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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第二十三話 遺跡内の攻防(Ⅰ)~侵入

 グラン=ティフェレト遺跡、北側。

 北大海洋を臨む、海岸に面した場所。


 自衛の要塞を目的に造られたこの建造物にとって、大森林という天然の防壁をもつ他三方角に比べ、最も無防備となる方角だ。おもに船団からの大量の兵の上陸、矢や大砲の攻撃に対して。


 したがって門を構える他方角と違い、出入り口の一切をもたない密閉された石壁であり、かつ50mと最も高い鉄壁の防壁となっている。


 

 その石壁を臨む大地の上に――。


 現在、この遺跡に巣食う強大な勢力の標的たる、2人の女の姿があった。

 レエテ・サタナエルと、シェリーディア・ラウンデンフィル。


 彼女らは並んで石壁を見上げた。あまりに雄大な高層建造物であり、近くで見れば目を奪われるに当然の物であった。


 そしてシェリーディアは、石壁を見上げるレエテの横顔を、ちらりと見やった。

 そして心中で、呟く。


(やっぱり、気のせいなんかじゃない……『似ているな』……。どう見ても……)


 その視線に気づいたレエテが、怪訝そうにシェリーディアに問う。


「? どうした、シェリーディア? 私の貌に何か付いているのか?」


「……いや、何でもねえよ。気にするな」


 云うとシェリーディアは、壁のある部分に近づいた。



 石の間から水が染み出し、苔むしている。その影響もあってか、5m四方ほどのそのブロックだけが赤く変色している。


 そしてバックパックから瓶を取り出して、その中の黒い粉を石壁の下地面に一直線にひく。

 ――火薬だ。


 そこから離れると次に、“魔熱風パズズ”を構え、充填したボルトに強力な火焔魔導をまとわせ、火薬を狙う。


「――ここが、話してた侵入口だ。大分脆くなって崩れやすいことは、内部から確認済だよ。

アタシの魔導と火薬が起こす爆発音で――このトリガーを引いた瞬間、後戻りはできなくなる。

心の準備はいいか、レエテ……?」


 横目の鋭い視線を送ってくるシェリーディアに対し、一度目を閉じ、決意の表情でうなずくレエテ。


「大丈夫だ。――やってくれ、シェリーディア」


 その言葉を合図に――シェリーディアはトリガーを引いた。


 爆発のエネルギーをまとったボルトが、火により爆轟ばくごうを発生する火薬に到達し――。


 一気に大轟音とともに爆発が発生した!


 その衝撃は巨大な石壁を振動させ、赤く腐食を始めていた部分を跡形なく吹き飛ばした。


 その濛々と上がる白煙の向こうに――口を開けていた。

 遺跡内部の、闇が。


 シェリーディアは松明を取り出して、魔導で点火した。

 それを持ち、穴に一步を踏み出してレエテを促した。


「さあ、これで奴らもアタシ達の侵入に気がついた。待ったなしだ。

急ぐぜ。入ったら周囲を警戒しつつも、早足で進め」


 レエテはうなずき、その後に続いて足を踏み入れた。


 これまでの戦いでも、最大の地獄となるであろう、魔の領域に――。


 

 *


 内部は、建物の奥らしく窓は一切なく、漆黒の闇だった。


 都市としての機能も備えるゆえ、空に面した街路もあるはず。

 サロメが“投擲スローン”ギルドの首領である以上、最終的には屋外を戦場に想定しているだろうというのがシェリーディアの見立てだった。


 松明の光を頼りに、足早に進むシェリーディアに続きながら、レエテは思い出していた。

 

 ここへ来る途上、彼女とやり取りした会話を。



(……ともかく、サロメの標的は、あくまでアタシ達2人。

奴はすでに遺跡を制圧したうえで、部下を配置し罠を仕掛けている。狙いはアタシ達『だけ』をうまく自分のもとに誘導し、その間で極力体力を削ぎ、直接対決で自ら手を下すこと)


(……)


(それに乗り、奴が想定しないアタシ達の連携力で、勝利を掴む。

それを達成するためには――アンタはアタシから絶対に離れないこと、レエテ。

たとえ仲間達が危機に陥っていると分かっても、それを目にしても――絶対に加勢するな。

話したとおり、アタシの現在の仲間“夜鴉(コル=ベルウ)”が何とかする。『少なくとも今は』な)


(……信用するしか、ないんだろうが……。必ずサロメは、単独で私達を迎え撃とうとするのか?)


(ああ、少なくともアタシのことは自分の手で仕留めようとする筈だからな。集団はありえない。

しかも奴はおそらく、肉体を雁字搦がんじがらめにする『枷』を外している。アタシが『本拠』で闘ったときとは別人だ。

――その状態はまさに悪鬼羅刹で、一対二でも十分恐ろしいが、奴は慎重な性格。

アタシ達に匹敵する誰かしらの手練と二人一組で相対してくることは、想定したほうがいい。

いいか、冷静に、対処するんだ。奇しくもアンタとアタシは、互いの弱点を補える理想的なバディだ。こちらに利がある。

アンタがサロメに対し、頭に血が上って暴走した場合、すべてが台無しになることを忘れるな……)



 そうして、200mほども進んだだろうか。


 シェリーディアの歩みが、止まった。

 松明が照らす先には、ドアが、あった。

 その隙間からはかすかではあるが光が漏れ、その外が屋外であることを示している。


「レエテ。外に出れば、間違いなく敵の攻撃――もっといえば弓矢の狙いが定まっている可能性が高い。危険だが、出なければ移動はできねえ。

事前の話どおり、死ぬ確率の低いアンタが突破役、アタシが援護役だ。

ドアを開けたら――ひとまず南側、遺跡中央部の天守閣を目指す。敵の誘導があった場合これに逆らわず、その通りの方向へ動いてくれ」


 レエテは鋭い眼光のまま、うなずいた。すでに両手は結晶化し、構えを取っている。


 それを見たシェリーディアは、勢いよくドアを開け放った。


 すぐに、外へ飛び出すレエテ。

 一瞬上下左右の脅威を確認、現状ないことを確かめると、南に向かって一気に駆け出した。

 シェリーディアもそれに続き、約15mほどの距離を保ちながら走る。


 敵に注視している状況ではあるが――青空の下に展開されるのは、あまりに見事な、荘厳な風景だった。

 

 石造りの大小様々な建物が、街路の両側にそびえたつ。おそらくは商店、住居、公的な施設などあらゆる用途をもった建物なのだろう。アミニズムの影響を受け動物をモチーフにし、権力の象徴として必要以上に華美な装飾など――。いずれも、現代のハーミア文明では見られないもの。怪物の影響で立ち入ることが困難なこの内部は、考古学者にとっては元来垂涎の的の歴史的史跡なのだ。


 だが同時に、高い位置で待ち構え、標的を狙う射手に理想的な地形でもある。

 すでにレエテの耳は、その存在と、弦を引き絞る音を捉えていた。同じ様な距離で、同じ様に自分を狙うその音は、ドゥーマですでに聞いたものと同一だった。


 やがて、外に出て200mほどの場所で、ついにそれは降り注いだ。


 10人を超える射手からの、一斉射撃。


 “投擲スローン”ギルドの名に恥じない正確な、矢の軌道だ。走るレエテの速さ、到達距離に合わせて落ちるように放たれている。国軍一般兵士では成しえない業だ。


 レエテは一気に前方に跳躍し、これをかわそうとする。


 半分以上の矢をこれによってやり過ごした彼女は、前転して体勢を整える。そしてなおも自分に降りかかる3本の矢に対し、結晶手を振って撃ち落とす。


 しかし一本の矢が、結晶手を振り切ったレエテの頭上に迫る。

 頭を撃ち抜かれること自体では死なないレエテではあるが、現時点でその状況に陥るのは結果的な死を意味する。


 その矢は――すんでのところで、後方からシェリーディアが放ったボルトにより撃ち落とされた。

 飛翔物を飛翔物で撃ち落とす、絶技。


 シェリーディアは隙を作ることなく、放たれた軌道で明らかになった射手に向けて、連続で狙撃を行う。 

 元来下から上に対しての射撃は圧倒的に不利なものだが、およそ50m先の、10mほどの高さの位置にいる射手を正確に捉える。3本放ったボルトのうち2本が命中し、それを食らった2人の射手が悲鳴を上げ建物から落下していくのが、耳と目で確認できた。


 だが、彼らを全員仕留めるのは時間のムダだ。

 攻撃を避けつつ天守閣を目指そうとするレエテとシェリーディアの目前で、新たなる脅威が動き始めた。


 それは、20mほど先にそびえ立つ、倉庫からだった。


 レエテは、かすかな唸り声をその耳に捉えた。

 非常にトーンの高い、独特の奇声。


 やがて、地響きとともにそれは倉庫内で動き出し、間を置かず――大扉を破壊して「それ」は白日のもとに姿を現した。


 体長は、約6m。鶏の頭と胸と前足、ドラゴンの羽と後ろ足と尻尾を持つ複合生物キメラ


 高らかな、鶏の声をやや潰したような鳴き声を上げる、コカトライスだ。


 巨体ではあるが鈍重で知能はほぼなく、攻撃は単調で、スキュラやガーゴイルに比べれば格下の怪物だ。

 しかし、それを差し引いても戦況は悪い。コカトライスという壁を前にして、後方側方から射手の矢が襲う状況は、通常であれば極めて不利。


 レエテは、シェリーディアを振り返り叫んだ。


「シェリーディア!!! 射手を警戒してくれ!

前を開けるしかない!! 私が可能なかぎり早く、あの怪物をなぎ倒す!!!」


 そして、ボルトに匹敵する速度で踏み出し、コカトライスに向かっていったのだった。

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