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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第二話 秘恋の結実(Ⅱ)【★挿絵有】

 レエテがシエイエスに、そしてナユタがホルストースに、傷ついた心への癒やしを求め愛を享受しているのと同じ頃――。


 ルーミスは、鎧を脱いでベッドに仰向けに横たわっていたが、到底眠れる状態ではなかった。


 なにしろ壁と廊下を隔てた向こうの部屋では、仲間である大人の男女が、おそらく今まさに愛を交わし合っているのだ。

 しかもそのうち一組には、自分が恋焦がれ、あらぬ妄想をし続けてきた女性が含まれる。

 どんな貌、どんな状態で男に抱かれ、声を上げて行為にふけっているのか、少し想像しただけで体中がざわつき熱くなる。


 とはいえ、これだけであればルーミスの日常の夜とそう変わることはない。その妄想を鎮めるすべも知っているし、特別なことではない。


 もう一つ、彼の胸をざわつかせて止まなかったのは、廊下を隔てた一室で眠っているはずの、仲間の少女のことだった。


 昼間、ホルストースの頼みで彼女――キャティシアを起こしに行ったときのことだ。

 ドアを開け、ベッドで昼寝をする彼女を見て、ルーミスは心臓が大きく高鳴るのを感じた。


 それまでレエテ一筋であった彼は、途中ナユタに心を乱されることはあったが、キャティシアのことは正直女性として見たことは一度もなかった。

 もともと大人の年上女性が好みなルーミスにとって、同年代の彼女に惹かれる要素はこれまで皆無だったのだ。


 しかし、そのときキャティシアを目にし、ルーミスの中に新たな感情が表出した。

 おそらく、レエテへの恋が完全に破れ、その心の整理がついたことによるのだろう。

 幸せな夢見なのか、笑顔を浮かべながら身体をくねらせ、服の上からも明らかな豊かな胸を天井に突き出すキャティシアに、少なからず感じてしまった。

 

 ――可愛い。その髪や身体に、触れたい、と。


 そのときは、単なる邪な性欲のせいだけだと、罪悪感も手伝った照れ隠しに彼女のことをぶっきらぼうに粗雑に起こした。

 しかし、眠っていたキャティシアがうっとりとした表情で吐息とともに漏らしたのだ。「……ルーミスさん」と自分の名前を。


 ルーミスの心臓は、一度大きく脈打った。まさか、彼女は、自分のことを――?


 何も感じないふりをして素っ気ない反応をしたものの、その後も頭が上気したようにキャティシアのことばかり考えてしまっていた。

 夕食のとき、シエイエスからみて己の無力さに苦悩しているように見えたルーミスの頭の中は、実は同じ苦悩でもそうではなく、キャティシアのことで一杯だったのだ。


 そのとき――。

 突然にドアをノックする音が聞こえ、ルーミスはベッドから飛び上がった。

 遠慮がちなひどく小さな音だが、確実に5ノックで2回あった。

 

「だ――誰だ?」


 ルーミスは問い正したが、誰がそこにいるのかは、もう分かっていた。

 敵襲だとか、緊急の用件でないことはその音で明らか。さらに、まず声で呼びかけずここまで遠慮がちにドアを小さくノックする人物は、仲間うちでも一人しか存在しない。

 ルーミスは早鐘のように打つ心臓を抑えながら、返事を待った。


「――あの。わ、私です……。キャティシア、です……」


 やはり。ルーミスは一気にそわそわしだした。周りの放置した荷物に目をやり、片付けておけばよかったと後悔したりした。


「……夜遅く、すみません、少し、お話が……。あ、も、もうお休みになるんでしたら……いいんです! 大した用事じゃ、ないですし……。で、でも、できたら、い、今……」


 云い終わる前に、ゆっくりとドアは、開いた。


 開けたルーミスの表情は平静を取り戻しており、一転して普段同様のクールなものに戻っていた。


「なんだ……。どうしたんだ、キャティシア? 用件は何だ?」


 ざわつく胸の裡を隠すような、無愛想な言葉。

 その目の前にいるキャティシアは、昼間と同じ部屋着姿で、貌を真っ赤にしてうつむき、身を縮こませてどぎまぎしていた。ドアを開けてくれたこと、眼前にルーミスが現れたことですっかり動転しているようだ。


 ――可愛い。昼間に輪をかけて感情が湧き上がってきたルーミスだったがそれを押さえ込み、無表情のままキャティシアを部屋に入るよう促した。


 そして、椅子のない部屋のため、二人ベッドに並んで腰をかける。


 キャティシアにとっては、昼間の夢で見た理想の状況が、まさに再現されたのだ。

 彼女の心臓は、もはや口から飛び出しそうであった。


 しばし、お互い口を開けぬまま沈黙が続いた。



 ルーミスの頭は、不規則に高速回転していた。


 キャティシアのことは、出会ったときから嫌いではなかった。自分と同じく深く神に帰依する法力使い。自然の知識、弓と狩りの腕で、一行への貢献度も高い。貌もスタイルもごく整っている美少女。性格も真面目で礼儀正しく何にでも一生懸命。旅しているうち明らかになった、実は気が強いところは少し驚いたが、年頃ゆえだろうと気にしていなかった。

 なので深く考えたこともなかったが、こうやっていざ彼女のことが気になって過去を振り返って見ると、思い当たる節はいくつもある。日頃から自分に投げかける視線、何かというと自分について来たがること、ランダメリアの祝賀会で傷心の自分に発した思わせぶりな言葉。


 こうして夜に一人部屋を訪ねてきたことで確実になったが、彼女がずっと自分を好きでいてくれたというなら、とても嬉しい。

 同時に、どうしていいか、わからない。年頃の男子で、女性との経験もナユタに強引にされたキスだけ。もしこの場で告白されて、よもや「そういう」状況になったらと想像し始めると――。とてもではないが冷静ではいられない。



 一方キャティシアも、頭の中が一杯でおかしくなりそうだった。


 彼女も、ルーミスと同じだ。一人ベッドの上で悶々としていたのだ。

 昼間、ルーミスに自分の寝言を聞かれたのが恥ずかしくてたまらない。どう、思われただろう。もし、内心嫌われていたら――。それなら、いっそ。いや、自分には――「そうできない大きな理由が」――。

 しかし、押し留めようと思えば思うほど、思いは募る。思春期の少女として、その熱い思いはどうしても止められなかった。もう我慢ができない。羞恥を思いが超えた。が、何度も何度も自室のドアまで行きベッドに戻り、廊下まで出て戻りを繰り返し、ついに――。思い余って、ルーミスの部屋のドアをノックしてしまったのだ。


 期せずして理想のシチュエーションに入ったものの、夢と違いルーミスが甘い言葉を自分に囁いてくれることだけは決してないのは理解していた。云うなら、告白するなら、一方的に思いを寄せ続けていた自分の方からでなければならないのだ。


 ゴクリ、と唾を飲み込む。そして震える唇から言葉を押し出す。


「……あ……あの。わたし……わたし……。

セルシェで、初めてルーミスさんの、お顔を見た、とき……。とても、き、きれいなお顔だな、て……思い、ました……。それ……から、ずっと、見てました、ルーミスさんの、こと……」


 ルーミスも、ゴクリ、と唾を飲み込んだ。緊張で呼吸が止まりそうになる。


「ドミナトスで、二手に分かれたとき、すごく、辛かったです……。いつも、ルーミスさんのこと,考えてました……。

あ、ああ、あの、誤解、しないでください。お顔がきれいだって理由だけじゃ、ないです……。

私より年下なのに、心は大人で、すごく……しっかりされてて……。憧れてたんです。

神様に毎日礼拝を欠かさない信心だとか、とても頭よくって、決断力もあるところ……。

お母様、お父様の死っていう辛い過去を乗り越えて、復讐に向かう、強い意志も……。

あまりに、凛々しくって……輝いていました……」


「……」


「アルケイディアでは、怖くなったけどルーミスさんの心と決意の強さを見て私、本当にルーミスさんのためなら死んでもいい、て思いました。そんな中、右手を付けて助けにきてくれたとき、嬉しさで胸が張り裂けそうでした。カッコよかった……すごく、すごく」


 キャティシアの言葉が、徐々にはっきりと、熱を帯びる。情けないがルーミスは、身体をこわばらせながら聞いていることしかできなかった。


「ランダメリアでは、レエテさんがシエイエスさんのものになったのを見て……。傷ついているルーミスさんを見て悲しいと同時に私……。正直嬉しかったんです。軽蔑してくれていいですけど、チャンスだ、て思いました。だけど私がいくじなしで、何もできなくて……。

ルーミスさんの、世界一の歌声がきけたのは、すごい幸運でしたけどね」


「……」


「ガリオンヌでは……。レエテさんを襲ったって聞いてすごく悲しかった。けれどすぐに将鬼にさらわれて、樹の幹にく……首の皮がぶら下がっていたのを見て、わたし……。心臓が止まるかと思いました。死ぬほど、悲しかった。だから自分の思いが変わってないって、確認できた。

遺跡で、すごく悲しいことがたくさんありましたけど……。私にとって一番大きなことは、ルーミスさんが生きて、帰ってきてくれたこと。そのこと、なんです」


「……」


「だからこうして、幸運にも一緒にまた旅をできている今……。どうしても、あなたに伝えたい。

わたし……ルーミスさん、あなたのこと……。

す……す、好きです!! 大好き、なんです!!! あ、あああ、愛してますっ!!!!

お願い、で……す……! わたし、と……お付き合い、してください!!!!」


 ――ついに、発した言葉。目をぎゅっと閉じ、貌を赤黒くさせ、身体を震わせながらだが、云い切った。絶叫した。

 

 かつて、ルーミスも失恋後ではあるが、レエテに対し一大決心で気持ちを伝えた。だから、今のキャティシアの心情が手にとるようによくわかる。

 たいへんな、決意だ。そうまでして、自分へ思いを伝えたかった。

 ルーミスは、キャティシアがいじらしく、愛おしさを覚えた。明らかに、先程までの何となく可愛らしい、という思いから一段階強い思いだ。


 黙っているルーミスに、視線を落としたまま涙をこぼし始めるキャティシア。


「ダメ、ですか……? そう、ですよね……。わたし、レエテさんと比べものに、ならない不細工でやせっぽちで子供だし……。魅力もないですよね……。それに急にこんなこと、云われたって迷惑ですよね……。

うっ……ごめんなさい、こんな変なこといって。今わたしがいったこと、全部、忘れてください!! もしルーミスさんのご迷惑になるなら、わたしここから、出ていきますから!! ……ううう」


 泣きべそをかきながら部屋を飛び出そうとしたキャティシア。

 その手を――ルーミスはしっかりと、掴んで彼女を止めた。

 もちろん、彼女を傷つけない、左手の方で。


「……ルーミス……さん……?」


「……ほ、本当にすまない、キャティシア」


「……う、うううううう~~」


「い、いや違う、誤解するな! 『そう』じゃない!!! そうじゃないんだ!

オレは今まで、あまりに盲目で……オマエのそういう気持ちにもまったく気づいていなくて……。

挙げ句、女のオマエにここまで云わせて辛い思いをさせてしまった、そのことが申し訳なくって……。オレ自身、男として情けなくって……」


「……」


「オレは、信じてもらえないかも知れないが、今日の今日、オマエのことが……その、とても、気になってきてしまったんだ。……わ、悪気はなかったんだが、昼寝してた寝顔とか、身体を見てて……」


「……え……?」


「ち、違う!!! 決して、『そう』じゃない!!! いやらしい意味で云ったんじゃない!!!

か、か、かわいいな、て思ってしまったんだ。オマエのこと。そして、今のオマエの気持ちをしっかりと聞いて、すごく……いとおしい、というか、好きになってきている、と思うんだ。大事に、なってきてると、思うんだ」


「……!!」


「だ、だだ……だから、その……。むしろ、こんなオレで、よければ……。

オレの方からお願いしたい……。キャ……ティシア、オレと、付き合ってくれ……側に、居てくれ」


 それを聞いたキャティシアの表情が――。


 一気に明るく輝き、ピンクに上気し――。笑顔を、開いた左手で覆った。

 目からは、哀しみのではなく、嬉し涙がとめどなくあふれた。


「……そんな……!! 

夢、みたい……! ほんとう……? 本当ですか?

嬉しい!! 本当に嬉しい!!!

ルーミスさん!! ルーミスさん!!!」


 思いが溢れ出し、キャティシアは思い切り正面からルーミスに抱きついた。


 レエテや、ナユタとは違う、まだ余りにも瑞々しすぎる少女の匂い。ナユタよりは逞しいが、柔らかでしなやかな身体の感触と――前面に感じる乳房の感触。

 それらは余りにも心地よすぎて、ルーミスに目眩を起こさせた。


 そして、彼の中でも身体の奥から止めどなく熱いものがこみ上げてきていた。

 彼はキャティシアの貌を手でそっとこちらに向かせ、じっと見つめた。

 キスに関しては――。未経験の彼女に対し、ルーミスは一度とはいえ経験がある。それも強烈な。


「……あ……」


 「それ」を予感し目を潤ませたキャティシアに、目を閉じ貌を近づけ、そっと唇で唇を塞ぐ。

 さすがに、それ以上は早いと思い、唇を離した。


「ああ……ああ、ルーミスさん……本当に、ほんとに、大好き……!!」


「もう……敬語は、やめてくれていいよ……。オマエはオレより一つとはいえ年上だろう。

……さあ、今日はもう、遅い。部屋に帰って休んで、くれ……」


「……いやです……いや。ルーミスさん……ルーミス。

私、今日はこの部屋から、帰らない」


「キャ、キャティシア。そ、それは……! それで、良い、のか……?」


「もう、今までのことで、十分わかった。私達、いつ離れ離れになるか、どちらが死ぬかわからない。

たぶん、思いを伝えるのと一緒で、そうしなかったら、一生後悔する。

だから……いい。ここに、居させて。ここで……い、一緒に、その……あなたと……」


挿絵(By みてみん)


 羞恥を含んだ潤んだ瞳で見上げられ、その気持ちを告げられ、ルーミスは男として、完全に本能が理性を上回った。


 正直どうしていいのか良くわからないが、どうにでもなれ。もう我慢ができない。欲しくてたまらない。眼の前の可憐な少女を、自分のものにしたい。


「ああ……キャティシア!! 好きだ! 好きだ……!!!」


 熱にうかされたように叫びながら、キャティシアの身体を抱きしめ、ベッドに乗せる。

 そしてひどくぎこちない手付きで彼女の服を脱がせながら、その唇を吸った。



 未だ夜は、長かった。時をゆっくりと、刻んでいるかのようだった。


 まるで一組の未熟な男女の愛の成就を祝福し――そのもどかしくも育まれる愛を、見守り続けるかのように。

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