第四十二話 新たな復讐鬼の誕生
「ランスロット……。あなたは、とても……頑張ったのね。皆を守ってくれた、のね……。
私、あなたの魔力を感じてた。あなたのおかげて私、立ち直ることができた……!」
その言葉に、返事はない。明るくひょうきんで多弁な彼なら、すぐに返しがあるところだが、言葉が返ってこないことが――。哀しみを増幅させた。もう、話すことは永久にできないのだと。
そして――地を這うような、うっそりとした言葉が、それに代わって返ってきた。
「そうさ……。ランスロットは、あたし達を守った。“極武装化”という命をかけた最後の手段でね」
レエテははっとして、ナユタを見た。その両眼は、哀しみと――ぞっとするほどの昏さに満ち満ちていた。もう枯れているのだろうが、それでもわずかにじわりと、涙をにじませた。
「あんたにも、ルーミスにも、よろしく云っていたよ。意識を失う前にね。本当に、カッコよかった。あたしも主人として誇らしい最期だった。
けど――死んじゃ、何にもなんない。あたしは本当は、自分は死んでも、この子には生きてて欲しかったんだ。けど、しょうがないじゃないか。ホルスも、キャティシアもいた。この子のあたしへの思い、死を賭した決意は無駄にできなかった。しょうが、ないじゃないか――」
声が、震えてきた。レエテも涙を流し、打ち震えながらナユタの両肩をそっとなでた。
「ナユタ……」
「主従関係の魔導生物だけど、あたしは相棒として――友達としてこの子を作った。そしていっしょうけんめい、それに応えてくれた。もっともっと、一緒に生きたかった。約束だって、まだちゃんと果たしてなかったんだ――」
そして沈黙した。数秒、そのままナユタの肩を抱いたままうつむいていたレエテだったが――。
突如、ぞっとするような陰惨な殺気と、凍りつくような冷気を感じ、はっと貌を上げた。
そこには、先程までナユタだった、得体の知れない「何か」がいた。
「――レエテ、覚えて、いるかい? あんたと初めて会話した地底湖で、あたし達は云い争いをした。
あんたはこの戦いは遊びじゃない、てたしなめ、あたしは引けない事情がある、舐めるんじゃない、て云い返したよね」
「――え、ええ……」
「今にして思うと、あのときのあたしはとんだ甘ちゃんだった。お笑い草さ。大陸最強最悪の組織に喧嘩を売ることの本当の意味を、知ったかぶって何もわかっちゃいなかった。
けど、ここに至ってようやく身にしみたよ。こういうことなんだ、って。幼ななじみを殺され、自分の身体を強姦されまくり、掛け替えのない相棒、友達を失う、そういう犠牲を払うことなんだってね!!!!!」
人ならざる者のようなドス黒いものをはらんだ叫びと同時に、一気に黒い暴風――目には見えず感覚だが――が数十m四方へ広がった!
レエテも、シエイエスらその場にいた仲間も、そのさらに遠くにいたシェリーディアと“夜鴉”の面々も――。突然魔界にいざなわれたかのように錯覚する感覚に、思わず一斉にナユタの方を見た。
魔神のごとき魔力を拡散させたナユタは、さらに驚くべき事象を起こした。
足元にパキ……パキと冷気を放つ氷の剣山を発生させ、次いで、掌に置いたランスロットの遺体を一瞬のうちに氷の塊の中に押し包んだ。
「ナユタ――あなた、氷結魔導を――!!」
レエテの驚愕も言葉を耳に入らないように、ナユタは続けた。
「いいとも――上等じゃないか。犠牲には、相応の報復を。てめえらに、生きてたことを後悔する無残な死を、与えてやるさ……!
トリスタン、アリストル大導師、エティエンヌ、そしてランスロット。あたしの中に生きることになった霊魂の、無念の思いを込めて、ぶち殺す、皆殺しに、する――!!
フレアの女、ロブ=ハルスの野郎――そしてサタナエルの全て。首を洗って待ってやがれ……!! てめえら全員、このあたしの炎で骨まで灰にしてやらああああ!!!!!」
絶叫とともに、上空と、数十mの範囲に円を描くように発生した、超弩級の爆炎!
恐るべき熱量を一瞬感じさせたあと、すぐに消滅してしまった。
――理性で、仲間に被害が及ばないようにしたものの、もしそれがなかったら、ここにいた自分たちがすでに消し炭となっていた。場の全員にそれを肌で感じさせる大魔導。魔力。
シェリーディアも、背筋に冷たい汗が流れていた。レエテだけでなくこの女がいれば、将鬼らの討伐も十分に可能と思わせた。
今この瞬間、ナユタは並外れた“限定解除”を果たし、魔導士として恐るべき高みに達し――。
同時に、この時点で、レエテと同じく真の復讐鬼へと姿を変えたのだ。
その彼女の目に、シェリーディアの姿が目に止まった。恐るべき憤怒の双眸でシェリーディアを睨みつけ、低く言葉を発する、ナユタ。
「――何で、ここにサタナエルがいる。しかもえらく大物じゃないか。
ちょうどいい。手始めに、てめえから最初にぶち殺してやろうか!!!!」
本気だ。今は非常に危険な状態だ。そして今のナユタなら、負傷したシェリーディアを殺すことなど手も触れずに可能であろう。レエテ、それにルーミスは、必死になってナユタを止めた。
「待って、ナユタ!!! 違うの! シェリーディアは味方なの!!! サロメに裏切られて組織を抜け、私達を助けてくれたのよ!! 命の恩人なのよ!!!」
「そうだ!!! オレも彼女に助けられた。今は少なくとも敵じゃあない。分かってくれ、ナユタ!!」
ナユタはその言葉に、ようやく殺気を収めたが、シェリーディアに侮蔑の表情を浮かべたあと、背を向けて去ってしまった。
「事情は良く知らないが、敵じゃないことは了解した。けどいずれにしてもあたしは、サタナエルだった奴なんぞと馴れ合う気は毛頭ない。勝手にやってくれ。
ルーミス。ランスロットは、あたしが凍らせるから……こんな危ないところじゃない別のところに葬りたい。
できればせめて――あたし達4人、コルヌー大森林で楽しい時を過ごした野営地に墓を作りたいんだ。
ハーミアじゃ、魔導生物は生物じゃなく、魂のないケダモノ以下だって話だけど……。
お願いだから、この子を人間として、弔いの聖句を唱えてやってほしいんだ」
ナユタのその言葉に、勢い込んで応えるルーミス。
「当然だ!! 法王庁の奴らの見解なぞ、クソくらえだ!!
ランスロットは、紛れもない一人の人間だ。兄弟のように接してきた友人の彼を、オレが無碍にすると思うのか!? 神も、当然お認め思される!
厳かな立派な葬式を、執り行うさ。心配しないでくれ!」
「……ありがとう、ルーミス」
ナユタが離れたのを見計らって、レエテはシェリーディアに近づいた。
彼女は、“夜鴉”の負傷者たちをいたわっていた。すでに彼らの中の法力使いも到着し、副将ヒューイに負傷させられたビラブド中尉やダフネ少佐も、死の峠を越えていた。
その後ろでは、別の負傷者を救護するデレク大尉、その肩に止まる隼の魔導生物ザウアーの姿があった。
「シェリーディア」
「レエテか。とりあえず、今報告を受けた限りでは、遺跡のサタナエルは全滅した模様だ。
“夜鴉”の被害も大きかったがな……いすれにせよ、ここでの件は決着した格好さ。
礼を、云うよ。共闘の話に乗ってくれ、サロメを斃すことができた。アタシの遺恨は、これで晴れたんだ。
……アンタには、すごく申し訳ないけど。実の母を殺した心の傷や、まだまだ倒さなきゃいけない仇がいるんだからね」
「いいの、それは気にしないで。あなたの目的が果たされたのは、良かった。
今回のこと、本当に感謝している。あなたがいなければ、私はサロメの元にたどり着くことすらできなかったし……他にも命にかかわること含め、本当にいろいろ助けてもらった。
お礼を云うわ、ありがとう」
「……知らないうちに、普通に喋ってくれるようになったな。嬉しいぜ」
云われてレエテは貌を赤らめた。確かにそうだ。敵として接していたはずなのに、いつの間にかそうなっていた。
「いずれにせよ……アンタとの共闘は、ここで終わりだ。
この遺跡を後にしてからは、アタシ達は敵同士だ。アンタは自分の目的のため行動し、アタシは今の主人の目的のためアンタを狙うことになる」
「ええ……そうね」
レエテは唇を噛んだ。分かってはいるが、名残惜しかった。許されるものならば、シェリーディアを仲間に引き入れて、一緒にいたかった。それほどの友情を、レエテは感じていたし、それはシェリーディアも同様だった。
だが、宿命だ。現実は変えられない。二人は一度見つめ合い、自然と固く握手を交わしていた。
「じゃあな、達者で」
「ええ、あなたも」
レエテは仲間達の元に戻った。そして、すぐに、ナユタから声をかけられた。
「レエテ……。ランスロットやあたしのことを気にかけてくれるのは嬉しいけど……。
あんたも、何かすごく心が傷つくような大きなことが、あったんだろ? あたしの目は、ごまかせないよ」
「え……いえ、いいの……。私のことなんて……」
「云いな!! 遠慮なんかしないですぐに教えるんだよ!!!」
そして、レエテはぽつぽつと、話し始めた。
サロメとヴェルとの血の繋がり、過去の経緯、実の母からの悪魔の所業など――。
その優しさから、レエテが柔らかく表現してしまう部分は、シエイエスとルーミスが生々しく証言して捕捉した。
ナユタ、ホルストース、キャティシアは、衝撃の事実に目を見開き、身体を震わせて聞き入った。
ナユタは、涙をにじませてレエテに云った。
「なんて……こった。そんな、そんな事があったなんて……。
ごめんよ……レエテ。そうとは知らず、あたしは自分がこの世で一番不幸みたいなことを口走っちまって……」
そして絶句しうなだれた。以前も彼女に云ったことだが、なぜレエテにばかりこのような過酷な運命が降りかかり続けるのか。
実の母をその手で殺し、残る短い寿命を犠牲にして今度は実の兄を殺そうとしている。
これを呪いと云わずして、何だというのか。
「そんなこと、云わないで。前にルーミスにも云ったことだけど、誰が一番だとか優劣をつけられる問題じゃない。皆それぞれが、宿命を背負ってる。それぞれの思いがあるわ。
話を変えましょ。これからランスロットを埋葬してあげてお葬式をしなきゃいけない。
それで南に向かうなら、進路はエストガレスということになるのかしら、ナユタ、シエイエス?」
多少強引に話を変えたレエテに呼応し、シエイエスが応えた。
「そういうことになるだろうな。
奴――ロブ=ハルスは、おめおめとダブラン村のアジトになど戻っていないだろう。すでに将鬼の半分が壊滅した今、サタナエルも存亡の危機に瀕し始めている。大陸各国からの反撃を防ぐため、何か大きな混乱を起こそうと動くはずだ。
空白地帯のノスティラスに向かうとは考えにくい。であれば――“法力”ギルド将鬼、ゼノン・イシュティナイザーが盤石の基盤を築く、エストガレス、それもローザンヌに向かうに違いない。奴と協力して何かをやらかすためにな」
ナユタも昏い怨念をにじませながら、同意する。
「あたしもそう思うよ。今回のことで分かったが――あの、変態野郎が考えているのは常に、自分の薄っぺらい都合と快楽のことだけだ。
組織の命令や理念もどうでもいいし、他の将鬼みたいに信念というか妄執みたいなものでも動いちゃいない。だから今回みたいに、面倒なことを押し付けられる奴と一緒に行動するだろうと思うよ」
レエテは、それを聞いて頷いた。
「わかった。なら、私達はロブ=ハルスを追って、ローザンヌに向かう。
ダレン=ジョスパンの妨害にも注意しなきゃいけないけど……何らかの手段でオファ二ミス王女殿下とコンタクトを取り、ご協力を求めようと思う。いいわね?」
方針も決定し、まずはランスロットの遺体を手厚く弔うため、コルヌー大森林を南下するべく移動し始めた一行。
その最後尾を並んで歩く、ホルストースとキャティシア。
キャティシアが、ぼそりとホルストースに語りかける。
「ねえ、ホルストース……。あんた今、ナユタさんと付き合っているんでしょう……?」
突然の思いもよらない話題に少々ぎょっとするも、神妙な面持ちで応えるホルストース。
「ああ、そうだ。むしろ何でもっと早くそうしなかったのか、て思う。
レエテにも惚れてたが、それは一時の極端な思い込みだったって思えるほどだ。
ナユタは俺とピタリと波長が合って、強がりだが中身は可愛い女で――。今は心底惚れているし、何をしても守ってやりたいと思う」
「あんなに強くて、怖くて、その上とてつもなく重い運命を背負って……その、別の男にあんなことされていても……?」
「そうだ。あいつの心の傷は、必ず俺が癒やすし、あの野郎も――必ずぶち殺す。
そして、あいつに比べ何も背負っちゃいない俺だが、だからこそ受け止められるものもある。
あいつが復讐に生きるっていうなら、命をかけて、あいつの力になるだけさ」
「すごい……わね、あんた。私、臆病でいくじなしで、そんな覚悟持てない……。
でも思う気持ちは、その人の力になりたい、ていう気持ちはすごく良くわかる。強く、ならなきゃ……」
「……」
「もう一つ……聞いていい? あんた、昔お父様っ子だったのに、逆らって反乱軍に入ったんでしょ? いったいどうやって、それを決断できたの?」
「……? なぜそんなことを聞きてえ? どうもこうもねえよ。親父を許せねえ真実を知って、頭ん中が怒りで一杯になったら、自然に身体が動いてた。そんだけだが?」
「そ、そうなの……わかったわ、ありがとう。い、今聞いたことは、忘れて? 私も、すごく変なこと聞いちゃったから」
慌てて取り繕うキャティシアを、一瞬訝しむ目で見るホルストースだったが、すぐに忘れることにした。
キャティシアは、目を伏せながらも、何やら深い思いに沈んでいるようだった――。