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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第二章 逃避行、そして追いすがる刺客
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第八話 童の背教者

 コルヌー大森林における、サタナエル暗殺者の男女との死闘に辛くも勝利を収めたレエテ、ナユタ、ランスロット。

 

 レエテの傷も、約一時間の後には完治した。これを受けて、一行はまずジオットの遺体をハーミアの習わしに従い、簡易的に埋葬を行った。


 そして戦地となったその場所から数キロ離れたところで、洞穴を見つけ、山に浸透し滴り落ちる雨水をすくい飲み、喉を潤した。


 そして、ランスロットが魔導の氷矢を用い、近くを通る子鹿を射抜き仕留める。

 レエテは付近の大木を結晶手で切り倒し、さらに細断して薪とグリル用回転棒、架台を形成する。


 ランスロットの仕留めた子鹿をレエテが捌き、最後にナユタが薪に着火する。

 

 香ばしく肉の薫る焚き火を囲み、彼らは休息をとった。



「何だかさ……、僕とレエテだけが必死に働いて、君だけ随分楽してない? ナユタ」


 一人、木の実を頬張っていたランスロットが不満気に云う。

 

「はあ? どこがよ。あたしにしかできない価値ある仕事を、最後にしっかり成し遂げたじゃないさ。どこに問題があるっていうんだい?」


 一番座り心地の良さそうな大きな岩に腰掛け、小分けされた一番上等そうなロース肉を頬張りながらナユタが反論する。


「いやいや……確かに君しかできないことだけど、僕が獲ってきた肉を前に、レエテが用意した薪に指一本で着火、で終わりって。誰がみても不公平感ないって云い切れるかな…….」


「うるさいね、相変わらず。あんたこそ云うほど働いたのかい? そこらに沢山いる鹿どもを氷矢で仕留めただけだろ? その鹿を運んだのも捌いたのも、木を切って全部この場のセッティングしたのもレエテじゃないか。偉そうなことは、あいつの半分でも働いてから云いな」


「あのさ、リスの僕が菜食主義者(ベジタリアン)なのを忘れないでくれよ? 自分が食べもしない食料調達に何の見返りもなく協力した時点で、二倍増しで見てほしいものだけど。

それにしてもレエテ、君は本当によく食べるね」


 普段から際限なく繰り返しているのであろう、彼らの掛け合いを聞きながら、かなり大きな肉にかぶりついていたレエテがくすりと笑って返した。


「動くのと再生にエネルギーを使うらしくてね。それにしてもあなたたち、本当に仲が良いんだね。普通、魔導生物は魔導士とは主従の関係で、もっとうやうやしく接するものと思ってたけど」

 

「まあ、普通はね。ランスロット(こいつ)に関しては、あたしが敢えてこういう関係にしたかったから、生み出したあとこんな感じに調整したのさ。長い付き合いになるんだから張り合い、てものがないとね」


「僕にとってはいい迷惑かも、て考えたことは?」


 また始まった掛け合いを微笑み横目で見ながら、レエテは一息ついて言葉を発した。


「私は――自分が誰から生まれたのか、全く知らない。生まれたことに、何かを思ってくれた人がいたのかどうかも」


 その言葉を聞いてハッと、ナユタとランスロットが口を閉ざしてレエテに注目する。


「私は物心ついたときには、大勢の中の、どうでも良い一人だった。

一人ひとり顔は違うけれど、同じ銀髪、褐色の肌の女の子たちと、厳しい規律、厳しい訓練の中で人間として扱われず育てられた」


 生唾を飲み込みながら、ナユタが一言も漏らすまいと、聞き耳を立てる。ランスロットも同様だ。


「やがて自分たちが、世界の王たる一族の一員であること、王たる資格を持つ男子と違い、自分たち女子は、彼らを鍛え育てるための贄であると教えられた。

そして10歳になったある日――、突然それまで過ごしていた城塞から放逐され、ジャングルの中に取り残された」


「……」


「そこは、まさにこの世の地獄だった……。

それまで見たこともない獣、生物が縦横無尽に暴れ回り、力のない子達はすぐに奴らの生贄になっていった――」


 レエテの貌から笑みは消えていた。そして寒くてたまらないかのように両手で肩を抱いた状態で言葉を続ける。


「私はなんとか生き残り、そして、一人の女性に助けられた」


「一人の……女性?」


「そう、それがマイエ・サタナエル。私の命の恩人にして義姉――家族といえる人の一人。

彼女に、私は全てを教わった。人間とは本来何か、家族とは何か、世界とは何か、本当に全てを。

そしてそれから10年あまり、私達は6人で、家族としてジャングルで生きた」


 思いがけず真相に触れる話の一端を耳にし、興奮したナユタは、ついレエテの話を遮ってしまった。


「つまり、こういうことかい? あんたたちサタナエル一族は、全員がその銀髪と褐色肌、特殊な能力という特徴を持ち、産まれた段階で男子と女子に分けられる。

男子は王の資格を得るべく英才教育を受け、女子はその力を男子の成長の糧にするためだけに育てられる。

女子はさらに選別するため、過酷な環境のジャングルに放逐され――生き残ったコミュニティの一つが、あんたたち『家族』だった、と」


「そう――、私たちは幾度も一族の男たちの襲撃にさらされた。彼らの成長のために。けれど、マイエはあいつらを歯牙にもかけなかった。まさに最強の戦士だった。

一族だけじゃない、ギルドの連中も。

あなたも聞いたとおり、“(ソード)”、“短剣(ダガー)”、そして“斧槌(ハンマフェル)”、“投擲(スローン)”、“魔導(ソーサル)”、“法力(ヒリング)”の6ギルドは、外界からの人間たちの中で選りすぐられた、サタナエルに仕える暗殺者たち。

これら各ギルドを統べる“将鬼”の命により、訓練のため送り込まれてきた」


「“将鬼”ってのはギルドの長だったんだね。

で、その補佐として、何人かの“副将”が存在する、と。それなりの人数がいるんだろうね、そのギルドってのと、あんた達一族の女は。さっきの2人もそのジャングルでの訓練をやったんだろうけど、あんたとは初対面だったみたいだし。

それにしても気になるのは――あんたの生まれ育った、そのサタナエルの『本拠』、一体この世界のどこにあるっていうんだい――?」



 レエテがややあってそれに答えようとした時だった。


 突然彼女の表情が一変した。

 

 ナユタもそれを感じ取り、すぐに状況を察する。 集中すると、彼女にもはっきり感じられていた。

 強い闘気を持つ存在が近づいていることを。

 

 すぐに身体を起こし、戦闘態勢に入るものの――、その存在は「殺気」を放っているわけではないことがすぐに分かった。

 そのため、2人も臨戦体勢とまでの構えはとっていない。


 ガサ、ガサ、ガサ――草を踏みしめる足音は一歩一歩近づき、そして――その主は姿を現した。


「話は聞かせてもらった。とても興味深い。オレもぜひ聞かせてもらいたものだ、そのサタナエルの『本拠』とやらの場所を」


 その声は――重々しい口調と内容におよそそぐわない高音の、そう、声変わりを経ていない少年のそれであった。


 その少年は、年の頃13、4といったところ、背丈は160cmに満たずナユタより低い。しかしながら、白銀に輝く、法王庁の法装の上から黒いマントを羽織ったその衣服の下の肉体は、細身ながらも恐ろしく鍛え抜かれているのが見て取れる。


 髪の色はきらびやかなブロンド――これを眉の上で切りそろえたマッシュルーム型の少年らしい髪型だ。

 そして細く長くつり上がった眉、形よく切れ長のブルーの瞳をもつ、驚くほどの美少年であった。

 だがその表情は不敵で自信に満ち、醸し出される雰囲気は少年のものではない百戦錬磨の男性のものと見えた。

 よく見ると、衣装には無数の返り血の跡が付着しているのが見て取れる。


「誰だい、あんたは?」


 ナユタの問いに少年が答える。


「オレの名は、ルーミス・サリナス、“背教者”ルーミスと呼ばれている。

法王庁を破門になった、元司祭だ。

昨日のレエテ・サタナエル、オマエが起こした騒動をコロシアムで見ていた者だ。

オマエとの、同行を希望したい」


「いやだと云ったら……?」


 レエテが慎重に答える。ルーミスは、手を広げて首を横に振った。


「選択の余地はないと思うが? 見ての通りオレはオマエを追ってきたサタナエルの追手らしき二人組を相手取り、一人を仕留めた。が、一人は取り逃がした。すでにオレはオマエたちと同じ『追われる身』というわけだからな。

さあ、教えてくれ……、サタナエルの『本拠』というのは一体この世のどこにあるんだ?」


 レエテは、しばらく沈黙した。この少年をおいそれと追い返すわけにはいかないようだ。

 ともかく最後の質問には答えた。


「サタナエルの『本拠』は……、エスカリオテ王国の向こう、大陸の最果て、人類が決して足を踏み入れてはならないと云われているそうだが――閉ざされた放射能汚染地帯『アトモフィス・クレーター』の中にある」

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