第二十話 遺跡のスキュラとガーゴイル(Ⅱ)【★挿絵有】
本話の挿絵は、中村鵜原様(https://mypage.syosetu.com/1229107/)に頂戴したものです。
ありがとうございました。
レエテがスキュラとの死闘を繰り広げている同じ頃、シェリーディアもガーゴイルを捕捉していた。
それは、一際巨大な樹の枝に止まり、翼を広げていた。
20mほどの距離をとって“魔熱風”を向けるシェリーディアに対し――。その凶悪極まりない貌は明らかな怒りを伴って、極限の敵意の視線を向ける。
いかにしてこのような怪物が形成されたのかわからないが、おそらくは魔導生物を生み出す同要領で、人間として生まれるはずだった存在が変質させられたのか。考えるだにおぞましい。
目を細め不敵に笑うシェリーディアが、敵に声をかける。
「観念しろや、ハゲコウモリ。このアタシの標的となったからには、生きてここから逃れることはできねえ。
何でもいいぜ、かかってきなよ。さっきの魔導の光線やその爪や牙のほかに、何かテメエの技があるんだったらよ!」
云うとシェリーディアは、牽制のボルトの一矢をガーゴイルの眉間に向けて放つ。
ガーゴイルは、難なくこれを飛翔してかわし、一度上空に舞い上がった後に急降下でシェリーディアに襲いかかる。
飛来しつつ発される、両眼からの光線。
正面からの攻撃に、難なく対処し耐魔で屈曲させるシェリーディア。
そして距離を詰めたガーゴイルが、放った第二手。
それは、背中の翼を刃として武器に用いた、挟斬撃だった。
「――そうきたか!! だが武器一本のアタシには対処できないとでも!?」
云うとシェリーディアは、左右から迫りくる数mもの巨大な刃に対し――。
右の攻撃には“魔熱風”の刃を、左の攻撃には掌からの爆炎魔導を合せて防御する。
一見防がれて怯んだように見えたガーゴイルだったが――。その両眼は死んでいなかった。
シェリーディアは、突如発生した不吉な魔導を感知し、貌を青ざめさせる。
「――まずい!!!」
ガーゴイルがとった次なる攻撃手段は――“風魔導”だった。
急激に発生する負圧が起こす、耳を裂くような轟音。両脇で止めた二つの翼から形成される巨大な真空波が、シェリーディアの胴を両断するべく襲いかかる!
シェリーディアはすんでのところで耐魔を身にまとった。右側の真空波は完全に弾くことができたが、すでに一定の魔導を発生させていた左側の防壁が甘く、左肩から脇腹までを深く切り裂かれてしまった。
「ぐっ!!!」
鮮血をしたたらせ、苦痛に貌を歪めるシェリーディア。
しかしその両眼は、爛々と光を放っていた。
即座に、反撃に移る彼女。
「おらあっ!!!」
繰り出したのは、空いた左手で繰り出す、師サロメ仕込みの強力な掌底だった。
下方から捻りを加えてせり上がる掌の一撃は、爆ぜる爆弾のような衝撃力をもってガーゴイルの鳩尾に直撃する。
ガーゴイルは多量の血を吐き出し、翼をはためかせ後退する。そのダメージは甚大であり、大きく身体をよろめかせている。
その機を逃さずシェリーディアは、右袖の中に仕込んでいたボルト一本を取り出すと、即座に“魔熱風”に充填した。
「そろそろ決めるぜ……。こいつは、テメエの為に仕込んだ特別製だ。十分に味わってくらいやがれ!!」
そして発射されたボルトは、ダメージでかわすことのできないガーゴイルの胸部中心に命中し――。
直後に、膨大な火焔を放って爆発した!
胴体を四散させ、頭部と右腕だけになって地に落ちるガーゴイル。
シェリーディアは、追跡を開始したそのときから右袖にボルトを仕込み、中に少しずつ魔導を充填させていたのだ。
「ケダモノにしちゃあ、なかなかの戦術だったが――。もうちょっと手数か、一撃の重みがねえとこのシェリーディアは殺せやしねえよ。十分長生きはしたんだろうし、安心して地獄のご主人様のもとに逝けや」
「――シェリーディア!」
背後からかかる声に反応して、シェリーディアは振り返った。
そこには、脇腹を押さえつつ歩み寄ってくる、レエテの姿があった。
「おお、レエテ! ……腹をやられたか。だがバケモンは斃したようだな。
そっちもそうだろうが、流石に遺跡の外に単独で出てこれるだけあって、なかなか骨がある奴だったな。
心配すんな。遺跡の中でくすぶってる奴らは、数はいてもコイツらには強さで及ばねえ――」
と、言葉を切ったシェリーディア。
眼前で、やにわにレエテが地面から石を取り上げ、下段での投石の構えに入ったからだ。
まさか、自分への攻撃――?
そう思った次の瞬間、怪力とバネにより弾丸のように投げられた石は、シェリーディアの脛の脇を通り抜け――。
背後に横たわっていたガーゴイルの頭部に命中。肉片になるほどに粉砕させた。
「――油断は、禁物だ。そいつはまだ生きてて、お前に光線を放とうとしていたぞ」
「こいつは、すまねえ。確かに気を抜いちまったな。ありがとうよ、レエテ。
に、しても――。途轍もねえ威力の投石だな。立派に恐ろしい武器になるぜ。アンタの戦法に加えなよ」
*
戦闘を終えたのは昼前だったが、どちらも負傷をしたこともありこの日は休息をとることにした。
当然ながら先に回復したレエテが、薪を集めるなどの設営を担当した。
そして料理は、シェリーディアが担当した。
理由は、レエテが伏し目がちに「……あのスープ、もう一度作ってくれないか?」と要求したからだ。
焚き火を囲み、自分の作ったスープを美味そうにすするレエテを見て、フッと笑いながらシェリーディアは云った。
「食料だけじゃなく、酒もあるんだが……飲むかい?」
それを聞いたレエテは思わず、今は違えど本来敵である相手に対し、目を輝かせて満面の笑顔を見せてしまった。ハッとしたあとすぐに貌を赤らめて目を伏せ――ぼそぼそと云った。
「……飲みたい」
それを聞いたシェリーディアは、バックパックから瓶を取り出し開け、一杯分を自分の杯に注いでから瓶をレエテに放った。
レエテはそれを受取り、自分の杯に注いで口をつけた。
白葡萄酒だ。自分が好んで飲んでいた赤とは違う味だが、後味がすっきりとしていて野菜のスープととても良く合う。
すぐに杯を空け、二杯目を注ぐレエテは、さすがに貌がほころぶのを止めることはできなかった。
自分も白葡萄酒に口をつけながら、シェリーディアは膝に頬杖をついた。
貌を傾けて微笑みながらレエテの様子をじっと見て、云う。
「なんつうかさ……。アンタって実は、結構可愛げのある女だったんだな」
ビクッと身体を震わせて、レエテが目を丸くする。
「仕方ねえことだが……不自然にガチガチになってるから一人の人間として得体が知れねえ部分はあった。けどそうやって、チラチラと本当の性格が見えてくると、すげえ素直で優しい人間なんだってことが分かってくる。
立場上ある意味不謹慎かもしれねえが、アンタとは違う形で出会いたかったと結構真剣に思うぜ」
それは――やはり不謹慎ではあるが、レエテも同様だった。
もともと彼女は、シェリーディアのようなタイプの女性が、好きだ。粗野で気が強く活発で頼りがいがあり、それでいて内面が優しい。彼女の人生における3人の親友のうち、2人がそのタイプであることからも明らかだ。
そしてシェリーディアは、その2人の特長を併せもっている。ビューネイの無骨さ勇敢さ、ナユタの思慮深さと知恵、その両方を。複雑な武器を操り、料理も得意で、気配りもできる器用さもある。
すでにシェリーディアに魅力を感じてしまっているレエテは、友情を感じ始めていることも最早否定はできなかった。
その中で、首をもたげてきたある思いを、レエテは口にした。
「シェリーディア……。私や、私の仲間達はこの手で、お前の仲間全員をドゥーマで殺した。
その中に……お前の家族や、大切な人は……いたのか?」
シェリーディアは目を閉じ、静かに答えた。
「ああ……いた。
アタシがこの世で一番好きだった、親友。故郷でずっと一緒で、苦難をともにこえてきた掛け替えのない存在がな。ナユタに胸を、射抜かれた。
ただまあ、あいつはアタシが止めを刺したから、厳密にはアンタらじゃないが」
それを聞いたレエテの貌がやや歪み、彼女は視線を落として拳を握りしめた。
「サタナエルを殺したことには……いっさい後悔はないが、あなた個人には、謝りたい、シェリーディア。
私が原因で、親友を失ってしまったことに対して」
「……よせよ。そいつはむしろ、アタシや親友に対する侮辱だ。
アンタ達と全力で闘い、あいつは敗れた。アタシもあいつとは色々あったが、死に関しては正当な闘いの結果だと思ってる。一切謝ってほしくなんかない」
「す……すまない」
「まあ気持ちだけはありがたく受け取っとく。話を変えようぜ。
レエテ。アンタの過去は――いやというほど聞かされて知ってる。けどそれは完全にサタナエルの視点からのものだ。
アンタの本当の貌を知った今、その話の内容は大分偏っていることが分かった。だから聞きたい。
アンタという人間を育てた、マイエ・サタナエルって、どんな人だったんだい……?」
レエテはそれを聞いて、まっすぐにシェリーディアの貌を見て、云った。
「この世で最も強く、鬼神のように激しい人。けれどこの世で最も慈悲深くて優しく、自分を犠牲にしてでも他人を守ろうとする人。正しく、人の道を知り、他人を導ける人。それでいて――危ういぐらいに、とても情にもろい人。
今の私があるのは、本当にマイエのおかげ。彼女が家族の一員にしてくれたから。そして姉であり、母親になってくれたから。
この世にいなくなった今でも、マイエへの愛情と、感謝は片時も忘れたことはない」
目をうるませて力強く云うレエテ。シェリーディアは頷くと同時に、複雑な表情を見せた。
「そうなんだな……。今のアンタを見ていれば、それが紛れもない真実なんだってことが良くわかる。
と同時に、心の底から羨ましいよ。
アタシは実の母親に憎まれ、自分を守る道具にされた挙げ句――ついこの前、『産まなければよかった』って云われた。
そして逃げた先の新天地で出会った、母親と慕った存在――サロメにも、裏切られた。
アタシを道具にしか見ていなかったばかりか、自分の保身のために親友を陥れてアタシと殺し合うように仕向けていた。
本当に、本当に愛してたのに――」
話す内、自身も目を潤ませてうつむくシェリーディア。
「……そんな……」
レエテは胸に拳を当てて貌を歪めた。自分でさえ、義理の存在とはいえ母親の愛情というものを注いでもらった。対してシェリーディアは、実の母親がいながら、生まれて一度もそれを受けたことがないことになる。
同情の気持ちがレエテの胸の内を支配した。同時にシェリーディアの弱さ脆さも、伝わった。
彼女はこれだけ強く賢く何でもできるのに、誰かとの強いつながりがないと、比喩ではなく本当に生きていけないのだろう。ダレン=ジョスパンに与する理由も、何となくではあるが理解できる気がした。
と、その時――。物思いに沈んでいたレエテが視線を落とした先に――。ある、存在が目に入った。
「それ」を見たレエテの貌は――、一瞬ですべての血の気が引き、目は極限まで剥かれた。そして森林を引き裂くような金切り声の絶叫を上げた。
「きゃああああああ!!!!!」
叫び声を上げながら自分に向かって突進し、その背後に隠れて震えるレエテを見て、何事かと“魔熱風”に手までかけたシェリーディアだったが――。その先に居るものを見てやや拍子抜けすると同時に、彼女も表情を固くした。
それは、体長1.5mほどの、2匹の蛇だった。たぶん「つがい」なのだろう。寄り添うようにして鎌首をもたげ、黒い目をこちらに向けている。
そして頭を下げ、こちらに向かってうねって近づいてくる。
「あああ!!! あああ!!!!!」
レエテが泣き叫んでシェリーディアの背中を何度も叩く。早く何とかしてくれ、という意味だろう。
しかし、まずいことに――。シェリーディアも、実は蛇が苦手であった。
レエテほど病的ではないものの、目にしたら逃げ出したくなる位には怖い。
サタナエル時代は必死に隠し続け、子供時代からの親友であるフェビアン以外にはそれを知られることはなかったが。
レエテがこの様子である以上、自分が何とかするしかない。
意を決して、蛇の前に軽く火焔魔導を発動させる。驚いた蛇たちは、ほうほうの体で森林に向かって消えていった。
深く安心のため息を一つ吐いて、シェリーディアはレエテに云った。
「――い、行ったぜ、レエテ」
「――れ……礼を、云う、シェリーディア。
わ……私はもう、寝る」
真っ赤な貌でそう云い、そのままシェリーディアの隣に寝転ぶレエテ。
蛇が怖いからだ。しかし自分も同様に怖いシェリーディアは、それを咎めることはなかった。
そして、先程とは違う意味のため息をついた。
(やれやれ……確かに連携を強くするよう、今だけこいつとお近づきになるつもりだったが……。
アタシも、何だか本気で会話したり、ガラにもなく昔話しちまったり――。一緒に蛇にビビったり。
これじゃあまるで、本当の楽しいお友達同士じゃあねえか。
しっかりしろ、シェリーディア。先が思いやられるぜ……)
自嘲気味に云いながらも、また蛇が現れないか思わず周囲を見回すシェリーディアだった。
本話の挿絵は、中村鵜原様(https://mypage.syosetu.com/1229107/)に頂戴したものです。
ありがとうございました。