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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第二十一話 因縁のコルヌー大森林

 レエテとシェリーディアが遺跡の怪物、スキュラとガーゴイルを相手取っているころ。ナユタ、シエイエスら仲間は、コルヌー大森林内を順調に進んでいた。


 彼女らはネツァク川の上流にあたる南方から、橋を使って渡河し大森林に侵入した。

 したがって北限から侵入したレエテらとは違い、遺跡の怪物が徘徊している危険はないと云って良い。


 しかしながらその分、サタナエルの襲撃を受ける危険度はより高い。

 ましてやこのエリアは、“短剣(ダガー)”ギルド将鬼、ロブ=ハルスの縄張りといえる場所。

 奇しくも同じこの森林でレーヴァテインを撃破して以来、因縁の相手として“短剣(ダガー)”ギルドに付け狙われているナユタが居る以上、襲撃はいつあってもおかしくないと考えるべきだ。



 川でレエテを失い進み始めた直後、一行の雰囲気は重く沈んだ最悪のものであった。

 

 やはり――各々で深めたとはいえ、一行の真の絆はレエテがつないでいる。個々人の思いはあるにせよ、皆レエテを強く慕い、彼女のために行動することが主な原動力となっている。レエテが行方知れずで戻る保証がなくなった瞬間、どこかで心はバラバラになってしまうのだ。そして絶望感を引き上げることができない状態となる。

 

 この状態を救ったのは――ランスロットだった。


 彼はもとより世間話やよもやま話、下世話な話などを好み、一行内で最もお喋りな性格だ。その立ち位置を活かし、あえて一人で延々喋り続けた。それも、レエテに関すること。過去の各々の出会い、試練を乗り越えたこと、酒席での陽気な様子など。できる限り前向きな話題を。

 それを聞いている内、一行内でもポツポツとそれに受け答えする者が出、やがて会話が復活し、皆の気分は高揚し始めた。


 そして最も沈んでいたナユタが奮起し、自ら率先して声をかけ、皆を先導した。

 やはり、レエテが不在ならばそれに次ぐ牽引力を持つ人物は――ナユタだ。皆その様子に安心感を覚え、ひとまず同じ方向を向いてしっかりとまとまることができたのだ。

 そして、一行の頭脳たるシエイエスも前向きになった。確実に状況を分析し、的確な情報をナユタと皆に伝える。



 ようやく一行が機能した中、先頭を歩くナユタとホルストース。

 そのナユタの肩に乗るランスロットが、また話し出す。


「意外と、このあたりじゃないかい? 僕らが初めてサタナエルに出会い、闘ったのは。

昨日のことのようだよね。まだレエテと出会ったばかりで、チームの体をなしてなかった僕らが、いきなり副将に出会った。僕は本当に怖くて、生きた心地がしなかったよ。

けどナユタがレーヴァテインに勝ったのもそうだし、レエテが危ない所を逃れて勝機を見出したのも僕のおかげなのさ、ホルストース」


 ホルストースは笑って、それに答えた。


「お前がただのリスじゃねえこたあよく知ってるけどな、ランスロット。ちいとそれはオーバーな話じゃねえか? ビビって色々と立ち回ってる間に、よくわからねえけどアシストしちまっただけだろ?

ナユタならまだ話はわかるが、あのレエテがお前のお世話になったとは信じらんねえぜ」


 それを聞いたナユタが、むくれたような表情でホルストースの肩を小突いて云った。


「ひどいこと云うねえ、『ホルス』。あたしだってレエテほど凄くはないけど、そうそう下僕のお世話になるほど間抜けじゃあないよ。

よく聞きな、ランスロット。たしかにあんたには一芝居うってもらったり、酸素操作魔導を使ってもらったけど、全てはこのあたしの策。自分のおかげなんて偉そうにいうには、100年早いよ」


「えー? そうかなあ。あの時レエテが君に云った言葉、覚えてないの? 『こちらにランスロットを向かわせてくれなかったら、私は今頃首だけになってあなたの前にいたはずだ』って。

なら、ナユタのほうでも僕がいなかった場合のことは、推して知るべし、だろ? ホルストース」


 レエテの物真似をしながら、おどけて云うランスロット。


「……似てるな。まあ、ちげえねえ。レエテでそれじゃあ、お前は本当に散々だったってことだ、ナユタ」


 大笑いするホルストースとランスロットを睨みつけ、腕組みをしてむくれてみせるナユタ。


 良い雰囲気になったこともそうだが――。すでにナユタはホルストースを、彼の兄ですら呼ばない「ホルス」という愛称で呼び――。間にランスロットを挟んで談笑する様は、まるで夫婦と子供のようだった。

 ランスロットとしてはその様子だけで、ナユタとホルストースの関係が出来上がっていることを判断するには十分だった。そしてレエテではないが、内心そのことを非常に嬉しく感じ、応援したかった。間に入って話を盛り上げているのは、そうした意図もあった。

 口では色々云っても、ナユタはランスロットにとって主人以上の掛け替えのない存在なのだ。


「けれどナユタ、真面目な話、君はあのときと比べても確実に強くなってる。

アリストル大導師は、そのあたりちゃんと見抜いてたよね。ナユタの潜在能力は、弟子の誰よりも、儂ですら凌駕している、てね。

思うに、あと1,2度限定解除(リミットブレイク)ができれば、確実にフレアの奴を上回れると僕は信じてるよ」


「へえ、そうなんだなあ。アリストル大導師、ねえ。

俺ら王国じゃあ、魔導に疎い分辛うじて名前が聞こえてくる程度だったが――。どんな男だったんだ、大導師は?」


 興味本位のホルストースの言葉に、ナユタの貌が憂いを帯びた。


「世間的には、現在の魔導の体系を確立し、異端だった魔導をメジャーに押し上げた偉大な存在。十代のころから天才的才能を誇り大陸に敵なく、65を超えた段階でも、一番弟子のヘンリ=ドルマン師兄が到底及ばない圧倒的強さだった。

どうやって逃れたか分からないけど、今にして思うとサタナエルからの誘いも幾度となくあったろうと思うよ」


 そこで言葉を区切ったナユタは、フッと表情を緩め、言葉を続ける。


「……でもまああたしから見りゃあ、やかましく口うるさくて厳しくて――そのくせ自分には甘くて、女にちょいちょい手を出すただのスケベじじいだった。

けど――本当にいい人、だった。

あたしも結果的には目をかけてもらって、大事にしてもらったんだって、今にして思うと感じる。

あたしにとって父親は、おばちゃんて存在が兼ねていたけれど、弟子入りしてからは――。

大導師があたしの親父、だったんだって思う」


 目が潤んできたナユタを見て、ホルストースは言葉を挟まず耳を傾ける。


「最後は、女好きが災いして――。あの手この手で誘惑を仕掛けてきたフレアの前に陥落し、手を出しちまった。

その行為の最中に、あいつは大導師の胸を魔導の刃で切裂き殺した。

そして、その中の鍵を取り出し強奪した。大導師が、その危険性ゆえに地下に封印していた魔導の鍛錬法を記した書物を収めた――祠の魔工鍵をね」


「フレアはね……。ナユタの1年後に弟子入りしてきたらしい、妹弟子だ。

歳はナユタと同じで、大人しい性格で仲も良くしてた。けど表面上は取り繕っていても、本性はずっと――今のあの悪魔の化身のものだったんだ。

僕が生を受けて弟子の皆と挨拶したとき、奴だけは一瞬僕と――ナユタを見下し蔑む目で見たのを良く覚えてる。それが、許せなかった。

それからというもの、僕は奴を何かと見ていたけど、凄くひっかかる部分はずっとあったんだ。

陛下やナユタは優しいから、思う所はあっても奴の本性がそうだと気づけなかった。僕が、もっとちゃんとそれを暴けていればと、悔やんでも悔みきれない」


 ホルストースは、ナユタとランスロットの話を聞いて、ようやく得心がいった。エルダーガルドでフレアが現れたとき見せた、ナユタという女性には及びもつかないような復讐鬼の貌について。

 急速に近づいた関係とともに、ナユタに愛情を抱くに至っているホルストースではあるが――。

 彼女を愛するのならばレエテと同様、自分にはない凄絶な宿命もともに引き受ける覚悟が必要であることを、思い知らされた。


 

 沈黙の後、ホルストースが口を開こうとした、そのとき――。

 突然上空から、鳥の羽音が聞こえてきた。


 振り返ると、そこには白い翼を広げた、体長3mほどの蛇の姿があった。


「クピードー! ようやく追いついたか。ご苦労だった」


 後方でキャティシアとともに歩いていたシエイエスが声をかけると、クピードーは彼の前にするする……と降りて、頭を垂れた。そして穏やかな女性の声で話し始める。

 

「遅くなりました、シエイエス様。3日経って孤児院周辺に不穏な動きなく、後を追いましたが――どうやら、もう少し早く到着すべきであったとお見受けします。

レエテ様の姿がないのを見てお邪魔しましたが、ルーミス様の姿もないご様子。何やら由々しき状況のようですね」


「さすがに鋭いな。二人共、現在敵の手により分断されている。レエテは行方知れず、ルーミスは敵の手中だ。これからお前の力が最大限必要になる」


「承りました。当面上空より監視いたします。――ただ遺跡上空だけはご容赦ください。あそこに巣食うガーゴイルに襲われたら、私ではひとたまりもありませんので」


 そう云って飛び去ろうとするクピードーに、ランスロットが走り寄って声をかけた。


「クピードー! 久しぶりだね。また後で同じ魔導生物同士、じっくり話がしたいな!」


 無邪気に声をかけるランスロットを、まじまじと見た後クピードーは目を閉じて首を振った。


「ランスロットどの。私も貴方と仲良くしたいのは山々ですし、お気持ちは嬉しいですが――。

やめておきましょう。

――貴方を見ていると、私は『食欲』という本能を抑えることができそうにありません」


 その穏やかな口調で発される、きわめて物騒な言葉に――。

 ランスロットは一瞬にして青ざめ、ほうほうの体でナユタの肩に駆け戻った。

 ナユタとホルストースが、腹をかかえて笑う。


「あっはっはっはっは!!! こりゃあ傑作だ! それはそうだよ!!

ランスロット、あいつとあんたが並んだら、どう見てもあんた餌だって! 早く気づきなよ!

これからは丸呑みされないように、目の前に出ない方がいいよ!」


「……わ、笑い事じゃないだろ! ううう……」


「では、皆様。道中お気をつけて。何か異常がありましたら、すぐにお知らせに参ります」


 震えて抗議するランスロットをできるだけ見ないようにし、クピードーは優雅に上空へと飛び去っていった。

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