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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第十七話 大陸の支配者

 所変わり――。ハルメニア大陸最果ての地、アトモフィス・クレーター内サタナエル「本拠」。


 この堅牢なる要塞は、エスカリオテ王国との境に横たわる山脈から突き出る形で建設されている。

 その上階部には幹部級クラスや魔人の居住区域があるが、そこから建物を別とした、さらに上部に――。山肌から突き出る巨大な「(こぶ)」のような建造物たる、それはあった。


 「放射能」とよばれる致死の毒が、及ばないギリギリの範囲にあるその区画。このアトモフィス・クレーターで、人間が到達しうる最高峰に位置する場所。


 この場所において、組織の頂点たる戦闘者“魔人”よりも高みに在る存在といえば――。

 サタナエル最高意思決定機関、「七長老」。

 彼らは組織の実働には基本関与しないが、“魔人”の選定と、サタナエル一族の血統管理、「掟」の管理という重要な役割を担う。


 「七長老」が組織の戦略機関ならば、サタナエルの実体といえる実働戦術機関が「ギルド」だ。


 そのギルドの代表として赴いていたのは――。

 立場自体は七長老より上である“魔人”ヴェルこと、ヴェールント・サタナエル。

 そして、長い任務の途よりようやく帰還した“将鬼長”フレア・イリーステスの、2名。


 彼らはほのかな昼の明かりが窓から指す、広大な一室にいた。

 中央に設けられた円卓に、「11」設けられた、豪華絢爛な椅子に腰掛けている。


 円卓を囲んで置かれたその席は、空席が目立った。

 ヴェルとフレアの他は、5人の老人のみが着席していた。


 ヴェルの真向かいに当たる、一際大きな椅子は、無人であった。その両脇もまた、同様。


 そのさらに外側に座っている、一人の老女――。真っ白な髪を引っ詰め団子状にした飾り付け豪奢な髪を持ち、厳しい皺だらけの表情と手ながら、背筋は真っ直ぐに伸びた知的な女性に、フレアは話しかけた。


「毎度のことではありますけれど、欠席が多いですね、この会議は。そうは思いませんこと? “第三席次(ディエグ・トリ)”。

月に一度の場でも集まれぬほど、ご多忙でいらっしゃるのですか? 

第一席次(ディエグ・ウヌ)”に至っては、ヴェル様が“魔人”の地位についてから一度も姿を現しておりませんが。その右腕の、“参謀”もですけれどね」


 老婆、“第三席次(ディエグ・トリ)”は目を閉じ、厳かな口調で答える。

 彼女ら七長老は、いずれもギルドの要職から引退し、世俗と名前を捨ててこの地位に就く。

 一から七までの、席次でのみ呼称されるのだ。


「“第一席次(ディエグ・ウヌ)”は、常に大陸全土に目を向け、時には海洋の外にも思索を向けられている。おいそれとはご都合はつかないのです、フレア。

“参謀”とは、日頃連絡をとっているでしょう?」


 フレアは肩をすくめて返答した。


「ええ、使いの者を寄越しての『間接的に』ですが。色々と、偉そうな指図をくれて来ますわ。いずれも概ね正しいから恐れ入りますけれど。

何にせよ、“第三席次(ディエグ・トリ)”も、かつての昔はギルド将鬼であられたのでしょう? なれば我々ギルドこそが、一分一秒も惜しい多忙中の多忙であることは深くご承知かと思いますが」


「わかっています……。忙しいところの参集、ご苦労である、ヴェル、フレア。定例の議を開始します」


 “第三席次(ディエグ・トリ)”の宣言とともに開会された、会議。

 これは月に一度、サタナエルの頂点に立つ11人が集い――。七長老のギルドへの意思伝達、ギルドからの報告や条案、問題提起と解決などがなされる場。

 

 出席者はサタナエルの長たる“魔人”、ギルドの実質の長“将鬼長”、一から七までの長老、七長老直属“幽鬼”の総長、そして――。“第一席次(ディエグ・ウヌ)”の直属としてつい最近に設けられた新地位、“参謀”の計11人。

 4人が欠席し、三から七までの長老を含む7人だけの会議となったが、このような状況が通例であった。


「さて……まずはやはり、レエテ・サタナエルの件について沙汰せねばなるまい。

ヴェル――。貴公は将鬼サロメの求めに応じ、かの女の討伐を許可したのだな?」


 フレアの隣に座っていた60代半ばほどの恰幅よい老男性、“第七席次(ディエグ・セプ)”がヴェルに問う。

 胸をそびやかし、腕組みをして座るヴェルは、貌を上げず目だけを上目遣いに上げて彼を睨み、答えた。


「……如何にも。問題か?」


「後手後手に回っていた対応が、先手を打つことができた点は、評価しよう。だが、人選が適切であったのか? サロメごときに、2将鬼を討ち取った化物・レエテの相手が務まるのか?

貴公は血縁たる相手を優遇し、私情にて人選を行ったのではないか?」


 その言葉に、ヴェルの双眸が怒気をはらんだ。

 

「サロメは、このヴェルの母親たる女。並の戦闘者だと思うのか? 貴様らが余りにも無知なだけだ。

――フレア」


 促されたフレアが、代わって答える。


「戦歴こそ非常に少ないですが――。サロメは、非公式の鍛錬の場にて、本気のソガール・ザークの黒剣を2本とも素手で叩き落としております。また10年前のリーランド動乱の折は、反乱軍将軍10人を弓でそれぞれ一撃の元に仕留め、相対した軍勢5000を、チャクラムと格闘術のみで単身撃退。……率直に申し上げて、我が六ギルド内でも規格外の化物です。

その上慎重に慎重を重ね、ロブ=ハルスとの連携も模索しているとのこと。客観的にいって、死角はありませんわ」


「う、うむ…………」


 “第七席次(ディエグ・セプ)”が押し黙ったのを見て、フレアはヴェルに目配せした。


(どうやら、“あの秘密”については――。まだ彼らには掴めていないようですわね)、と。


「ですが、珍しいではありませんか、ヴェル。マイエ・サタナエルを捕らえ損ねた原因の張本人として、自らの手での殺害にこだわっていたレエテを、やすやす他の者の手に委ねるとは。

何か理由がおありなのですか?」


 “第三席次(ディエグ・トリ)”の穏やかな口調の問に、ピクリ、とフレアの眉が動いた。

 やはりこの女、油断ならない――。そう思うフレアをよそに、ヴェルは表情を微動だにさせず答えた。


「優れた戦闘者で適任であるから、という理由では不足か? 論じる価値もない問題だと思うがな」


「――ごめんなさい。おっしゃる通りですわね。どうも、不適格な言動が多かった貴公の父、ノエルの積りで話してしまうのですが、貴公は歴代の魔人でもずば抜けた適性の持ち主。その非情さ・冷静さを疑う余地はありません。

まして――。歴代の誰もがなしえなかった、『メフィストフェレス』への血の完全適合を成し遂げている貴公は今やサタナエルの至宝ですからね」


 それを聞いたフレアが、高らかに挙手し、発言した。


「その、『メフィストフェレス』についてですが。ノスティラス皇国での大失態については、どなたか責任をお取りになるのでしょうか? 

“幽鬼”の『メフィストフェレス』蔓延の未成就。その傀儡としたノルン統候メディチの無能ぶり、事の発覚により皇帝ヘンリ=ドルマンの全面介入を許したこと。皇国に勢力の空白を生じたこと。

いずれも、罷免に相当する重大な問題であると考えますわ。

もしや“幽鬼”総長が欠席なのも、それに関係しているのですか?」


「それは、“幽鬼”を管轄するこのワシへの当てつけという訳か? フレア」


 “第六席次(ディエグ・セス)”が血相を変えて言葉を発する。非常に痩せた、長い白髪の60そこそこと見える老男性だ。


「それに関しては、まだ決着は付いておらん。事態の収拾を図っておる。今は――」


「心配はご無用です。フレア。すでに事の収拾のため、“第二席次(ディエグ・ドゥ)”がランダメリアに赴いています」


「――なっ――!!」


 その事実を知らなかったらしい驚愕する“第六席次(ディエグ・セス)”をよそに、“第三席次(ディエグ・トリ)”は淡々と続ける。

 

「現地を統括する“幽鬼”副長レ=サーク・サタナエルと合流し、行動を起こすそうです。もちろん、総長のカルカブリーナ・サタナエルも同行しています。罷免に関してですが、今回の件はフレア、貴方の策が万全でなかったことと、将鬼レヴィアタークの無策と老齢による衰えの要因も大きい。“第六席次(ディエグ・セス)”と“幽鬼”各長に処罰は下しますが、罷免はいたしません」


 フレアはフッと笑いを漏らし、椅子に深く腰掛けた。


「承りました。そういうことならば、納得いたします。このフレアの、力不足も含めてね。

ですが、本件の最大の要因であるレエテ・サタナエルの成長・強さ・危険度に関しては、今回の件で完全に確信を得ました。

早く手を打たなければ、まさに我がサタナエルの存亡を揺るがす存在となることは、改めて警告しておきますわ」


「またそれか!!! もはや聞き飽きたわ!!!」


 “第六席次(ディエグ・セス)”が目を剥きながら立ち上がり、フレアを指さしながら責めはじめる。


「そもそも、我らが管理する血統において――。“屍鬼”の最下級を父親に、ギルドの兵員の女を母親に持つというレエテ・サタナエルごときが、我がサタナエルの脅威となることは前提として有りえん! これまでの脱出や将鬼討伐など快進撃については、運の要素の強い偶発的なものに過ぎぬ! 貴様は毎度それを口にするが、過去から現在まで含めて、あの女を隠れ蓑に己の責任逃れを続けているとしか思え――」


 “第六席次(ディエグ・セス)”の口上は――強制的に、停止させられた。


 彼の、喉元に突きつけられた、結晶手、によって。


 当然、この場で唯一それを発現しうる一族の男、魔人ヴェルの――。何と、「関節を外し、二倍以上に伸びた腕」の先にある、それによって。先端がわずかに1mm、“第六席次(ディエグ・セス)”の喉元に赤い傷を生じており、彼は恐怖に震え戦慄するしかなかった。


(これは――いつの間に、マイエ・サタナエルの技を――それに――)


 満足の笑みを浮かべるフレアを除く、全員が恐怖していた。

 わずか一年前に相対した、史上最強の戦士の無二の技を易易コピーすることもさることながら――。この場の誰もが、その動きを目に捉えることができぬ瞬時に、瞬きする間に5m近く離れた相手への攻撃を完了していたからだ。この場の5人の長老はいずれも、将鬼経験者であるにも関わらず、だ。

 これだけの魔皇の強さが、未だ成長している――その事実に、怖気を振るったのだ。


「それ以上の発言は許さぬ。長生きすることしか能のない貴様らには分からん。

我ら一族の、30年という寿命に凝縮された強さと可能性というものが。

1日、1ヶ月であろうが、容易に別人となり得る。1年でマイエを超えた俺のようにな。

認識を改めることだ。ここより先は、組織の真の全力で殺しにかからねばならん。

レエテ・サタナエルをな――」


 その言葉は、自分に云い聞かせるような響きをも含み――。ヴェルはその貌に深い険を刻んでいったのだった。

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