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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第二十二話 夜鴉(コル=ベルウ)

 同じコルヌー大森林、その北部に広がる――グラン=ティフェレト遺跡。


 これを構築した古代の宗教、カマンダラ教は、現在のハーミア教が比較にならぬほど腐敗しきった総本山をもつ邪教だった。


 現在の法力という体系の力を発展させた立役者ではあるものの、その力を奇跡と称し――。騙し、布施、労働力、性奴隷、生贄など、あらゆるものを信者に要求し、搾取した。

 それがもとで一時の隆盛から斜陽となったとき、総本山が全力を上げて構築した保身のための要塞がこの遺跡だ。


 蜂起した民衆だけでなく、当時のローデシア王朝の介入も見越して堅牢複雑であり、内部ではおぞましい実験の末作り出した複合生物(キメラ)などが多数蠢く。


 その面積は約30平方km。広大な面積の構造物の周囲は、高さ30mを超える石の城壁が整然と隙間なく囲む。


 その城壁上に――。生きた、人の影があった。

 女1人、男2人の、3人。


 黒いレザースーツとレザーコートに全身を包んだ、影のようとも闇夜のカラスのようとも表現できる姿。

 その姿のとおり、彼らの名は、“夜鴉(コル=ベルウ)”――。

 エストガレス王国軍特殊部隊、その精鋭30名をラ=ファイエットがよりすぐり、ダレン=ジョスパンのために編成した特務私兵。

 現在は、ラ=ファイエットから司令官の指揮権を引き継いでいるシェリーディアが彼らのトップだ。


 その下で猛者を束ねるリーダーが――中央で腕組みをして立つ女、ダフネ・アラウネア少佐。

 肩までのボブカットの白髪と、長いコートの裾を強風ではためかせながら、後方を振り返り部下に話しかける。――ただし、その見据える目は、残された片眼だけだ。


「さて……シェリーディアは順調にレエテ・サタナエルと同盟を組み、北側からこの遺跡に向かっている。私達も、あの司令官どのからの次なる使命を果たさねばな。

ビラブド。我が兵たちからの、情報は?」


 生意気な若者然とした、ビラブド・フェルナンド中尉。両腰のブレードの柄を持ち鞘との間で刃をカチカチと鳴らし、ニヤつきながら答える。どうやら彼のクセのようだ。


「密偵のガードエンズ曹長からの知らせが来てます。レエテ・サタナエルから分断された仲間どもは予定通り南回りの進路で、この遺跡に向かってるようです。

現在サタナエルからの襲撃の兆候はなく、たぶん無傷でここまで来るでしょう、上官殿(サー)


「そうか。了解だ」


「ま、『司令官どの』の想定どおり、サタナエル(やつら)は初手のあと、人員を分けず全員で遺跡に籠もるつもりだと。やはりレエテ・サタナエルと仲間どもを、一箇所で一網打尽にしたいみたいですね」


「だろうな。あとは空からの現況を知りたい。デレク、貴官のザウアーはまだ帰投しないのか?」


「……来ました。あそこです」


 ダフネの問いかけに、低くぼぞぼぞと呟くように答える、褐色の偉丈夫デレク・ヴィンフィールド大尉。


 彼の指し示す方向をダフネが見ると、遺跡の開けた上空を、高速で滑空してくる一羽の隼がいた。

 点のように見える方向から拡大するように迫ってくるが、遺跡上空に漂う浮揚虫(フライング・フライ)の追跡などものともしないスピードだ。

 

 やがて完全に彼らの前に姿を現した、隼。

 大きく湾曲した2本の角を持ち、その両眼の輝きは明らかに人の高度な知性を宿している。

 魔導生物だ。魔導士であるデレクの下僕であろう。

 すぐに口を開き、「彼」は饒舌に話し始めた。主とは正反対の性格のようだ。


「ハーイ、少佐!! 上空偵察係、ザウアーは帰還しましたぜ!!

空から見た限り、遺跡内のサタナエルは20人、てところですかねええ!

遺跡内の仕掛けを調べ、利用できない邪魔な怪物どもを掃討してる最中でさあ。

なんせ情報どおり、どいつも化物ですねえ。人数に惑わさちゃあいけねえみたいですよ。

特に――将鬼、でしたっけ。それらしき別嬪の女が一人いましたがそいつときたら――。

化物なんてものじゃあねえ。地獄の魔物、悪魔でさあ!!

あいつに近づかないことが、“夜鴉(コル=ベルウ)”生存の条件なのは間違いねえですぜ!」


 その報告を、厳しい表情で聞くダフネ。


「それも、シェリーディアの情報どおりだ……。その魔物、将鬼のことはあの司令官どのに任せる手筈。

レエテを含めた最悪三つ巴のその闘いに集中できるよう、私達はレエテの仲間とサタナエルの雑魚どもを潰し合せることに尽力していればいい」


「ふうん、いいんですかい!? 少佐のことだ。それだけ強え奴らの地獄の闘い、自分も参加したくてたまらねえんじゃないかと推察しますが? もしよければこのザウアーが、魔物の女のところへ案内しますがねえ!」


「……減らず口はそのへんにしておかないと、ほら、追いついてきたぞ、浮揚虫(フライング・フライ)が。死にたくなければそこをどけ」


「おおっと!! かたじけねえ!!」


 ザウアーは慌てて側方に飛ぶ。その背後には――。二匹の巨大な昆虫が、その複眼でダフネを睨みつけていた。

 その姿は、刺々しい胴体とあまりに色鮮やかな羽をもった、巨大な蜻蛉(とんぼ)といった風情だ。


 浮揚虫(フライング・フライ)と呼ばれる、複数種類の巨大昆虫の一つ。同じ遺跡上空に存在する魔物の中では、ガーゴイルよりはるかに格下の下級に位置する。


 それゆえ、ダフネは眉一つ動かすことなく右手を左腰の長尺ブレードの柄にかける。

 構えも取らない。サタナエルも恐れる存在――レエテを怯ませ吹き飛ばしたほどの、抜刀術を操る剣豪たる彼女には、必要なかった。


 羽音も騒々しく、牙と前足を突き出して襲いかかる虫どもを前に――。

 ダフネのブレードの柄が、高く澄んだ金属音を一つだけ響かせ――。フワッと風が一陣吹いた後。


 ダフネが踵を返し歩き始めると、同時に虫どもの身体は上下に寸断され、黄色い液体を滴らせながら遺跡の中へ落下していった。


 その目にも留まらぬ抜刀の冴えに、ビラブドは一つ口笛を吹き、ザウアーは羽ばたきながら高笑いした。

 それには反応せず、ダフネは不敵な笑みを浮かべつつ力強い言葉を発する。


「さあ、諸官。作戦(ミッション)を開始するぞ。コード“小悪魔(グレムリン)”を。

我々は、人間(じんかん)に仇成し、騒々しく生活を引っ掻き回し、破滅に陥れる小悪魔だ。

せいぜい場を撹乱し、混乱させ、大陸最強の勢力とその敵対者を殺し合わせてやろう。その成功は、我らの司令(コマンダー)によって約束されている。

宣言する! ――実行(エグゼキューション)!」


 

 *


 同じ頃、グラン=ティフェレト遺跡内。


 石で造られた広大な迷宮の――最奥部に、その女の姿はあった。


 サロメ・ドマーニュ。


 美しくも不吉なその姿はすでに、大量の返り血と臓物で真っ赤に染まっていた。


 そしてその背後、には。

 数十匹もの、巨大なる怪物の屍が累々と続いていた。


 多くは、首を刈り取られるか動脈を寸断されていた。その中には、先般レエテが苦戦したスキュラや、シェリーディアを手こずらせたガーゴイルの姿もあった。


 屍の上に胸をそびやかして立つ「悪鬼」サロメは、目前を見やった。


 あと、2体。そのうちの、一際身体の大きなスキュラが、酸の液体を吐き出すべく犬の首を突き出して迫ってきた。


 サロメは路傍の石でも見るような目のまま、片手のチャクラムを放った。

 正確無比な円軌道を描き、10mは遠くにいるスキュラ本体の少女の首を、一刀のもとに刎ねる。瞬時に無力化し、巨体を崩れさせるスキュラの脇を抜け、つぶやくサロメ。


「貴様が、ここの怪物どもの頭領、という訳か……?」


 何の感慨もない乾いた口調を聞いてか聞かずか、その目前にそびえ立つように立ち塞がる存在――。

 漆黒の鱗に覆われたずんぐりとした胴体と二本の足、長い尾、三本の首を持つドラゴン。

 三首竜(トロイスティーティス)、だった。


 三本の首からそれぞれ異なる酸のアシッドブレスを用いる強敵ではあるが――。

 その挙動を待つようなサロメではなかった。


 叫び声を上げようと首をもたげた瞬間を狙い澄まし、これまでと比較にならない高速でチャクラムを叩きつけるように投げる。

 若干の屈曲軌道を走り、二枚のチャクラムはたちどころに敵の二つの首を貫通。

 無力化し、一本は自重によってもげ、地に落ちていく。


 投げると同時に前進していたサロメは、恐るべき踏み込みで背後にまわり、背の突き出た骨格から一直線に首まで上り、頭部にまで達した。

 そして首根っこにまたがると、そこへ手に吸い付くように戻ってきたチャクラムを捕らえる。

 交差させて振り下ろすと、鮮やかに寸断された中央の首は、地響きをたてて地に落ちる。


 まるで、ダリム公国コロシアムでの、レエテの竜退治劇を彷彿とさせる、決着方法。

 しかも、相手に一切の反撃を与えずに。


 地に着地したサロメを震えながら出迎えたのは、副将セーレだった。


「お、お……お見事です、サロメ様……。これで、遺跡内の制圧はほぼ完了しました。

手駒に使えそうな怪物は。ゼグルス副将が確保して……ございます」


 サロメはそれを聞いて、満足の笑みを浮かべた。

 血にまみれた姿での邪悪な笑みは、死後の世界で微笑む冥界の女神を思わせた。


「ご苦労だった。あとは迎え撃つだけだ。我が組織始まって以来の、二名の不届きな裏切り者をな。

レエテの仲間以外にも少々、邪魔な虫が入り込んでいるようだな。ロブ=ハルスには存分に活躍してもらおう。

セーレ。私はお前には、『最も期待している』。その時が来たら、ぜひとも頼むぞ……」


 期待の言葉をかけられても、サロメの目を見ることもできずに、震え続けるしかないセーレだった。

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