足に履いたブーツを脱ぎ始めた。


 露わになった素足に向けて、出現させた右手の結晶手で、足の甲に深く切り込みを入れる。


 切れた動脈から血が吹き出し、苦痛に貌を歪めるレエテ。


「何をするんだ、レエテ! 気でも――触れたのか?」


「……やっと、ちゃんと喋ってくれた。嬉しい。でも、まだ終わっていないのよ。これからが――本番!」


 云うとレエテは、左手に持った自分の結晶化した小指を、右足の甲の赤黒く巨大な傷の中に、思い切りねじ込み始めた。


 より出血が激しくなるのも構わず、結晶を完全に右足の中に押し込んでしまった。


 そして傷を塞ぐように、強く右手で押さえつける。


「ぐっ――うううううう! ううう……!!! ああああ!!!」


 痛い。おそらく想像を絶する苦痛とは思っていたが、それよりも数段上の激痛だ。


 それでも、レエテは傷を押さえるのをやめない。急激に元通りに再生しようとする足の細胞が、結晶に邪魔をされて剥き出しの神経を触れさせ、痛みを生み出しているのだ。


「レエテ! ――レエテ!!」


 完全に椅子から立ち上がり、レエテの元にかけよるシエイエス。


 レエテは震えて脂汗を流しながらも、ニコリと笑ってシエイエスに言葉を返した。


「これはね……私の、“決意”よ……シエイエス」


「……」


「グラン=ティフェレト遺跡で、私はシェリーディアから聞いた……。彼女の主ダレン=ジョスパンが研究の末に得た仮説によると、私たちサタナエル一族の結晶手は、他の肉体的特徴と違って後から埋め込まれて遺伝するようになったものだろうって……。なら今からでも――足でも身体でも、結晶にできるんじゃないかって……。それ以来、考えていた。私の蹴り技を、より強力な武器にしようって……っ!!」


 痛みの波が襲ってきて、目を閉じて数秒耐えるレエテ。そしてやや持ち直すと、続けた。


「足の筋力は大きな武器。遺跡で戦ったセリオス・イルマから学んだ。それに防御でではあるけど、あのレヴィアタークの戦鎚の強撃を、私は蹴りで止めることができた……。この力は生かさなければならない。今よりもっともっと強くならなきゃ、とても“魔人”ヴェルになんて……勝つことはできない。そのためにも私は、得る決意をしたの。

“結晶足”、をね……」


「“結晶足”……」


「そう、私は……これからこの足も武器に、闘い続ける。

結晶を埋め込んだこの足で鍛錬に鍛錬を重ね、ゼノンや、ロブ=ハルスと闘う。足の細胞に負荷や攻撃性を叩き込み、必ず、“結晶足”を表出させて見せる。必ず……マイエや家族を殺した、ヴェルと将鬼を皆殺しにしてみせる。一度は心揺さぶられたけれど、私にとって何より一番大事なのは……この、『復讐』。……そうよ、『復讐』。これ以上のものは、ない。改めて私が得た、決意」


「レエテ……!」


「……でも……痛い。痛いわ……シエイエス。これから、どの位これが続くのかわからない。誰もやったことがない試みだから。成功するかもわからないこの痛みに、耐え続けなきゃならない。

お願いよ……私の、心の支えに、なって。あなたがいればきっと、耐えられる……。どうか私に、痛みを忘れられるくらいの幸せな気持ちを……ちょうだい。愛してるわ……シエイエス……」


 そして苦悶の表情のまま、自分を抱きかかえてきたシエイエスに向けて、目を閉じて唇を差し出した。


 シエイエスは――心底、己の心の小ささを、恥じた。

 

 そうだ。自分の愛するこの女性は――自分など比べ物にならないほどの重い宿命を背負っている。そして表には出さないが、それに立ち向かうべく常に悩み、新たな覚悟を持ち続けているのだ。


 それは、いっそ死んでしまった方が何十倍も楽な、この世で最も過酷な茨の道。


 自分は、それを支える決意をしたのではなかったか。自分の全てを捧げようと思ったのではなかったか。

 己個人の想念に逃げ込んでいる暇など、一寸もありはしない。

 彼女を守らなければ。不安になど、させはしない。


「レエテ……。レエテ……! すまない、本当に俺が馬鹿だった。お前がこんなにも悩み苦しんでいたのに俺は……。

もう自分のことでお前に迷惑はかけない。約束する。死んでもお前を守る。痛みや苦しみからも守って見せる。幸せにしてみせる。俺もお前を――心から、愛しているから――!」


 そしてレエテの唇を奪い、身体を強く抱きしめた。突き上げる愛情に駆られたレエテも、傷から手を放し抱きしめ返してきた。


 傷からは出血が続いていたが、レエテの貌は、満ち足りた幸せに満ちていたのだった――。

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