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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第三十五話 眼殺の魔弓サロメ(Ⅱ)~開かれる戦端

 レエテの静かな――しかし激しさのほとばしる宣戦布告を受けたサロメと、セリオスは――。

 ユラリ、と立ち上がった。


 もとより常人とは放つ闘気と殺気のケタが違う両者ではあるが、その圧倒的実力を知る今となっては、何倍もの迫力を見る者に与えていた。


 ルーミスは、この場所へ向かう道すがら、シェリーディアに参戦を止められていた。

 アンタじゃ足手まといになる。隅で引っ込んで、法力の準備だけ万端にしててくれ、という言葉。

 怒りとともに反感を覚えたが――。今となっては、その言葉の100%の正しさを感じずにはいられなかった。

 サロメの実力を身を持って知っている上に、それに劣らぬ、隣に控える凶悪な女の実力も肌で感じた。

 今自分にできることは、聖照光(ホーリーブライトン)の法力増幅性能を、回復の力に変換して2人の「仲間」のサポートに回ることだけだと思えた。


 後ろに下がるルーミスの脇から、闘気をみなぎらせて前に出るシェリーディア。

 

 右手に持った“魔熱風(パズズ)”を立て、垂直に一度激しく振る。

 ガシャンッ!!! と内蔵マガジンが激しい機械音を立てて、あらゆる仕掛けを臨戦態勢の構えに持ち込む。


「おい、イカレ女。テメエは余裕ぶっこいているかも知れねえが、過去のアタシ、さっき見せたアタシが、このシェリーディアの全てだと思うなよ。

アタシって女はな、奥が深いんだ……。こっから、ようやくアタシの真骨頂が拝めるんだって思いな。本物の、戦闘ってやつを、ヒヨッコのテメエに骨の髄まで教えてやるよ」


 眼前に踏み出してくるシェリーディアの挑発を聞いて、セリオスは目を爛々と輝かせて身を屈め、力をその身体に充填させる。


「ヘエエ!!! へへへェ――! 何だあんた、思ってたよりズッと楽しい人じゃないですかあ!!!

あたしの力を知ってゴミクズみたいに怖じ気づかなかったの、今までであんただけですよお!!

楽しい――なああああ!!! じっくりあたしと遊んでくださいよおねええ!!??」


 セリオスが邪悪で不気味な嗤いを貌に貼り付けたまま、前にずい、と大きく踏み出す。


「――今だ!!!!」


 突然、シェリーディアが叫びだす。

 一体誰に云っている――? 一瞬セリオスがそう考えている間、不意の初撃準備は完了していた。


 レエテが低く落とした腰の先の足で大地を掴み、上体をバネのように大きく反らせていた。

 顎を天に向けて上げ、しかし両眼は下を向くようにしっかりと敵を見据え、両の腕は翼のように広げられていた。


 次の瞬間、レエテは一気にそのたわませた上半身を解放し、両手に握った何かを――。

 猛烈なスピードで、下手からの振りで「投げつけた」!


 ボルトを凌駕するスピードで射出される、重量をも伴った「それ」は――。

 明確にサロメと、セリオスに向けて攻撃手段として襲いかかってくる。


 セリオスの、“純戦闘種”としての驚異の動体視力をもってしても、速すぎた。

 若干の不意をつかれたことも手伝い、それを完全にかわし切ることは不可能だった。


 急所の回避には成功したものの、投擲物体はセリオスの右肩を直径3cmにもわたってえぐり取り、背後の石像に打ち込まれた。えぐり取られた箇所から激しく出血するセリオス。

 

 それまでのニヤニヤ嗤いを貼り付け続けた悍ましい表情が初めて、強烈な苦痛に大きく歪んだ。

 本人格であるセーレはそうではないだろうが、きわめて有能な戦闘人格たるセリオス自身は、己が表出している状態で負傷したのは初めてに近いのであろう。


「ぐっ!!!! ああああああ!!!! いっ――いてえええええ!!!!

こ――の――黒い薄汚え牛女あ――!!! 何を――しやがるうううう!!!!」


 そしてセリオスと同時にこの攻撃を受けたサロメは、彼女が受けたこともない特殊極まる射撃に明らかな焦りを見せながらも――。


 流石という以外に形容しようのない、チャクラムによる完璧な防御によりこれを受け流し、地面に激突させていた。


 サロメの目に映ったその物体は――。


「錠前、か」


 そう、それは地下牢で捕虜のルーミスを拘束していた、オリハルコン製の錠前だった。レエテは1kgに達するこの重量物を両手に持ち、サロメとセリオスに投げつけ攻撃したのだ。


 道中のガーゴイル戦で明らかになったレエテの投石の才能を見たシェリーディアが、考案した作戦だった。最も原始的な投擲技術でありながら、その汎用性と軽視できぬ威力から、弓やクロスボウが発達した現代でもときに有効な戦法とみなされる、投石。

 最硬レベルの重量金属を、レエテのような超人が怪力と全身を使った投擲技術で投げつければ、それは兵器といえる脅威となる。

 サタナエル一族は利便性と威力を誇る結晶手と高い身体能力をもち、ほとんどの負傷をものともしない不死身ぶりゆえ、その戦法はもっぱら超接近戦。その思い込みを逆手に取り、かつ口上で油断を誘った上での不意打ち。初撃として申し分なかった。


「――我ら“投擲(スローン)”ギルドに、投擲で対抗するとは面白い。まだ弾を隠し持っていそうだな? ならば――」


 サロメは、素早く背の“神鳥(ガルーダ)”を抜き放ち、矢を取り出す。今度は“倍弦弓射三連(スペルレンフォーサー)”を簡単に放てるような隙は相手にないゆえ、連射性能を重視して数を繰り出すようだ。

 

「セリオス!!! 撃ちまくれ!!!」


 信頼する最強の部下に鋭く指示を出すと同時に、自らは2つの弦から1本ずつの矢を放ち、連射体勢に入る。


「――承――知!!! てめえら、ぶっ殺してやるうううああああ!!!!」


 命令を受けたセリオスが怒りに任せ、両手を突き出し、自動連射クロスボウを滅茶苦茶に撃ちまくる。


 背中の巨大弾倉が悲鳴のような金属音を上げ、そこから送り出される連結ボルトがうねり踊り、それが吸い込まれるクロスボウから狂気のごとき音量を上げてボルトが連射されていく。


 流石に、戦闘の天才。滅茶苦茶に打ち込んでいるように見えて実は、レエテとシェリーディアという2人の標的の動作範囲を的確に捉えている。強力に防御せねば、蜂の巣にされる。


 より至近距離でこれを受けたシェリーディアは、相変わらずの高等技術により、刃でことごとくこれを撃ち落とした。

 レエテも事前に射撃での反撃を予測していたことから、側面に大きく飛び退ってこれらの大量射撃をかわす。標的を失ったボルトは石壁に突き刺さり破壊し、花壇の石垣を大きく削り取る。

 入り口で待機するルーミスにまで脅威はおよび、彼は素早く奥に逃げ込んでこれをかわす。入り口付近の壁に突き刺さる数本のボルト。


 しかし追い打ちをかけるがごとく、今度は比較にならない一撃の重さを持つ矢の連撃が襲う。


 サロメが2本の弦でそれぞれ放った射撃は、磔にされた状態で槍を突きつけられたごときプレッシャーで二人に迫る。


 シェリーディアは必死の形相で、縦に構えた刃でこれを紙一重で受け流した。

 流された矢は、背後の石壁を粉々に打ち砕く。


 レエテは身を翻してセリオスのボルトをかわした直後であり、体勢が完全に整ってはいなかった。


 眼前に迫った凶悪な刺突を、どうにかかわす動作を起こしたものの、かわしきれずに貌の左脇をかすめ、耳を削ぎ落としつつ削り取られ――。鮮血とともに銀の長い髪を散らせる。


「――っ!!!」


「レエテ!!!」


 交錯するレエテの呻きと、シェリーディアの叫び。


 サロメは再び冷酷な笑みをその貌にたたえながら、肩をすくめてレエテに語りかける。


「やはり、出来損ないだな、貴様は。

先程『嘆かわしい』と云ったのは、仮にもこのサロメの血を引いた子でありながら、ろくに才能を引き継いでおらぬその体たらくについてのことだ。

パワー、スピード、センス、どれをとっても落第としか云えぬ。無論、真に力を発揮するには何かのきっかけや鍛錬を必要とする場合もある。ヴェルも、打倒マイエの地獄の鍛錬の末に全ての力を解放できた。が、それを差し引いてもその年齢、戦闘経験で現状のザマ。話にならん。

本当にあるか確かめてみろ。現在ではサタナエルしか知らぬものゆえ教えてやるが、後頭部の頭皮に、円形の赤い突起があればかの血統だ」


 云われてレエテは驚愕し、自分の後頭部に手をやった。

 もちろん触るまでもなく、分かっている。物心ついたころから、髪の毛の間に指を入れるとかすかに触れる、円形の膨らみがあることは知っていた。

 しかし――だと、すると「彼女」も――。


 遠距離の打ち合いの末に膠着状態となった戦場の真ん中まで、サロメは歩みだしてきた。


「本当に色々、骨を折ったのだ。ノエルの血筋に、私の“純戦闘種”の血。子供に両方を受け継がせる為に。

文献で、過去の事例を調べた。そして身を挺した賭けでメフィストフェレスを服用し、それが“純戦闘種”には血統の継承という副作用のみをもたらすことが分かった。

――そうそう、その時に知ったのだが。私が参考にした、同じ方法で過去に種族の血を継承したと思われる女がおり、その生まれた娘というのが――。他でもない、マイエ・サタナエルだったのだよ」


 その事実に、驚愕の表情を隠さないシェリーディアとルーミスとは対照的に――。

 レエテは、「やはり」、という表情で目を閉じた。


 マイエにも、自分と同じ後頭部の印があったからだ。

 レエテが11,2歳のころ。彼女に髪をとかしてもらっているときに、レエテが自身と同じ特徴を持っていることに気づかれた。「同じ特徴があって本当の姉妹みたいだね」、とマイエは喜んでくれ、自分もすごく嬉しかったことを覚えていた。


 だが聞いてみると、納得できる。“純戦闘種”の血が、マイエの神の領域といえる強さを支えているものの一つだったのだ。思い起こすにレエテと違い彼女は、出会った18歳の時点ですでに、そのポテンシャルを遺憾なく発揮できているようでもあった。


「組織も、知らぬことだ。――フレアの奴とヴェルは、知っているかもしれんがな。

いずれにせよ私のそれだけの苦労にも関わらず、貴様という不要極まる不純物が生まれてきてしまったのだ、レエテ」


 怒りを思い出したかのように貌を歪め、忌々しそうにレエテを指差す、サロメ。


「よく知っているだろうがサタナエルでは、女児を生んだ生母は嘲笑われ大いに不名誉を受ける。史上最強の“魔人”の生母となるべきこのサロメに、断じてあってはならぬ汚点だ。

だから私はすぐ、生まれてきた余計なゴミクズである貴様を、叩き潰して殺そうとした!!」


「……うう、うう……」


 レエテは、すさまじい心の激痛に、思わず大きく貌を歪めて胸を押さえた。


 「本拠」で、マイエら家族と幸福な時間を過ごしている間も――。


 一人の人間としてレエテは、当然ながら見知らぬ自分の本当の親、というものにも強く思いをはせていた。

   

 もちろん、一番大切なのは今の家族の皆だ。

 だが思わずにはいられなかった。


 自分は、いったいどんな父親をもち、そしてどんな母親から生まれてきたのだろう?

 

 自分が生まれてきたことを、喜んでくれたのだろうか? 生まれてきた自分を、愛おしく思ってくれたのだろうか?


 生まれてすぐに施設に入れられた自分。引き離されても、どこかで自分のことを思い、無事を祈ってくれているのではないだろうか?


 その思いを常に持っていたレエテは幼い頃、家にあった本の挿絵に出てくる優しそうな夫婦を見て、そんな人たちが自分の親だったらいいなと夢想した。

 以来その夢想は続き、温厚な挿絵の女性は、離れていてもなお自分を思ってくれる慈悲深い母親として焼き付いた。


 だがたった今、この場所で――。その儚くも温かい夢は、無残に、粉々に打ち砕かれ、踏みにじられ、廃棄され、潰えたのだ。


 自分は、生まれてくることを全く、完全に望まれていなかった。それどころか、この世にいてはならない存在として完膚なきまでに忌み嫌われていたのだ。


 父親は種だけを与える存在。そして母親は――。

 人としての血が一滴も通わぬ、冷酷非情な異常殺人者。この世で最凶最悪の組織に積極的に加担する、大量殺戮者。そして、自分の一番大切な存在を殺した、仇。

 さらに信じられぬほど利己的な理由によって子殺しを即断。実の子であるレエテを目の前にして「不要な不純物」「余計なゴミクズ」などと、およそ人として口にしてはならぬ言葉を息をするように口にする、地獄のケダモノ。


 ランスロットを失った復讐心で己を染め上げることで、自己を取り戻すことができていたレエテだったが――。


 再び、その心はズタズタに引き裂かれ、何度も念入りに潰されるかのように深く――深く傷ついてしまった。


 彼女は止めどない涙を流し、目を見開き、震えながら胸を押さえて崩れ落ちてしまった。



 これを聞いていた、ルーミス、シェリーディアはレエテへの同情と、抑えきれない己の裡の怒りを感じていた。


 許されざる、外道の、その言動に対して。ことにシェリーディアにとっては他人事ではなかった。

 自分も、最低の人間である実の母親に、己の尊厳を踏みにじられた。自分のときは悲しむことしかできなかったが、他人の同じ状況を目にすると――自分でも信じられないほどの怒り、義憤がこみ上げた。


 我慢ができなかった。サロメに対し、レエテに代わって責め、なじり倒してやりたかった。

 その思いがこみ上げ、口を開こうとした、瞬間。


「ふざけるな!!!!! この悪魔の化身め!!!!!」


 信じられないほどの声量と、迫力をもった、男性の怒声。


 あまりに聞き覚えのあるその声に、ハッと飛び上がるように涙で濡れた貌を上げるレエテ。

 

 その先の、20mほどの位置にある石壁の窓部から、身を乗り上げるようにして中庭を見下ろしている、一人の男性の姿。


 その貌は、普段の「彼」からは想像もつかない程の険を刻み異常な迫力に包まれ――。

 幾重もの太い血管が、額に浮き上がっていた。


「シエイエス。――シエイエス!!!!」


 レエテが叫んだ先にいるその男性、正門大街路の闘いから駆けつけたシエイエスは、これまでに彼女が見たこともないような鬼の眼光で、サロメを睨みすえていたのだった。

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