第二十九話 遺跡内の攻防(Ⅶ)~純戦闘種
繊細で臆病な女性、セーレ・イルマの中に潜んでいた別人格、セリオス・イルマ。主人格と正反対の獰猛で凶悪な性格をその表情の全面に貼り付け、矢のようにレエテに襲いかかる。
全身に刃物を突きつけられたように感ずる、巨大な殺気。それに当てられたレエテは一気に表情を厳しくし、迎撃体勢に入る。
――と、セリオスはレエテの手前10mを切ったところで、突如その両手を突き出し――。
恐るべきボルトの連射を放った。
小指に装着されたワイヤートリガーを彼女が引くと、腕に装着された小型クロスボウからボルトが自動連射される仕組み。“魔熱風”より小型な分威力は劣るが、連射力では圧倒。
わずかコンマ5秒で、各々10本のボルトの連射を可能にした。
20本ものボルトの同時攻撃。右手はレエテ、左手はシェリーディアを狙う。
シェリーディアは、自分の連射より初速の速いボルトに戸惑いながらも見極め、10本すべてを叩き落とした。
レエテは姿勢を低くして見極め、結晶手を振るいボルトを落とそうとしたが、流石にシェリーディアほどの技量は発揮できずに――。右肩に深々とボルトを受けてしまった。
そして自らのボルトを追いかけてきたセリオスが、レエテに対して仕掛けた直接攻撃。
それは――足、だった。
踏み込んできた勢いを殺すことなく、急停止した左足を軸足に繰り出した、右足の回し蹴り。
ガードしたレエテの左腕が、ミシリ、とダメージの音を響かせ、踏みとどまることのできないほどのパワーによって砲弾のように右方向へ吹き飛ばされる。
そのまま石壁に激突し、倒れ伏したレエテに追撃をかけようとするセリオスに、シェリーディアが立ちふさがった。
「エヘヘへェ……! 初めまして、ですよねええ……、シェリーディア元統括副将。
あたしの邪魔すんならぁ、すぅぐに血だるまの肉塊にして差し上げますけどねえ! キハハハハハ!!!」
「なんて姿だよ、セーレ……。断片的に聞いちゃいたが、あの優しかったアンタが、こんな醜い化物を心に飼ってただなんて。
セリオス、とか云ったか。テメエの不細工なツラは見るに耐えねえ。すぐに消えろ。そして、セーレを返しやがれ」
「キハハハ!! 相変わらず、ヘドがでるぐらい甘っちょろいお方ですねえ、あんた!!!
前から、セーレの影で時々あんたのこと覗いてましたけどお、よくもまあこれで統括副将なんていえたもんだと思ってましたよ。やれお仲間意識だ、チームワークだ、ってお友達ごっこに精を出して。
お言葉ですけど、消えるのはあたしじゃねえ、セーレの奴のほうですよおおお!!!!」
その言葉が終わりきらぬうちに――。セリオスはシェリーディアに殺到し、跳躍した。
空中で一回転し、そのまま飛び蹴りを放つ。
シェリーディアはこれを“魔熱風”の刃で受けたが、度を超えた凄まじい圧力に体勢を崩す。
セリオスはそのまま、空中で一撃、蹴りを加えたあと――。
着地と同時に、側面、正面、上段、下段あらゆる蹴撃の雨を降らせる。
なんという、筋力か。シェリーディアは驚愕した。自分も、持って生まれた才覚と地獄の鍛錬によって人外ともいえる筋力を持ってはいるが、明確にそれを上回るパワーだ。
加えて、サロメの丹念な教育によるものか、相手の隙をつき力点を見極めた、恐ろしく高い戦闘技量。「蹴り」という技に特化し鍛錬された攻撃は、極めて純度の高い絶対の凶器として機能していた。
受け切るだけでやっとであり、ガードの上から確実にダメージが蓄積する。
焦燥の表情を浮かべたシェリーディアは、一瞬の隙を見出し、トリガーを引く。
セット済のボルトが射出され、至近距離でセリオスを襲う。
しかしセリオスは、余裕の表情でこれを瞬時に見極め、右手のクロスボウからボルトを射出。
針の穴を通す精密射撃は、シェリーディアのボルトの先端を正確に狙い、見事にこれを弾き飛ばした。
先程の隙はセリオスの、狙いすました誘導だったのだ。
一瞬の驚愕により、極々わずかではあるが隙を見せるシェリーディア。
(しまった――!)
続けざまに繰り出される踵落としに対し、ギリギリのところでガードを合せたシェリーディア。しかし受けきれず、大きく体勢を崩して地に完全に膝をついた。
それを見極めたセリオスは、一旦身を翻して退き、祭壇の近くまで戻った。
サロメの指示だ。彼女は、胸をそびやかし、シェリーディアに向けて云う。
「どうだ、シェリーディア? 貴様ほどの使い手でも、勝てる気がせぬだろう。
セーレは、第一級の素材として組織が総力を上げて得た人材。忘れたわけではなかろう。
貴様のような雑種とは、そもそもの出来が違うのだ」
「まあ、そうでしょうね……。
レエテ。アンタは“純戦闘種”というのを聞いたことがあるか?」
シェリーディアに声をかけられたレエテは、ダメージを負いながらもようやく立ち上がったところだった。
「ああ……文献で、読んだだけだが」
“純戦闘種”は、カマンダラ教を滅ぼしたローデシア王朝が、彼らが残した複合生物などの人体実験データをヒントに生み出した人間。優勢血統同士をかけ合わせ、さらに優勢な者を残し、時折劣勢を組み合わせながら、十世代以上後に生まれた究極の肉体を持った者たちを指す。
ローデシア王朝の滅亡とともにそれらの者たちの血統も散り散りになって消えてしまったが、それから時が経った近代でもごく稀――。10年に一度程度の周期で大陸に一人、その究極遺伝子を表出させるものが現れると云われていた。
エストガレス王国の創始者、マーカス・エストガレスもその一人であったと伝えられるが、どのような要因か女性に現れることが多かったとの言い伝えが残る。
「大方想像はつくと思うが、サタナエルにとってその旧世界の遺物は垂涎の的だった。
大陸中に張り巡らした情報網で“純戦闘種”を拾い上げ、従わない者は殺してきた。
そういう経緯で半ば拉致される形で組織に加わったのが、あのセーレだったんだ」
「その通り。だがセーレの性格はあの通りの腑抜けで、1/10も力を発揮できる状態ではなかった。
そこで、組織の指示で私が処置を施していた」
「処置……? 別人格の存在についてはアタシにも多少話してくれてましたが、それはアンタが仕掛けたこと、だったと?」
「そうだ。継続的に精神に極限の虐待を加え続け、狂気の淵まで追い詰める。
人間はその状態になると、防衛本能として己の中に別人格を作り、多重の人格となることがある。
セリオスは、そうやって私が丹念に生み出した理想の戦闘人格。我が子のような存在というわけだ」
「……外道。人間の、屑が……!」
シェリーディアは、一度ギリッと歯噛みした後、レエテに目配せした。
そして、迅雷のように素早く大きく踏み込むと、低い姿勢で“魔熱風”を構え、爆炎魔導を充填したボルトを連続発射する。
広範囲で2人の標的に放たれたボルト。セリオスはそれを、蹴り技によって足の強化装甲に当て振り払う。同時に発生する爆炎は、耐魔によって弾く。
標的を外れたボルトが地面や祭壇に当たり、爆発を発生する中、サロメにもボルトが迫る。
サロメは余裕の表情で両手にチャクラムを構え、これを迎撃する。
ボルトの先端を弾きつつ耐魔し、攻撃を無効化していく。
弾いたものの、周囲で爆裂した炎がもたらす煙で一瞬視界が遮られる。
コンマ5秒後、それが晴れた瞬間――。
結晶手を突き出したレエテが出現した!
シェリーディアが作った隙のごく僅かな時間で、一気に距離を詰め、殺到していたのだ。
「サロメーーッ!!!!!」
叫びつつ、敵の手前で素早く腰を落とし、上体を捻り――。
レエテは必殺の攻撃、“螺突”を放つ!