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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第七話 紅髪の女魔道士、血の戦女神【★挿絵有】

 一転して絶体絶命の危機に陥り、半ば死を覚悟していた、ナユタ。


 と、そこへ――。


「ナユタ!!! ナユタあああ!!!! 俺に掴まれやあ!!!!!」


 怒号とともに突進してきたのは、すでに黒毛の逞しい馬を奪い取っていたホルストースだった。

 剛槍を馬の鞍に固定し、手綱を握っていない右手を、上体とともに斜め下に伸ばしたまま突き進んで来る。


「ホルス!!!!!」


 ナユタも絶叫し、必死でホルストースの、大木の枝のように逞しい腕にしがみつく。

 すぐに猛烈な力で引き上げられ、ナユタは後ろの鞍にまたがってホルストースの腰に抱きついた。


「いいぞ、ホルストース!!!! キャティシアも、騎乗したな!!?? 退くぞ、皆!!!! レエテ、よろしく頼む!!!!」


 シエイエスの指令とともに、一斉に南西の方角へ馬を進めるホルストース、ルーミス、キャティシア。そして自身も馬を奪い取っていたシエイエスも。


 それを見極めたレエテは、姿勢を低くして力を溜めた後――。3000の軍勢の前衛のど真ん中に向かって火山弾のように一気に踏み込む。


 一時的に殺気と闘気の塊、戦闘兵器と化したレエテは――。

 すでに神魔の類としか思われぬ、撃破と殺戮の嵐を撒き散らした。


 これまでの過酷にすぎる戦闘使用経験、熟練によってオリハルコンを軽く凌駕する硬度となっているレエテの結晶手。これを左右に水平に広げて前進するだけでも、鉄板で武装した軍馬、完全に身を固めた騎士であろうと紙のように切り裂かれていく。


 そしてその状態で軍勢の中心に踊り出、その強力無比な斬撃と蹴撃の竜巻でもって、ことごとく騎馬歩兵を殺戮していく。結晶手の本気に近い動きは、常人の兵士達には一切とらえることなどできようはずもない。馬の足を斬られ、崩れ落ちたところを首や頭部を両断されて絶命。その繰り返し動作が、目にも止まらぬ速度で体力をつきさせることなく継続されるのだ。


 また時折繰り出される上段回し蹴りが炸裂すると、命中し横腹を蹴られた馬がカタパルト射出された岩石であるかのように横一直線に飛ぶ。それによって駒倒しのように騎馬が撃破されていくのだ。


 いかに退却を禁じられている身の上の軍勢とはいえ――。目前で伝説的な名声を轟かす女傑その人が、噂をはるかに凌駕する魔物的強さを見せつけているのだ。間近に迫る死の危機は、さしもの彼ら軍人達の足をも大きく後退させた。レエテを中心に半径30m以上が無人になるまでに兵の士気を急降下させたのを見計らい、彼女は次なる攻撃手段に出た。


 上体を大きく横方向に捻った構え。先程とモーションは異なるが、投石攻撃を狙っているように見えた。


 彼女から100mほど離れた場所にいる軍勢の最高指揮官、先程退却を禁じ部下を鼓舞したラルゼ大佐は、最大限に警戒した。具体的には、投石によって頭部を破壊されることのないように、馬上で大きく上体をかがませたのだ。部下達も、恐れはしながらも指揮官を守るべく前へ進み出ていた。


 しかし――そう思わせるのは、フェイクだった。

 レエテがとった攻撃手段は、まだ習得して間もないあの技だった。


「円軌翔斬!!!!」


 叫びとともに全速力で20m以上助走し、一気に跳躍。その際にかけていた恐るべき回転力でもって、レエテの丸めた身体は縦方向に高速回転しつつ襲い来る巨大な円盤となったのだ。


 放物線を描いて一気に80m近い距離を飛んだ、その巨大な円盤。

 見事に――馬上でうずくまるラルゼ大佐にまで到達し、回転する結晶手で彼の身体を馬ごと血の噴水とともに真っ二つに切り裂いた!


 そして着地したレエテは、恐慌状態におちいる側近の一人に目をつけて彼の足を無造作にひっつかんでその身体を投擲。

 見事なその白馬に自らが騎乗すると、手綱を掴んで馬を御する。


 いななきを上げて両前足を跳ね上げる白馬。それに騎乗する、血まみれの絶世の美女、風になびく白銀の長い長い髪。


 まるで神話の1ページから飛び出してきた現女神(うつつめがみ)のようなその神々しい姿。身震いするような恐怖と同時に崇敬の念が芽生えた騎士たちは、一時己の立場を忘れてその姿に魅入る。


挿絵(By みてみん)


「諸兄!!!!! 貴軍の御大将は、このレエテ・サタナエルが今討ち取った!!!!! これよりこの場を去る我を、追跡せぬことを勧める!!!!! この状況ならば、その行為を以て諸兄らを咎める者などおらぬぞ!!!!!」


 レエテは叫ぶと、仲間の駆けていった南西の方角に向けて手綱を馬の首に叩きつけ――。走り去っていった。

 遠巻きにレエテを眺めることしかできなくなった騎士たちは、彼女に追撃も射撃も、一切を行うことはなかった。そのために必要な士気はもはや完全に折れきっていた。ただ呆然と、敵の姿に見惚れるしかなかったのだ。


 正確な被害は把握できている者はいないが、3000のうち戦死者200名、負傷者600名以上といったところではないか。加えてその中には中隊長クラス多数と、最高指揮官の死も含まれるのだ。軍勢の戦果としては、大敗北だ。それも、たった、6人の敵に対して。

 特に――大半の被害をもたらした、「紅髪の女魔導士」と「血の戦女神」2名による反撃の殺戮によって。



 *


 レエテが白馬を駆って仲間に追いつくと、シエイエスが走りながら速度を落として並走し、レエテに声をかけた。


「無事でよかった、レエテ!! 殿(しんがり)ご苦労だった。すまないな、こんな大変で危険な役目を押し付けてしまって」


「いいえ、良いのよ。あなたの素晴らしい戦術眼どおり私が適任だったし、危ないことは何もなかったし。こうして結果的に皆無事だったし軍勢の被害も最小限に抑えられて、私には何も云うことはないわ」



 そして、その前を走っている二人乗りの馬上でも、会話が繰り広げられていた。

 ナユタとホルストースだ。


「ホルス……。助けてくれてありがとう。それに、ごめんね。あたしが致命的にヘマしたおかげで、あんたまで危険にさらしちまって」


「……いいんだ、気にするな。お前も自分じゃ大丈夫と思ってるかもしれねえが、あれだけのトラウマ、忘れるのは無理だ。しばらくは自分も不安定だって自覚を持って、多少自重した方がいいかもしれねえがな」


 そう返して慰めたホルストースだったが――。今回のナユタの失態は、決して以前の遺跡での心の傷を引きずっているからではない。そのことを見抜いていた。


 それまでサタナエルへの怨念に燃えていたこともあってか、完璧な動きを見せていたナユタが突如考えられないようなミスをした原因。


 それはルーミスの危機を目の前にして、完全に動転し我を忘れてしまったからだ。


 あの状況で自分を無防備にまでしてしまう状態は、単に仲間だからという思いを超えている。かといって、弟のように思っていたとしてもその思い一つでは、あそこまでの全てをなげうった過敏過ぎる反応にはならない。

 

 そのことが、ホルストースにある事実を確信させたのだ。ナユタに云う積もりはないが。


(ナユタ、お前……。

お前が今、俺のことを男として、この世で一番愛してくれてるのはわかってる。けど、けどな……。

たぶんお前は、それに引けをとらないぐらい、同じぐらい――。

ルーミスの奴のことも内心、男として愛している。自分じゃ全く自覚しちゃいねえだろうが。

2人の男のことを同時に愛してる状態だってことだ。難儀なことだが――。

まあ俺としちゃあ、やることは簡単だ。奴のことを忘れさせ、俺一人のものにする、それだけさ。

そのために、今まで以上にお前のために行動し、愛情を注いでやるさ。覚悟しとけよ……)


 すでに5騎6人は中原の街道上で隊列を組み、警戒に南西の方角に向けて駆けていた。


 事前にシエイエスは、現況を鑑みて次に向かうべき地について皆にすでに伝えてあった。


 行き先は――。永世中立国リーランド。


 10年前に起きた大事件「リーランドの大虐殺」による虐殺・武力衝突を経た――。


 エストガレスにも、ノスティラスにも決して寄らない、完全なる中立を貫く唯一の独立国家。


 次なる打開策に向けて手がかりを得るため、ひたすらそこへ向けて歩みを進めていくのだった。

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