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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第二十八話 遺跡内の攻防(Ⅵ)~対峙と、隠された一人の凶人

 同じ頃、遺跡の北側では――。


 レエテと、シェリーディアの二人がゼグルスの罠に誘導されつつ天守閣を目指していた。


 先程レエテが大量の火薬の爆破によって負った傷は彼女にとっては浅く、すでに爛れた皮膚のほとんどは再生、破片による刺し傷も回復していた。

 後ろに続くシェリーディアはそれを見ながら、一つ口笛を吹きながら内心独りごちた。


(相変わらず、ズルとしかいえねえ位うらやましい能力だな。力でいくら上回ろうがその不死身の能力ゆえに、アタシ達一般人がアンタらサタナエル一族を倒すことはえらく難しい。

それこそが、最強の暗殺集団の礎になってきた至高の宝。アンタのその能力も盾に、闘いに勝利するつもりではあるが――。

あの化物は、それでも――それでもまだ――)


「シェリーディア! 着いたぞ、天守閣に!

どこから入ればいいんだ!?」


 レエテの問いかけに我に返ったシェリーディア。

 

 足を止め気を取り直し、すぐに侵入方法を指示する。


「ああ。ここから少し東側に回り込むと、すぐに入り口がある。行こうぜ」


 シェリーディアの指し示す方向に、走り出す両者。

 入り口にあたる扉は、すぐに見つかった。


 レエテはすぐに扉を両手でこじ開け、内部に踊りこんだ。


 天守閣内部は、比較的窓も多く、ふんだんに差し込んだ光で視界は良好だった。

 これならば、照明は必要なさそうだ。


 高さ5m、幅7,8mほどの間口を持つ廊下。広大な天守閣にふさわしく、一直線に数百mにわたって伸びている。

 その向こうに、一際輝かしい光を放つ窓――いや、開け放たれたドアがかすかに、見える。


「シェリーディア、あれが、あなたの云っていた目的地――『中庭』か?」


 走りながら問うレエテに、うなずき返すシェリーディア。


「そうだ。この天守閣内部で、最も開けた場所。カマンダラの神を祭り、色とりどりの花で飾られたこの世の楽園のような場所。

いまや、生きながら地獄の鬼と化した――女羅刹の戦場に選ばれちまったが」


「さっき、私達を襲撃したのは、ゼグルス副将という男だったのか?

ならば、この先でサロメと一緒に私達を待ち受けているもう一人というのは――」


 シェリーディアは、鋭い目つきになり先を見据え、云った。


「ああ、間違いなく、あいつ――『セーレ副将』だ。いや、厳密には……」


 シェリーディアが云い淀んでいる間に、二人は「中庭」のドアにまで達し――。


 そこから勢いよく内部に突入した。


 二人をそこで待ち受けていたもの。


 まずは、すでに内部に潜入し下見をしていたシェリーディアの情報どおり――。


 広大な、庭園がそこには広がっていた。

 広さは、おおよそ100m四方。周囲四方向を、高さ50mもの石壁で囲まれている。石壁の頂きは屋根もなく開放され、燦々と陽が差し込む中庭、といった風情だ。

 その豊かな日光を浴びて、整備された花壇に色とりどりの花が一面に咲いている。真紅、青紫、桃色、黄色など――。この邪教のノウハウをふんだんに取り入れ品種改良を行ったのだろう。悠久の時を経ても、色褪せることも荒れることもなく種を継ぎ、無人の廃墟で嵐からも守られながら繁栄してきたのだ。


 そして、その奥には、巨大な石造りの豪華な祭壇があり、その上に――。体高5mほどの、邪教の主神ヴァルク・カマンダラの像が屹立していた。

 偶像崇拝を禁ずるハーミア教ではあまりに馴染みのない、光景だ。厳かな、筋骨たくましい中年男性の姿。いかめしい貌にふさわしい、蓄えられた豊かな髭。


 しかしレエテとシェリーディアの視線は――。その像には微塵も注がれていなかった。


 視線のすべてを持って注視していたのは、その像の足元に佇む、二人の女性に対してだった。


 一人は、十代後半と思われる、若い女性。160cm代半ばの身長で色白のスレンダーな体つき、純白の軽装鎧。髪は茶色で背中まで長く、貌立ちも可愛らしい。

 その両手には、極めて小型のクロスボウが、手首から腕に固定される形で装着されていた。クロスボウからは、シェリーディアの“魔熱風パズズ”と酷似した、ボルトの繋げられたベルトが伸び、その先は背中に背負った大きなマガジンの中へと続いていた。おそらくは自動連射機構により両手からボルトを発射するのだろう。

 しかしながらその態度や貌の表情は、この修羅場に居るのが全く場違いなほどに――。怯えきって、伏せた視線はさまよい、身体がブルブルと震えていた。極限までおどおどとした様子で、全く戦う以前の状態だ。


 それが“投擲スローン”ギルド副将、セーレ・イルマの姿だった。


 もう一人は――もはや、云うまでもない。


 白一色に近いセーレと対象をなすように、黒一色で統一された、軽装鎧とブーツ。

 その中で、背中の神弓“神鳥ガルーダ”のみが、鈍い光を放つ。

 その年齢を超越した若さと美しさ。それを誇るかのように豊満で長身の肉体をそびやかせ、その上にある貌も、相手を極限までに見下す侮蔑に満ちた尊大な表情。

 愉悦に満ちた冷笑を浮かべた口からその女、サロメ・ドマーニュは――言葉を発した。


「何とも、早い到着だな、レエテ・サタナエル。しかも、殆ど無傷ではないか。

やはりゼグルス、奴は使えん男だな……。

それともシェリーディア、貴様の悪知恵の賜物、というわけか?」


「……サロメ・ドマーニュ!!!」


 記憶にある、あまりにも憎らしいその冷徹なる姿。そして初めて聞く、姿と寸分違わない魔女のごとき声。レエテの全身は総毛立ち、憎悪の仇敵を射るように睨みつけ、構えをとりながら前進しようとする。


 しかしすぐに前に歩み出て制止するシェリーディアに気づき、足を止める。


 シェリーディアもまた、上目遣いに睨みつけながらサロメに言葉を放つ。


「まあ、そう思ってもらって構いませんよ、『サロメ・ドマーニュ』。

アタシは全身全霊でアンタを殺しに来ている。そのためなら手段は問わないし、そうなった時のアタシの怖さは、十分に分かってるハズですよね!?」

 

 怨念とともに裏切ったとはいえ、初めて、長く献身的に仕えた主に対して呼び捨てにした瞬間は膝が震え――。習慣からどうしても敬語になってしまうのは忌々しかったが、シェリーディアは完全に冷静だった。


 サロメの方は若干、シェリーディアの言葉に眉をピクリとさせたものの、まだ十分に冷静であった。


 「そうだな、分かっているとも。貴様はこの私すら恐怖させるほどの優秀な参謀であり、司令コマンダーだった。その実力をもってすればさもありなん、とは認めてやろう。

だがそれでも――まだまだ過ぎたる増長と云わざるを得ん。そう思わぬか、レエテ!?」


 レエテは憤怒の視線とともにその言葉を受け返し、云った。


「今の私が思うことは、ただの一つだけだ、サロメ。

1年前、『本拠』で私の家族を狩猟の獲物のごとく追い詰め――。ビューネイを攻撃し、アラネア、ターニアの死の原因を作ったお前を、同じく首をはねて殺す、そのことだけだ!!!」


 サロメは、予想していたとおりのレエテの反応を鼻で笑い、口を開いた。


「分かっているとも。貴様のその壮絶な怨念、十分に受け止めてやろうぞ、レエテ。

私一人でも良いのだが――。慎重に慎重を期すこのサロメとしては、もう一人歓迎のための相手を用意してやっている」


 そう云うと、サロメは隣のセーレに近づき、怯える彼女に構わずに長い髪の毛を無造作に掴んで引っ張り上げた。


「あああ!! やめ――おやめください、サロメ様!! 私は、私はイヤです。『あの子』を、あの子を起こすのだけはおやめを!!」


「お前の意見や心情など求めてはおらん、セーレ。今私が求めるのは、強大な力だ。

すなわち――求めているのはお前ではない。

ロブ=ハルスに押されなくて良かった、お前のこの『スイッチ』をな!!」


 サロメは叫ぶと、髪の毛を掴んだままセーレを地面に組み付した。


 セーレはうつ伏せに、貌まで地面に押さえつけられた。


 するとその瞬間――。信じがたいことが起きた。


 組み伏せられたセーレの肉体が、波打つように動き――。明らかに骨格が変化し、筋肉の量が増えた。

 そして髪の毛が、量と質を一気に増し、硬質となり逆立つ。

 貌つきが――最も変化し、見る見るうちに険を増して口角を上げる。

 何よりも目が、大きく見開かれ、血走り、凶悪に釣り上がっていく。


 そして数秒ののち、立ち上がったセーレは――。


 比喩ではない、別人の闘気をまとい、裂けんばかりに口角の上がった口から極めて邪悪な声を発する。


「へへへぇ……!! やあっと、起こしてくれましたねえ、サロメ様。

感謝、しますよ……あたしのチカラが、存分に振るえるこの敵。

バラバラに、してやりますよお……血と肉と骨に、分解してあげますよお……! ああ!!!!! たまんねええええええ!!!!!

ワリイなあ、セーレえええ!!! 今はこの身体、あたしのもんだあ!!! 最強の身体で!! 殺して殺して殺しつくしてやらあああ!!!!」


 天を仰ぎ、狂乱の絶叫を放つ、同じ姿をしながらセーレでない、もの。


 それが放つ言葉が示すように――。彼女の身体に棲む、「もう一つの人格」がサロメの手によって目を覚まさせられたのだ。

 「スイッチ」と呼ぶ、髪を掴んで地に組み伏せる動作、とともに。


「フフ……しばらくぶりだな、『セリオス』。

お前が必要とされる時が、来た。

あの二名の罪深い裏切り者どもを、殺し尽くすことを許可する。存分に、暴れるが良い」


 その言葉を最後まで待つことなく――。


 凶人、「セリオス」はレエテに向かって一直線に踏み込んでいった!

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