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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第十一話 地獄の王都(Ⅱ)~王女の試練

 予定通りやってきた来訪者に対し、もちろんオファニミスは返事などしない。


 言葉を返すのも嫌だったし、無言であればすなわち返事は「是」であるのは明白だからだ。


「……なるほど、分かった。入るよ」


 錠前を鍵で外し、入室するゼノン。


 彼に背を向けて枕に貌をうずめるオファニミス。その余りに瑞々しい、白く細く美しい背中から尻のラインに、すかさずゼノンの目は向いた。

 邪に濡れた両眼を妖しく光らせる彼。しかし同じ将鬼のロブ=ハルスなどと異なり、己の職務を前に、欲望に溺れ道を誤ることなど決してない。


 ゼノンは凶悪極まる狂人だが、強すぎる信仰心と使命感自体は本物――それが正しいか否かは別として――であり、組織の誰よりも強い。


「……オファニミス。君は、ここを出て生き延びるんだ。そして僕の考える、ある目的を果たしてもらいたいんだ。極めて察しのいい君なら、もう分かっているね?」


 オファニミスはゆっくりと身を起こし、横目でゼノンを睨みつけた。


 この世に生まれ落ちて後、無邪気さと他者への慈愛しか見せたことのなかったオファニミスが、おそらく初めて見せるであろう嫌悪と侮蔑と怨嗟に満ちた目。


 今まさに人生最大の試練が訪れているオファニミスの中でも、何かが大きく変わろうとしているようだった。


「同情の猫撫で声で懐柔しようとせず、単刀直入に悪巧みの詳細を話す。その位には、わたくしのことを理解し認めていただいているのはありがたいですわね」


「当然だよ。君ほどの恐るべき頭脳の持ち主に、バカな女と同じ手が通用すると考えるような僕だと思うのかい? どうせ見抜かれるなら、最初から全てを話すさ」


「よろしい。まず貴方の目論見は、お兄さま――いえ、『僭王』ドミトゥスとわたくしを二大旗頭にし、王国を真っ二つにして対立させ、その力を完全に奪うことですね?」


「ご明答」


「貴方がわたくしをここから逃がそうとしているのは、わたくしの旗に集ってくれる諸侯、将軍らの勢力を結集して欲しいから。そしてその拠点に最適と考えるのが――。大陸有数の慈悲ある偉大な為政者であり、わたくしの理解者でもあらせられる、フェルドリック・カンヌドーリア公爵率いるカンヌドーリア公国」


「全くもって、その通り」


「ダレン=ジョスパン公爵では、王国内の人望を考えると人が集まらぬし、大義を失う。その腹心中の腹心とされるラ=ファイエット元帥もまた同様。あくまで王国の主力同士が、臣民全てを巻き込んで対立する『内戦』の様相を呈さなければならない。だから私の両名への合流を、貴方がたは全力で阻止する。そうされては困るから。一個人で十分に戦局を左右しうる彼らと手を携えられては。そういうことなのですね?」


 ゼノンは、恍惚とさえいえる満足の笑みで口元をだらしなくほころばせ、拍手をしながら言葉を返した。


「すばらしい……! 本当にすばらしいよ、オファニミス。それだけの的確な結論に至る深く鋭い考察、見事というほかない。

加えて傑作なのは、あんな必死に自分の実力を君に隠していた公爵殿下が、とっくにそれを君に見抜かれていたことだね。君にかかると、あの化け物ですら可愛く見えるから恐れ入る」


 オファニミスは大仰な身振りで話すゼノンの様子を見、口元に蔑む笑いを浮かべて云った。


「本当に貴方が恐れ入っているのはわたくしではなくて――ダレンお従兄さま、でしょう?」


「……!」


「そんなにも、怖いのですね……。それが分かってわたくし、とても満足です。

そう、お従兄さまは、世界最高の戦略家であり、世界最強の男。貴方ごときが太刀打ちできる相手ではない。

見ているとよろしいわ。貴方がいかに妨害を仕掛けてこようが、わたくしは必ずお従兄さまと、ラ=ファイエットの元へ行く。そしてお二人と必ず、貴方がたサタナエルを滅ぼし、我が王国を守ってみせる」


 その力強い、己を挑発する言葉に、初めて憤怒に貌を歪めるゼノン。


 オファニミスにとっては、自分の貌を殴られようが、殺されようが構わないという覚悟で放った言葉だった。


 しかしゼノンが感情を顕にしたのは、ほんの一瞬だった。

 すぐに普段どおりの飄々とした表情に戻り、肩をすくめて言葉を継いだ。

 これにはオファニミスも、この男の鉄の自制心と、揺るぎない精神力については驚嘆せざるを得なかった。


「やれやれ――! 改めてよく分かったよ。君の公爵殿下への熱愛ぶりについてはね!

だが残念だったね。 世界最高の戦略家、世界最強の男。その存在はいずれも、我がサタナエルに居る。公爵殿下ではない。

僕自身も、あの男に遅れをとるなど毛頭考えていないねえ。

まあ思うのは勝手ではあるけど、どのような行動も、まずこの牢獄を出てからでなければ始まらないだろう。すぐに支度をしてくれ。ご案内するよ。今や地獄と化した君の領土、麗しのローザンヌをね」



 *


 ゼノンに先導され、牢獄を出たオファニミス。長い階段を上がり、回廊を歩いていく。


 途中、無数の看守や衛兵と出くわしたが、その反応はこれまでとあまりにも異なるものだった。


 侮蔑と、憎しみに満ちた目、唾を吐きかけたいと云わんばかりの嫌悪の表情。中には、立てた中指を地に突き立てる、「地獄へ落ちろ」のジェスチャーをとるものまでいた。

 女神のような崇拝の目を向けてくれていた彼らの変貌ぶりに、涙をにじませて傷つくと同時に、想定が正しかったことを実感するオファニミス。

 やはり自分はすでに王国内において、唾棄すべき裏切り者の汚名を着せられている。崇拝を集めた彼女だからこそ、それを裏切ったときの格差、人々に与える失望度合いは大きいのだ。

 中に極々数人、裏切りの事実を信じきれていないのか、哀れみと困惑の混じった表情で彼女を見る兵士がいたのがまだ救いだ。


 やがて大扉を抜け地上に出る。ローザンヌ城の裏口にあたる、表の大街路から隔てたその場所。 そこには銀一色で覆われた無骨な馬車が、オファニミスを待ち受けていた。


「――この馬車は――!!」


 驚愕するオファニミスに、満足の笑みを投げかけるゼノン。


「気がついたかい? そうさ。この馬車は、君のダレン=ジョスパン公爵が王都で使用していた特注のもの。王国で最も敵が多かった彼が、攻撃から身を守るため作らせた総オリハルコン製という極め付きだ。今ここで、愛しい従妹を守るために使われて、彼もさぞかし満足だろうよ」


 憎しみをこめてゼノンを睨みつけるオファニミス。次いで問うたのは、馬車で待ち構えたある存在についてだった。


「――その馬車の、屋根に座っている姫君たちは、貴方の子飼いなのですか?」


 そうして指さした先で、オファニミスの指摘どおり、丸みを帯びた馬車の屋根で二人の少女が腰掛けていた。


 同じデザインの、可愛らしいドレスを身に着けている。色は一方が桃色、一方が水色と区分けされている。

 一見して一卵性双生児と分かる、瓜二つの身体と貌を持つ二人だ。

 年齢は12,3歳ほどか。あまりに大きくつぶらで、睫毛の長い麗しい瞳。小ぶりな口と鼻。真っ白な透き通った白い肌。まるで人形のようだ。

 素の状態では全く見分けがつかぬであろうゆえ、服の色、金髪ストレートの髪の結わえ方――。桃色服の方は肩まで自然に流し、水色服の方は後ろでひっつめて高い位置で結ぶという、差異をもたせていた。


「おう!!! そうだよー王女さまあ!!!」


 水色服の方が、威勢のいい大声でオファニミスに返事する。それを見咎めた桃色服の方が、一度水色服を睨み、オファニミスに軽く頭を下げる。


「ご無礼平にご容赦を。オファニミス王女殿下。不躾なる妹をお許しください。あれなるは、サタナエル“法力ヒリング”ギルド副将、アシュラ・ルービン。

私は同じく副将、アーシェム・ルービン。ご覧になっておわかりのように私達、一心同体の双子なのです。ゼノンさまよりこの馬車の守りを仰せつかりました。以後、お見知りおきのほど」


 オファニミスは驚愕の目で、まじまじとこの姉妹を見た。ゼノンの子飼いだったとしても、まさか副将とは。それは将鬼に次ぐ地位の強者であるはず。自分より年下の、こんな少女たちが――?


 それにまた、自分に熱を上げるゼノンの趣味を彼女たちに垣間見て、嫌悪感に喉にこみ上げてくるものがあった。この狂った美しい男は他にも、このようないたいけな少女を育て、自分にはべらせているのだろうか?


 オファニミスのそのような思いを知ってか知らずか、ゼノンはいつもの爽やかな笑顔で彼女を馬車に促した。


「さあオファニミス。馬車に乗ってくれるかい? これから地獄の逃避行といこうじゃないか。

聞こえるかい――? 馬の蹄の音といななきが。兵士たちの鬨の声と、死の断末魔が。罪もなき民衆が逃げ惑い、親が子を、子が親を呼び、その声も軍靴に踏み潰されていく音が。

この王都は今、ドミトゥス率いる『正規軍』と、それに反発しラ=ファイエット元帥の元に集った少数精鋭の『逆賊の徒』たちの凄絶なる戦場となっている真っ最中なんだ。

僕らサタナエルが守ってやらねば、5分とは生きていられない地獄の底だ。僕らはこれから南西へ向かうが、車窓からようく見ているといいよ。君の愛すべき領土と祖国、その500年の歴史がわずか1日あまりで崩れ去る、不条理で無情なる光景をね――!!!!」

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