第二十四話 遺跡内の攻防(Ⅱ)~進撃と遺恨
包囲網を形成された状況を打破すべく、壁となった前方の怪物コカトライスに進撃するレエテ。
自力回復・再生ができる自分はまだ良いが、シェリーディアをここで負傷させることは極めて不利な状況を招く。
速やかに敵を処理し、現況から脱出せねばならない。
走るレエテに、追撃する矢の第二撃。
やはりサタナエルの第一の標的は、何をおいても一族たる自分であり、シェリーディアは二の次であることが救いだ。
だが、レエテは振り向かない。
自分は、宣言した。前門をこじ開ける。そのために援護してくれと。
そう云った以上、信じている。今の「仲間」を。
「おおおおおお!!」
後方から雄叫びが上がり、同時に巨大な熱量を感じた。次に、矢が燃え尽き落ちる音も。
シェリーディアが、刃を突出、魔導をまとわせた“魔熱風”本体をワイヤーで数mも伸ばし、弧を描くように振って防御の傘を展開したのだ。
これにより、後方の脅威は完全に取り除かれた。
レエテは足を止めることなく駆け抜け、標的の前にたどり着いた。
正面から見ると、巨大な鶏そのものといった風情だ。爪の突き出た足で大地を掴み、突き出た胸の白い羽は風で大きくゆらめく。
そしてその後方に伸びる、大きく左右に展開した翼。突如としてそれを前後に振ったコカトライス。
その動作は――。暴風雨もおよばない、超高圧の風圧を発生させ、レエテを吹き飛ばさんと襲いかかる。
レエテは即座に最大限に地に伏せ、両手両足で大地を掴むようにしてこれに耐える。
そして、すうううぅぅ――と上半身が盛り上がるほどの大量の大気を吸い込み、次の瞬間。
やにわに立ち上がって、上方を向いた口からその大気と、大音量の音声を叩きつけるように発する。
「破ああああああぁぁぁぁ――――!!!!!」
周囲の空気がねじれんばかりの、大音量の、爆声。
ダリム公国やドゥーマで放ったような、おそらくレエテが自分の意志で自由に放てる最大出力の「声」。
それは大陸最強の存在たちをも脅かした、特別な感情の爆発で無心で放つ「音弾」には遠く及ばない。が、それでもこのコカトライスのように純粋な獣の知能しか持たない本能の存在には、十二分な効果がある。
コカトライスはその鶏の目を極限まで見開き、捕食対象でしかありえないような小さな動物から放たれた想定外の大音声に恐怖し、完全に正体をなくした。
うろたえ叫び声を発するコカトライスに、眼光鋭く肉薄するレエテ。
そして――全身全霊の脚力と腹筋力、両腕の振りの力を活かした、技を繰り出す。
先ごろ習得したばかりの、あの技を。
「円軌翔斬!!」
垂直に高速回転する刃物と化したレエテ。コカトライスの胸を切り裂きながら上昇し、首筋から頭部を深く切り裂く。頭にまで5mも上昇したレエテの眼前に剥かれる、自分と同じ黄金色の目。
そこへ向けて、レエテは結晶手の一撃を、容赦なく放つ。
右手の刺突は目から深々と突き刺さり、確実に、脳まで達した。
6mにおよぶ巨体と身体能力も虚しく――。急所を完全に破壊されたコカトライスは、地響きとともに前のめりに地に倒れ伏していった。
その背に立ち、屍の上でシェリーディアの様子を見やるレエテ。
シェリーディアは、建物上の狙撃者との攻防中だった。上空からという圧倒的不利な狙撃に対して、元“投擲”ギルド統括副将という肩書にかけて、一步も引かない立ち回り。
それどころか、さらに3人の狙撃者を撃ち落としていたのだ。
しかし――レエテがコカトライスを仕留めた証の地響きと同時に、一斉に北の方角に狙撃者たちが移動し始めたのを見て――。回転を続けるシェリーディアの頭脳が、望まない最悪の状況を見抜く。
そしてレエテに、警告の叫びを発する。
「レエテ!!!! すぐにそこから逃げろ!!!
火薬だ! 倉庫の中に!! おそらくもう、導火線に点火してやがる!!!」
目を見開き反応したレエテが、全力の跳躍で倉庫と真逆の方向に逃れるのと――。
倉庫の中から、レエテの声を凌駕する轟音と、暴虐的火焔地獄の爆散が発生するのとは――。
ほぼ同時だった!
爆散した火焔は、倉庫を粉々に吹き飛ばし、コカトライスの死骸を焼き尽くし――。無数の石の破片を吹き飛ばした。
まず火焔が驚異的な速度でレエテを襲い、背中の左半分を焼き焦がした。
しかし跳躍によって逃れた勢いで、衝撃破が心臓に達するのを避けることはできた。
そして次に弾丸と化した石の破片が、レエテの身体を打ち、一部は突き刺さった。
「ぐっ……!!!」
「大丈夫か、レエテ!!!」
走って近づくシェリーディアの背後に、ちらつく影。
数十m背後の建物の上から、弓を構える、大男の姿。
離れているとは云え、シェリーディアに気配を気づかせない。相当の手練と見えた。
その弓は2m半に届くかと思われる長さ、20cmの直径を持つ材木そのもののような馬鹿げたサイズの弓柄を持ち――。鋼線で編んだような硬質で太い弦をもっていた。
人間に到底引けるとは思えないその弦をやすやすと引き、狙いを定めると、巨大な弓にふさわしい巨大な矢は、弩級のごとき勢いで発射された!
弦の反発が生ずる音で――ようやくその危機を察知したシェリーディアが振り向いたときには――すでに対処が間に合うタイミングではなかった。急所は守れても、負傷は避けられない。
20mほどの距離にあるその矢はしかし――。突如として飛来した黒い条線、重力魔導の衝撃で勢いを弱められた。
なおも自分に向う矢。だがもう、十分に完全な対処が可能なスピードになっていた。
「赤影流断刃術――遮撃の型!」
一度左に振り抜いた“魔熱風”の刃を、超高速で右に振り戻す、シェリーディア独自の剣技。
この彼女の流派は、ソガール・ザークと、あと「もう一人の剣豪」の教えをもとに編み出したものだ。
この超技により、十分すぎる殺傷力を有していた巨大な矢を3つに割り、完全に沈黙させた。
シェリーディアは刃を振って立ち上がると、重力魔導の発射元のほうを振り返り、叫んだ。
「デレク大尉!!! 礼を云う!!!」
はるか先に居る“夜鴉”のデレク大尉は、すでに背を向け無言で後ろに手を上げて声に応えるのみで、素早い跳躍で場を去った。その上空に下僕である一羽の隼を従えて。
そしてシェリーディアは――鋭い眼光で矢の発射元の大男を振り返り、殺気の視線を送る。
「テメエ……! 久しぶりじゃねえか。ゼグルス・フェリシアー副将!!
認めたくねえが、腕を上げやがったな」
規格外の剛弓で狙撃を行ったその男、“投擲”ギルド副将ゼグルスは――。
特徴的な白いフードを跳ね上げ、不敵な笑みでシェリーディアを見下ろした。
「お褒めにあずかり至極恐縮。『元』上官どの。
貴方は逆に、少々腕が錆びつきましたかね? シェリーディア。何やら今のお仲間の力を借りてようやく、とは。
かつて貴方が今の状態だったなら、やすやすと僕が統括副将の座にいたものをねえ……」
「ぬかせ。いくら弓の腕がピカ一だろうが、テメエは統括副将を任せられる器じゃあねえ。サロメはそこの所よおく分かってたぜ。
サロメは、アタシを自分のところに誘導させたいんだろ? 力を削ぐだけで仕留める期待をされてねえ時点で気づけよ。テメエは永久に、ギルドの三番手以下なんだよ」
この容赦ない言葉に、ゼグルスの表情が一気に硬化し、貌に血管が縦横に浮き出る。
激しい怒りを、歯を噛み鳴らしギリギリで抑えると、手にした弓の先をシェリーディアに向け叫ぶ。
「……ふん、相変わらず、で!! 貴方は優等生面してサロメ様に取り入り――。何でも思う様にし、いつもそうやって他人を見下してましたねえ!!」
「そうか? それはテメエに対してだけだったと思うが。他のギルドの皆は仲間と思ってたし、今殺しただろう、マロールやジェイニングス――兵員の皆に対しては心が痛む。だがテメエには、これっぽっちもそれはねえ。仲間を人間とも思わねえ、自分のことしか考えねえ根っからのクズのテメエにはな、ゼグルス」
「……お喋りは、これまでだ……! 僕は、絶対的有利な位置にいて、無数の矢を保持している。なおかつ、サロメ様から『仕掛け』の発動も許可されている。
逃げ惑え……。南の方角に向けて。貴様らが向う道はそこしかない。せいぜい、五体満足でたどり着いてみせろ。必ず、その虫唾の走る口を塞ぐダメージを与えてやる! シェリーディア!!!」
そして剛弓に矢を番えはじめたゼグルスを見て、シェリーディアは表情を固くしてレエテの肩を引き上げ立たせた。
「レエテ! 傷は痛えだろうが十分走れるな!? ここから一気に駆け抜けるぞ!
南へだ! アタシは後ろの野郎の相手をしながら殿で続く! アンタは仕掛けとやらに注意して一心不乱に走れ!!」
レエテは余計なことは云わず、痛みに貌を歪めながら一気に南へ駆け出した。
シェリーディアもこれに続きながら、ゼグルスの第一撃を防ぐべく、後方を上半身だけ振り返る。
しかし――予想に反し、ゼグルスが番えた矢の先は、彼女らの方を向いていなかった。
それは、レエテが走り抜けようとする街路の左側面にそびえ立つ、30m以上の高い壁の上部に向いていた。
そこには、無数の歯車と、ワイヤーで構成された――旧世代の仕掛けがあった。
この上方にある、撃鉄のような部分に向けて、高らかに放物線を描く矢を射出する。
馬鹿げた剛弓の威力は凄まじく、この遠距離に対し、矢は威力を殺すことなく目標に向う。
これを確認したシェリーディアは、レエテに警告を発する。
「レエテ!!! 左側に警戒しろ!! 野郎は何か仕掛けを動かすつもりだ!!」
その声とほぼ同時に――ゼグルスの矢は音も高らかに撃鉄を打った。
それを引き金に、恐ろしく騒々しい音をかき鳴らして、歯車が作動する。
間を置かず、石の壁が音を立てて開き、その向こうの空洞に詰め込まれていた――。無数の岩石が一気に崩れ落ち、流れ落ちる!
一個が数10cm~3mの直径にも及ぶ大量の岩石は、雪崩をうった雪のように、レエテとシェリーディアに襲いかかる。
貌をこわばらせながらも、前後左右に跳躍、上体を曲げ反らして岩石をかわす2人。
かわしきれない大きさの岩石は、それぞれ結晶手と、魔導をまとわせた斬撃によって破壊しつつ――前進していく。
古代の仕掛けの脅威を、ようやくかわした先に――。天守閣に通じる門が、見えた。
高さ20m、幅10mにおよぶ、石と青銅で形成された巨大な門だ。
そこへ一気に駆け入ろうとしたレエテの目前で――。
上空からまたも剛弓の矢が飛来し、門の上部にある仕掛けに到達した。
重りの下降とギヤの駆動が始まり、両側から分厚い扉が動作し、門を完全に閉じてしまった。
「――!!」
レエテはシェリーディアと申し合わせた内容を思い出し、この誘導に逆らわず、いったん西の方角に伸びる街路に向けて一直線に走っていった。
シェリーディアもこれを追う。
ゼグルスは、剛弓を降ろし、歯ぎしりをしながら2人の標的が向かった先を睨みつけた。
「うまく、無傷で通り抜けたな、レエテ・サタナエル。サロメ様のもとにたどり着き、その力の差に絶望するがいい。そして呪われたその生に終止符を打つことになるだろう。
そしてシェリーディア。僕は云ったことは実行する。必ずダメージを与えてやる。貴様のその『精神』にな……」
そう云うとゼグルスは、次なる作戦の場へ赴くべく、姿を消していった。