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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第二十六話 遺跡内の攻防(Ⅳ)~異形の襲撃、人外の不意打ち

 “夜鴉(コル=ベルウ)”の2名が姿を現したのは、100mほども離れた建物の先。


 言葉を交わすのは不可能ではあるが、彼女らの意図は十分に伝わった。

 ナユタを助けたのは、均衡を保つためにレエテ一派に加勢する必要があると判断したからだ。それこそは、シエイエスの策が見事的中した事を示すものだった。

 かすかに見えるダフネの表情が厳しいのは、自分に加勢するのが不本意なためだろうとシエイエスは理解した。


 と、ダフネが高々と左手を上げると――。その背後に黒ずくめの男女が10名、ずらりと姿を現した。“夜鴉(コル=ベルウ)”の兵卒であろうと思われた。


 そしてダフネがそのまま勢いよく降ろし、水平にまっすぐ手をのばすと、その先に向けて兵卒達とデレクは移動を開始した。

 まず最初の標的は、建物の上で途切れることなく矢を放ち続ける、サタナエル“投擲(スローン)”ギルドの兵達のようだ。

 彼らの矢の雨を防ぎ続けるシエイエスには、極めてありがたい援護だ。


「また、七面倒くせえ奴らが現れたなあ……。しゃあねえ、『仕掛け』を動かすしかねえか」


 ヒューイが、心底面倒そうに貌を歪めながら、右手を垂直に高々と上げる。


 すると、間を置かず――。

 遺跡中央、天守閣の方角から巨大な、鈍い轟音が響きわたり――。

 ややあって、何か、軍勢が押し寄せるかのような大地の振動。


 現在戦場となっている、正門からまっすぐに伸びた大街路の向こう。ヒューイの背後にあたる方向から、押し寄せてくるものの正体が徐々に明らかになってくる。


 それは、約20体にもおよぶ、獅子の頭を女性の胸より上とすげ替えた状態の、おぞましい怪物の群れ。

 女性の胸にあたる場所の直下に、横に裂けた口、巨大な牙を持つ複合生物(キメラ)――スフィンクス、であった。


 現在“短剣(ダガー)”の兵員を仕留め、残る一人の男と対峙していたキャティシアが、その異形と押し寄せる光景に恐怖で貌を歪める。

 彼女ももう、血破孔打ちの効果はさほど持たない。極めて、一行にとって厳しい状況が到来した。


 ヒューイが、一つあくびを吐いたあと、スフィンクスが押し寄せるギリギリのタイミングで跳躍し、建物の上に逃れる。キャティシアと対峙していた男も、それに続く。


 ――射手に狙われない彼らは良いが、一行が同じことをすれば、無防備に近い空中で狙い撃ちされる。完全に、逃げるか戦うかの二択。当然、前者はありえない。


「まー……せいぜい頑張んな。人数が減るまで、ここで待っててやっからさ。

一番楽でいいのは、全滅してくれることだけどなー」


 そう云って、ヒューイは建物の屋根に腰を降ろし、胡座をかいた。

 何事か彼に注意する、もうひとりの“短剣(ダガー)”ギルドの男の言葉も、完全に無視しているようだ。


 一行はヒューイから目を離し、迫り来る脅威の方へ視線を向けた。

 ナユタが仲間達を見やりながら、緊迫の表情から笑みを浮かべて皆を見た。


「……こいつに関しちゃ、あたしが仕切った方がいいね。皆、スフィンクスは見たまま、怖いのは正面だけで側面と後方は弱い。ただ知恵はそこそこ回るから、不意を打つか挟撃する必要がある。まずあたしとホルスが正面から迎撃するから、シエイエス、キャティシア、ランスロットは側面から一体ずつ始末してくれ」


 その言葉を受け、ナユタとホルストースの背後に移動し隠れる3人。


 迫りくる異形の女怪の大群は、その禍々しい牙を持つ大口を開けて彼女らを噛み砕かんと眼前にまで達した。


「――いくぜ、化け物どもぉ!!!」


 切られ、出血が未だ収まらない左脇腹の痛みをこらえ、ホルストースが一気に2mほど踏み出し先陣を切る。


 ドラギグニャッツオの射程距離をさらに伸ばす、伸縮自在のグリップを作動させ、横に大きく一閃する。

 一気に攻撃範囲を拡張したアダマンタインの刀身は、それを牙で受けようとするスフィンクスの群れを口ごと横に割いて真っ二つにし――。一気に3体の個体を上下に分割、おびただしい血の噴水を噴き上げる。


 次いでその脇のナユタも、敵が射程範囲に入ったのを見計らい、充填した爆炎魔導を一気に放つ。


魔炎業槍殺スペエレデスフェウエレ!!!」


 サタナエルの幾多の副将を葬ってきた地獄の業火は、長さ5m以上におよぶ真紅の槍を形成し、第一波の個体に加え第二波の個体にまで届き――。一気に4体を燃やし、塵と変えた。


「コオオオオォォォォ――!!!!」


 その女の口から、身の毛もよだつような咆哮を口々に上げ、さらに迫り来るスフィンクス。


 今度は、キャティシアとランスロットがナユタの背後から側面に突出し、弓と氷矢の複合攻撃を仕掛ける。


 側面が弱点の一つという情報に嘘偽りはなく、ホルストースやナユタに比べて攻撃力の劣る彼女らの攻撃でも、やすやすと急所を捉えて仕留められていく。


 彼女らと同時に、反対側の側方にシエイエスも躍り出た。


 そして双鞭を振るい、先端の刃をスフィンクスの心臓めがけて突き刺す。

 見事に、2体を葬ることに成功した。


 しかしシエイエスは――それとは異なる殺気、気配――それも何倍も危険なものの襲来を、即座に感じた。

 もう、分かっていた。それだけの強力な、しかも特殊な「無気力なる殺気」というものを放つ相手のことを。


 ここで終わることすら想定した決死の覚悟で、シエイエスは双鞭の柄の部分から突出させた短剣をクロスさせて、相手の上からの斬撃を受けた。


 そこへ打ち掛かる、想定を遥か彼方に超えた、強力な一撃!


 目線だけをどうにか上に上げるとそこに居たのは――。予想に違わず、ヒューイ・マクヴライドだった。

 襲いかかること自体は知れていた。彼らが予想した以上の一行のチームワークと善戦。このままいけばスフィンクスが全滅の憂き目を見ることが明らかになった時点で、体勢を整え直す隙を与えずに葬る算段だ。現に、もうひとりのギルドの男もキャティシアとランスロットに襲いかかっているようだった。


「面倒くせえ。生き残っちまいやがって……。どうやら、脳みそに当たるやつを始末しないと終わんねえと見た。おまえもその一人だろ? まずはくたばってくれや」


 どのような暗殺者でも必ず発する、人間的感情の発露からくる殺気というものが、この男には一切ない。極めて乾き干からびた、それでいて純度の高い不気味極まる殺気。


 ――と、その表情がかすかに変わり、瞬時にシエイエスから刃を離して飛び退る。そして着地するのを待つことなく、不意打ちを図ってきた水平斬撃の刃をいとも簡単に受け、軟体動物のように更に後方に飛び退る。


 不意打ちを図って、横合いから斬撃を繰り出してきたのは――。

 黒衣、白髪隻眼の女剣士、ダフネ少佐に他ならなかった。


 ダフネは、殺気のこもった視線をシエイエスに向け、憎々しげに言葉を発した。


「久しぶりだな、シエイエス『元』少佐。お前のような奴を助けるのは、誠に私の本意に反するが――。現状では止むを得ない。

お前達どちらが先に行かれても我々は困る。まずは奴を撃退するか殺すぞ」

 

「ありがたい、ダフネ少佐。どうも先程から矢の雨も止んだようだ。君らの手のもののおかげのようだな」


「礼など一切不要だ。――行くぞ」


 

 そしてスフィンクスの方は、決着が着きかけていた。


 ホルストースとナユタは、もう一撃を加えるべくさらに前進していた。

 まずはホルストースがすでに第二撃を振り終え、傷の痛みに地に膝を着いているところだった。


 そしてナユタは、魔炎旋風殺(フェウエレストルム)を放ち、ついに最後の三体を灰燼と化すのに成功したところだった。


「――やった! これで、あの不感症男ともうひとりの敵の迎撃に加勢できる!

ホルス! あんたはそこで休んでな! あたしがキャティシアたちの加勢に向うから――」


 ナユタはそれを、最後まで云う暇を与えられることはなかった。


 突如として、ナユタの背後の街路の石畳が爆発的に穴を開けて石片を撒き散らし――。


 その穴より、噴火口から湧き上がる黒いマグマのように地上に飛び出した、一人の人間の姿。


 漆黒の鎧に包まれた、明らかに人の域ではない強靭なる筋肉。2mもの巨体。


 腰に下げられた、二本のあまりに巨大なジャックナイフ。


 鎧の上から突き出る、睫毛以外に毛の一本もない、日焼けした凶悪極まる人相。


 今の一行の中で、ナユタ以外に唯一その男の人相風体を知るランスロットが、一瞬その姿を目に止め、驚愕の表情を浮かべた。


「――ロブ=――ハルス――!!!」


 そう、突如ナユタの背後に現れたサタナエル“短剣(ダガー)”ギルド将鬼、ロブ=ハルスは――。

 徒手空拳で彼女の背中の一点を突いた。――血破孔だ。


 ナユタは、その一撃で一瞬にして気を失い、目を閉じて後方に倒れた。


 ロブ=ハルスはそれを受け止め、一度右手の掌で愛おしそうに、気を失ったナユタの乳房をまさぐる。

 それを目にしたホルストースが、額に血管を浮き上がらせ、叫んだ。


「てめええええええ!!!!

人の女に、何する気だああああ!!??」


 ロブ=ハルスはそれに応えることなく、ナユタを持ち上げその肩に乗せ――。


 一瞬にして、自らが開けた石畳の穴に向かって、飛び降りて姿を消していった!


 ホルストースが痛みを忘れてその場まで踏み出し、穴を覗いたときには――。


 すでにロブ=ハルスの姿はナユタともどもなく、その行方も、新たに崩された地下道の石壁の瓦礫のお陰で完全に遮られていたのだった。


「ナユタああああああーーーー!!!!!」


 ホルストースの叫びだけが、虚しく地下道に響きわたっていった。

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