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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第十八話 “戦女神”と“魔熱風”【★挿絵有】

 *

(ルーミス!!! すぐにそいつから離れて、できるだけ前へ出て!!!!)


 その声に、ルーミスは地を這いながらどうにか2mほど前方へ逃げ延びた。


 それを確認したレエテは、感覚の戻り始めた右手で、行動に出た。

 つい先程、電撃のように閃いた勝機につながる行動に――。


 屋上の広範囲にわたって形成していたそのヒビを狙って――。

 レエテは渾身の一撃を放った!


 ピシリッ! と鋭い音が響き――。

 屋上の石と漆喰は、音をたてて崩れ始めた。


(うっ!!! おおおおおおおーー!!!! テメエ!! レエテェェェーー!!!!!)



 *


 やがて急激に、明瞭になった意識とともに――。レエテは夢から醒め、上体を勢い良く起き上がらせた。


 両手を見た。骨折や裂傷、打撲は完全に治癒しているようだ。呼吸も問題なく、水で満たされたはずの肺からも排水されたと見える。

 身体には――毛布が、掛けられている。


 貌を上げる。そして周囲を見回すと、その姿はすぐに在った。

 今の今まで見ていた、過去の悪夢に登場した、女の姿が。


「おや、やっと目が覚めたか、レエテ・サタナエル。思ったよりも時間がかかったなあ。

サタナエル一族の再生力も、体調が悪いと弱まったりすんのか?

……まあいいや、とりあえず、飲めよ。安心しろ、毒なんて盛る気はねえからさ――てえか、盛ったところで毒ごときじゃあ――。樽いっぱいの『メフィストフェレス』でもねえ限り死なねえか。アンタら一族は」


 饒舌に話しながら、夜の帳の中、焚き火の前に座っている。その火で温めていた鉄容器の中身を、手にしていたカップに注ぎ、レエテに差し出す。


 上目遣いに睨みながら、ゆっくりと右手でカップを受け取るレエテ。


「――シェリーディア・ラウンデンフィル、だったか――。

本当に、生きていたんだな。

川から助け上げてくれ、介抱してくれたらしいことには、礼を云っておく。だが、これはどういう風の吹き回しだ? 一体、何が狙いだ?」


 そのレエテの言葉を受けた、シェリーディアは――。目を閉じて不敵に笑い、言葉を返した。


「アタシは、あの程度で死ぬようなヤワな身体はしちゃいないさ。

風の吹き回し、ていう問いには、こう答えとこう。

故あって、アタシはサタナエルの裏切り者になったからさ。今や大陸中の暗殺者に付け狙われる――アンタと同じ穴の(むじな)ってわけだ」


 レエテはそれを聞き、数秒シェリーディアの貌を睨みつけたあと、カップの中身をすすった。

 とても美味い。刻んでじっくり煮込んだ野菜がふんだんに溶け込んだ、スパイスの効いたスープだ。身体の芯から温まる。


「……狙いは?」


「まあ、そうせっつくなよって云いたい所だが――。話しとかなかきゃいけねえな。

云うなれば――。レクリエーション、てやつへのお誘いだ。

雌虎の狩りにご一緒しねえか、て話だ」


「…………サロメ・ドマーニュ、のことか?」


「ほう、鋭いなあ。おつむは筋肉じゃなく良く回るようで助かる。ご明答だ。

アタシは、自分に許しがたい裏切りをくれたサタナエル“投擲(スローン)”ギルド将鬼、 サロメ・ドマーニュの命を狙っている。同時に――奴の方から命を狙われてもいる。

アンタも――同様だろ? 利害が一致している今、協力して奴を仕留めようって誘いだ。

悪くない話、て思わねえか?」


「……必ずしも……利害が一致している、とは限らない。

例えば……お前は、これまでサタナエルの一員として数えきれない悪行を重ねてきた。今はそうでない、としてもだ。サタナエルを根絶やしにすると誓った私は、それを許す気にはなれない。

それに、私もお前の仲間たちを皆殺しにし、実際――。ドゥーマでお前は、復讐を口にして私を殺そうとしただろう。

その互いに相反する利害、というものがある限り――。サロメの件でたまたま一致があったところで、共闘などありえないと思うが」


「仲々、口が立つねえ。思っていたより面白い奴だよ、アンタ。

だが相反する利害、とまでいえるのかねえ? 覚えているかい? アタシはドゥーマの拷問部屋で、アンタに云ったよね。シンパシーを感じる、てさ。

アンタとアタシは、似ているんだ。

アンタは、家族を殺されたその復讐のため。アタシは、親友とともに餓死する運命から逃れるため。

どちらも殺人狂でもなんでもなく、全く止むに止まれぬ不幸な事情で、望まずして人殺しになる運命をたどった。

だから正直なところ、アタシは仲間を殺したアンタの行為と結果に怒りは感ずれども、アンタという人間を憎む気にはなれない。

――それはアンタも、同じように感じてるんじゃないか?」


 レエテはそれを聞いて押し黙った。

 正直なところ、それは感ずるところがあった。


 レエテはその純真さゆえか、人一倍、他人の心に対しての感受性が強い。

 どんなに言葉で飾り立てようが、理屈ではない、その向こうにある真の心のあり方を見抜く。

 これまでのサタナエルの殆どの刺客たちに見せてきた鬼の貌は、決して彼らが仇敵だという理由からだけではない。心の底まで腐りきった外道共だからこそ見せてきた、嫌悪と憎悪だ。

 そして逆に、善の心で葛藤し続けていたシエイエスの裏切りは、見抜くことができなかったのだ。


 その感受性を以て見る、シェリーディアという女は――。

 率直に云って、本性が悪人、だとは感じられなかった。

 言葉でいくら云ってみても、真の憎しみを抱くことができそうになかった。

 不本意ではあるが、ドゥーマの拷問部屋で聞かされた身の上話などから――。わずかに自分も彼女にシンパシーを抱く部分があるのを、否定できなかった。


 それゆえ、互いの過去の行いについてはまだ、水に流さないでもない。

 が、それとは別に――。もう一つ、利害が相容れない重大な理由がレエテにはあった。



「――ひとつ、聞いておきたい。

私をネツァク川から引き上げたときのこと、だ。お前はなぜ、あの時あの場所に、居た?」


「それを聞いて、どうする?」


「私が川に落ち流されていたのは、その前にある刺客どもの襲撃を受け、罠にはまったからだ。

そして、流された先に、お前が居て私は助けられた。

たまたま運良くお前が、あの川の丁度流れが緩む浅瀬に近い所を歩いていた、とでも云うのか?」


「――何が云いたい? はっきり云ったらどうだい?」


「つまりは、お前があの刺客どもの仲間で――『あの男』の刺客だ、ということだ!!!」


 言葉が終わり切るのを待つことなく――。

 レエテは上体を起こした座位から、電光石火の速さで飛び上がり――。すでに毛布の下で密かに出現させていた右結晶手を上方からシェリーディアに向けて振り下ろした!


 シェリーディアも――。それまでの全くくつろいでいた様子から一変、座位から両足を地に付け、背面の“魔熱風(パズズ)”を抜き放った。

 完全なる反応。“魔熱風(パズズ)”の先端から出たオリハルコンの刃が、結晶手の迫撃を芯で捉える。

 振り払われた刃が触れて切られた薪が飛散し、寸断された焚き火の炎が火花のように散らされた後にゆらめく。


「――おおらっ!!!」


 溜めた力を開放したシェリーディアは、レエテの身体をやや弾き飛ばした。

 

 その超反応、圧倒的技術。女の細腕であるはずなのに、サタナエル一族である自分に劣らぬ怪力。あらゆる武器を複合させた、クロスボウの枠をはるかに超えた脅威の兵器。


 やはり恐ろしく、強い。以前のドゥーマでの決戦も、正直なところ――。多勢を頼み、運が味方することがなかったら、到底勝利できていたとは思えない。


 レエテは下腹部にぐっと力を込めてその思いを打ち消し、怯むことなく怒涛の連撃を打ち込む。


 中段から入った一撃を起点に、上段、次いで下段。秒間に10発以上放たれる、驚異のラッシュ。

 不規則な連撃を得意としたビューネイには及ばないものの、刺突と斬撃が取り混ぜられ、通常は受け切ることなど到底できない死の攻撃。


 だが目の前の女は、未だ涼しいとさえいえる表情で、全ての攻撃を完璧に受けきっている。


 と、水平からのレエテの斬撃を受けた“魔熱風(パズズ)”の刃の向こうから――。

 突如、一本のボルトが放たれる!


「――くっ!!!」


 自分の貌を狙ったその弾を、すんでのところで見極め、1mm以下の差で危うくかわすレエテ。

 傾けた、青ざめたその貌の脇を抜け、ボルトはレエテの銀色の髪を刈り取りながら背後へ抜けていく。


 間一髪で反撃を逃れたものの――。業を煮やしたレエテは、頭上から振り下ろす斬撃を最後に、後方へ大きく宙返りして7~8mほどの距離をとった。


 着地するが早いか、レエテは下半身を低く構え、瞬時に充填したバネを開放させて自分自身をボルトに変えるがごとく一直線に襲撃をかける。


 前傾する姿勢から、右手結晶手による刺突を繰り出すレエテ。

 突撃と体重をかけられたその一撃は、係数的に重さと速さを増してシェリーディアに襲いかかる。


 と突然、目前のシェリーディアは――。

 信じがたい行動に出た。


 “魔熱風(パズズ)”をだらりと下に降ろして両手を広げ、取っていた構えも解いて仁王立ちになり、顎を上げて真正面を向くという――。完全無防備なる体勢を取ったのだ。


挿絵(By みてみん)


「――!!!」


 迫りくる、黒き凶刃たるレエテの右結晶手。

 微動だにしないシェリーディアの、わずか――。わずか数mm手前で、その刃の先端は動きを、止めた。


 余裕の笑みを浮かべるシェリーディアの眼前に、結晶手をまっすぐに突きつけた体勢のレエテは、間をおいて問うた。


「――何の、つもりだ」


 シェリーディアはそれを聞いて両目を閉じ、肩が震えるほどの笑いを発した。


「あっはっはっ!! いや、止めてくれると思ってたよ、アンタなら。直接の仇でないアタシを、無防備な状態ではさすがに殺せないよね。

ちゃんと話を聞けよ。だから最初に云ったろ、せっつくなよって。早とちりするな。

アタシは別に、偶然をよそおってアンタをだまくらかそうなんて思ってないし、そんなことは一言も云ってない。それは礼を失する、アンフェアな行為だ。

ちゃんと、話すつもりでいたよ、アタシは」


「つまり、認めるんだな? お前は今、ダレン=ジョスパンの息がかかっていて、奴の意志に従って私を捕らえに来ているのだということを」


「もちろんさ。そう、今のアタシの最終目的は、エストガレスのダレン=ジョスパン公爵にアンタの身柄を引き渡すこと。アタシは今、あいつの配下なんだ。

だから、対サロメ・ドマーニュのために手を組もうっていうのは、サロメを殺すその瞬間までの話だ。そこから先は、再び敵同士に戻るってわけ。手を組むことに関してはあの女を殺したいアタシの独断だからね」


「……虫のいい話だが、納得はできるな。それにあまりに正直で明け透けで、逆に好感がもてるほどだ。

聞くが、私がもしこの結晶手を止めずに、お前の身体を貫いていたら?」


「そうなってたら、アタシも所詮ここまでの女だったってことだね。

どうせ、二度も死を覚悟して生き残っちまった身の上。執着するような命じゃあない。

生きて志を果たせるチャンスを今ももらえるなら、それだけで儲けもの、ってだけの話さ」


 それも、心の底からの正直な言葉。それを肌で感じたレエテは、かすかながらも初めて口元に笑みを浮かべ、結晶手をゆっくりと降ろした。


「わかった。私の負けだ。

ひとまずお前と手を組むことを受け入れる。シェリーディア・ラウンデンフィル」


「そう、こなくっちゃね。今手合わせして思ったが、アンタ前よりも凄く強くなってる、レエテ。

もうアタシと互角だと云ってもいいぐらいだ。

その成長と、将鬼を斃してきた経験。それとアタシの策と戦闘技術。それが合わされば、必ず奴を斃せる。

よろしく頼むぜ。グラン=ティフェレトへの狩り(ハント)が完了する、その瞬間までな――」

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