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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第五話 内戦の幕開け

 中原北部の都市ニイス近郊。廃屋敷に2日滞在したレエテ一行は、王都ローザンヌを目指し南東の方角へ出発した。


 2週間以上前にランダメリアを発って以来森林地帯から出ていなかった一行だが、遂に中原に歩みを進めることになった。そこは草原と穀倉地帯が無限と思えるまでに広がる、大陸一の平原。移動には徒歩ではなく馬を用いなければ、万が一逃走を必要とする状況に陥った場合に困窮することになる。


 そこでまずは各人の馬を調達するため、ニイスに向かっていた。物資も不足し始めていたし、大陸の情報からも大分取り残されている。街に向かう理由には事欠かない。



 青空の下、風が涼やかでとても心地良い。中原は四季こそあるが、通年で雪がふることなく、厳しい暑さもない温暖でしのぎやすい地域。大陸中の食料を賄う田園地帯ながら、その風光明媚さゆえ観光に訪れる貴族や商人も後を絶たないほどだ。


 一行は、先頭にレエテとナユタ。

 かつてのドゥーマまでの旅程の一部にあたる場所でもあるため、思い出話に花を咲かせながら久しぶりに連れ立って歩いていた。


 その後ろには、シエイエスとホルストース。最後が――ルーミスとキャティシアという連れだち。


 ルーミスは――クールで仏頂面の彼には似つかわしく無いはにかんだ笑顔で、キャティシアと談笑しながら歩いていた。手をつなぐのも踏みとどまってはいるが、本当は腕を組んで密着して歩きたい心境だった。キャティシアは云うに及ばず。ひたすら上気した潤んだ瞳で見つめ返し、心底幸せそうな様子で言葉を継いでいるようだった。


 屋敷で、愛情を交わしあった二人。その後話し合って、皆に関係を隠さないことを決めた。

 本当は恥ずかしかったが、自分達とてレエテのように明日にも死ぬかもしれない身。時間を無駄にはできない。そのため翌朝には、大人達にたちどころにバレた。すぐさまナユタとホルストースのからかいの対象になった。

 貌から火が出そうだったが、キャティシアも頑張ってルーミスへの敬語を封印。ルーミスもぎこちないながらも、彼女に恋人として接した。

 今も前方を歩くホルストースが、シエイエスに何がしか自分達のことを云っている様子なのがわかるが、もう気にしない。そこへ、キャティシアが甘えた声で話しかけてくる。


「ねえ……ルーミス。ニイスに着いたら、二人で教会へ行きましょ?

不幸中の幸いだけれど、もうあなたの烙印は消えて傷跡になってしまったんだし」


「キャティシア。オレも正式に神の許で礼拝を捧げたいのは山々だが、それはできないよ。

烙印のある、ないの問題じゃない。決意して“背教者”になった、オレのけじめなんだ」


「そう、わかったわ。私、そういう真面目なあなたが……好きだから。私だって、知られてないだけで本当はもう“背教者”なんだし!」


「それは……今からでもなかったことにして、今後はやめてもらった方がいいんだが」


「え、どうしてなの? 教えて?」


「オマエが“背教者”になったきっかけは、アルケイディアでオレが駆けつけるのが遅れてしまったからだ。申し訳ないと思ってるし、本当は、こんな闘い方をえらんでほしくない」


「私のこと、心配してくれるんだ。……嬉しい。けど大丈夫よ。私が自分で選んだことだし……。あなたと同じ力が使えることが、誇らしいし。それにね、白状するけど私、“背教者”の力使うの、とっても楽しいの」


「とんでもない不良だなオマエは。今までの優等生の言動は、振りだけか?」


「あら忘れた? 私セルシェで悪事に手を染めていたのよ。それに子供のころから、おじいちゃんの云いつけをいっさい守らないお転婆娘だった。きっとあなたより私のほうがずっと昔から“背教者”にふさわしかったと思うわ!」


「うぐ……」


「うふふ! 冗談よ。困った貌、すごくカワイイ。心配してくれて、ありがとう! これから気をつけるわ!」


「そ、そうか……なら良かったけど……」


 笑顔でやりこめられて、しどろもどろになってはにかんだ笑いを返すのがやっとのルーミス。やはり僅かでも年上の女性であるキャティシアが遠慮なく会話してきたら、このように手玉にとられるのが当然かもしれない。だがその形が、二人には心地よかった。心が通じ合っていたのだ。


 

 そのようなやり取りをしているうち――。

 前方を歩く大人たちの歩みが停止したことと、緊迫した空気を感じ取って自らも歩みを止めたルーミス。


 その理由は、後ろを歩く彼にもはっきりと感じ取れていた。


 

 中原の地平の稜線から、突如姿を現した、軍勢。


 それが一行が向かうニイスの方角から、近づいてきたからだ。


 おそらく――その数は3000ほど。数とやってくる方角から推測するに、ノスティラス皇国との国境に駐留する辺境警備軍の一部をニイスに集め、行軍しているものと思われた。


 

 ルーミスとキャティシアは、他の面々と同じく前方のレエテのもとに近づいた。そしてルーミスがシエイエスに話しかける。


「兄さん、あれは辺境警備軍だろう? やけに物物しいが、なぜローザンヌではなくこちらに向かっているんだ?」


 シエイエスは険しい表情でこれに答えた。


「ああ、不穏だな。まさかドゥーマに向かう筈はあるまい。だとすれば――目的は『我々』と考えるのが妥当だ」


 シエイエスの言葉を受けて、肩をすくめてそれに応えたのはホルストースだった。


「おいおい、穏やかじゃあねえな。レエテ・サタナエル一行は大陸じゃ有名人とはいえ、あんな臨戦態勢の軍勢に正面から狙われるようなお尋ね者じゃあなかったハズだが? 何か、あったってことだな。俺らが情報を知らねえここ何日かの間に」



 話している間に、馬と戦車が主力な構成員である軍勢は、見る見るうちに近づいてきた。


 重装鎧を身に付けた騎士の鎧は、遠目でも間違いなくエストガレス軍の正式なものと分かる。


 シエイエスは目を凝らして、彼らが掲げる旗印を見た。


 まずは青地に白虎の紋章が特徴的な、エストガレス王国王家の紋章があしらわれた大旗が目に入る。正式な命令によって出陣している軍勢ならば必ず掲げる旗だ。


 そしてその隣にはためく紋章が何であるかによって、軍の戴く主が何者であるかが分かる。

 大旗の傍らにはためくのは――金色地に獅子の刺繍がほどこされた、王太子ドミトゥスの旗だった。


 長くエストガレス軍に在籍していたシエイエスですら、実際に使われているのは初めて見た。

 どこの城塞でも倉庫の片隅で埃をかぶっている代物。実際目の前の旗も完全に色あせている。無能の腰抜けであるドミトゥスに全くそぐわず、使用されることのないその旗は、血税の無駄使いと軍人達の間でも毒と物笑いの種だったほどなのだ。


 それらの事実によって――シエイエスの脳内で、最悪に近いシナリオが形成されつつあった。


「皆――落ち着いて良く聞け。おそらくだが、エストガレス王、アルテマスⅡ世陛下はもうこの世にいない」


「――!!!」


 一斉にシエイエスを振り向く、面々。


「現在王国の支配者は、王太子ドミトゥスだろう。すでに『即位』しているかも知れんが。

その事実は同時に――奴を傀儡にしたゼノン、すなわちサタナエルが王国を実効支配していることを意味する。

これならば、今俺たちが軍勢に白昼堂々と狙われるのも説明がつく」


 冷や汗を垂らしたレエテが、シエイエスに問う。


「王太子が、国王を弑したということ? ゼノンが力を貸したのね――。サタナエルが、自ら守ってきた秩序を壊しにかかったということ。その混乱の中で、同時に私の命を狙ってきたということね。

オファニミス王女殿下は、無事なのかしら――」


「それは、何ともいえんな。ご無事であることを祈るしかない。俺の見立てが正しければ、さらなる秩序の破壊のために王女殿下は生かされるはずとは思うが」


 ホルストースが話を聞きながらドラギグニャッツオを取り出し、アタッチメントを付け始める。臨戦態勢への準備だ。それを見て他の面々も緊張の面持ちで、戦闘準備を整え始める。


「どっちにしろ、今はやり合うしかねえってことだろ? あちらさんも問答無用で襲いかかってくるんだろうし、手加減はできねえよな」


「そう……サタナエルの手先に、情けは一切無用だ」


 うっそりとした冷気と殺気をはらんだ低い声に、一行は身震いしてその発生した元を見た。

 ナユタだった。


「悪魔どもがとうとう、人間どもを操り出したってことだろ? 上等だよ。好き好んで操られるような傀儡どもも、容赦する必要はない。皆殺しにしてやるよ!!!」


 その眼は怒りに爛々と輝き、身体の周囲にはこちらの皮膚を刺すような熱気をはらんだ恐るべき魔力が溢れ出している。

 本気で、3000人全てを焼き尽くし殺し尽くす気だ。今の彼女にならそれは成し得るだろう。だが、そこまでやるのは常軌を逸している。ナユタを本物の殺人鬼にするわけにはいかない。レエテが青い貌で何かを云おうとすると、シエイエスがそれを制した。


「ナユタ。気持ちはよく分かる。殺気を収めろ、とは俺も云わない。だが、今回の指揮は俺がとる。俺の指示にだけは、従ってくれるな?」


 ナユタは、横目でシエイエスを睨む。そして身も凍るような薄ら寒い笑いを浮かべ、一度頷いた。


「――いいよ。あんたのことは信じてる。あんたの命令にだけは、従ってやろうじゃないか」


「ありがとう。では指示する――」



 

 シエイエスがひとしきり全員に指示を与えた頃、軍勢は50mほどの距離にまで近づき、完全に一行を射程距離に捉えた。


 

 通常の戦に相当するならば、何らかの宣戦布告があってしかるべきだが――。シエイエスの予想どおり、一切の布告も警告もなく、軍勢は攻撃に移行してきた!


 前衛の数百の兵が、一気に弩弓やクロスボウを放ってくる。まるで無数の毒針のように見えるそれは、近づいて現実の死を運ぶ矢やボルトとなり一行に襲いかかってくる。


 そこへ、数歩前へ進み出る、ナユタ。


「――氷河防壁(グレッチュアマウエル)!!!!」


 叫びとともに――広げられたナユタの両手から左右方向に放たれた爆発的魔力。一気に、凍土のような冷気を放ち30mの長さにわたる厚さ2mもの氷壁を、大地から高さ7mほどにまで出現させる!


 それに阻まれ、氷を削り取りながらも貫くことができず進撃を止めていく、無数の投擲凶器。

 全ての第一撃を防ぎ終えると同時に――。


 氷壁を炎で貫き、一気に飛び出してきたナユタが走り出す。


 そして一気に20mほどにまで距離を詰めると、走る間に充填してきた巨大な爆炎魔導を一気に解放する。


 両手を突き出すと、地獄から召喚されたかのような超高温の炎の壁は、絶対的な死を数百の兵士らの元に運ぶ。

 なんと――幅100m近くにおよぶ高さ5mほどの炎の津波となって襲いかかったのだ!


「焼き尽くされろ!!! 暴漣滅死煉獄ホーレヒューゲフェウラー!!!!」


 恐慌の悲鳴と断末魔とともに、前衛の兵士達が骨まで焼き尽くされ殲滅されていく。


 まるで――地獄絵図のようだった。

 通常の行軍と何ら変わらない命令しか受けていないであろう彼ら兵士にとって、降って湧いたような悪夢の災厄そのものであろう。人智を超えた変貌を遂げ、復讐鬼に生まれ変わった最悪の存在に出会ってしまった。その不運は、哀れではあった。


 

 崩れた前衛に対して、通常の人間達で構成される軍勢の悪夢は続く。

 

 今度は、炎の魔女の前に一人の美しい女が飛び出してきた。


 褐色の肌、銀色の長い長い髪――。“血の戦女神”レエテ・サタナエルその人だ。


 腰に下げたザックの中に、いくつもの石を詰め込み、その中の2つを両手に握っている。


 直径10cmほどのそれを手にしたまま、大きく上体をのけぞらせ――。


 全身の力を指先に集約し、下手に石を放り投げた!



 弾丸のように直進する石は、50m以上の距離を突き抜け――。


 おそらくは左右それぞれの100人隊を指揮する中隊長らしき将校の、顔面に激突。


 一方は兜の面頬に当たったにも関わらず、信じがたい貫通力で全てを突き抜けて、その頭部を柘榴のように粉々に破壊した。


 脳漿と鮮血を撒き散らして、馬上から転がり落ちていく将校たち。指揮官を一瞬にして失った兵士たちが、一気にどよめき隊列を崩す。


 彼らは決して烏合の集ではない。選ばれた職業軍人であり、中でも精錬なる訓練を経て強国ノスティラスとの国境に配備された、誇り高きエリート級軍人だ。


 にもかかわらず、あまりに人智を超えた怪物の所業を目の前にして、一気に恐慌に陥っている。


 レエテは、その強靭極まりない喉で、全軍に響き渡るように裂帛の声を発した。


「エストガレス王国、ドミトゥス王太子軍属諸兄に告ぐ!!!!! 我は、“血の戦女神”レエテ・サタナエルだ!!!!! 

我は、貴国に仇なす凶悪なる暗殺組織、サタナエルの排除を志している!!!!! そして貴殿らは、そのサタナエルに操られている!!!!! 

我らの力、見たであろう!!!!! 邪魔をするならば、全軍を排除するにためらわぬ!!!!! 即刻、退却せよ!!!!! 我らも無益な殺生は望まぬものである!!!!!」

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