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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第十章 王国の崩壊、混迷の大陸
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第一話 秘恋の結実(Ⅰ)

 キャティシアは、粗末なベッドに腰掛けていた。


 内股に膝を閉じ、握った両の拳を置き、肩にガチガチに力が入っている。貌は伏せられ、両側で二つに結んだ栗色のサラサラの髪の束がそれを隠している。だが唇を噛んだその貌色は真っ赤で目は潤んでいた。


 そのベッドの隣に腰掛けているのは、ルーミスだった。

 無愛想な彼がまず滅多に見せない、優しい笑顔だ。眼は光を放っている。その様子でいると、可愛らしさと凛々しさを同居させた美少年であるルーミスは、女性にとって目を背けられない魅力的な存在だ。


 ルーミスは、そっとキャティシアの拳に手を置く。キャティシアが、小動物のようにビクンッと身体を震わせる。


「緊張しているな。力を抜いて。大丈夫、オレに任せてくれ……。

好きだよ、キャティシア。ずっと前から。だから……その唇に、キスをさせてほしい」


「ル……ルーミス、さん……」


 キャティシアは表情をとろけさせ、両眼を極限に潤ませる。

 そして、年下の少年のリードに身を任せ、上気した貌を上げて、じっと愛しい相手の唇が近づくのを待った――。



 *


「――ティシア! キャティシア!! 起きてくれ!」


 自分の肩を揺さぶる力を感じ、キャティシアは夢のような夢から現実に引き戻された。

 眠い目をこすりながら開けると、そこにいて自分を起こしていたのは――何とよりにもよって、夢見の相手ルーミスその人だった。キャティシアは即眠りから覚め、飛び上がった。


「ひゃっ!? ひゃあああっ!!! ル、ルルル、ルーミスさん!? ルーミスさん!?

あ、あああ、あの、私わたし、すごく変なこと、云ってました!? 云ってませんでした!? いえ、ぜ、ぜんぜん考えてませんでしたよ! そんな変なことなんて!!」


 真っ赤になって目を丸くし、身体を異常にそわそわさせ、やたらに髪を整えたりいじったりしながら素っ頓狂な声を上げるキャティシア。すでに、口にしているその言葉が「変なこと」で、全体的に挙動不審になっていた。


 ルーミスは夢の中とは似もつかない、無愛想ないつもどおりの表情で肩をすくめて、云った。


「何を云ってるのか分からない。たしかに、何かオレの名前を呼んでいるようだったから起きてるのか? と思ったら寝ていたから起こしたんだ。それだけだ。

とにかく厨房に来てくれ。ホルストースが料理を作るから、オマエに手伝って欲しいそうだ」


 やはり、寝言で彼の名を呼んでいた……。それも、あまりに恥ずかしい妄想の中で呼んだのを、聞かれた。死ぬほど恥ずかしかった。穴があったら飛び込みたかった。


「あ、ううううう……。すみません……、そ、それじゃ私……い、行きます!!」


 そしてキャティシアは、矢のようにベッドから降り、部屋を飛び出し厨房に向かった。



 *


 一行に数々の爪痕を残した忌まわしいグラン=ティフェレト遺跡を後にし、現在王都ローザンヌを目指すその途上での中継地。

 レエテら一行は、現在エストガレス王国、中原の北に位置する都市ニイス近郊の廃屋敷を拝借し休息をとっていたのだ。


 遡ること、ここに至る3日前。

 遺跡を南下し一行はたどり着いた。コルヌー大森林内でかつてレエテ、ナユタ、ルーミス、ランスロットが野営した思い出の場所に。


 そこで、氷漬けし続け、命を落としたままの状態だったランスロットを埋葬したのだ。


 ハーミア教では墓標に使用する聖架は、スギの木から作る。幸いにしてコルヌー大森林は大陸随一の群生地にあたり、豊富に植生していた。すぐに、レエテとホルストースが協力して樹を切り出し、丁寧に削り、立派な聖架をこしらえた。


 キャティシアが集めてきた色とりどりの花で飾りつける間、周囲にできるだけ植物が群生しないよう――。ナユタが植物や土を部分的に焼き払った後、シエイエスが可能な限り設営を施して、立派な墓地ができた。


 そして本来、葬儀を司る祭司は黒帯を肩からかけるのが正式だが、調達は無理なため、シエイエスの衣装の一部で代用した。これを身にまとったルーミスが、祭司を努めた。

 ルーミスが“背教者”となる前に就いていた司祭は、かなり高位な身分の貴族の葬儀をも執り行う権限を有する高僧だ。よって彼は、ランスロットを英雄として悼むべく進行と聖句を用意した。


 厳かな聖句をルーミスが唱えるのに合せ、一行は両手を組み、祈りを捧げた。

 皆、彼の勇姿を、楽しく過ごした日々を思い浮かべながら。


 レエテは、最後に墓標の下の土に手を置き、優しく語りかけた。


「ランスロット……今まで、本当にありがとう。

あなたは初めて会ったときから、魔導生物じゃなく人間だった。呆れたり、憮然としたり、怖がったり、心配したり、好奇心旺盛で。私なんかよりよっぽど感情豊かな人間だった。

私、短かったけれど、あなたと過ごした日々のこと、忘れない。あなたという素晴らしい人がいたこと、忘れない。きっと皆の中で、私が一番早くあなたのもとに行くから――会えるのを楽しみにしているわ」


 その隣に、ナユタがかがみこみ、同様に名残を惜しんだ。


「じゃあね、ランスロット。あたしのことは、もう心配すんな。

あんたがいなくなった分、あたしはしっかりやるさ。レエテたちも居てくれる。必ずあたしは目的を果たすし――。あんたの復讐も果たす。

きっとあんたの魂が宿ってくれたんだ、あたしは氷結魔導を操れるようになった。“限定解除(リミットブレイク)”を果たしてね。心強いよ。

あとあたしは、誓うよ。今後の人生で、あんた以外二度と魔導生物を作ることはないってね。

あんたしか、考えられない。あたしの相棒は――友達は。あんたしか…………ううっ」


 もう枯れたと思っていたのに、涙が噴き出して、ナユタは貌を覆った。


 レエテは自分も涙ぐみながら、ナユタの肩を抱いた。


 そのとき二人の、皆の耳に、墓標から声が発され届いた気が、した。


(僕も、君たちのこと、忘れないさ! もう心配いらなさそうだね、先にあっちに行って待ってるよ。

どんなところかちょっと楽しみでもあるからね。皆のこと、からかったり、喋ったりできないのは寂しいけどね。

皆、本当にありがとう! ナユタ……僕はいつでも、君の側にいるからね!)


 そう、云っていた。皆がそう感じた。ランスロットらしく、明るく、どこか皮肉めいた響きの声と口調で。


 ナユタは濡れた目を上げながら、呟いた。


「ああ、これからも……よろしくね、見ててくれ。ランスロット……」



 *


 そして、現在の休息地、廃屋敷内。


 キャティシアの獲物を捌く達人級のサポート。ホルストースは、どうにか使えそうな厨房を使ってその腕を振るった。

 その体躯に似ず、料理人級の腕前をもつホルストースの皿で、全員が舌鼓をうった。


 ボロボロの食卓を、どうにか使えそうな椅子や箱、岩など思い思いのものに腰掛けて囲む一行。


「いや、このロースト最高だね、ホルス! あんたさあ、大陸が平和になってもその道で十分やってけるよ。ああ、その前に王子様の鞘に戻るんだっけ?」


 ナユタが満面の笑みではしゃぎながら、ホルストースの肩をたたいた。

 ホルストースは、シエイエスから分けてもらった麦蒸留酒(ウイスキー)をちびちびとやりながら、大声で返す。


「戻るかどうかは、わからねえよ! なにしろ俺がいなくてもあの国は、キメリエス兄貴がいるからな。窮屈な思いするためにわざわざ戻るぐれえなら、面白そうだし悪くねえかもな、料理人も!

だいぶ女の子受けは、悪くなるけどなあ」


「……ちょっと、聞き捨てならないねえ。あたしというものがありながら、まあだ他の女を引っ掛ける気満々ってわけですか? この女たらしは! あたしはミナァン卿とは違うからね、あんた!」


「ああ悪かった! 今のなし! 今のなしな!! あとその名前出すの、もう勘弁してくんねえ!?」


 若干本気の怒気を発するナユタに、耳をひっつかまれて戦々恐々のホルストース。

 

 それを見て腹の底から笑いながら、安堵する一行。

 ――身体を穢され、最大の相棒を失ったナユタは、皆がその心の心配をする一人だったからだ。元気になってくれたようで本当に良かった、と。


 そしてもう一人、皆の心配を一身に集めるレエテ。これまでの中でも最大級の試練を経た彼女も、明るく笑っていた。手元の麦蒸留酒(ウイスキー)を舐めながら、冗談めかしてナユタに云う。


「しょうがないわ、ナユタ。ホルストースは私に二度も告白してきた筋金入りだもの。きっと、今はこう云ってても、一言女の子に云われたらわからないわ。いえ、云われる前に自分から寄ってくでしょ?」


「あ、ひでえ! そういうこと云うか、レエテ、てめえ! そんなにいい女だからって、いつまでも調子に乗るんじゃねえぞ! いつか三度目だって、ねえとは云えねえからな! あ……やべえ」


 こんな冗談めいたことも、レエテは云えるようになった。今の皆の関係の深さを確認すると同時に、ひとまず彼女の様子に安心するシエイエス。

 

 大人の方はひとまず心配いらないが、気になるのは、食卓の末席で静かにしている少年少女の二人組だった。


 ルーミスは、遺跡を出てからずっと、思いつめたような貌をしている。もともと気難しい弟ではあるが、ランスロットを失ったことだけではない何かを感じさせた。

 思うに、己の未熟さ、実力不足を痛感し、無力感を感じているのであろう。


 キャティシアは、以前からのルーミスへの片思いゆえの恋煩いは相変わらずのようだった。

 だが、ランスロットの死の哀しみもあるのだろうが、遺跡を出てからというもの少々様子がおかしい。

 何、とは云えないが、さらに思い詰め、非常に強い「焦燥感」のようなものを感じさせるようになっていたのだった。



 *


 夜の帳が落ち、屋敷内のそれぞれ決めた寝室に入った一行。


 もう、恋愛関係が公となったレエテとシエイエス、ナユタとホルストースは遠慮することなくそれぞれ二人で同室に入った。

 ルーミスとキャティシアが別室の、計4室に収まった。




 レエテは、ベッドの上でシエイエスの膝の上に座り、貌を上げて彼とキスを交わしていた。


 身体まで上気させ、シエイエスと接していた唇を一度放すレエテ。

 シエイエスが、囁くように声をかける。


「どうした……大丈夫か?」


「ええ、大丈夫よ……」


「俺に、遠慮はするな。大丈夫ではないことは、見て分かる。サロメと……ヴェルのことか?」


「……うん……。……私……やっぱり、辛い。すごく……苦しい……。

どうして、こんなことに、なったの……。間違いなく、この世から消してやりたい奴ら。

なのに、私の母さんと、兄さん。今のあなたで云えばブリューゲルと、ルーミスっていうのと同じ本当の家族、なのに……。それなのに、自分の手で殺し尽くし、自分の手でまた一人ぼっちになる運命。

どうしてなの……苦しいよ……。未だに、死んでしまいたく、なる……お願い、助けて……」


 そしてシエイエスの胸に貌を埋めて、泣き崩れる。

 シエイエスは、その涙で強く痛んだ自分の胸に包み込むように、レエテの肩を抱きしめる。


 そうだ。割り切れるような簡単な運命ではない。普段は平静を保っていられるようになった、ただそれだけだ。

 自分が、癒やさねばならない。彼女を。そして密かに思っている、自分が彼女の本当の「家族」になるということ。本当の「家族」を与え育てるということ。今は時期ではないが、いつか必ずその決意を伝えたい。


「レエテ、大丈夫だ。俺が、ついている。その宿命を一緒に背負う。少しでもその気持を、埋める。

愛している。本当に、愛している――」


 レエテは悲しんでいるが、彼女に対する愛しい気持ちが溢れ出し、止められない。シエイエスは彼女をベッドに押し倒し、覆いかぶさって再び強く唇を貪った。レエテも同じく気持ちが昂ぶったのか、シエイエスの身体に自ら自分の身体を絡めていった――。


 


 

 別室のナユタと、ホルストース。


 椅子の上に座ったホルストースの太腿の上に馬乗りになり、上半身を密着させて自ら彼の頭を両手で押しいだき、唇を重ねるナユタ。

 しかし、何かを思うように貌を離す。


「ねえ、ホルス……」


「ん、どおした……どっか痛かったか?」


「そうじゃなくって……やっぱ、ちゃんと聞いときたくって……」


「何をだ?」


「あんたとは……ガリオンヌでようやく付き合うようになったばっかりで、まだ時間が短いじゃないか? だからってわけじゃないけど、気持ちを……確認したいんだ。あたし、なんかで本当にいいのかって……」


「……」


「あたし、あんたよりちょっとだけ年上だし……。それに、あたし多分化け物みたいに強くなった上に、以前とは違う復讐の鬼になった。キャティシアがドン引きしてたのに気づいてたからさ……。何より、あんな淫魔に……お、犯され……て汚くなったあたしを……あたしで、い、いいのかって……」


 最後の方は、声が震え、目に涙が溢れてきた。

 ナユタも、レエテと同じだ。決して受けた傷を忘れ去ったわけではない。表面に出ないよう抑えることができるようになっただけ。心は、ズタズタに傷ついたままなのだ。


 ホルストースは、普段の気障ったらしいものではない、彼の本心からの微笑みを貌に浮かべて手を伸ばし、指でナユタの涙を拭いた。


「何を云いだすかと思やあ、お前らしくもねえ……。いや、そう云うのは間違ってるな。お前が普段の強気で自信家の貌の下に、そんなにも可愛い本心を隠してるのは俺ももう知ってる。

だからな、分かるだろ? 愚問、てことさ。そういう風におどおど引け目を感じて、相手のことを考えすぎる本当のお前が、好きで好きでたまらねえんだ、俺は。

関係ねえんだよ。お前が化け物になろうが、重い宿命を背負おうが、ケダモノに襲われたんだとしても。俺はナユタ・フェレーインって最高の女に、惚れただけなんだからな。

愛しているぜ、ナユタ……」


 ナユタは、拭き取ってもらった涙が再び溢れるのを感じた。今度は止められなかった。


 彼女は、内面から溢れ出る愛情をぶつけるように、再びホルストースの唇を貪った。


「ああ……あたしも! 愛してる、ホルス……。あたしを、強く抱いて。そうして嫌なこと、ぜんぶ、ぜんぶ忘れさせて……!」


 ホルストースはそれに応えるように荒々しくナユタの服を脱がせると、一気に彼女の身体をベッドに運ぶ。

 そしてもどかしそうに、激しく自分の衣服を脱ぎ捨てて、ナユタの身体に覆いかぶさっていったのだった――。

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