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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第二十五話 遺跡内の攻防(Ⅲ)~虚ろなる強敵

 レエテとシェリーディアが、遺跡への侵入を果たす、その数十分ほど前。



 彼女らが侵入する北壁とは正反対の南の方角に、その威容を誇る、遺跡南門。


 そこはもちろん、かつての聖地として建造されたこの大都市であり要塞の正門として、幾十万の人々や物流が往来したであろう活気溢れる玄関口だった場所。


 だが、すでに打ち捨てられて1300年以上。人間が支配した時間よりも、人外の存在が支配した時間がはるかに勝るこの廃都。時折怪物の出入りが発生する以外に往来もないこの場所は、余りに永い時を経て、現在のところ――生きた人間が往来する場所に復活を遂げていた。


 

 その、生きた人間の何人目かとして、門をくぐった4人の男女と一匹の魔導生物、姿は消しているがもう一匹の魔導生物。


 ナユタに率いられるレエテ・サタナエル一派は、敵の襲撃もなく遺跡に到着。そして周囲を警戒しつつ進んでいた。


 クピードーによる上空偵察ができず、内部の様子の全く分からない罠だらけの遺跡に対し、搦手(からめて)を用いるのはかえって危険であるとシエイエスは判断。

 同時に、かつての仲間で構成される“夜鴉(コル=ベルウ)”を熟知するシエイエスは、うまく扱えば彼らを援護に利用できると踏んだ。


 “夜鴉(コル=ベルウ)”には、将鬼に匹敵する強さのレエテを生け捕りにするまでの力量はない。ダレン=ジョスパン自身かもしくは最低限ラ=ファイエット級の人外の強者がレエテ捕獲にあたる筈である。

 よって敵ではあるものの、“夜鴉(コル=ベルウ)”の目的はレエテを孤立させることだけであり、自分達一派を妨害こそすれ無理に殺害する理由はないと予想された。

 それはサタナエルに対しても同じだが、サタナエルは“夜鴉(コル=ベルウ)”という存在の内実を知らない。それを知り尽くしたシエイエスは“夜鴉(コル=ベルウ)”各人の特性を逆手にとって彼らを利用、三つ巴の均衡を崩す心積りだ。まずサタナエルを撃破し、その後“夜鴉(コル=ベルウ)”の目を欺きレエテに加勢するという筋書き。


 そのために、シエイエスはダフネ少佐、デレク大尉、ビラブド中尉という指揮官クラスを筆頭に彼らの予備知識を仲間に授けた。遺跡内で彼らによる襲撃を受けた場合に適切に対処が可能なように。


 魔導の発動がいつでも可能なよう、抜き放ったダガーに魔力を充填したまま先頭を歩くナユタ。

 周囲を警戒し振り返らずに、シエイエスに話しかける。


「シエイエス、あんたは王国軍特殊部隊で、そのダフネって女と同じ少佐って階級だったんだろ? あんたは“夜鴉(コル=ベルウ)”に引き抜かれなかったのかい?」


「俺は身につけた魔導と下僕の魔導生物が、単独での潜入に向いていた。それにサタナエルへの私怨のことを、ラ=ファイエットにだけは話していた。結果、動きやすいように単独任務専門の立場にしてもらえてな。あちらに入る機会はついぞ無かったんだ」


「なるほど。その経緯から推察すると、ダフネとあんたは、かなり険悪なライバルだったんだろうね? 女からすると、同じ立場の奴が特別扱いされるのは一番腹立たしい。――あんたとダフネが特別な関係だったなら話は別だけど」


「そうだな、『特別な関係』という以外のことは、おそらく当たっている、ナユタ。俺はだいぶ彼女に嫌われていた。話が通じないだろうから、俺のところに彼女が現れないことを祈るのみだ。

――などと云ってる間に、ご来襲のようだ。

そろそろ気づいたか、皆?」

 

 代表して、ホルストースがそれに応える。


「ああ、いやがるなあ……。城壁の上から狙ってる奴が、10人くらいか?

あとはそこらへんの建物にも。そっちからは弦の音じゃなく甲冑の微音がする。おそらく白兵戦専門の奴が……何人か」


「そうだな、白兵戦……。その時点でおそらく、三つ巴の均衡はすでに崩れている。皆、わかっているな。『プランC』で動け」


「……了解」


 皆が小さく応えた、その声と同時に――。


 ついに静寂は、破られた!


 

 上空から、一気に放たれる多数の矢。

 同時に、街路を挟んだ建物のドアを蹴破って襲来する、鎧姿の数人の暗殺者。その手の得物はいずれも、軽量にして超近距離の刃。

 “短剣(ダガー)”ギルドだ。

 ――「均衡が崩れる」とはすなわち、懸念していた彼ら別ギルドの参戦の事実により、サタナエルが圧倒的戦力優位に立ったことを意味している。よって「プランC」――“夜鴉(コル=ベルウ)”を巻き込み、共闘に持ち込む算段だ。


赤雷輪廻(ノウンフェウル)!!」


 ナユタが超高温の業火の輪を、上空に向けて展開する。そして直径6mほどまで展開された輪は、正確に放たれた矢の多くを燃やし尽くす。


 シエイエスも、先端にオリハルコンのアタッチメントの付いた漆黒の双鞭を上空に向けて振るい、ナユタの防御範囲外の矢を狙って撃ち落とす。

 彼ら二人が、対弓矢の役割のようだ。


 対して、ホルストース、キャティシア、ランスロットは地上の敵へ向う。


 まずキャティシアが、即座に血破孔を打ち肉体を強化。出てきた敵の一人に対し、その筋力で矢を放つ。

 速度を増した矢は敵の右肩を貫通。怯んだ敵に向けて、キャティシアの肩に乗っていたランスロットが止めの氷矢を脳天に放ち仕留める。

 そしてその後に続き迫る敵に対し、キャティシアが弓を収めて白兵戦を挑むべく迎え撃つ。


 そしてホルストースも、敵の中でより強い者に狙いを定め、殺到していく。


「おらあああ!!!」


 裂帛の気合とともに、自慢のドラギグニャッツオを目前の敵一人に水平に一閃。

 スピードには反応したその敵は、武器破壊能力を持つ相手の剛槍を得物で受けず、身を屈めて避けた。しかし、この攻撃の本当の力点はそこにはなく――。ホルストースは完全に振り切らぬその槍の先端を、高速で振り上げ、そして振り下ろす。

 敵は脳天から真っ二つにされ、断末魔とともに肉塊と化し石畳に倒れる。


「ふああああ……、まあまあやるねぇ……。あんた、ホルストース王子、だっけ?

超、面倒くせえけど……おれが相手してやんなきゃならねえようだねぇ……」


 この戦場で、なんと大あくびを吐きながら眠そうな目で眼の前に立つ一人の若い男。

 この男こそが、ホルストースがこの場で最強の使い手と見定め、標的にした相手だった。

 

 身長は180cmほどと、さほど高いとはいえない。体型もそこそこ筋肉質ではあるがスマートなシルエットであり、スタイルも良い。暗赤色と黒の合板で形成された軽装鎧を身体の要所にまとっている。

 ストレートに整った金髪をオールバックに撫で付け、秀でた額のその貌も、精悍なつくりの仲々の美男子だ。しかし薄目で眉間を上げて眉を下げ、だらしなく半開きになった口など、その表情が表す性格には精悍さや真剣さのかけらもないようだ。

 しかし、その両手に持った得物。水平に伸びたグリップの両側から伸びたブラケットの先端に刃がセットされ、拳の先に短剣が伸びているような特異な形状の武器。「ジャマダハル」と呼ばれるその凶器は、拳の押し出す力を利用しやすくした、刺突に特化したものだ。しかしこの男の持つそれは、全方向に刃が鋭利に研がれているうえ、波打った特殊な刃の形状をしている。傷つけられた者が止血のしにくい、厄介な武器だ。


「おれは、“短剣(ダガー)”ギルド副将、ヒューイ・マクヴライドってんだ……。

ロブ=ハルス様の右腕……らしいぜ、面倒くせえけど。あとついでに云っとくと、そこのナユタって女に世話になったセフィスは、おれの妹だ」


 間断なく迫る矢に対処しつつ、これを聞きとがめたナユタが一瞬副将ヒューイ・マクヴライドを振り返り、叫んだ。

 

「そうかい! あの腰抜けの冷血女の兄貴かい、あんた! 奴はあたしに恐れをなし、無様に尻尾を巻いて逃げちまったけどねえ!!」


 しかし、血のつながった妹への嘲笑も、この掴みどころのない退廃的な男には一分の効果をも発揮しないようだった。


「知らねえだろうが、逃げたうえに、しまいにゃあシェリーディア元統括副将にぶっ殺されたってよ……。まあ、何にせよどうでもいい。おれはなにしろ、こんな面倒くせえ仕事は一刻も早く終わって、帰って寝てえんだ。早くかかってきてくんねえかな、王子さんよ」


 ホルストースは、肉親の死にすら無頓着なほど無気力で人間の感情を持たないヒューイに、強烈な不快感を覚えた。

 そして力を蓄えた剛槍の一撃を、避けづらい右斜め下方向から振り抜きつつ敵に迫る。


「てめえみてえな腑抜けのクズ野郎は、こいつの刃の錆になってんのがお似合いだ――。喰らえ!!」


 下方から迫る、神代の恐るべき死の刀身の攻撃。しかしヒューイは眉一つ動かさない。


 極めて無感動ともいえるほど冷静に、まずは右足を軽く上げ、脛に装着された装甲を絶妙な角度で当てて刀身を上方へ受け流す。

 その刀身を今度は右手のジャマダハルの刃ではない部分を恐ろしく巧みに当てて、完全にすべての力を上方へと受け流した。

 相手を完全に捉えていたにも関わらず空振りした形になり、意図せず体勢を崩すホルストース。


「なっ――!!!」


「面倒くせえなあ……その槍。硬すぎて受けらんねえから、わざわざ技術(テク)で流さなきゃなんねえじゃねえか。付き合ってらんねえ。早く死ねよおまえ」


 一瞬無防備な隙をさらしてしまったホルストースの鳩尾に向けて、ジャマダハルの一撃を繰り出すヒューイ。


 ――速い。無気力な様子のこの男が放つとは思えない凶撃。この至近距離では到底かわすこなどできない。


「ホルス!!!」


 ナユタが叫ぶ。そして一瞬右手を空け、即座に狙いすました炎の弾を撃ち出す。


焔魔弾(ベリトバレット)!!」


 打ち出された炎弾に即座に反応し、攻撃していない左手を突き出して耐魔(レジスト)を行うヒューイ。

 その魔力は――極めて強く、もはや耐魔(レジスト)の枠を超えた、全反射(リフレクト)だった。

 焔魔弾(ベリトバレット)は寸分の狂いなく、180度の反転を経て術者のナユタに向かった。


 だがこの反撃を行ったことによって、ヒューイのホルストースへの攻撃の精度がずれた。急所を捉えられず、左脇腹をえぐるジャマダハル。


「――ぐっ!」


 唸りよろめいて距離を取るホルストースの向こうで、自らの攻撃の反射が迫るナユタ。


「ぬ……あああ!!! 頼む、シエイエス!!!」


 一瞬上空への警戒を完全に中断し仲間に任せ、耐魔(レジスト)の壁を形成するナユタ。

 ぎりぎりで間に合い、自らの炎弾を弾くことに成功する。


「何だよ……。邪魔してんじゃねえよ。せっかく仕事が一つ終わるとこだったのによ……。

まあおれらギルドの特技を考えりゃ、おまえを先に殺すのが手っ取り早ええか、魔導士」


 ナユタと、ホルストースは戦慄していた。

 見た目に反しこのヒューイ・マクヴライドという男――常軌を逸した強敵だ。


 おそらくその難のある性格ゆえに、将鬼の代理となりうる統括副将でなく副将止まりなのだろうが、実力だけでいえば間違いなくそのレベルだ。

 彼らギルドの特性である耐魔レジストの完璧さに加え、圧倒的技術をもつ肉弾戦も将鬼の域に届くと思われた。自ら将鬼の右腕と名乗ったことに、嘘偽りはない。

 この男を一人仕留めるだけでも、今の全員が束になったとしても成しうるか分からない。いや、極めて難しいことは肌で理解できた。


 虚ろで無気力ながら、その恐るべき実力を内包した不気味な男は、ナユタに狙いを定めて歩き出した。

 ホルストースが脇腹を押さえながら立ち上がり、これを追う。


「野――郎!!! させるかよ!! ナユタに手出すんじゃねえ!!!」


 そのホルストースの叫びと同時に――彼の背後から強力な魔導の波動が押し寄せた。


 驚愕しホルストースが振り返ると、その貌の横を、漆黒の重力魔導の軌跡が駆け抜け――。


 それを追いかけるように、一羽の隼が超低空で駆け抜けていった!


 ヒューイは背後からのその攻撃に即座に反応。

 重力魔導を振り返ることすらなく後ろ手の耐魔(レジスト)でやすやす弾き。次いで来襲した隼――魔導生物ザウアーが放つ風魔導による刃も、手を出すことすらなく身体にまとう耐魔(レジスト)のみで消滅させてしまった。


 だが、ヒューイのナユタに対する攻撃を止めることはできた。


 気だるく胡乱(うろん)そうに、攻撃の元を睨むヒューイの視線の先。はるかな城壁の上にその相手の姿はあった。

 戻ってきた下僕、ザウアーをその左腕に止まらせながら、褐色の偉丈夫はその場の全員を見下ろした。


 そして――その隣で、腕組みをしつつ、その場に居るシエイエスを睨みつける白髪隻眼の、女性。


 シエイエスはその姿を確認し、呟いたのだった。


「現れてくれたか、“夜鴉(コル=ベルウ)”。デレク大尉。そして――ダフネ少佐!」

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